第二十七話:最強伝説
そしてお昼休み――。
屋上はもう使えないので、私達は教室で食べる事に。
「うわ、これが今朝言ってたお弁当? 本当に凄いね! 大空会長が、一ノ瀬さんに目をつけたのも頷けるよ」
日向真澄は同志のお弁当を見て、そう言ってきた。
奴は今、椅子をこっちに向け、自分はパンを頬張っている。
私は、教室にいる生徒達に注目されているのを感じていた。 もう、朝からずっと見られている。
今朝の校門での出来事と、朝礼での出来事によって、私は一躍有名人となってしまった。
フッ、もうこうなっては開き直るしかないであります!
さぁ、ドンと見るがいい、クラスメイト達よっ!!
クラスメイトとは言ったが、実際には他のクラスの生徒達も、下手をすれば他の学年からも、入れ替わり立ち代り、男女を問わず私を見て行く……。 中には話しかけたい人もいるらしいのだが、同志が怖くて近づけないようだった。
その同志だが、彼は始終不機嫌そうで、他の者が近づけないのも頷けるような顔をしていた。
同志は元より、ロンリーウルフ。 こうして注目される事は、嫌な事であろう。
「同志、すみません……」
私がそう謝ると、彼はピクンと眉を上げ、私を見た。
「何がだよ」
「だって、私のせいで、同志まで注目されてしまって……」
「……別に、それは気にしてねーよ」
同志はムスッとしながら、そう言う。
「でも、同志。 ずっと不機嫌そうじゃないですか。 やっぱり目立つのは嫌ですよね……」
私がハァーと深い溜息を吐くと、日向真澄がまたしても、話に割り込んでくる。
「一ノ瀬さん、それは違うよ。 如月君が不機嫌なのは、他の男子に一ノ瀬さんを見られるのが嫌だからだよ」
「んがっ!! な、何を言いやがる!」
同志は顔を真っ赤にして、日向真澄を睨む。
「?? 何で同志が、私が男子に見られる事を嫌がるんですか?」
私が首を傾げながらそう言うと、日向真澄はまじまじと此方を見た。
「えぇ!? 一ノ瀬さん、それ本気で言ってる? だって君達、付き合ってるんでしょ?」
「はぁ!? この前も言いましたが、同志と私は趣味が一緒なだけですよ!」
「………」
私が同意を求めるように同志を見ると、彼は何だかムスッとしていた。
そして、日向真澄はと言うと、私と同志を交互に見ながら、戸惑った様に言う。
「ええ!? だって俺はてっきり、あれから正式に付き合う事になったのかと……だって、それって……」
そう言って、日向真澄は私の首元を見る。
「何ですか?」
私は首を傾げるが、奴は気まずそうに時折同志を見ながら、私の首元に目をやっている。
同志も奴の視線が気になったのか、私の首元を見た。
「……? 一ノ瀬、何かここ、赤くなってるぞ?」
そう言って同志が、自分の首を指差し、私の赤くなっている場所を示した。
「へ!?」
私はカバンから、手鏡を取り出し、その箇所を見てみる。
「あ、本当だ、赤くなってる……。 虫にでも刺されたんでしょうか?」
私がそう言って、その場所を擦っていると、日向真澄は拍子抜けした様な顔で言った。
「何だぁ、虫刺されかー。 俺はてっきり、キスマークかと思ったよ」
「キ、キスマークゥ!?」
「??」
同志の裏返った声を聞きながら、私は首を傾げる。
ハテ、キスマークとは何でございましょう? 口紅等は一切付いてはいませんが……。
同志を見てみると、彼は顔を赤く染めていた。
同志も知っている様である。 しかも、純情少年になってしまう事のようだ。
「……あの、同志……」
「え? あ、ああ、何だ?」
同志は恥ずかしそうに此方を見た。
「キスマークって何ですか?」
どうやら彼らの様子から、口紅付けてチュッとやるキスマークとは違うと確信した私は、そう尋ねた。
「うえぇ!!?」
同志はまたもや真っ赤になりながら、今度は口をパクパクさせている。
おおぅ、まるで金魚のようですな。 丁度顔も赤いですし……。
とその時、またまた日向真澄が割り込んできた。
「何なら如月君、実際にやってあげれば? この際、気持ちも打ち明けてさ。 一ノ瀬さん、にぶにぶだから、はっきり言わなきゃ伝わんないよ!」
に、にぶにぶとは何でありますか!? にぶにぶとはっ!!
