第五十話:恋人初日!
私、一ノ瀬ミカは、この度、呉羽君と恋人同士になりました!
なったのは一昨日です! 風邪を引いてしまったので、昨日は一日寝ておりました!
早く呉羽君に会いたくて、堪りませんでした!
あ、携帯とかでは、お話しました。
恋人……恋人同士……。うふふー、何だか照れます。
でもでも、凄く嬉しいよぅ。
実は、昨日携帯で、学校行く時は一緒に行こうと約束しました。
えへへー、待ち合わせです。
はうっ、待ち合わせ、恋人同志っぽい……。
その時、私の目の前に、手を繋いで歩くカップルの姿が……。
ハッ、そっか! 恋人同士って、手を繋ぐものなのか!
手を繋ぐ? 呉羽君と?
キャウッ、は、恥ずかしー! どうしよう、考えただけでも恥ずかしいよー!
「ミカ!」
でもな、恋人同士だもんな……。
「おい、ミカ?」
恋人同士は、手を繋ぐっぽいよな……。
「おいって!」
お願いしてみようかな……。
「こら! 無視すんな!」
グイッ!
「キャア!? はれ? 呉羽君? あれ?」
肩をいきなり掴まれ、見てみると怒った顔をする呉羽君が。
そしてここは、彼と待ち合わせていた場所を、ちょっと過ぎた所。
「ああ! 待ち合わせ場所が過ぎてます!」
ガーンとショックを受けていると、呉羽君は何故かホッとしていた。
「はぁー、焦った。待ち合わせの約束も、お前の告白も、俺の願望が見せた幻かもって、疑っちまっただろうが!」
「そんなぁ、幻じゃありませんよぅ。ほら」
私は、プニッと呉羽君の頬っぺたを摘んだ。
ムフフ、いつもされているお返しなのだ。
「ほらね? 幻でも、夢でもありませんよー」
フフッと笑いながら、私が首を傾けて見せると、呉羽君は私の手を振り解き、バッと向こうを向いてしまう。
はれ? どうしたのかな? 怒っちゃったのかな? ハッ、そしたら嫌われちゃう?
「い、嫌です! 呉羽君、怒んないで下さい。……ごめんなさい、嫌いになんないで下さい……」
私が呉羽君の袖をクイクイと引っ張ってそう言うと、彼は此方に向き直り、慌てたようにぶんぶんと首を振った。
「バカ、怒ってねーよ! 嫌いになる訳ねーだろーが!」
「だって……」
「ウッ、あ、さっきのあれは、その……」
そう言い淀んだ後、呉羽君は口に手を当て、顔を真っ赤に染めて、ボソッと言った。
「……照れてたんだよ……言わせんな、バカ」
キューーン!!
ハッ、何ですか、今のは!? 物凄く胸が苦しくなったよ!?
思わず胸を押さえる私。
何だか、堪らなく呉羽君に触れたい。
さっきのカップルの光景が、頭を過ぎる。
繋いだ手……。
自然と私の目線は、呉羽君の手に向けられる。
呉羽君の手、大きいなぁ。私の手なんか、すっぽり包んじゃうんだろうなぁ。
そう思って私は手を伸ばす。
ちょっと躊躇いがちに、彼の小指を掴んだ。
「ミカ?」
今度は私が、真っ赤になる番だった。
「あのね? 呉羽君。手、繋いでもいい?」
は、恥ずかし〜! 呉羽君がまともに見られないよぅ。
そう思っていると、私の手が温かいもので包まれる。
見たら、呉羽君の手が、私の手をギュッと握っていて……。
はうっ、恥ずかしいけど、嬉しいよぅ。
思っていたとおり、彼の手はすっぽりと私の手を包んでしまう。
見上げると、呉羽君は頬を染めたまま、前を向いていた。
彼がチラリと此方を見る。
「恋人同士なんだから、一々聞くなよ」
それは、これからも手を繋いでもいいって事?
私は呉羽君の手を、キュッと握り返した。
「えへへ、呉羽君の手、大きいです。何か、呉羽君に包まれてるって感じです」
私がそう言うと、またもや呉羽君はバッと向こうを向いた。
呉羽君、また照れてる?
あ、よく見たら、耳が真っ赤です。そっか、耳を見ればいいんですね。
そうして学校に着くまで私達は、ずっと手を繋いでいた。
うふふー、恋人同志っぽいです。
周りからも、そう見られてるんでしょうか?
だったらいいなぁ。
学校についた私達。
そこで一旦手を放す。
あ、手がスースーする。ちょっと寂しい……。
手を、にぎにぎさせる私。
昇降口にやってくると、呉羽君は、「ちょっと待ってろ」と言って、私の上履きを持ってくると、私の足元に置いてくれた。
「どうぞ、お姫様」
そう言って悪戯っぽく笑う。
ハァ!? 何ですかな!? そのお姫様って!!
