第四十五話:激震! 鳥の巣クラッシャー
「くそっ、何処に行った!」
正じぃファンクラブ『震えるおじぃちゃんサポート委員会』会長、永井徹は、キョロキョロと周りを見回す。
「永井会長! こっちにはいません!」
「こっちもです!」
会員の生徒が、報告してくる。
皆、腕には青い腕章をつけていた。
それは、サポート委員会の会員の印。
「チッ、逃げ足の速い女生徒だ!」
永井徹は、おじいちゃん、おばあちゃん子だった。
なので、じじばば好きである。
徹は、この学校に入学して、初めて正じぃを見た時、衝撃が走った。
(何て、老人らしい老人なんだ!)
彼は、正じぃを見て、そう思った。
見た目、行動、全てにおいて、彼の中のじじばばセンサーに強く引っ掛かったのである。
そして立ち上げた、サポート委員会。別に、会員を集めようと思った事は無い。しかし、知らず知らずの内に、会員が増えていた。
今現在、どれだけの和の会員が集まっているのか、正直把握できない位だ。
(それにしても、あの女生徒は一体何者なんだ!?)
徹は、先程の事を思い出す。
いつもの如く、正じぃに危険が及ばぬよう、細心の注意を払って、見張っていたら(その時、決して正じぃの行く手を阻んではならない)、いきなり女生徒が、正じぃの背後に降って来た。
予想外の事に反応が遅れ、正じぃの「ピーちゃん!」の声で我に返ったくらいだ。
「我々はこれより、あの正じぃの鳥の巣を奪った女生徒を、『鳥の巣クラッシャー』と呼ぶ!
もし見つけたら、そう叫ぶように! 他の者も、その声を聞きつけたら、すぐさま駆けつけるんだ!」
『オォー!』
普段、おっとりしている永井徹であったが、じじばばの事となると、このようにリーダーシップを発揮する。
この時の彼は、生徒会長の大空竜貴よりも人望が厚い。
「何だよ、とーる。大変な事になってるな。何なら、見守る会も、手を貸そうか?」
そう言ってきたのは、徹の腰くらいまでしか背の無い、小さい女子だった。
スカートのしたにはハーフパンツを着用し、髪はポニーテール、腕には赤い腕章をつけていた。
彼女の名前は飯沼ひかる。
徹の幼馴染で、もう一つの正じぃファンクラブ『正じぃを温かく見守る会』の会長でもある。
背は小さいが、陸上部のエースであったりする。
そして徹は、
「ひかるちゃん……」
途端にいつもの、おっとりとした彼に戻ってしまう。
すると飯沼ひかるは、不機嫌な顔になり、ゲシゲシと徹の膝を足蹴にし出した。彼女は、彼の腰位しか背が無い為、如何頑張っても膝を蹴るしかないのである。
「何が“ひかるちゃん”だ。でかい図体して、気持ち悪いっつーの! この、バカとーる!」
「イタタ。痛いよ、ひかるちゃん……」
本当は大して痛くも無いが、こうして彼は痛がるフリをしている。でないと、ひかるが不機嫌MAXになるのだ。
「ったく、昔は私の方が大きかったってのに、バカみたいにでかくなりやがって! このっ、このっ!」
周りに居る会員の者達は、この光景を生温かい目で見ている。この二人が、お互いを想い合っている事は、明白であった為だ。
実は、二人には内緒で、「二人の会長の行く末を温かく見守って行こう会」なども発足されていたりする。
知らぬは、本人達ばかりなりであった。
「あ〜〜ピーちゃん……」
正じぃが物凄く、悲しげに項垂れている。
「正じぃ、安心して下さい! 我々サポート委員が、全力でピーちゃんを取り戻してみせます!」
途端にキリッとなる徹。
それを見て、ひかるは思い切り顔を顰めている。
「全く、じじばば相手となると、本当に性格変わるよな。他ん時もそうしてれば、とーるが絶対に生徒会長になれたのに」
「え……そんな、無理だよ……」
ひかるの前になると、おっとりになった。ひかるはまた、ゲシゲシと足蹴にする。
「だからっ、でかい図体で気弱って、気持ち悪いんだよ! もっとシャキッとしろよ! シャキッと!」
「痛いって、ひかるちゃん……」
ここに居る者達は分っている。
今のひかるの言葉、直訳するとこうだ。
『立派な身体してるんだから、気弱にならないずに自信持って』
そして、足蹴にするこの行動は、ひかるなりの愛情表現であると、会員達は見ている。
そうして見ると、この光景はじゃれ合っている様にしか見えない。
ますます生温かい目でもって、二人を見守る会員達であった。
それから徹は、急にキリッとした顔になると、ガシッとひかるの肩を掴んだ。
「っ!! な、なんだよ!」
思わずドギマギとしてしまうひかる。
「ひかるちゃん、見守る会も手伝って欲しい! 結構素早くて、ひかるちゃんなら追いつけると思う! ひかるちゃんが、必要なんだ!」
真剣に言う徹に、更にドキドキとして、頬を染めてしまうひかる。
でも、コクリと頷き、
「分った!」
と言うのだった。
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はー、と私は息を吐いた。
ここは、階段下のちょっとしたスペースだ。
私はそこにしゃがみ込み、手元を見つめる。
つぶらな瞳が二つ、此方を不安そうに見上げていた。
「ううっ、ごめんよピーちゃん。今直ぐMyオアシスを抜き取って、正じぃの元に帰してあげるからね……」
そう言いながら、私は如何引き抜こうかとMyオアシスを見据える。
