表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/110

第三十八話:サンタクロース×座敷翁=??

 ハッ! この人はもしや!


「座敷翁!?」

「大旦那様!?」


「……ぶぉっぶぉー」


 その翁は、歯を磨いたまま、くぐもった声で笑う。

 格好も、ナイトキャップにパジャマと、まさにこれから寝るぞ、という姿をしていた。


 んん? ちょっと待てよ? 今、吏緒お兄ちゃん、翁の事を大旦那様って……。


「この方は、乙女様のお祖父様、この薔薇屋敷家の大旦那様です」


 な、何ですって!? そんな事、乙女ちゃん何にも言ってなかったよ?


 しかし、驚くのも束の間、吏緒お兄ちゃんは抱き上げている私を降ろし、


「大旦那様、この方を宜しくお願いします」


 と言って、翁の方へと、私の背を押した。


「え? 吏緒お兄ちゃんは?」

「私は、輝石様に、あなたは幻でしたと、言い聞かせます。後、メガネもちゃんと拾ってきますから、ご安心下さい」


 そう言って、礼をすると、彼は行ってしまった。


 そうして私は、翁とこの場に残された。

 翁を見上げると、ニコニコと此方を見下ろしている。

 彼は、歯を磨いたまま、どうぞと言う様に身体をずらし、中へと導く。

 私はゴクリと唾を呑む。真っ暗で何も見えない。

 それでも私は、勇気を出して、エイヤッと中に入った。


 私が入ったのを確認すると、翁は扉を閉めた。

 途端にパッと明かりが点き、思っていたよりもずっと、広い空間が姿を現す。そこは通路となっており、他にもいくつか、扉の存在を確認できた。

 翁は、その中の一つを開くと、そこは何処かの部屋の洗面所であった。備え付けのコップに水を注ぐと、ガラガラッとうがいをし、ぺっと吐き出した。

 そして、出てくると、扉を閉める。


「さ、行こうか」


 そう言って、歩き出した。

 私は慌てて、その後を追いかける。


「えと、乙女ちゃんのお祖父さん?」

「ほっほぅー、そうじゃよ」

「住み込みサンタじゃなくて?」

「いや、住み込みサンタ」

「??」

「輝石が4つの時、サンタクロースに会いたいと言うから、わし、サンタの修行をしたんじゃよ」

「はい? サンタの修行?」


 私が首を傾げると、翁は「ほっほぅー」と笑った。


 それから私は、この翁に色々質問したり、話をしたりした。

 それによると、乙女ちゃんは翁の事を、本気でサンタクロースと思っており、自分の祖父だとは認識していないのだそう。翁もそれで満足だという。

 そして、私は自分の話もする。それは、今しがたあった出来事。思い出し、私は「同志のバカちん」と言いながら、また、ポロポロと涙を流し泣いてしまう。

 翁はハンカチを取り出し、私に渡してくれた。


「ありがとう御座います……」

「ほっほぅー、それで、その同志君は、何故俺様同志に変身してしまったのかの? 良く考えてみるといい」

「えぇ? そんなの、分りませんよぅ」

「じゃあ、何で名前を呼ばれたかったのかの?」


 首を傾げる私に、翁は「ほっほぅー」と笑う。


「人は、親しい者には、名前で呼んで欲しいものじゃよ。それが、好きな相手なら尚更じゃ」

「……好きな相手?」

「そして、好きな気持ちが爆発すると、人は時に変身もしてしまうんじゃよ」


 「ほっほぅー」と真っ白い髭を撫でながら、翁は愉快そうに笑う。


「このわしも、若い頃は良く変身したもんじゃ」


 そう言って、パチンと片目を瞑って見せたのだった。




 ガコンと扉を開けると、そこは乙女ちゃんの寝室だった。


「プレゼントを渡す時、この隠し扉が役に立つんじゃよ」


 翁は言う。


 プレゼント? ああ、クリスマスの時か。


 何て考えていると、翁は更に言った。


「今日は何とも楽しい一日じゃった。若い頃を思い出した。まさに青春。

 娘さんや、孫を、輝石をあまり嫌わないでやってくれないかの。根は、素直でいい子なんじゃ。時に行き過ぎて、暴走してしまうがの」


 そう言って、最後にもう一度、「ほっほぅー」と笑うと、ガコンと扉を閉めてしまった。

 後には何も無い壁。目を凝らして見ても、継ぎ目なんかは一切見当たらない。


「………」


 私は黙ってベッドに向かう。

 乙女ちゃんが、何とも幸せそうな顔で眠っていた。

 私はその中に潜り込むと、ギュッと目を瞑る。

 今言った、翁の言葉を思い出していた。


 好きな相手には名前で呼ばれたい?