ムムゥと日向真澄を睨んでいると、ハシッと手を掴まれた。 見ると、同志が私の手を掴んでいる。
同志の顔を見ると、今まで真っ赤にしていたのが嘘の様に、涼しげな表情をしていた。
……あれ? あれあれ?
「日向、一ノ瀬押さえてろ」
「うえぇ!? 如月君、ちょっとここで!? それは――」
日向真澄が何か言い掛けたが、同志にひと睨みされ、口を閉ざすと、
「ごめん、一ノ瀬さん!」
そう言って、私の腕をガシィッと捕まえてきた。
「ぬおっ!? な、何をするんですか! 同志も一体――」
「だって、知りたいんだろ? キスマーク……」
ニッと口の端を上げる同志。
「だからオレが教えてやるよ……」
その目には怪しい光が――。
………ニ゛ャーー!! 俺様同志、降臨っ!!
「えぇいっ!! 放せ、放さんかー!」
私は、日向真澄の手を振り解こうとする。
「日向、オレがいいって言うまで、絶対に放すなよ?」
「ご、ごめんよー、一ノ瀬さん」
教室の生徒達は、何事かと此方を見ている。
「ど、同志、目を覚まして下さい。 後で自己嫌悪に陥るのは、同志ですよ!」
この前の落ち込みっぷりを思い出す。 何をされるのかは分らないが、先程の同志の恥ずかしがり様を見れば、恐らく今回も落ち込みまくるに違いない。
しかし、私の訴えも空しく、同志は立ち上がると、此方に近づき、私の首に掛かる髪を後ろに払い、首元を露わにすると、そこに顔を近づけてくる。
教室内のざわめきは最高潮に達し、そして、私の首に同志の息が掛かる。
にょわーー!! こそばいよぅ!!
「ちょっと待った!」
同志がピタリと止まる。
突然聞こえてきた声に、私達だけでなく、クラス全員が其方に注目した。
そこには、棚上げ嘘吐き男こと、生徒会長大空竜貴が立っていた。
彼は、縁無しお洒落メガネをクイッと上げると、此方に歩み寄ってくる。 同志は私から身体を離すと、彼もまた、会長の方に近づいていった。
日向真澄が何処かホッとしたように、私から手を放そうとする。
しかし――。
「日向、まだ手を放すなよ。 俺はまだいいって言ってない」
「えぇ!?」
同志の命令に、戸惑った声を上げる日向真澄。
同志と大空会長が、真正面から向き合っていた。
大空会長は、私をチラッと見ると言った。
「一ノ瀬さん、嫌がってるみたいだけど?」
「あんたには関係ない。 あいつには近づくな」
「そっちこそ、彼氏面するのは止めたら如何だ?」
教室内はシンと静まり返っている。 皆が固唾を呑んで、睨みあう二人を見ていた。
ってゆーか、これってどういう状況ーー!!?
私自身身動きとれないしー、同志と会長は私の事でにらみ合ってるしー……。
ああー、これで更に注目される事必須!
……もう、あの頃には戻れないんだね、あの目立たず静かな日々は――……。
なんて遠い目をしていると、大空会長が、メガネをクイッと上げて言った。
「一つ、俺と勝負をしないか?」
「あぁ!?」
同志が睨む。
しかし、会長はそれを、涼しい顔で受け流すと、私を指差した。
ええっ!? 何、何ー!!?
「一ノ瀬さんにキスマークつけて、どちらの跡が長く残るか勝負しないか?」
何されるの? 私これから何されるのーー!!?
「日向君、キスマークって一体何なんですかぁ?」
私が情けない声を出して、後ろから私を押さえる日向真澄に訪ねた。
「ごめん、俺からは何も答えられないよ。だって、今の如月君、すっごい怖い……」
この、役立たずがぁーー!!
