第二十四話:笑顔に勝るものは無し
「何、オレたちの馴れ初めが聞きたいだって?」
「え? いや、別に……」
「しょーがねーなー、特別に教えてやろう、オレとコトちゃんの運命の出会いを!」
「いや、だから……」
「そう、あれはオレらのバンドがデビューしたての時だった……」
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そう、あれはオレらのバンドが、デビューして一年目の時だった……。
ビジュアル系として出てきたオレたちだったが、オリコンでいきなり上位を取るという功績にも拘らず、オレの心はずっともやもやとしていた……。
ずっと思っていたんだ。何かが足りない、と……。
プロになって、あまりの目まぐるしさに、オレは忘れちまっていた。あの、学生時代の狂おしい情熱を。
そんな時だ。それに出会ったのは……。
それは道端に打ち捨てられていた。
雨風に晒されながらも、まだまだ十分に使えるそれを見た時、オレの中であの甘酸っぱい記憶が蘇ってきたのさ。
オレは、感動で打ち震えながらそれに近づいていった。
そしてオレは、それを手に取ったんだ。
『エロマニア』という一冊の雑誌を。
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「って、ちょっと待った!! 何でそこでエロ本!? 馴れ初めは!?」
オレは思わずつっこんでいた。
そして、チラッと一ノ瀬を見ると、物凄く冷たい目で、自分の父親を見ていた。
晃さんはというと、やれやれと言った感じで、苦笑している。
紅小鳥は相変わらず、ニコニコと煎餅を食っていた。
「何だよ、少年。これからがいい所だってのに、途中で話し止めるなよ」
少し拗ねたように大和さんが言う。
「いや、だって、そこからどうやって馴れ初めに……」
「ふふふ、聞きたいか? 気になるか? では、思う存分続きを話してやろう!」
そうして、大和さんはまた続きを語りだした。
「そして、オレはその『エロマニア』を手の取り、読み耽っていたのさ」
って、読んだのかよ!
「その時だ、オレは可憐な声に呼び止められた。オレはその声に振り向き、全身に衝撃が走った!! そこには、当時アイドルとしてデビューしていたコトちゃんが立っていたのさ!!」
はぁ!? それって最悪な出会いじゃね?
だって、エロ本読んでた所バッチリ見られてたんだろ?
「そしてコトちゃんはオレに言った。『その本面白いですか?』ってな!」
最悪な質問出た!
「オレは『とても面白いです! 特にこのおっぱいは最高です!』と答えた!」
こっちもこっちで最低な答えだ!!
「それからオレたち二人は仲良く、道端でその本を読んだのさ!」
「何でだよっ!!」
オレはまた、声に出してつっこんでいた。
「何でも、コトちゃん色気について勉強したかったみたいでな、グラビアで色気のあるポーズを研究してたんだ。
その後コトちゃんは見事トップアイドルとして、知らない人間はいないまでに成長した! オレも影ながら応援した!
そしてコトちゃんは映画デビュー、オレのバンドはその映画の主題化担当。で、そうして再び出会った俺たちは愛を育み、こうして今に至るわけさ!」
すると大和さんはおもむろに部屋を出て行ったかと思うと、その手に何かを持って戻ってくきた。
「そして、その時のエロ本を、こうして我が家の家宝として残してある!!」
バッと見せたそれには、色褪せてはいたが、しっかりと『エロマニア』と書かれていた。
最悪の家宝だーー!!
何つー物を残そうとしてんだよこのおっさん!
オレは頭を抱えた。
心中を察し、オレは一ノ瀬を見る。
もはや一ノ瀬は、雪の女王の如く冷たい目で、大和さんを見ていた。
相変わらず、一ノ瀬の母の紅小鳥は、ニコニコと煎餅を食っている。ここまでくると、何も考えてないんじゃないかと思うオレだった。
その後、そんな感じで、大和さんから色々とアホ話を聞かされた。
そんな中で、オレの大和さんへのイメージは、クールでカッコイイからエロオヤジで面白い人に変っていった。
因みに、物腰が柔らかく、落ち着いた雰囲気の晃さんは、俺の中でいつの間にやら、尊敬する人物となっていき、オヤジ達シリーズについてもいっぱい語った。
後、一ノ瀬の見せたい物だが、バンドに縁のある物の置かれた部屋の事であった。 ファンのオレとしては、大興奮してしまった。
そして、ふと一ノ瀬がこんな事を大和さんに言った。
「それにしても、何で武士ギャラクシーなんて変な名前を……?」
それについては、俺も聞いてみたい事だった。
すると、大和さんはショックを受けたような顔になって、
「ヘ、変な名前だって!? ミカたん! それは酷すぎるぞ! パパ泣いちゃうぞ!」
目をウルウルさせ、悲劇のヒロイン宜しくな仕草で、そんな事を言う。
「このバンドの名前はな、学生時代にオレと翔の二人で付けたんだぞ! 翔は時代劇とか、侍とかが好きで、どうしても武士って言葉を入れたいって聞かなくてな、オレはオレでその当時オレが物凄くはまってプレイしていたゲームの名前の一部を付けたんだ!」
「ほー、そうなんですか」
「それで、そのゲームって言うのがな、学生時代のオレに夢と希望を与えてくれた伝説のエロゲー“おっぱいギャラクシー”だ!!」
またエロかよっ!! って、一ノ瀬がまた冷たい目で大和さんを見ている!
