第二十五話:同志普通化計画
学園編。生徒会長始動です。
その日、朝から私は、非常に困った事態になっていた。
目の前には、縁無しお洒落メガネが――基、我が学校の生徒の長、大空竜貴会長が立っていた。
そしてここは校門。
私はこの人に、通せんぼされている状態であった。
「あの、大空会長、通れないので退いて下さい」
「嫌だと言ったら?」
「………」
微笑の貴公子と謳われる、その極上の微笑を浮かべ、大空会長はそう言った。
「……裏門から入ります」
「ハハッ、それじゃあ俺もそっちに行かなくちゃな」
何だとぅ!? 一体何がしたいんだ、この人は!?
それよりもすっごい目立ってんですけど! 特に女子の視線が物凄く痛いんですけど!
それに、このノリ、何処か天塚さんを思い出して、すっごく嫌なんですけど!
「お弁当の件、考え直す気はないかな?」
大空会長は、にこやかにそう言った。
まだ諦めとらんかったんかい!
私は、同志のお弁当の入った鞄を抱え直すと、大空会長を真っ直ぐに見据えた。
「お言葉ですが、このお弁当を作るのに、朝早起きして、それでもいっぱいいっぱいの時間なんで、会長の分も作る余裕など、一ミクロンも御座いません!」
よし、きっぱり言ってやった!
しかし、大空会長は私の手を取り、顔を近づけ、真剣な顔で言った。
「だから、如月呉羽はやめて、俺にしとかないか?」
「キャー」とか「イヤー」とか言う、女子達の悲鳴が聞こえる。
一瞬、あの言葉でも言ってやろうかな、とも思ったが、それはメガネを外した時の必殺技なので止めておいた。
それにしても、如月呉羽は止めて、と言うのは如何いう事だろう? 私に同志をやめろと?
あかん、あかん! それだけは絶対にあかん!
貴重なオヤジ達のファンを手放すなど、私には出来ん!
私が否定の言葉を口にしようとした時、横からぬっと手が現れ、会長の手をガシッと掴んだ。
「その手を離せよ……」
見上げればお馴染みの金髪サイド赤が。
虚をつかれた様に、会長が私の手を放した。
周りからは、先程よりも増えた、女子達の悲鳴が聞こえている。
そういえば、同志もイケメンだものなぁ……。
最近、そういうことは気にしなくなってしまい、しみじみと彼を見上げてそう思う私。
同志は私を見ると、心配げに声を掛けてくる。
「一ノ瀬、大丈夫か?」
「はい、大丈夫ですよ、お早う御座います、同志」
私はにっこりと笑って答える。
すると、彼もまた、にっこりと笑い返してきた。
「ああ、お早う一ノ瀬」
うーん、ほのぼのな雰囲気でよいですなぁ。
最初と比べて、大分丸くなった気がするものなぁ……。
それにしても、昨日のあの俺様同志は一体なんだったんだろう?
もう、あんな風になったりしないよね?
そんな事を考えながら、暫し同志とニコニコと笑い会っていると、大空会長がぶち切れた。
「俺を無視するんじゃない!」
バッと、同志に掴まれていた手を振り払う大空会長。
そして、その縁無しお洒落メガネを、クイッと上げると、同志を睨みつける。
「成る程、そういう甘い顔をして一ノ瀬さんを誑かしたのか」
「はぁ!?」
「はい!?」
私と同志は、素っ頓狂な声を上げる。
誑かすぅ!? 同志が? この純情ボーイが!?
思わず吹き出しそうになってしまうのを、私は必死になって堪えた。
「純粋な一ノ瀬さんを、どんな甘い言葉で唆したのかは知らないが、一ノ瀬さんに無理をさせてるんじゃないのか? 聞けば、お弁当を作ってもらってるそうじゃないか。 それもあんな豪華で、量の多いお弁当を。
一ノ瀬さんはかなり早起きして作っているそうだし、金銭的にもかなりの負担だろう」
いいえ、全く負担ではありませんな。 いつでも冷蔵庫の中は、食材でいっぱいであります。
それよりも、そう言う大空会長も私にお弁当を作らせようとしていたのでは?
