第四十七話:彼はライオンボーイ?
私はその後、更衣室にて制服に着替えた。
まだ多少の湿り気はあるが、見た目では濡れているなど分からない。これならば、何とか誤魔化せるだろう。
それから、まだ少し濡れている髪を三つ編みにした。
そしてそして、ここで登場、Myオアシス! そして装着!
フッ、これでもう、誰も私が鳥の巣クラッシャーだとは気付くまい。
それにしても、呉羽君には私の素顔を知られていたなんて……。シールド、貫かれちゃってたのか……。
やっぱり呉羽君は、凄いであります!
あ、鼻がむずむずする……。
「くしゅん!」
鼻を擦りながら私は呟く。
「うーん……噂されまくりのようです……。鳥の巣クラッシャーかぁ……。また、新たな呼び名を付けられてしまいました……」
そうして私は、教室へと入ってゆく。
教室内は案の定、鳥の巣クラッシャーの話題で持ち切りだった。
その内容はもっぱら、その正体についてである。
うーん、ちょっと……いやかなりドキドキ。
チラッと窓の外を見ると、赤と青の腕章をつけた方々がうろうろとしていた。
恐らく、鳥の巣クラッシャーを探しているのだろう。
と、その時、
「ミカ!」
私は呼ばれ、その声にドキリとしてしまう。
振り返らずとも、これは呉羽君の声。
私は振り返って彼を見ると、彼は席に座って、此方を向いた所だった。
なので私も、彼の方に身体を向ける。
すると、いきなり髪を掴まれた。
「ひゃう!?」
実際に触れられた訳でもないのに、声を上げてしまい、私は吃驚する。
な、何故に!?
呉羽君も驚いたのか、直ぐに私の髪からその手を放すと、
「やっぱり髪濡れてんな。何でだ?」
そう尋ねてきた。
なので私は、呉羽君から視線を外すと、しどろもどろになって答える。
「べ、別に何でもありませんよ。ただ、雨に打たれただけです……」
「バカ、そんな嘘つくな。雨なんか降る筈ないだろ?」
そう言って、窓の外を見上げる呉羽君。
空は青空。雲一つ無い晴れの陽気だった。
「そ、そんな事無いですよ? 局地的大豪雨だったんです……」
「お前なぁ、つくならもっとましな嘘つけよ」
呉羽君が呆れた様に言う。
確かに今のは、自分でも苦しいなと思った。
そして、呉羽君が更に追及しようとした時、教室に、乙女ちゃんと吏緒お兄ちゃんが入ってきた。
あ、吏緒お兄ちゃん、頬っぺたに絆創膏はってる……。
ううっ、吏緒お兄ちゃんがいなければ、今頃、私はここに座ってはいませんでした。感謝しても、しきれません。
その、吏緒お兄ちゃんと乙女ちゃんは、真っ直ぐに此方にやってくる。
「お姉さま! ご無事で何よりですわ! お姉さまが落ちてゆくのを見た時、心臓が止まるかと思いましたもの」
「うん、心配してくれて、ありがとう。吏緒お兄ちゃんも、助けてくれてありがとうございました。命の恩人です」
「ええ、そうですわね。杜若は、本当に素晴らしい働きでした! まず、お姉さまの危機をすばやく察知して、もの凄い速さでお姉さまの元へと向かい、窓から飛び降りて、空中で見事お姉さまを抱きとめた時は、もう鳥肌物でしたわ!」
「いえ、下に木があって助かりました。流石にあの高さからだと、人を抱えての着地は難しかったでしょうから」
「えぇ!? 吏緒お兄ちゃん、人を抱えてなければ、あの高さでの着地が出来るんですか!? 私はせいぜい、二階止まりですよ!」
さすがスナイパー渋沢です!
などと思っていると、
「それでも十分すげーよ……」
呉羽君がそのように呟いていた。
ガタン!
