第三十五話:輝石、乱入!
「ああ、やっぱり神様はイジワルだ。きっと僕に嫉妬しているに違いないよ!」
「心中、お察し致します……」
芝居掛かった仕草で嘆いて見せるのは、色素の薄い髪に、中性的な顔立ちの男性、薔薇屋敷輝石。そして、彼に畏まって付き従うのは、金色の美しく流れる髪に、涼しげな青い瞳の美しき男性、杜若流音。輝石の専属の執事である。
「どんなに探しても、ドールは見つからない……。あの店を尋ねてみても、暫く休むと書かれた紙が貼ってあるし……。
ああっ、それもこれも、あの男のせいだよ! あのウサギの耳を付けたふざけた男が、ドールを連れ去ってしまったに違いない!」
今や輝石の中で、真澄の存在は、自分とドールの仲を引き裂こうとする悪の存在と化していた。
「あの男は魔王だよ! それもウサギ大魔王だ! ああ、ドール……。僕には君の心の叫びが聞こえるよ。助けて、早く迎えに来て、と……」
そしてドールは、彼の中で囚われの姫君と化している。差し詰め、輝石はその姫君を助ける、騎士か勇者と言った所なのだろう。
突っ込み所は、有り過ぎる位にあるのだが、優秀な執事である流音は、そんな無粋な真似はしなかった。
「一先ず、屋敷へと戻りましょう。何にしても、一晩探し回ったのです。身体を休ませなければ。輝石様はそれ程、丈夫なお身体と言う訳ではないのですから……」
「美人薄命と言うからね!」
色素の薄い髪を、軽く払って、輝石は言ったのだった。
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「んもー、悔しいですわ! 何で引き止めて下さらなかったのかしら! 全く気の利かない!」
乙女ちゃんはぷりぷりと怒っている。
お風呂からでた私と乙女ちゃんは、コーヒー牛乳を手に持ったまま、ぼーとしている同志と日向真澄を見つけたのだが、何でも、彼らは乙女ちゃんの言っていた、住み込みサンタに会ったのだと言う。彼らの持つコーヒー牛乳も、そのサンタから貰ったのだそう。
うーん、一体どんな人物なのでしょうか? その住み込みサンタって……。
座敷わらし――じゃなかった、座敷翁と言う位だから、彼らには幸福が訪れるのでしょうか? ああ、私も会ってみたかったかも!
私は気になり、まだ少しボーとした様子の同志を覗き込み、尋ねた。
「同志、同志。どんな人でした? 本当にサンタさん?」
「え? あ、ああ、そのまんまサンタって感じだった……」
そう答えてくれたが、私の顔を見ると、何故か顔を赤らめ、目を逸らしてしまう。
……? 何故急に純情少年に?
すると、首を傾げている私に、日向真澄は苦笑しながら言ってきた。
「それにしても、そっちは大変そうだったね。一ノ瀬さん、薔薇屋敷さんに、散々洗われちゃったんでしょ?」
んん!? 何故その事を?
そうなのだ。手にたっぷりと泡を付けた乙女ちゃんは、私の体を隅々まで洗いまくった。それはもう嬉々として。
お陰で、疲れが取れる筈のお風呂で、私はすっかり疲れきってしまった訳なのだが……。
「何でその事を知っているんですか?」
私がそう尋ねると、奴は、
「だって、そっちの声、丸聞こえだったよ」
何ですと!?
私がギギッと同志の方を見ると、彼はますます赤くなって、私から顔を背けてしまった。
「あら、それは当然ですわ。銭湯とはそういうものだと、お父様も言っていましたもの。一つの石鹸を、男湯女湯で投げ合って使い回す。その為の天井の隙間だそうですわ。わたくしは嫌ですけど。
でも、そういえば、其方の声は全く聞こえませんでしたわね。ずっと黙ってらしたの?」
乙女ちゃんがそう尋ねると、同志と日向真澄は顔を見合わせ、何とも言えない表情になった。
「んまっ、まさかずっと此方の声に、耳を済ませていらしたの!? いやー! ちょっとお姉さまに近寄らないで下さる!? 汚らわしいですわ! 何ていやらしい!」
乙女ちゃん、ちょっと騒ぎ過ぎというか、言い過ぎ……。
でもでも、此方の声を聞かれていたですって!? それはかなり恥ずかしいかも! だって私ってば、散々叫びまくってたし……。
あー、私、変な声とか出してなかったかな? 変な事、口走ってない? うー、そんな事、尋ねる事自体も、何か恥ずかしいよぅ!