 好きな気持ちが爆発すると、変身する?

 ううー、そんなバカな。だって、同志はロンリーウルフ。

 そんな甘えた感情など……ハッ、でも、彼は純情少年! それに結構、乙女な所も持ち合わせていたりして――……。


 ……同志は私の事、好きなの?


 はれ? あれあれ? 何だか物凄く恥ずかしいぞ?

 でも、だとしたら、名前で呼んであげた方がいいのかな……?

 ハゥッ、駄目だ。やっぱり恥ずかしい!

 それにそれに、呼んだらまた、俺様に変身しちゃう?

 そしたら、そしたら……チューー!!


 バシュッと拳を前に突き出し、ハッと我に返る私。


 おおぅっ、これでは、同志の顔にクリーンヒット……。


 私は手を元に戻すと、掛け布を身体に巻きつける。


 うん、寝よう。寝てしまおう……。


 私はもう一度、ギュッと目を瞑った。




 ――さま……おねえ……えさま……。


 うん? 誰かが呼んでる?


「お姉さま、朝ですわよ!」

「ううーん、はれ? 乙女ちゃん、何で私の部屋にいるの?」

「あはん、寝ぼけてるお姉さま、かわゆいですわ! それに、寝起きのお姉さまも、中々に萌えですわ」


 そう言うと、パシャッと写真を撮った。


「え?」


 私はパチッと完全に目が覚めた。


「んふふ、新たなコレクションが増えましたわ。寝姿に寝起き、正にお泊りあってのレアショットですわ!」


 乙女ちゃんは、手を休める事無く、シャッターを切り続ける。

 私はガバッと起き上がった。


「ああん、お姉さま。それグッドですわよ! 肩紐が落ちて、セクシーですわぁ!!」

「いや、ちょっと待って、乙女ちゃん!?」


 と、その時、ゴホンと咳払いする音が聞こえ、そこには吏緒お兄ちゃんが立っている。


「お早う御座います、一ノ瀬様……」


 そう言いながら、なるべく私を見ないようにして、此方に手を差し出した。

 その手には、私のメガネ、Myオアシスが乗っている。

 私はずり落ちた肩紐を元に戻し、


「ああん、もう戻してしまいますの……」


 ……元に戻し、メガネを受け取る。


「……ありがとう御座います。吏緒お兄ちゃん……」

「……いえ……」


 私はチラリと吏緒お兄ちゃんを見上げると、彼は僅かに頷いて見せた。

 私はホッと胸を撫で下ろす。

 後で詳しく聞いてみた所、薔薇屋敷輝石は、昨夜の事をちゃんと幻と認識したのだそうだ。


 おしっ、これで一先ず安心。


 そして吏緒お兄ちゃんは、パンパンと手を叩いた。

 すると、メイド服を着た方たちがゾロッと出てきて、乙女ちゃんと私を取り囲む。


「うえぇ!? 何ですか? この人たち?」

「あら、身支度をしていますのよ。髪を整えるのも、顔を洗うのも、歯を磨くのも、全て同時進行で行いますわ。時間短縮でしてよ」

「ってゆーか、私もぉ!?」

「当然ですわ! お姉さまはまさにVIP! わたくしと同じ待遇とさせて頂きますわ!