前の席が音を立てる。
見ると、落胆した様子の、日向真澄が席についていた。
「まぁ、日向真澄ったら、お姉さまに挨拶もしないなんて、不届き千万ですわ!」
乙女ちゃんが、ぷりぷりと怒っていると、淀んだ空気を背負って、日向真澄が顔を上げた。
「あー、うん。おはよー一ノ瀬さ――ハッ、そうだ! 一ノ瀬さん、ドールは!? ドールは何処に!?」
私はギクッと身体を震わせてしまう。
「な、何の事ですか!?」
「そんなっ、だってドールは――」
私は必死の形相で、僅かながら首を振る。呉羽君に分からないように。
それで、日向真澄も漸く気付いたのか、ハッとすると、小声で『後で教えて』と言った後、
「やっぱり何でもない」
と、言い直す。
呉羽君は、「何だ?」と首を傾げていた。
それから呉羽君は、改めて私の方を見ると、真剣な顔で先程の質問をしてくる。
「で、ミカ。何で髪が濡れてるんだ?」
あうあう、まだ諦めていませんでしたか……。
呉羽君は、怒った様に此方を真っ直ぐに見据えている。
どうしても、追及を止める気は無いようである。
「もぅ、呉羽君。そんな事より、授業が始まっちゃいますよ! ほら、教科書出して――」
ザクッ。
………ザクッ?
私が机に手を突っ込んだ時、またもや私は、ソレの事をすっぱりと忘れてしまっていた。
しかも、今回は感触系で無く……。
恐る恐る手を引き抜く私。
その指の先はザックリと切れており、そこからは、血がどくどくと流れ出ていた。
おおぅ! ついにここまで……。
思わず私は、その手を捧げ持ってしまう。
よって、他の人にも当然の事ながら、ソレはありありと見えてしまう訳で――。
「キャア! お姉さま、血が――」
「ミカお嬢様!?」
「うわっ、一ノ瀬さん!?」
「――っ!!」
いち早く反応したのは呉羽君で、ハンカチを取り出すと私の手に巻き、そして私を抱き上げた。
「うきゃあ!? く、呉羽君!?」
「っ!! おまっ、制服も濡れてんじゃねーか!」
抱き上げるという事は、当然、制服にも触れる事になるので、湿っぽい事もバレバレである。
「あうっ、だから、局地的大豪雨で――」
「バカ! こんな時まで何言ってんだ! いいから保健室行くからな!」
「え? いいですよぅ、自分で歩けます……」
というか、恥ずかしいです! 胸が苦しすぎます!
でも、こうして心配してくれる事が、嬉しすぎて死にそーです……。
呉羽君は私の言葉を無視すると、廊下に向かって歩き出す。
他の生徒達も気付き、教室の中は、一時騒然となった。
そして、教室から出ようとした時、
「一ノ瀬さん! 大丈夫か――って、何故如月呉羽に抱き上げられている!?」
「うっせー、邪魔だ。そこどけよ。保健室連れてくんだから。後、あんた生徒会長なら、犯人捕まえろよ」
「なっ、君に言われるまでも無い! 今までだって、そうしようとしたが、その都度、一ノ瀬さんに止められてしまって――……」
「はぁ!? じゃあ、あんたはずっと、この状況を放置してたのかよ! くそっ、今はそれ所じゃねーな、どけっ!」
呉羽君は、肩で大空会長をどかすと、ズンズンと廊下を歩いてゆく。
彼らの言い合いに割り込めなかった。呉羽君がいつもと違って、物凄く怖い。
私は恐る恐る、
「呉羽君……?」
と呼び掛けてみるも、一向に返事は無い。
はうっ、呉羽君怖い……。
これは、相当怒っているようです……。
と、その時、
「くしゅん」
私はまた、くしゃみをしてしまった。
鼻がムズムズする。
これは大分、鳥の巣クラッシャーの噂が広まっているようですね……。
すると、押し黙っていた呉羽君が、漸く口を開いた。
「そら見ろ、風邪ひいてんじゃねーか……」
「違いますよぅ。これは誰かが噂を――クシュン」
「バカ、んなの迷信に決まってんだろ。顔だって赤いだろうが」
「えぇ!? こ、これは――……」
呉羽君に抱き上げられてるからで――……。
あれ? でも何か、頭がくらくらするような……。
傷付いた手がドクドクと、脈打っている。
ううー、これは如何やら、血を失い過ぎたみたいです……。
ちょっと気持ち悪い。それに本当に熱が出てきたみたい。
コテンと私は力なく、呉羽君の肩に頭を乗せる。
「ミカ……?」
「……ううっ、頭がくらくらします……。ごめんね、呉羽君……」
「バカ、謝んなよ……」
呉羽君のその声は、凄く優しかった……。
「あうっ、今日は呉羽君。いっぱいバカって言いました……」
「うっ、そうか? そりゃ悪かった」
「んーん、呉羽君のバカは、あんまり悪口に聞こえません……」
だって、心配して言ってくれてるバカだもん。
「何かやさしくて好きです」
「………」
すると、呉羽君は無言になってしまう。
もしかして、また怒ってしまったのだろうかと彼を見上げてみると、真っ直ぐ前を向いたまま、顔を真っ赤にさせている。
あれ? 純情少年になっちゃったよ?