はぁ……これはまた、見事に突き刺さったものであります。
鳥の巣の毛が、微妙に絡まり合い、メガネを捉えて放さない。
「……それにしても、鳥の巣の中、意外にキレイですね。糞とかは如何してるのでしょうか? する度に、取り除いてあげてるのかな?」
そうしている間も、私の前には生徒が行き来していたりする。
しかし、こんな場所を一々見る者も居ないので、誰も私に気付かずに素通りしてゆく。それにこの場所には、段ボール箱とか、荷物もおかれていたりするので、隠れるのには丁度良かった。
「ああ、駄目だ。全然取れない。ううっ、如何しよう……」
「ピー……」
ピーちゃんも、元気なさげに鳴く。
とその時、視線を感じ、私は顔を上げた。
「く――」
私は、思わず呼びかけそうになり、慌てて口を押さえる。
何故ならば、そこに居たのは、私の同志、呉羽君だったからだ。
彼は、物凄く訝しげな顔で此方を見ていた。
あ、危なかった。もう少しで呉羽君と言いそうでした……。
だって、今は私、素顔だもの。分る筈無いしー……。
私はそろっと目線を外す。
ただの変な女だと思って、立ち去って欲しいもの。
はうっ、折角会えたのに……。おはようも言えないなんて……。
悲しくて私は、ズーンと沈み込む。
しかし――。
「ミカ、何やってんの? お前」
私はバッと彼を見た。
呉羽君は呆れ顔で此方にやってきて、私の前にしゃがみ込んだ。
「何でミカ、体操服なんだ? 髪もよく見たら、何か濡れてんし……。もしかして、誰かに何かされたのか?」
呉羽君が尋ねてくるが、私は驚きのあまり、声も出ない。
だって、私、Myオアシスしてないよ。
しかし、呉羽君は当たり前のように、私をミカと呼んだのだ。
「……なんで……?」
「ん? どうした?」
「何で私だって、分ったんですかぁ!?」
「はぁ!? 何言ってんだよ。何で分らないと思うんだ!?」
「あうっ、だって私、Myオアシス……メガネをしていません……」
私がそう言うと、呉羽君はハァーと溜息を吐いて、呆れたように言った。
「ミカ、メガネ一つで、人が変ったり、分らなくなったりする訳無いだろ……」
「でもでも、他の人は分からなかったよ?」
私が眉を下げ、そう言うと、呉羽君は、
「はぁ!?」
と声を上げ、
「あ……」
と何かを思い出し、少し目を泳がせた後、
「ごめん」
と頭を下げてきた。
「へ? 何で謝るんですか?」
「いや、オレ実は、お前の素顔、見た事あるんだ」
「……えぇ!? そんな、いつ!?」
全く身に覚えが無いであります!
戸惑う私に、呉羽君は少し言い難そうに、そして何故か頬を染めて言った。
「いや、さ……お前が初めて、オレに弁当作ってくれた日……。屋上でお前、転寝したろ?」
………チーン。
「ハッ、まさかその時に、メガネを取ったんですか!?」
「いや、違うって! メガネがずり落ちたんだよ。それで――……」
「………」
私はまじまじと呉羽君を見る。
それにしたって、私、その時寝顔だった筈だよね? しかも一度だけって……。
「感動した!」
私はガシッと呉羽君の肩を掴む。
「はぁ!?」
「流石は同志! 流石は呉羽君であります! たったそれだけなのに、私の素顔を覚えていたなんて驚きです! 感動です!」
「いや、そこまで感動する事でも無くないか……?」
「何を仰います! それほどまでに、私の事を見てくれたって事ですよね? 凄く嬉しいです!」
はうっ、本当に嬉しいよぅ。
私がニコニコと笑っていると、呉羽君は例の如く純情少年になって、
「バ、バカ! そんな見てたって程では……」
「え……見てくれなかったんですか……?」
それは凄く悲しいであります……。
私がしょんぼりしていると、呉羽君は慌てたように言った。
「い、いや、その、見てなかった訳じゃなくてな――……だーもう、そんな顔すんなって! また、変身すっぞ!」
「はうっ、それは駄目です! いつもの呉羽君でお願いします!」
「はぁー、分かればよろしい……。で? それはいいとして、何があったんだよ? そのメガネは何処やった? お前が体操服な事に関係あんのか?」
呉羽君は、険しい顔になって聞いてくる。
やっぱり、嫌がらせを疑っているようです。まぁ、半分は本当だけど……。
私は少し躊躇してから、
「あの、メガネならここに……」
そう言って、正じぃの鳥の巣を見せた。
呉羽君は目をまん丸にしたかと思うと、ブハッと吹き出した。
「なっ!? ちょ――えぇ!? これって――」
「はい、正じぃの鳥の巣と、ピーちゃんです」
「ピー」
ピーちゃんも挨拶した。
そうして、呉羽君は暫しの間笑った。
目に涙も浮かんでいた。
そして、ひとしきり笑った後、時折顔を引きつらせながら、その鳥の巣をまじまじと観察する。
「……それにしても、よくもまぁ、見事に突き刺さったもんだよな……。一体、どうやったらこんな事になるんだ?」
「いえ、あの、窓辺にいましたら、人とぶつかってしまって。その拍子に、その下を歩いていた、正じぃの鳥の巣に落ちてしまった次第で……」
「ブッ、ありえねぇ確率……」
そう言いながら、呉羽君はどうにかメガネを外そうとしてくれている。
そして私は、本来の目的を思い出し、彼の事を見た。
あうっ、如何しよう……い、今言おうかな? もう少し待った方がいいかな?