しかし、確かに今の同志は目つきが鋭く、ロンリーウルフに相応しい雰囲気を醸し出している。
すると同志は、私を指差している会長の手を掴み、おろさせると言った。
「はい、そうですかってオレがそんな勝負受けるとでも? 言ってるだろ、あいつには近づくなって」
会長の目が見開かれ、興味深そうに同志を見る。
「へぇ、なるほど……」
そして、私と同志を交互に見ながら、何を納得したのか、何度も頷いた。 同志はそんな会長を訝しげに見る。
「……なんだよ」
「いや、ただ、ますます興味が湧いたかな」
「何っ!?」
鋭く睨む同志に目を向け、大空会長は、あの極上の笑みを浮かべる。
「男の嫉妬はみっともないよ、如月呉羽君」
「喧嘩売ってんのか?」
「ああ、売ってるよ、それも朝からね。 気付かないなんて、君鈍いんじゃないか?」
「っ!!」
後ろから見ても分る。 同志はかなり怒っている。 拳を見れば、硬く握り締め、小刻みに震えている。
うーん、これはやばそうであります……。
「……日向君、手を放してください」
「え? でも……」
「ドールに言ってやる……」
「うっ!」
私は漸く解放された。
さてと、このままでは、同志がぶち切れて会長を殴り、停学処分なんて事になりかねない。
私は二人に近づいていった。
まずは会長が気付き、此方を見た。 そして続けて同志も。
そして、二人の脇に立つと、私は二人の脇腹に向かって、拳を突き出す。
「えい!」
――ドスッ!!
「うっ!!」
「――っ!!」
「あはは、喧嘩両成敗ですよ、二人とも。 おやおや、会長。 蹲ってどうしました? 女の子の力なんですから、そこまで痛くは無いでしょう?」
にっこりと笑って、私は言った。
会長は、今しがた私が殴った場所を押さえて、膝をついている。 それに対し、同志は脇腹を押さえて、痛そうな顔をしているだけだった。
理由は当然、会長の方を本気で殴ったからなのだが、彼は同志を見て、ぐっと口を引き結び、少しよろめきながら立ち上がった。
「はは、そんなのは当たり前だろう? 折角殴られたんだから、効いたフリをしてあげなくちゃあ」
そう脂汗を流しながら会長は言う。
やせ我慢は見え見えであった。
「何だ、そうだったんですか。 何と優しいお心遣いと言いたい所ですが、傍目から見れば、相当みっともないですよ? 大空会長」
私が困った様に笑いながらそう言うと、会長はハッとして、周りを見回し、慌てたように言った。
「だ、断じて痛い訳ではないぞ! これは痛がってるフリだ! ああ、そろそろお昼休みも終わってしまうね。 じゃあ一ノ瀬さん、俺はこれで失礼するよ」
そう言って、大空会長はいそいそと教室を出て行った。
そうして室内は、元の騒がしさに戻ってゆく。 それでも彼らの話の中心は、私達の事であるのは明確だ。
私はハァッと溜息を吐くと、同志に歩み寄り、彼の顔を覗き込む。 すると同志は、気まずそうにそっぽを向いた。
「いつもの同志に戻りました?」
「ああ……」
「そうですか、それはよかった。 で? キスマークって何ですか? もう変身なんてしないで下さいよ?」
「何だよ、変身って……」
同志はハーと溜息を吐くと、袖を捲り、自分の腕に吸い付いて、そのあとを見せた。
そこは赤くなっていて、私の首にあるものによく似ていた。
「なるほど、口で吸って欝血したものをキスマークと言うんですね? 分りました」
最初からそう言ってくれればいいのに……って事は、さっき同志は、私の首に吸い付こうとして立って事!?
ムムゥ……これはちょっとお仕置きせねば。
私は自分の席について、お弁当を少し乱暴に食べる同志を見た。 周りを見渡せば、もうそれほど此方に注目する者もいない。
私は同志の席の後ろに立つと、ガシッと彼の肩を掴み、その首筋に思いっきり吸い付いた。
「のわっ!!?」
チュポンと唇を放し、私は自分の席に戻ると、同志に向かって一言、
「お仕置きです」
と、にっこりと笑って言ってやった。
顔を真っ赤にして、首を押さえている同志に満足して頷くと、前を向き日向真澄が呆然として此方を見ている事に気付いた。
何か? というように、首を傾げると、彼は一言言った。
「一ノ瀬さん、最強伝説……」
「何ですかそれ、何で伝説なんですか?」
私が呆れるように言うと、奴は愉快そうに笑うのだった。
それから午後の授業であるが、、同志は始終ボゥッとしていた。
そして、日向真澄が何気に言った一言は、私に凄まじい精神的ダメージを与えた。
「あ、キスマークって言えば、ドールも杏って人につけられてたよなぁ……。 彼女本読んだまま、全然動じないんだよ。 凄い精神力だよね」
「……え?」
………チーン!
な、何だとぅっ!! 諸悪の根源はキサマかぁーー!!
おのれっ!! あの鬼畜オカマ変態がぁーー!!
今度会ったら如何してくれよう……。
必ず恨みを晴らそうと、私は固く心に誓うのであった。




