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第三十四話:富士山の向こう側

 =呉羽side=


「うおっ! マジで露天風呂だ!」


 オレは感動のあまり、暫くその場に立ち尽くした。


 自分ちに露天風呂があるなんて、すげーよな。金どんだけ使ってんだよ。金持ちってすげーな。


 一ノ瀬の家も、金持ちだと思ったけれど、それが普通に感じてしまうほど、薔薇屋敷の家は常軌を逸していた。

 そう言えば、とオレは思いを馳せる。


 一ノ瀬は今頃ひのき風呂か……。いつも家ではジャグジーだったから、和風のお風呂がいいとか言ってたもんなー……。今頃はしゃいでんじゃねーか?


 そんな事を思っていて、思わず想像してしまい、オレは頭を振る。

 薔薇屋敷が用意した服は、ぴったりし過ぎて、その下の体の線を容易に想像させた。

 これでは、一ノ瀬にえっちと言われても仕方が無いと、オレは思ったのだった。



 ++++++++++



 =ミカside=


「うわーい、総ひのきのお風呂だー!! いーにおいー!」


 私は、お湯に浸かりながらそう叫ぶ。


「ええ、天然の檜から切り出しましたのよ」

「へー、すごいねー」


 湯気と共に、檜が香り、気持ちが落ち着く。

 ホーと溜息をついていると、一緒に入っている乙女ちゃんが、私をじっと見ながら言った。


「あーンもうっ、お姉さま? 何でタオルをしたままですの? 約束が違いますわ!」

「……約束って……何時そんな約束したっけ……。それに、乙女ちゃんもタオルしてるでしょ?」

「あら、そんなだって、お姉さまの完璧なプロポーションを前に、わたくしの裸など、月とすっぽん。アメンボですわ」


 ア、アメンボって……何もそこまで自分の体を卑下しなくとも……。それに、乙女ちゃんはそういうけれど、乙女ちゃんだって、それなりにプロポーションはいいと思うんだけどなぁ……。

 って言うか、その位が丁度いいというか、羨ましいというか……。


 ハァと溜息を付くと、ふと同志の事を思い出した。


「あー、そ−言えば、同志は露天風呂かぁ……。いーよね、露天風呂も」

「あら、お姉さま? 実は露天風呂は一つしか御座いませんの。天然の温泉なんですけど、出る量が少なくて、女風呂、男風呂に分ける事が出来ませんでしたのよ。

 なので、露天風呂は混浴ですわ。今行ったら、呉羽様と一緒に入る事になりますわよ?」

「ああ、そうなんだ。残念……」

「薄める手もありましたけど、お父様は成るべくそのままがいいと言いましたの」

「フーン、そうなんだ……あ」

「?? 如何しましたの?」

「ううん、何でも無いよ、乙女ちゃん。もう、全然大した事じゃないから、気にしないで」

「……? そうなんですの? 分りましたわ」


 いや、ちょっと日向真澄は如何してるのかな、と本当にちょっと思っただけなんだよね、うん。全く関係ナッシング。



 ++++++++++



 =真澄side=


「うーん……初めての岩盤浴……なんか地味? それに暇? こんな事なら、くじ無視して、如月君と一緒に露天風呂に行った方が良かったかなぁ……」


 そんな事を呟きながら、俺、日向真澄は暖められた石の上にいる。因みに、浴衣着用。


 まぁ、気持ちいいっちゃあ、気持ちいいかもだけど……ただ寝るだけってのも、味気ない。こう、何か手持ち無沙汰って言うの? 雑誌か何かあればいいんだけど、それか携帯ゲームとか?

 よし! ここは別の事を考えよう! そう、それは勿論、ドールの事!

 ああ、ここに彼女が居てくれたらどんなにいいか。ドールの浴衣姿か……色っぽいんだろうなぁ……。ああ! 見てみたい!