「いやらしいって、薔薇屋敷! お前が言うなって!」
同志が乙女ちゃんに言う。
「まぁ、それは聞き捨てなりませんわ! わたくしは純粋に、お姉さまを洗ってましたのよ。変な言い掛かりは止めて下さる?」
いえ、乙女ちゃん! あの時のあの目は、かなりやばかったであります!
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一方その頃、乙女の執事である杜若吏緒は、そろそろ食事の用意も整うので、乙女達を呼ぼうと、廊下を歩いていた。
そして、そこで呼び止められたのである。
「ああ、吏緒。たった今、僕が帰ったよ。乙女は何処だい?」
「っ!! 輝石様! これは、お帰りなさいませ。お嬢様は只今、ご友人達と共に、お風呂に入ると仰られて……」
「何!? ご友人? それは兄である僕も、挨拶をしなくては! 僕も一緒に行くよ!」
その言葉に、一瞬,戸惑った顔を見せたが、輝石の後ろに居る、兄の流音に無言で睨まれ、吏緒は目を伏せ、頭を下げた。
そうして彼らは、乙女達を見つける事が出来たのだが、吏緒が声をかけようとするも、輝石の叫びによって、それを阻まれてしまう。
「何故、あの男がここにっ!!」
その叫びで、乙女達も此方の存在に気付いたようだった。
乙女は兄の姿を見つけ、最初、嬉しそうな顔をするが、直ぐに「まずい」と言う様な顔になって、ミカの方をチラリと見る。
そしてミカはというと、今にも叫び出しそうな顔で、呉羽の後ろへと隠れた。呉羽はそんなミカを、不思議に思うと共に、吏緒を見、彼を睨みつけ、その後ろにいる人物達を見て、訝しげに眉を寄せる。
そして真澄は……。
「何であんたが、ここにいるんだよ!!」
彼もまた、輝石同様そう叫んでいた。
輝石は前に出ると、真澄に向かい、挑む様な目で言った。
「何でも何も、僕は薔薇屋敷家の長男。薔薇屋敷輝石だからさ! ここは僕の家だ!」
「なっ! それじゃあ、あんたは薔薇屋敷さんの実の兄!?」
「今日は、あのふざけたウサギの耳は付けてはいない様だね。僕とドールの仲を引き裂こうとするだけでは飽き足らず、まさか僕の可愛い妹の乙女にまでその毒牙に掛けるつもりかい!?
ああ、まさに魔王と呼ぶに相応しい! 今直ぐ、僕のドールを返してくれないか? 君がドールを何処かに隠してしまったんだろう? この大魔王め!」
「は!? 閉じ込める? 大魔王? 何言ってるんだよ、あんた!」
本当に何を言っているんだろうと、この場にいる全員は思い、対峙する二人を見ていた。
そして、吏緒と乙女は、ドールという言葉を聞いて、ミカの方に目を向ける。
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隊長ー!! 大変であります! 敵の総大将が、目の前にっ!!
落ち着け、お前たち! ここは一先ず、地味にひっそり、目立たずにやり過ごすのだ!
イィエッサーー!!
私は、隊長の立てた、『地味にひっそり目立たずに作戦』を実行した。
まるべく気配を消し、同志の背に隠れるようにする。
まさか、こんなに早く、鉢合わせしようとは! 相変わらずの、勘違い暴走っぷりであります!
こうして考えると、日向真澄が一緒にいて、良かったのかもしれません!
何故って? それは、あの男の注意が、全て奴に向かってくれているから!