「君は一ノ瀬さんに相応しくないな、彼女を自由にしてやったらどうだ?」
?? 一体コノ男ハ何ヲ言ッテイルノ?
どうやら大空会長は、何か勘違いをしているようである。
「一体何が言いたいんだよ。それに何で、あんたにそんな事言われなくちゃならねーんだ!」
同志が大空会長を睨みながら言った。
「フン、自覚無しか。一ノ瀬さんも可哀相に……」
大空会長は、私を哀れみのこもった目で見つめる。そして溜息を吐きながら首を振ると、同志に向き直る。
「それはそうと、今日から校則が変ったんだ。髪型、服装において、少々厳しくなってね。君のその髪の色やアクセサリー類は、校則違反になる。
今直ぐその髪を切るか染めるかしないと、停学処分になってしまうよ?」
そして、大空会長はニヤッと笑うと、縁無しお洒落メガネをクイッと上げた。
「まぁ、切ると言うのなら、俺が手伝ってあげよう」
そう言って、大空会長はバリカンを取り出す。
家電が溢れ帰る今日びの日本において、何故に昔ながらのバリカン?
しかも、慣れない人が使うと、かなりの激痛を伴うと言ふ……。
「ああ、俺これ使うの初めてなんだ。前から一度、使ってみたいと思ってたんだよね。君で試させて貰えないかな?」
それ以上無いって位の微笑でもって、大空会長はそう言った。
はい、激痛確実!! ってゆーか、黒い! 黒いよ大空会長!!
これは天塚さん以上の鬼畜、というか同志に対して悪意を感じる!
「うわ!? 何だよ、放せよ!」
同志の声に其方を見てみれば、風紀委員の方々が、同志を押さえつけていた。
周りからは女子達の悲鳴が。
同志のピーンチ! ああ、このままだと、同志がバリカン地獄&トラ刈りにっ!!
……トラ刈り? トラ刈り同志、ちょっと見てみたい……ハッ、イカンイカン、誘惑に負けるな私! トラ刈りだからといって、トラさん柄じゃないんだから!
って、こんなアホな事を考えてる場合じゃなーい!!
同志のピンチじゃい、どうする私!?
ここで怯むなお前たち! ここはあれを使うのだ!!
おおー!! 隊長が戻ってきたぞー! あれですね、隊長!
イィエッサーー!!
「……大空会長、切らなくても結構です。何も、会長自らお手を汚さずとも、ここは私が、彼の髪を黒く変えてご覧にいれましょう」
手品師風にそう言う私は、同志の前に立って大空会長を真っ直ぐに見据える。
「いや、一ノ瀬さん? 気持ちは嬉しいけど、もう直ぐ朝礼も始まるし、急がなくてはならないんだ。今直ぐ彼の髪を黒くするなんて、不可能だろう?」
道具もないし、と笑う彼を見据えながら、私は鞄の中に手を突っ込み、ゆっくりとある物を取り出す。
「おおっと、こんな所に白髪染めが……。いやー、良かった良かった。たまたま持っていた物が、こんな形で役に立つなんて、これならばスプレータイプなので直ぐに染められます」
たまたま持っていたと言うのは、嘘である。
実は前から、同志の普通化を計画していた私。何分、彼と一緒にいると目立つ為、どうにか目立たないように出来ないかなと思っていた所だった。
白髪染めを用意したはいいが、彼は私の父と晃さんの髪の色を真似してというし、無理矢理染めてもらうのも何だしと、正直どうしようか悩んでいたのだ。そして、今回大空会長が言ってきた事は、ある意味ラッキー、棚からぼた餅であった。
ポカンとする大空会長。同志や他の面々もまた、同じような顔をしている。
「え? いや、あれ?」
大空会長が、困惑したように声を発した。
ここは、彼が余計な事を考える前に、ここを離れるべきである。
「さあさあ、風紀委員の皆さん、どうぞ彼を放して下さい。では会長、私は如月君の髪を染めるのを手伝ってきます」
そう言って、風紀委員の面々を退けると、私は同志の手を引っつかんで、彼を立たせ、そそくさとその場を立ち去るのだった。
「いやー、同志。似合いますよ、黒髪も。翔さんみたいで、カッコいー!」
すっかり黒くなった同志の髪を見ながら、私は手を叩いた。ピアス類も全部取り、すっきりとしていた。
いやったー! 同志普通化計画の第一歩ー♪
これで後は、メガネを掛ければ完璧であります!