すると呉羽君は、クッと笑って、
「いや、ちょっとアルバム思い出して……」
そうだった、呉羽君は私の幼少時の写真を見たんだった。
確かにあの中には、姉に着せられた、お姫様のような格好をしたものが多数存在する。
何でも、後から聞いた話では、その時乙女ちゃんは、「お幾らですの?」と言ってその写真を買おうとしたそうだ。
「ムゥ、呉羽君、お姫様は止めて下さいよぅ。そんな事言うと、私も呉羽君の事、王子様って言いますよ」
「うっ、それはちょっと……いやかなり嫌だな……」
「ほら、呉羽君だって嫌じゃないですか」
「ああ、そうだな、ワリー」
「エヘヘ、分かればよろしい」
私が、前に呉羽君が言ったセリフを言うと、「何だソレ」と彼は笑っていた。
それから呉羽君は、私が脱いだ靴を下駄箱に入れる事までしてくれた。
何だか、大切にされてるっぽくて、くすぐったい。
そして、私達は教室に向かう為、廊下を歩いていると……。
「ハッ、何か、異様な視線を感じますっ!」
私は何やら、ミョミョンと感じ、其方に目を向ける。
「ん? ミカ、どうした?」
急に立ち止まった私を、訝しんだ呉羽君が訪ねてくる。
そして彼も、私の向けた視線を追って、其方を見た。
「え? 正じぃ!?」
そうなのだ。私が送った視線の先に居た者。
それは、物陰からじっと此方を見ている正じぃであった。
相変わらず、プルプルと震えているが、正じぃは不審そうな目で此方を、いや、私を見ているのだ。
一応、周りを見回して見るが、どう考えても、私以外考えられない。
穴が開くほどじっと見つめてくる正じぃに、私は試しに近付いてみた。
すると、バッと自分の頭の上にある鳥の巣を押さえる正じぃ。
「あ〜〜……ピーちゃん、めっ!」
ハッ、これはまさか! 私が鳥の巣クラッシャーだと気付いている!?
おおぅ、ど、どうしよう。ファンクラブの方に見られたら一大事です……。
あ、そうだ!
私はガサゴソと自分のカバンを漁る。
「ミカ? 何してんだ?」
「あっ、はい、正じぃには迷惑をかけてしまったので、お詫びの品を用意したんです」
「は!? 一体、何用意したんだよ……」
「んふふ……」
私は箱を取り出す。
そして、警戒する正じぃの前にそれを差し出した。
「この前は御免なさい、正じぃ。お詫びにこれ、作ってきました。食べてください!」
すると、正じぃは険しい顔のまま、私と箱を交互に見て、そしてプルプルと震えながら、その箱を受け取る。
そしてパカッと蓋を開けた。
「正じぃ、お饅頭が好きって聞いたので、お饅頭を作りました。蒸し饅頭と、それから大福が入ってます」
正じぃは迷わず大福の方を手に取ると、今だ険しい顔のままで、それを口に含む。
ハムッ、ムミョーン。モチャ、モチャ……。
すると、今まで険しかった正じぃの顔が、パァァッと光がさした様に明るくなった。
そして一旦、大福を箱に戻すと、
「あ〜〜……んまーい!!」
ビシッ!
正じぃは親指を立てて、ニッコリと笑った。
ホッと胸を撫で下ろす私。
そこでもう一つ。
私は、ある物を正じぃに差し出す。
「後、ピーちゃんにもお詫びです!」
それは赤いリボン。
姉の部屋から拝借した。
私はそれを、ピーちゃんの首に巻いてあげると、ピーちゃんはご機嫌で、
「ピーー!」
と一声鳴いた。
正じぃは箱を私に渡すと、鳥の巣を外し、ピーちゃんを見る。
そして、またもやビシッと親指を突き出した。
「あ〜〜……おされ!」
あ、これは分かるぞ。
前にも言っていた事がある。お洒落だね。
それから正じぃは、鳥の巣を元に戻すと、箱を手にとって、先程の大福をまた食べ始め、プルプルと震えながら歩いてゆく。
「えと、正じぃ。許してくれますか!?」
そう尋ねると、正じぃはムミョーンと大福の餅を伸ばしながら振り向き、ニッコリと笑って頷く。
頭の上のピーちゃんも、羽を伸ばして、「ピー!」と鳴いた。
「やりましたよ、呉羽君! 正じぃ、許してくれました!」
ビシッと親指を突き出しながら私が言うと、呉羽君は苦笑して、
「はは、そうだな、良かったじゃん」
と、そう言ってくれたのだった。
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その日、教室を訪れた真澄は、先に来ていたミカと呉羽を見て、「オヤ?」と思った。
二人は談笑していたのだが、
(何と言うか、笑う顔が幸せそうと言うか、嬉しそうと言うか……)
真澄はそう思って、席に着いた。
「えと、おはよー。一ノ瀬さん、如月君」
「ああ、おはよう日向」
「おはよう御座います、日向君」
「一ノ瀬さんは風邪、もう大丈夫なの?」
「はい、昨日一日しっかりと休んだので、全快ですよ」
「そっか、よかったね。ところで、二人なんかあった?」
すると二人は顔を見合わせ、ポッと頬を赤らめた。
ミカは恥ずかしそうに顔を俯け、呉羽は照れた様に頬を掻いている。
またもや、「オヤ?」と思う真澄。そして何故か、チクンと胸が痛む。
(ん? 何だ、今の……?)