ああ、あの時、無下に返してしまわなくて、本当に良かった……。
私は、つくづくそう思う次第であった。
「流音、手袋を!」
その時、乙女ちゃんの兄である、薔薇屋敷輝石はそう言った。
流音と呼ばれた金髪イケメンは、ハッと何かに気付き、
「はい、畏まりました」
と、そう言って、自分の手袋を外して、薔薇屋敷輝石に渡した。そして薔薇屋敷輝石は、それを受け取ると、ペイッと日向真澄に向かって投げ捨てる。
ぅおい! 自分で求めておいて、何だその態度は!
と、憤慨したのも束の間、薔薇屋敷輝石は言った。
「決闘だ!! ドールを賭けて!!」
ハッと私は思い出す。
そう言えば、手袋を相手に投げ捨てる行為って、決闘を意味してたんだっけ……? うろ覚えだけど、中世の貴族の風習だったかな?
……ってちょっと待てぃ! ドールを賭けてって、私!? ……ん? ちょっと待てよ? もし日向真澄が勝ったら、あの男は私の事を諦めてくれる?
……うおぉーー!! 頑張れ、日向真澄ーー!!
と、言う訳で、決闘と相成った訳であります。
そして、広いホール内に移動した私達。
一体、決闘とはどんなだろうと思っていると、あの男は、フェンシングなどと言った。
なんと言うか、お金持ち定番のスポーツ来た!
「ああ! お兄様は、フェンシングの大会で優勝した事もありますのよ! 日向真澄に、勝ち目などありませんわ!」
隣で乙女ちゃんが言った。
彼女には、先程、事の次第を説明したばかりである。勿論、吏緒お兄ちゃんにも。
しかし、「いやー私、小さい頃、乙女ちゃんのお兄さんに誘拐されかけたんだよねー」とは、面と向かって言える筈も無く。なるべく柔らかく。当たり障りの無い程度に話しておいた。
すると乙女ちゃんは、
「んまぁ、そうでしたの!? これもまた、わたくしの居ぬ間にですわね。でも、お兄様は美しいものがお好きなので、お姉さまの美しさを前に、当然といえば、当然の事と言えなくも無いですわ!」
「まさか、輝石様がフランスに行く事になった切欠が、一ノ瀬様だったなんて……」
吏緒お兄ちゃんも、驚きを隠し切れないみたいだった。
と、ここで、今さっき言った乙女ちゃんの言葉を思い出す。
……フェンシング優勝?
ハッ、何ですって!? 優勝ですって!? それでは、日向真澄が負けてしまふ!
私は、日向真澄を見る。彼は、あの薔薇屋敷輝石を睨んだまま、対峙している。
「もし、俺が勝ったら、ドールにはもう近付かないんだな?」
すると、薔薇屋敷輝石がコクリと頷き、そして、フフッと笑う。
「でも、君が負けたら、ドールを僕に返してもらうよ? 元々、ドールは僕の愛人だからね」
愛人と言う言葉が、私の胸に突き刺さる。
ぐはっ! 一体全体、何時何処で私が貴方の愛人になどなりましたか!?
私は、その場で項垂れたくなった。何か、乙女ちゃんたちの視線を感じる。なので私は、ぶんぶんと首を振って、否定した。
「何か、訳わかんねーけど……直訳すっと、日向の心に決めた女ってのが、薔薇屋敷の兄貴であるあの男の愛人で、その女を賭けて、今、あいつらは決闘してるって事なのか?」
No〜〜!! 同志、それは違いまする!! あうあう、同志にまでそんな認識をされてしまうとは!