「一ノ瀬、何かそれ、嘘っぽいから……。ハァ、全く、一体全体どういう事だよ。今まで何にも言われ無かったってのに……」
「ははは、それも皆、きっと正じぃが二つ返事でOK出していたからじゃないですか? 普通、他の学校だったら、あれほど派手であれば注意されて当たり前だった筈ですよ」
と、その時、此方に声を掛けてくる者が居た。
「一ノ瀬さん、如月君、お早う! さっきの見てたよ。大変だったね、如月君」
見れば日向真澄であった。
「ああ、お早う……って日向か、大変なんてもんじゃねーよ、ありゃ拷問だ。一ノ瀬がたまたま白髪染め持ってたから良かったけどよ……」
「ははっ、本当だよね。たまたまって言うか、どうして一ノ瀬さん白髪締めなんて持ってたの?」
ギクッとして私は目を泳がせる。
ううーん、普通化計画を彼に知られる訳にはいかない……。
ここは誤魔化さなくては……。
「ええーとですねー……あ、父! そう父が正体隠す為に必要なんですよ! 母とお忍びデートしたいって言うので!」
「ああ、それでか」
「えぇ!? 正体って? お忍びって?」
同志は私の言葉に納得したように頷いたのだが、日向真澄はますます疑問に思ったようだった。
ふぃー、一先ず同志は誤魔化せました。日向真澄は別にいいや。
「うーん、何か気になるけど、まぁいっか。それにしても、如何して如月君、会長に睨まれてるの? あんなにあからさまに敵意剥き出しの会長も珍しいよ」
「いや、それが最初は一ノ瀬に突っかかってたみたいで、俺はそれを止めたんだけど、何か訳分んねー事言ってたな……」
「え!? ちょっと待って? それって一ノ瀬さん絡みなの!? うわー、それってヤバイかも」
眉を顰め、気の毒そうに奴は言う。
……? 確かに私絡みではあるけれど……ヤバイって何が?
私と同志が顔を見合わせ、首を傾げていると、日向真澄はさらに言う。
「大空会長ってさ、一部の生徒の間では、平凡キラーとかって言われてるらしくってさ。何でも、そういう普通っぽい子を自分に惚れさせて、言う事聞くように仕向けて小間使いのように扱き使うって話。ただの噂かもって思ってたけど、どうやら本当っぽいね。
一ノ瀬さん、一見普通だからさ、目つけられたんじゃない?」
何ですとぅ!? 平凡キラー?? うーんそれって私が平凡に見られてるって事だよね……。
ハッ! イカンイカン、つい顔がにやけてしまう!
私はそれを誤魔化すように言った。
「でも、会長って、どうやら私のお弁当が目当てみたいですし……」
「……? 弁当?」
そして私は、彼らに同志が休んだ時の事を話した。
「うわー、それって、本当に目をつけられちゃってるよ。だって、家事全般出来るとかって言っちゃったんでしょ? それに一ノ瀬さん、雑用得意とか言ってたじゃん。生徒会の雑用とかやらされるかも」
その話を聞いていた同志は、何処か怖い顔をしていた。
そして、私はというと、ある事に気が付いた。
まさか? もしかして? 我が心の師匠、斉藤陽子さんも彼の毒牙に!?