 だって、わたくしとお姉さまは、一心同体ですもの。キャハ♪」


 乙女ちゃんは両手で頬っぺたを覆い、身をくねらす。

 そうしている間も、メイドさんたちに髪やら顔やらを弄くられている。

 そして、私にもメイドさんがついて、髪をとかし始めた。

 ネグリジェにも手を掛けられる。

 いつの間にやら、吏緒お兄ちゃんは居ない。彼女達を呼ぶと同時に、部屋を出たらしい。


「うわ、いいです。自分でやります〜!」


 しかし、メイドさん達は黙々と作業をしている。

 やがて私は抵抗を諦め、されるがままとなった。

 顔を洗うのも、歯を磨くのも、人の手でされるのは何とも居心地が悪い。


 ああ、やっぱり、普通が一番かも……。


 そうして、メイドさん達は、完璧にお仕事をした。

 私は、いつもよりちょっと小奇麗な、一ノ瀬ミカになっていた。

 乙女ちゃんを見ると、彼女は制服を着ている。


「あ、今日は学校に行くんだね」

「当然でしてよ! 生徒会長と言う輩に、お姉さまを奪われてなるものですか!」


 拳を作って断言する乙女ちゃん。


 奪われるって……それは絶対に無いから……。


「それに、学校に行く許可は、昨夜、杜若がお兄様にしておいてくれましたわ」

「昨夜……」


 あの時か、と私は思うのだった。





 そして、朝食の用意された食卓へと行くと、そこには既に、同志と日向真澄が居た。


「おはよー、一ノ瀬さん。薔薇屋敷さん」

「………」


 日向真澄の挨拶。そして、同志は一度、此方に目を向けると、気まずそうに目線を外してしまう。


 はうっ、何だか物凄く気まずいです。というか、恥ずかしい……。


「……おはよーございます……」


 私は、小さい声で挨拶をした。


「……一ノ瀬様、どうぞ」


 吏緒お兄ちゃんが椅子を引いてくれる。

 私が笑顔でありがとうと言うと、彼は何か言いたげな顔をしていた。しかし、結局は何も言わず、乙女ちゃんの元へと行ってしまった。


 ?? 一体、何だったんでしょうか? 変な吏緒お兄ちゃん。


 とその時、同志が私に近付いてきて、私にしか聞こえない様にポツリと言った。


「昨夜はごめんな。名前とかはもういいから、忘れてくれ、一ノ瀬」

「え?」


 私は顔を上げ、同志を見る。


「今まで通り、同志でいいから。それにオレも、お前の事、一ノ瀬のままにするから。もう気にしたりすんなよ」


 そう言うと、同志は少し寂しそうに笑った。


 あれ? あれあれ? 何だろう? 物凄く寂しいぞ?


 私は何だか、鼻の奥がつんとなり、それを誤魔化すように、用意されたパンを口に運ぶ。


 ううっ、しょっぱい……。


 何故だか、そんな風に感じてしまった。



 ++++++++++



 オレは、朝飯を口に運びながら、チラリと一ノ瀬を見る。

 やはり、昨夜の事を怒っているのか、少々ムスッとした顔をしている。

 そしてふと視線を感じ、其方に目を向けると、杜若が此方をじっと見ていた。


『何だよ』


 口だけを動かしてそう言うと、奴は此方にやってきて、オレに耳打ちした。


「後でお話があります」


 一体何だ?


 オレは眉を顰める。




「昨夜、一ノ瀬様と何かありましたか?」


 それが、オレを呼び出した杜若の第一声だった。


「昨夜、あの方は、同志が、と言いながら泣いておられました。それに、今朝もあなたを前にして、あまり元気が無いようだったので……」


 何だと!? って事は、一ノ瀬はこいつにも会ってたのか?

 ……ハッ! じゃあ、こいつにも縋り付いて泣いた!?


 オレは日向の言葉を思い出す。


『縋り付いて、泣かれちゃったよ』


 その言葉にかなりムカついた。


 いや、悪いのはオレなんだが……。

 でも、やっぱり許せねーよな。


 オレは杜若を睨む。


「別にあんたには、関係ないだろ?」


 そうだよ! 何でこいつに言う必要があんだよ!? 全然関係ねーだろ!?


 と、思っていたのだが、杜若は首を振った。


「いいえ、関係なくはありません」

「は!? 何でだよ」

「何故ならば、あの方は私の――」


「あら、杜若、呉羽様、そんな所で何してるんですの? 早くしないと、学校に遅れますわよ」


 杜若が何かを言おうとした時、薔薇屋敷が現れ、話は中断された。

 すると杜若は、


「はい、お嬢様。只今参ります」


 そう言うと、オレを見て、


「話はまた後で……」


 そう言って、薔薇屋敷の後について行ってしまった。


 は!? おい、ちょっと待て! 『あの方は私の――』って何だよ!?

 一ノ瀬があんたの何だって言うんだ!? なんて言おうとしたんだよ!!