ああっ、今、彼の中で、どんな愛憎劇が繰り広げられている事やら……。
「……同志、深くは考えちゃ駄目です。今、見聞きしている事だけが、真実とは限りませんよ!」
とりあえず、私はそう言っておいた。
「あ、そういえば、日向真澄って、運動神経は如何程なんでしょうか? 恐らく、フェンシングなどやった事の無い彼の事です。相当運動神経が良くなければ、勝つ見込み等無いのでは?」
私がそう言うと、吏緒お兄ちゃんが答えた。
「日向真澄、彼の成績は、中程度です……。他の成績も、到って普通でしたよ」
「ハァ、そうですか。奇跡などが起きない限り、彼が勝つ事など……ん? 何で吏緒お兄ちゃん、日向真澄の成績なんて知ってるんですか?」
「それは、お姉さまと私の仲を引き裂こうとする敵の事ですわ。しっかり調査済みでしてよ。
因みに、好物はおはぎやお饅頭といった、あんこ系の和菓子。苦手な物は、酢の物系のすっぱい物ですわよ」
「……乙女ちゃん、何もそこまで調べなくても……」
「甘い、甘いですわよ、お姉さま! どんな些細な事でも、敵の事なら知っておくべきですわ!
ああん、でも、お姉さまの事は、直接お姉さまの口から聞きたいですわん」
急にもじもじとし始める乙女ちゃん。
ストーカーなどをしているが、こういう所は憎めない乙女ちゃんであった。
そして始まる決闘。
二人とも細い剣を持って、顔に面などをつけている。
そして、薔薇屋敷輝石は、胸に赤い薔薇を挿した。
「恐らく、一般庶民であろう君は、フェンシングのルールなど知る訳が無いだろうから、特別ルールを用意したよ。制限時間内に、君がこの僕の胸の薔薇を散らす事が出来たら、君の勝ちとしてあげよう。此方が君に当てたとしても、それは君の負けとはならないから、安心するといい。
でも、時間内に君が僕を負かす事が出来なければ、君の負けだよ。
どうだい? 初心者の君には、かなり優しいルールだと思わないかい? 僕って優しいだろう?」
薔薇屋敷輝石はそう言った。
くぅ〜〜、何というか、余裕綽々ですな!! そんなハンデを取る事自体、相当の自信の現われと見た!
優しいとは言っているが、負ける事は無いと思っている事が、ありありと分る。
日向真澄は、根が素直な為、文句一つ言わない。
そうして決闘は始まった。制限時間は五分間。
それは、かなり一方的なものとなった。
基礎など何も出来ていない、初心者の日向真澄は、闇雲につっこんで、そのつど薔薇屋敷輝石に打ちのめされていた。
一度、私達の方に倒れ込んで来た日向真澄に、私は思わず、
「日向君、頑張って!」
と、声援を送っていた。
すると彼は、
「うん、ドール。俺、頑張るから!」
そう返事をした。
私はギクリとしたが、ああ、と思い立つ。
彼はこっちを見ていなかった。声だけ聞いて、そう答えたのだと理解した。
という事は、日向真澄は今、意識が朦朧としているのかもしれない。彼はずっと動き通しだった。
そして……。
膝をつき、肩で息をする日向真澄。
そして、その前に勝ち誇ったように立つ薔薇屋敷軌跡。その胸の薔薇は、美しく咲いたままとなっていた。
「フフッ、如何やら僕の勝ちの様だね。さぁ、ドールの居場所は何処だい? 早く迎えに行ってあげなくては」
そう言い放つ薔薇屋敷輝石。
日向真澄は、悔しそうに「クッ」と呻いた。
ここで私は、一歩前に出る。
「ちょっと待って下さい。その勝負、私にもさせて頂けませんか?」
「い、一ノ瀬!?」
「お姉さま!?」
「一ノ瀬様!?」
私の後ろで、同志たちが声を上げる。
「ハァ……、たった今、勝負は決まったよ、みすぼらしい君。君の様な女の子が何を出来るというんだい?」
「そこにいる日向真澄は、何も知りませんよ。寧ろ、彼がそれを聞きたい事でしょう」
私がそう言うと、目の前の男は、「何だって?」と日向真澄に目を向けた。
「そして私は、ドールの電話番号などを知っていたりします。
如何ですか? これを賭けてみませんか?」
そう言いながら、私は彼に向かって、ニヤリと笑ったのだった。