何でこの人、いちいち余計(アホ)な事言うんだ?
「因みに、お前たち姉妹のマリっぺとミカたんは、そのゲームのヒロインの名前だー!!」
最低なネーミングだーー!!
オレは一ノ瀬を見た。
一ノ瀬は今までの冷たい表情からは想像でいないほど、ニコニコと微笑んでいる。
?? 何だ? 何で笑って――。
「ウザい、キモい、あっち行け!」
一ノ瀬は大和さんに、そう言い放った。
大和さんは、それを聞いて非常にショックを受けた顔をする。
「そんなっ、暫くはそのセリフは出なくて安心してたのにっ!! もしやまた、イケメン恐怖症!?」
は!? イケメン恐怖症?? 何だそれ?
と、その時だった、バリッと言う音と共に、
「そ、そんなっ、大和さん……」
という呟きが聞こえてくる。
振り返ると、一ノ瀬の母親、紅小鳥が、持っていた煎餅を真っ二つに割って、ワナワナと震えていた。
そして、何故かハッとなる、オレ以外の面々。
「エ、エロゲー……? エロゲーって事はある種の恋愛シュミレーション。恋愛シュミレーションって事は、擬似恋愛……擬似恋人、擬似愛人……。そんなのっ、そんなもの――……浮気だわーー!!」
そう叫ぶと、ダッと駆けて行き、リビングの奥にある『小鳥の小部屋』と、書かれた部屋に入っていってしまう。
って、ちょっと待て! 今まで散々エロ話してただろうが!
そんな事を思っていると、大和さんがすくっと立ち上がり、俺たちに向かって、
「聞いたか、おい! オレ、ゲーム相手にヤキモチ妬かれてる! オレってば愛されてる!」
そう言うと、紅小鳥が入っていった部屋に向かって駆け出した。
「母は別にエロっぽい話については寛容ですが、恋愛に関しては敏感に反応してしまうんです」
「ハハッ、以前プロモで大和が女性と絡むシーンがあったけど、その時もコトちゃん凄かったな」
一ノ瀬と晃さんがそう言う。
「コトちゃーん! それ、コトちゃんと出会う前の話だから! 今はコトちゃん一筋だから!
コトちゃんの為なら何でもする。けつバット百回叩かれてもいい! おまけにその後ケツで割り箸割って見せるからっ!!」
って、おい! そんなの誰も見たくねー……。
一瞬シーンと静まり返る室内。
その時、ガチャッと扉が開いた。
ウルウルと瞳を潤ませた紅小鳥が、じっと大和さんを見ている。
「駄目……」
口を開くと、ボソリと喋った。そして、大和さんに抱きついた。
「そんなの駄目ー! 大和さんのお尻が血だらけになっちゃうー!!」
「聞いたか、おい! オレ心配されてる! やっぱりオレってば、愛されてる!!」
そうオレ達に向かって、大和さんは嬉しそうに親指を突き出すのだった。
「……すみません、同志……なんか、アホアホな夫婦で……」
疲れたように呟く一ノ瀬に、オレもまた乾いた声で、
「いや、何つーか……愉快でいいんじゃね?」
と、言っておいた。
そうして、楽しい(?)時間もあっという間に過ぎ去り、帰る事となったオレ。
「また遊びに来いよ!」
「今度、ゆっくりオヤジ達の話でもしよう」
「ミカを宜しくー」
大和さん達に玄関で見送られ、そして一ノ瀬はわざわざ、下まで降りてきて、俺を見送ってくれた。
あ、そういえば、何でこいつ泣いてたんだ?
そんな事を思っていると、一ノ瀬がにっこりと笑って言った。
「今日は同志に会えて良かったです。バイト先でなんかもう、色々とあったので、同志のお陰ですっかり気分が晴れました」
「そうか? 寧ろ俺の方が、楽しませてもらったっつーか、すげー贈り物してもらえたっつーか……」
「同志が嬉しそうにしてくれれば、私も嬉しいですよ」
「え?」
そ、それってどういう意味だ!?
何だか悶々と悩んでいると、一ノ瀬が俺の手を取った。
ドキッと心臓が高鳴る。
「何なら、本当に唇に触ってみますか?」
そう言って、一ノ瀬は俺の手を、自分の唇へと近づけてゆく。
俺はカァーと顔が熱くなるのを感じ、慌てて手を離した。
「い、いいいって!! そんな事しねーでもっ!!」
すると一ノ瀬はプハッと笑った。
「やっぱり同志はこうでないと! あの俺様な同志はいただけませんよ!」
そう言って笑う一ノ瀬は、凄く楽しそうだ。
何か、からかわれた感が否めないオレだったが、泣かれるよりはマシかと思い直し、一緒になって笑うのだった。
さて、ミカ父のアホっぷりは如何でしたでしょうか。
結構彼のキャラに、私自身はまっております。