「おーい、如月君。何、ボーとしてんの?」

「あぁ!?」

「うわっ! 何でいきなり睨むの!?」


 オレは思いっきり、日向の事を睨んでいた。

 そして、その後ろには一ノ瀬の姿が……。


 キュッと眉を寄せ、日向の後ろに隠れている。


「うおっ、一ノ瀬? 別にお前は睨んでねーぞ!」


 慌ててオレは、そう言ったのだが、


「いや、一ノ瀬さん、さっきからこんな感じだったよ。昨晩の事、やっぱり気にしてるんだよ」

「はうっ、別にそう言う訳では……」


 そう言う一ノ瀬だったが、なるべく此方を見ない様にしているみたいだった。


「ほら、ちゃんとあやまんなね。気まずいままだと、周りまで気まずくなっちゃうよ」


 すると、一ノ瀬を置いて、日向は先に行ってしまう。


「え? ちょっと待て! 謝るならさっきしたって……あー、行っちまった」


 そしてオレは、一ノ瀬と二人きりになってしまった。


「………」

「………」


 お互い無言になる。なんとも気まずい。


 何でだ? オレ、ちゃんと謝ったよな!?

 昨夜の事は無かった事にって言ったし、やっぱり、キスしよーとした事引きずってんのか!? いや、それなら一昨日もしよーとしたけど、別にこんな風にはなんなかったし……。

 一応、もう一度……。


「あー、一ノ瀬? 昨夜はごめんな?」

「いえ、もーいーですよ……」


 なら何で、そんな悲しそうなんだ!?

 つーか、会話続かねーし。いつもの一ノ瀬と全然違うし……。


 オレは思い切った行動に出た。


 プニッ。


 オレは一ノ瀬の鼻を摘む。


「………」


 一ノ瀬は無言でオレを見た。

 オレは額に汗が浮かんでくるのを感じる。


「い、いや、摘みやすそーだったから……」


 何かしら反応が欲しかっただけなのだが、何だか逆効果だったようで、失敗したかと思っていると、


「くーちゃんって呼びますよ?」


 ポツリと一ノ瀬が言った。


「は!?」

「呉羽君と、君付けならいいかと思ってたんですけど、こんな事するなら、くーちゃんにします……」


 ムスッとして、一ノ瀬が言う。


 ……? 今、何つった? 呉羽君?


 オレは、ゆっくりと瞬きをしながら、一ノ瀬の鼻から手をどける。


「えと、一ノ瀬?」

「私だけ、下の名前で呼ぶのは、不公平じゃないですか?」


 じっとオレを見て、一ノ瀬が言った。

 オレはまじまじと一ノ瀬の事を見て、そして、今言われた事をじわじわと理解した。


「あ、う……ミカ?」


 俺がそう呼ぶと、一ノ瀬は……いや、ミカは、綻ぶ様に笑った。


「エヘへ、呉羽君」


 照れているのか、その頬は赤く染まっている。


 何だこれ!? やベー、すげー嬉しい……つーかこいつ、すげー可愛いんだけど……。


 オレは無意識に、可愛く笑うこいつを抱き締めていた。


「え!? ちょッ、もしかして、また俺様に変身しちゃいましたか!?」


 またこいつは、変身って言ってる。まぁ、あん時のオレは、気持ちが先走って、ちょっと……いやかなり強引だったからなー……。俺様っつわれても、おかしくはねーわな……。


 そしてオレは、腕の中で慌てふためくミカにこう言った。


「勿体無くて、変身なんてできっかよ」

「本当ですか?」


 まだ疑うミカに、オレは身体を離し、頬っぺたを摘んだ。


「ほわっ!? 何れ、いきなり、頬っぺた摘むんれすか!?」


 そんなミカに、オレはちょっと意地悪く笑って言う。


「疑う奴は、お仕置きだな」

「うなっ!? うー、分りましたよー。もー疑ってませんよー」

「分ればよろしい」


 俺はふざけてそう言って、ミカの頬っぺたから手を離す。

 そんな自分の頬を擦りながら、


「もー、呉羽君は何だか、いたずらっ子です」


 むーと俺を睨んでくるが、そんな視線も、何だか今は嬉しい。


「ああっ、何で笑うんですか!? もう、呉羽君なんて知りません! 先に行きます!」


 そう言って、ズンズンと肩をいからせて行ってしまう。


「あ、待てよ!」


 俺も、その後を追いかけようとした時、「ほっほぅー」と、そんな笑い声が聞こえた気がした。


 あのサンタの爺さん!?


 俺は周りを見回すが、姿など見えない。


 出会った者には幸福が訪れる。座敷翁は伊達じゃなかった。



「ありがとな、サンタの爺さん」


 今、オレはかなり幸せだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