そして私は、たった今、自分の言った事を思い浮かべる。
ハッ、何か私、何気に好きって言っちゃったよ。
でもでも、これは呉羽君が言った、バカに対してであって、呉羽君自身にじゃないのに……。
でも、今がチャンスかな?
もう、邪魔はされないよね……。
念の為、辺りを見回しチェックする。
だ、大丈夫です。誰もいません。よし……。
「く、呉羽君……」
「……なんだよ」
「あの、私、呉羽君の事――」
グニャリと視界が歪んだ。
ああ、駄目だ、眩暈が半端無い……。意識が遠のきそう……。
ううっ、また呉羽君に言えないよー。
今日ばっかりは、師匠、あなたを恨みます!
『好きです』
たったその一言が言えぬまま、私は意識を失ってしまったのである。
++++++++++
一方その頃、ミカの隣のクラスの斉藤陽子は、ミカのクラスが急に騒がしくなった事に気付いた。
陽子は、震える手をギュッと組む。
(もしかして、アレかしら? ってゆうか、こんなに大騒ぎするもんなの?)
陽子は急に怖くなってきた。
そして、ガラッと教室の扉が開いて、生徒会長の大空竜貴が姿を現した。
本来なら、姿を見られて嬉しい筈なのに、今はまともに見る事が出来ない。
(だって、私、一ノ瀬ミカに水をかけただけよ? 何でこんなに大騒ぎになってるのよ。それも今頃?)
陽子は今日、ミカの机には嫌がらせをしていなかった。
水をかけた事で、今日はもういいやと思ったのである。
そして陽子自身、その事で竜貴がやってきたのだと思った。
竜貴が此方にやってくる。
「君、ちょっといいかな?」
ビクッと陽子は体を震わせた。
しかし、竜貴が声をかけたのは、自分ではなく、自分の後ろの女生徒だった。
「何で俺が声をかけたのか、分かるね? ちょっと来てもらおうか」
そんな竜貴の声が聞こえた。
「何のことですか?」
陽子の後ろの女子が言う。
彼女は、結構可愛いと評判の生徒だった。
「しらばっくれるのもいいが、証拠の映像もちゃんとあるんだ」
「っ!!」
これには女生徒も観念したのか、席を立ち上がって竜貴についていった。
教室の中の何人かは、野次馬として様子を見に行った。
そして陽子もまた、気になって仕方が無く、ミカの教室へと向かうのだった。
++++++++++
「はれ? ここは……」
気が付けば、目の前には白い天井。
そして自分は、ベッドの上で横になっているのだと分かった。
「ああ、目、覚めたか?」
ふと横を向けば、呉羽君が私を覗き込んでいる。
ああ、そっか。私、あのまま気を失っちゃったのか……。
うー、それにしても、ことごとく告白は失敗であります。
これはもう、今日は諦めろという事なのでしょうか……。
「あら、目が覚めたのね?」
そう言って、仕切りとなっているカーテンを開けて出て来たのは、この学校の保険医、和子先生だった。
彼女は、ぽっちゃり系の優しい感じの先生で、何処と無く、くまのプーさんに似ていなくも無い。思わずギュッと抱き締めたくなる、そんな感じのマスコット的先生だ。
その和子先生は、私に近付くと、「ちょっとごめんなさいね」と言って、私の服をごそごそっとすると、体温計を取り出した。
「んー、やっぱり少し熱があるわねー、お家の人に迎えに来てもらう?」
「いえ、今、両親とも仕事で家を空けているので……」
「んー、そーなの? じゃあもう少し休んでいなさい。もう少し様子を見ましょう?」
和子先生は、優しく笑って言った。
そして呉羽君を見ると、
「貴方ももう少し、彼女についててあげるといいわ。先生には私から言っておくから」
「あ、はい。分かりました……」
呉羽君が畏まって頭を下げた。
和子先生は、そんな呉羽君を見ると、フフッと笑って、意味ありげに私と彼を交互に見ると部屋を出て行ってしまった。
ハテ、何ですかな? その眼差しは……?