「あ、そう言えば、一ノ瀬さんって、ドールに似てるよね。メガネ取ったら、絶対可愛いと思うんだけど。コンタクトとかにしないのかな?」


 やっぱり親戚なのだろうか。

 後、彼女は声も、ドールに似ている事に気付いた。

 目を瞑って聞いていると、まるでそこにドールが居るかのようだった。


 あ、そうだ、一ノ瀬さんに頼めないかな? 「真澄君、あいしてる」とか言ってもらって、その声を携帯で送ってもらえば、まるでドールに言ってもらってるみたいに――……って、すっごい空しい! 何この空しさ!

 ……やっぱり本人に言ってもらわないと……。

 それに、一ノ瀬さんにそんな事頼んだら、絶対に如月君、黙ってないだろうし。

 よしっ! 今度ドールに会ったら頼んでみよう!

 仮にもフリとはいえ、俺って彼氏だし。あの、輝石って奴を牽制する為だって言えば、言ってくれるかな?


 ++++++++++



 =再び呉羽side=


「ほっほぅー」


 オレは湯に浸かりながら、そんな声を出して笑う爺さんを、なるべく見ない様に勤めている。


 一人ゆっくりと露天風呂に入っていたオレの前に現れた人物。それは、何処か見覚えのある人物、というか、誰もが一度は目にした事があるんではなかろうか。テレビや絵本、アニメ、映画もろもろで。

 しかし、あまりにも時期がズレている。それに……オレはチラリと目を向けた。


 スッポンポンだぞ!! 何かすげー見てはいけないものを見ている気がする!


 オレがいま、見ている人物。

 それは、ずんぐりむっくりな身体に、真っ白な髭と髪。優しげな顔つき。

 弟の揚羽が見たなら、迷わずこう呼んでいた事だろう。

 サンタクロースと。


 何でこんな所にサンタクロース!? って、もしかしたら、薔薇屋敷の爺さんとかか!? つーか、髭濡らさない様に、ビニール袋を耳から提げてる姿は、何とも情けないんじゃないか?

 ああ、でも……もし、薔薇屋敷の祖父さんだったら、こうして家に上がり込んで、しかも風呂にまで入ってる以上、挨拶とかしなきゃいけないんじゃあ……。


 そんな事を悶々と考えていると、その爺さんが不意に話しかけてきた。


「ここ、混浴なんじゃよ」


 うおー、喋ったー!! って、第一声それかよ! つーか混浴!? ここって混浴だったのか……って事は、今、一ノ瀬がここに来たりしたら、鉢合わせに――ってまた何考えてんだオレ!


「ほっほぅー、残念……」


 謎のサンタクロースは、そう呟くと、ザバッと音を立てて出て行った。

 オレは暫し、呆然とそれを見送っていたのだった。



 ++++++++++



 =ミカside=


「おほほほ、お姉さま! ここでは、タオルは厳禁ですわよ! ですから、思う存分、そのプロポーションをわたくしに披露なさるといいですわ!」


 乙女ちゃんが、私にそう言った。

 私たちが今居る場所。それは銭湯。

 ひのき風呂に入った後、他にも入ろうと言ってやって来た場所だった。

 すると、待ち合わせをした訳ではないのに、同志や日向真澄もやってきた。


「あ、同志ー! 露天風呂、如何でしたー?」


 此方に向かって歩いてくる同志に手を振りながら、私がそう聞くと、彼は何とも曖昧な顔をして、


「いや、うん、まぁ……風呂はすげー良かった……」


 などと言った。


 ?? 風呂は? 何故そんな顔を?


「岩盤浴は、何か地味だった。誰か隣に、話し相手とか居た方がいいね」


 聞いた訳でもないのに、日向真澄が言った。


「あら、日向真澄、あなたには聞いて無くってよ」


 乙女ちゃんが、私の代わりに言ってくれた。

 奴は少々傷付いた顔をしている。


 うーん、ちょっと可哀想かも……?