現に師匠は会長に惚れているし……。
「同志、私決めました!!」
「うお!? 何だよいきなり!」
私がいきなり叫んだので、同志と日向真澄は吃驚していた。
「私、これからは大空会長の事を“棚上げ男”と呼ぶ事にします!」
「はぁ!?」
「た、棚上げ男!?」
「だって、大空会長、自分の事は棚に上げて、同志に私を誑かすなとか言ったんですよ!
同志に誑かすなと……同志が誑かす……ブプー」
さっき笑えなかった分、今一気に笑いの発作がやって来た。
「おい! 何でいきなり笑うんだよ!!」
「だ、だって、同志が誑かすなんてっ……プククッ。この純情少年にそんな芸当が……無理! 無理ですよ!」
「ヘぇー、如月君って純情少年なんだ……」
「っ!! 何だよっ、純情少年って! 一ノ瀬、お前もう笑うの止めろ! って、日向も何笑ってんだよ!」
「いやー、ごめんごめん。如月君って、最初思ってたのと全然違うからさー、もっと怖い人かと思ってた。
じゃあ、笑っちゃったお詫びになんか奢るよ。一ノ瀬さんも、ね?」
そう言うと、日向真澄が私に目配せをしてきた。
あ、そうか、奢りの事すっかり忘れてた。
「あ、でも今日は、乙女ちゃんのお見舞いに行こうと思ってたんですよね……」
「え? 乙女ちゃん?」
「ああ、そう言えば、薔薇屋敷まだ来てねーな……」
「実は乙女ちゃんからメールが届きまして……」
そう言って、私は携帯を取り出すと、彼らに見せる。
「うおっ!? 何だこれ! 数分置きにきてるぞ!」
「はい、実は一昨日の晩からずっと……。何でも、おでこのたんこぶが綺麗になるまで、外出禁止と言われたそうですよ、お兄さんに……」
「はぁ!? どんだけ過保護なんだよ、薔薇屋敷の兄貴って」
呆れたように同志は言った。そして、日向真澄は始終困惑した顔をしていた。
乙女ちゃんのメール。一昨日の夜、バイトから帰ってきた私が、携帯を見てみると、乙女ちゃんからメールが届いてきた。
最初は、今現在如何しているかとか、私に会えなくて寂しいとかそんなものであったのだが、最後の方になってくると、『会いたい』『好き』などの単語が、ずらっと入力されて送られてきて、流石に怖くなってきた私。
これはもう、お見舞いに行ってあげなくては、と思い立ったのだ。
「ねぇ、え? ちょっと待って? 乙女ちゃんって……一ノ瀬さん、薔薇屋敷さんと仲いいの?」
日向真澄が困惑したように聞いてきた。
あ、そっか。こやつはまだ、乙女ちゃんが同志を好きだと思っているのか。
「仲良いと言うか、お友達ですが?」
「えぇ!? だって、彼女如月君のファンで、一ノ瀬さんに敵意剥き出しにしてたんじゃ……」
「……今じゃ、一ノ瀬のストーカーだぞ、薔薇屋敷……」
「ス、ストーカー!? えぇ!? だって、女の子同士で、ええっ!!」
私と同志を交互に見て、口をパクパクさせている日向真澄。
相当混乱しているようである。
「あ、そろそろ朝礼始まっちゃいますよ。 さ、行きましょう」
そんな奴を無視するように、私は席を立つ。
ああ、今日も正じぃは、程よく震えているんでしょうか……。
あ、そう言えば、鳥の巣はどうなったんでしょうね?
あはは、気に入って今日も着けてたりしてー。
「えー、ちょっと一ノ瀬さん? もっと詳しく教えてよ」
まだそんな事を言うあ奴を、完全に無視し、私は校庭へと足を運ぶのであった。
ああ、何か大空会長、悪役っぽい!
でも、憎めない悪役……そんなのを目指して書いていきたい、かも。
と、いよいよ生徒会長参戦です。彼のアプローチは、結構あからさまです。周りにもそう認識させる事で、逃げられなくさせようとしています。
呉羽とのバトルも気になる所でしょうか?