そして残される私達。呉羽君はコホンと一つ咳払いをすると、頬を染めながら言った。
「ミカ、それでな、そろそろ放して欲しいんだけど……」
「へ?」
私が自分の手を見ると、呉羽君の服の袖をしっかりと掴んでいた。
「お前さ、気を失った後、オレ保健室に運んだんだけど、そしたら、こうやって掴んで放さなくてさ……。まぁ、オレとしては、授業がサボれた訳だけどな」
そう言った後、ニッと笑って見せた。
私は慌てて手を放し「ごめんなさい」と謝る。
あうっ、何だか恥ずかしぃー。きっと、離れたくないって気持ちの現れです……。
「ああ、それでな、あの嫌がらせの事だけど……」
そう言われて、私はハッとする。
そ、そうだった、嫌がらせバレちゃったんだ。
ううっ、斉藤師匠の定番ショーが……。
でも、何かこの嫌がらせは、あの小心者の師匠っぽくないような……。
そう思って、私は自分の手を見てみる。
恐らく、眠っている間に治療されたのだろう。その手には包帯が巻かれていた。
動かすと痛みが走る。
呉羽君も、私のその手を見て、眉を顰めると、言いかけた事を話し出す。
「あー、それで、お前の机にカミソリを仕込んだ奴だけど、隣のクラスの、岡田って女子だった」
………チーン。
オカダ?
「誰ですか、それ?」
「オレに聞くなって……。何でも、お前の周りにいる奴らに、告白して振られたんで、その腹いせだとさ……。杜若にまで、告白したらしいぜ? その女……」
「へー、そーなんですかー……」
師匠じゃなかったんですねー……。ちょこっと安心。
……ん? 私の周りにいた奴ら?
……んん? ハッ!!
「それって、呉羽君も、告白されたって事ですか!?」
私がそう尋ねると、呉羽君はギクッとして目を泳がせた。
ムムッ、そうなんですな?
「えー、あー、まー……そうみてーだな……」
「何ですか!? そのハッキリしない物言いは……」
「だって、そんな一々告白してくる奴らの事なんて、覚えてられっかよ!」
「ハッ、って事は! しょっちゅう告白されてんですかぁ!?」
「うっ!」
呉羽君は、しまったという顔をした。
そっか……そうだよね。呉羽君ってイケメンだったもんな……。
でも、何故でしょう? ムシャクシャします。
「呉羽君、モテモテですね……」
ムスッとして私は言った。
「ミカ?」
呉羽君は、そんな私を訝しげに見ている。
ムムゥッ、何だか、ますますムカムカしてきたぞ?
「私、呉羽君はずっと、ロンリーウルフだと思ってました。でも、とんだライオンボーイでしたね」
「は!? 何だ、それ?」
「ライオンのオスは、ハーレムを作ります……」
「ブッ、ハ、ハーレム!?」
困惑したような呉羽君。私はプクッと頬を膨らませた。
「ミカ? 如何した? 今日は何か、おかしいぞ?」
「どうせ、私は可笑しな女です。鳥の巣クラッシャーです……」
すると、呉羽君は、ブッと吹き出した。
何お!? 何で笑うんですかな!?
私が更に、頬を膨らますと、呉羽君はククッと笑いながら言った。
「だって、あの、鳥の巣に刺さったメガネがっ、それに――」
プニッと呉羽君はいきなり、私の頬っぺたを摘んできた。
「にゃー、にゃにふるんれすか?」
上手く喋れ無い私に、呉羽君は悪戯っぽく、ニッと笑うと、
「何か、今のヤキモチみてーだぞ?」
「っ!!?」
ヤ、ヤキモチ?
はうっ、私、ヤキモチやいてたの?
途端に、私はカァッと顔が熱くなった。
そ、そうかも……そっか、これがヤキモチか……。
他人の(特に母)のヤキモチは見た事はあるけど、自分自身がヤキモチをやく事って、思えば無かったかも……。
改めて、私は彼の事が好きなんだなと気付き、頬っぺたを摘んでいる彼の手をキュッと掴んだ。
「ミ、ミカ!?」
戸惑って、呉羽君は私の頬から手を放してしまうけれど、私は彼の手を放さなかった。
「……そうですよ……」
「え?」
小さくポソッと言ったので、呉羽君は聞き返してきた。
私は、彼の顔を真っ直ぐに見ると、熱く感じる頬をそのままに口を開く。
「私、呉羽君にヤキモチやいてます……」
目の前の彼の目が、驚きに見開かれていった。