 そう思っていると、同志が乙女ちゃんに尋ねる。


「なぁ、薔薇屋敷。あそこの露天風呂、混浴って本当か?」

「あら? 何でご存知ですの?」

「何か、入ってきた人がそう言ってた……」

「まぁ、そうですの? ここのお風呂は、使用人にも開放していますので、その誰かではないかしら?」

「そ、そうなのか……?」


 何とも微妙な顔をする同志。一体如何したのだろうと私が見ていると、乙女ちゃんが私の腕を引っ張った。


「さぁ、お姉さま、入りますわよ! 呉羽様方も、今日は特別に、私がお金を払って差し上げますわ!」


 そう言うと、ピランと一万円札を出し、


「つりはいらなくってよ!」


 番台さんに差し出す。


 おおぅ、再び奢り人の神、降臨す! ってゆーか、一万円!? 太っ腹すぎる!

 さすが乙女ちゃん!


 番台のお婆ちゃんは、嬉しそうにニヤリと笑うと、4人分の桶を出してくる。その中には、タオルやら石鹸やらが入っていた。


「ごゆっくりー……」




「いーやー! 乙女ちゃん、待って! 乙女ちゃんってば!」

「おほほほ! お湯に入る前は、体を洗う事を義務付けられていますわ! さぁ、観念なさって、お姉さま!」


 広い浴場に、私達の声が響き渡る。

 テレビや何かで見た事のある、銭湯その物がそこにあった。壁には立派な富士山の絵。

 だが、それに感動するのも束の間、私は乙女ちゃんに、壁際まで追い詰められていた。


「あーん、お姉さま。何て素敵なプロポーション。乙女、羨ましいですわ!」

「いや、乙女ちゃんだって、それなりのプロポーションだから! 私だって、それ位の方が羨ましいってー!」

「何を仰って!? お姉さまは、そのプロポーションあってのお姉さまですわ! そんな事より、さぁ、洗いっこ致しましょう!」

「いや、だからっ、ね? 自分で洗うから! って、乙女ちゃん? タオルは? 何で素手に泡を付けてるの!?」

「んまっ、タオルなんか使ったら、お姉さまの美しい、つるすべ卵肌に傷をつけてしまいますわ。ここは優しく、素手で洗った方がよろしくってよ!」


 手に泡を付けた乙女ちゃんが、ジリジリとにじり寄って来る。


 何か……なんか怖いよ? 乙女ちゃん!



 ++++++++++



 =男湯side=


 一方、男性陣は、立派な富士山の絵を眺めながら、体を洗っていた。

 その富士山からは、先程から、『いやー!』とか『そこは駄目ー!』といった様な叫びが響いている。

 一体、この富士山の向こうで何が行われているのか……。


「あはは、そっか。銭湯って、男湯と女湯、繋がってたよね……。んでもって、天井付近、壁も無いし……。丸聞こえだ……」


 真澄が呟く。その顔は赤く染まっている。

 そして、その隣で無言で身体をごしごしと擦り続けているのは呉羽であった。彼も当然の事ながら、顔が赤い。

 なまじ、声だけだから余計に、妄想が膨らんでしまう。

 呉羽は、それを振り払う様に、黙々と体を洗い続けた。


『いやーん、お姉さまー! 素敵な肌触りー! 思ってた以上につるすべ卵ですわー!』

『いやー! だから、何処触ってんの!? 幾ら女の子同士だからって、そこは不味いってーー!!』


 そこって何処だろう?