胸に触れ、首を傾げる真澄。
「あの、な、日向。オレ達……」
「はい、実は……」
二人が言いかけた時、
「おはよう御座います、お姉さま! 元気になりましたのね、よかったですわ!」
「ミカお嬢様、おはよう御座います」
乙女と杜若がやってきた。
「あ、おはよー、乙女ちゃん、吏緒お兄ちゃん。丁度よかった。ね、呉羽君」
「ん? あ、ああ……」
呉羽は少々歯切れが悪い。
「あら、何ですの、お姉さま。わたくしに何かお話でも?」
身を乗り出して、嬉しそうにする乙女。
杜若はチラリと、呉羽を意味ありげに見た。
すると呉羽は、こくんと頷く。それを見た杜若は、分かったと言うように、目を伏せた。
そんな男二人のやり取りなど知らず、ミカはもじもじとしながら、乙女に言った。
「実はね、乙女ちゃん。私、呉羽君とね、付き合う事になったの」
「はい? 付き合うって、何処にですの?」
「え? いや、あのね、そーいう事じゃなくてね、恋人同士として、呉羽君とお付き合いをする事になったの」
乙女はゆっくりと瞬きをする。
身かは説明が足りなかったのかと思い、更に言った。
「えっとね、私から好きって告白してね、この度、呉羽君と恋人同士になりました!」
ビシッと何故か敬礼をするミカ。
「うわー、そうなんだ。おめでとう二人とも。如月君、よかったじゃん。やっぱり、サンタのご加護じゃない?」
「え? ああ、そうかもな……」
呉羽はそう答えながら、乙女を見る。
彼女は完全に固まっていた。一点を見つめ、微動だにしない。
こうなってくると、呼吸しているのかさえ怪しい。
「えと、乙女ちゃん?」
ミカが、乙女の前で手を振る。
その時、
ガラッ!
「一ノ瀬さん! 早まったまねをしちゃ駄目だ! 君はその男に騙されている!」
竜貴が現れた。
「またあんたかよ。つーか、教室の外にいたあんたが、何でオレらの会話の内容知ってて、しかも割り込んでくんだよ」
「黙るがいい、如月呉羽! 君はどんな甘い言葉で、一ノ瀬さんを垂らし込んだんだ!」
「んなっ! 人聞きの悪い事言うなよ! んな事するわけねーだろ!」
「そうですよ! 呉羽君はそんな事しませんよ!」
ミカにまで怒鳴られ、「うっ」とたじろぐ竜貴。
と、その時、固まっていた乙女が、我に返った。
「そんなっ、お姉さまが、呉羽様と!?」
そして、ポロポロと涙を流し始める。
「えぇ!? ちょっと、乙女ちゃん?」
吃驚するミカ。
「お姉さまのバカーー!!」
そう叫んで、乙女はダッと走り去ってしまう。
「えぇー!? 乙女ちゃん!?」
ミカは追いかけようとするが、杜若に止められた。
「今は、お嬢様を一人にさせてあげて下さい」
「でも……」
「今は暫し、時間が必要なのです……」
「はぁ……」
「それにしても、ミカお嬢様。想いが成就なさり、この杜若、あなたに使える執事として、心より嬉しく思います」
そう言って、杜若は優雅に一礼をした。
ミカは、乙女の事を気にしながらも、杜若に礼を言う。
「ありがとう御座います。吏緒お兄ちゃん」
「ううっ、そんな……わたくしを差し置いて、呉羽様とだなんて。私、永遠の妹ですのに……」
グスッと泣きながら、乙女はいつの間にやら保健室の前に立っていた。
そして、ガラッと扉を開ける。
「あら? あなた……」
保険医の和子先生が乙女を見る。
「薔薇屋敷乙女ですわ。ちょっと寝かせてもらいます」
そう言うと、和子先生の返事も待たずに、ベッドに入り込む。
「こらこら、また授業をサボるつもり?」
すると乙女は、ベッドに潜り込んだまま、
「わたくし今、失恋中ですのよ。そっとしておいて下さる?」
グスッと鼻を啜り呟いた。
和子先生は、仕方ないという感じで、溜息をつくと乙女に言った。
「まぁ、いいでしょう。今日は特別よ。とりあえず、今は泣いちゃいなさい。とことん落ち込んで、底に着いちゃえば、後は浮上するだけですもの。次の恋の準備でも、しときなさい」
和子先生のその言葉に、乙女は声を出して泣く。
「うわーん! お姉さまーー!!」
「……? お姉さま?」
和子先生は、乙女の失恋相手がまさか女の子とは思わず、不思議そうに首を傾げるのだった。
結構、書いてて恥ずかしかったです。
書きながらニヤニヤしてしまった……。端から見れば私、気持ち悪い人です。