そんな風に迷っていたが、必死になってメガネを外そうとしてくれている呉羽君を見ていたら、何だかもう、言わずにはいられなくなってしまった。
「あの、呉羽君……」
「ん? 何だ? 何かこれ、変な風に絡まってんな。外れそうで外れない……」
「えと、昨日、携帯で話したい事があるって、私言いましたよね……」
私がそう言うと、手を止め、此方を見る呉羽君。
「ああ、そういえば。昨日、何か変だったよな? 何かあったか?」
「はい、実は昨日、公園で杏也さんに会って――」
「はぁ!? 杏也さんって……あの男の事だよな? あいつに何かされたのか? それになんで名前で……」
「ええっとそれは、何だか私、ナンパな変態ヤローに襲われそうだったらしくて、杏也さんが助けてくれたそうで、それで――」
杏也さんが気付かせてくれたんだよ? 呉羽君への気持ち。
そう言おうとして、呉羽君を見ると、彼は物凄く怒った顔をしていた。
「何だよ、それ……。襲われそうだった? 助けてくれた? それでお前は!? 何とも無かったのか!?」
腕を掴まれた。ちょこっと痛い。
でもそれ以上に、心配してくれているのが嬉しい。
私は、頬を紅潮させながら言う。
「はい、全然大丈夫です。それで、ですね……。その後、私気付いたんです。杏也さんが気付かせてくれました……」
一旦、言葉を切り、ゴクリと唾を呑み込む。
はうっ、緊張する。とうとう言いますよ! ガンバです!
「……気付いたって何を?」
「あ、あのっ、私の気持ちです……。呉羽君、私は、私は――」
顔が真っ赤になっているのが自分でも分かる。
呉羽君を見ると、目を見張って私を見ていた。
「呉羽君、す――」
「鳥の巣クラッシャー発見!!」
はい? 鳥の巣クラッシャー??
バッと其方を振り返ると、青い腕章をつけた生徒が、私を指差して叫んでいた。
「何だ? 鳥の巣クラッシャーって……?」
呉羽君の呟きが聞こえる。
ニャーー!! たった今、呉羽君に言おうとしてたのにーー!!
そうしている内に、
「永井会長、こっちです!」
とか言う声が聞こえてきた。
ああっ、サポート委員会の人だったー!
ハッ、でもこのままじゃ、呉羽君が共犯にされかねない。
私は、呉羽君から鳥の巣を奪うと、彼に向かって、
「ナンパなら、一昨日して下さる?」
と、ちょっと、乙女ちゃん風に言った。
そして、立ち上がると、呉羽君を置いて、その場を立ち去る。
「え? おい、ちょっと――」
呉羽君の戸惑う声が聞こえた。
「鳥の巣クラッシャーが逃げたぞーー!!」
「そっちに行ったぞ、追うんだ!」
私は、目の前に立ち塞がる追っ手を、次々に掻い潜り、学校の中を駆け回る。
それにしても、鳥の巣クラッシャーって……。
いつの間にやら、変なネーミングにされている……。
ふと手元を見ると、何とピーちゃんは寝ていた。
はうっ、な、何と!!
先程から、何か静かだと思ったら、まさか寝ていたなんてっ!!
思いの他、図太い神経しているのね、君は。
最初の頃、あんなに怯えていたのに……ハッ、もしかして、人見知り!?
何て思っていると、目の前に立ち塞がる人たちが。
彼らは皆、赤い腕章をつけている。
「正じぃの鳥の巣、返してもらおうか……」
その中央には、背の小さな女子が。
彼女は、飯沼ひかる。
『正じぃを温かく見守る会』の会長。
そして、陸上部のエース。ポニテで可愛い女の子である。
ムムゥッ!! これはちょっと、手強そうですよ?
永井徹の幼馴染、ひかる登場。何気にお気に入り。