 男性陣の素朴な疑問であった。



 ――ガラガラ――


「ほっほぅー」


 その時、男湯の戸が開いて、新たな客が入って来た。

 呉羽は、その聞き覚えある声に顔を上げた。

 先程のサンタがそこに居る。

 彼は、呉羽の隣に腰を下ろすと、桶に湯を張り、石鹸を泡立て、体を洗い始めた。

 真澄も呉羽を挟んで、その老人を見、呆然としている。


「な、何でサンタがここに!?」


 呉羽は、そう思うのが自分だけではない事に、ホッとした。

 そのサンタのような老人は、やはり、髭を濡らさないように、ビニール袋を耳から下げ、そして体を洗い終わると立ち上がり、湯に浸かる。

 呉羽たちもハッとして、自分達も急いで洗い終え、同じく湯に浸かった。

 その老人は、肩まで湯に浸かると、フーと息を吐いた。髭の入ったビニール袋が、湯に浮いている。

 そう言えば、先程から壁の向こうからは、あれほど騒がしかった声は聞こえてこない。如何やら、向こうも洗い終えたようだった。

 そして、こんな会話が聞こえてくる。


『それにしても、立派な富士山ですねー』

『ええ、お父様もとっても気に入っていますのよ』

『あれ? でも、何か端っこの方に小さく……あ、サンタクロースだ。何で?』


 ピクッと呉羽と真澄は反応する。そして、此方にも描かれている富士山の絵を見ると、成る程端っこの方に、決して目立つ訳ではないが、存在感のあるサンタクロースが描かれていた。


『あら、気付きまして? それは我が家の、住み込みサンタですわ』

『はい!?』

『この、薔薇屋敷の為だけに居る、専属のサンタクロースですのよ』

『えぇ!? そんなのが居るのぉ!?』


 呉羽と真澄は、老人をまじまじと見る。

 彼は、手を組むと、ピューと湯を飛ばして遊んでいた。


『ですが、住み込みにも拘らず、クリスマス以外は滅多にお目にかかれず、その生態は謎に包まれていますわ』

『せ、生態って……野生動物じゃないんだから……』

『そして、もしクリスマス以外で会う事が出来れば、無病息災、幸福が訪れると言われていますの』

『え!? ちょっと何その座敷わらし的設定。それじゃ、座敷わらしならぬ座敷(おきな)だよ』

『あら、面白い事を仰いますわね。まさにその通りですわ。あの方は、妖精の様な方ですわよ。

 そう言えばわたくし、幼少時に、そのサンタさんを描いた絵を贈った事がありますわ』

『あはは、何かカワイー』

『いやーん、可愛いだなんてー、もっと仰ってー!』


 富士山の向こうから聞こえてくる、女性陣の会話を聞き、呉羽と真澄は最早、その老人から目が離せないでいた。


「ほっほぅー、今日は賑やかで楽しかった」


 そう言って、ザバッと上がって老人は出て行ってしまった。


「何つーか……すげーんだか、何なのか訳分んなくなって来た……」

「奇遇だね、俺も今そう思ってた所……」



 それから男性陣は、風呂から上がったのだが、脱衣所にはまだ、そのサンタが居た。

 備え付けの椅子に座り、タオルで顔を拭いている。ビニール袋は取っていた。立派な髭であった。

 服はもう来ていて、『サンタさんへ』と幼い子供が描いたであろう絵がプリントされたTシャツを着ている。


「あ、あれって……」

「もしかして、さっき薔薇屋敷が言ってた絵か……?」


 そんな事を言い合いながら、呉羽と真澄が着替えている間、そのサンタはずっと椅子に座っていた。

 そして、丁度着替えが終わる頃、サンタは立ち上がり、番台の所に言って、小銭を置いた。


「はい、いつものね……」


 番台に座るおばあさんがそう言って、彼の前にトンと、コーヒー牛乳を出した。しかも三本。

 彼は二本、手に持つと、呉羽と真澄の元に来て、「ほっほぅー」と笑いながら、そのコーヒー牛乳を差し出した。


「え!? くれるんですか!?」


 真澄がビックリして彼を見上げると、ニッコリと笑って頷いてくる。

 2人は恐縮しながら、それを受け取った。


「あ、ありがとう御座います……」

「ど、どうも……」


 二人がそういうと、老人は「ほっほぅー」と笑い、コーヒー牛乳の蓋を開け、飲み始める。しっかりと手は腰に当てていた。

 そして飲み終わると、「ゲフッ」とげっぷをし、手を口に当て、「失礼」と言うと、飲み終わったビンを番台に置き、出て行ってしまった。

 呉羽と真澄は、コーヒー牛乳を手に持ったまま、暫し、その場でボーと呆けているのだった。



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