表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/110

第二十一話:ソイツは私の天敵

「うぅっ、痛いよドール……」


 くっきりと手形のついた頬を押さえ、涙目で私を見つめる日向真澄。

 その頭には、相変わらずウサギの耳が、ピョコンとふざけた様に付いている。


「……自業自得……」


 私がそう言うと、日向真澄は困ったように言った。


「……だって、君が触ってもいいって言ったから……」

「それは、手を握る事です。誰も抱きついていいなんて言ってません!」

「うぅっ……。でも、君って、凄く柔らかくて、いい匂いがするんだね……」


 エヘラッと日向真澄は笑った。途端、背中にザワザワッと悪寒が走る。


 キーッ、もっと強く引っ叩いておけばよかった!!


 そうしている間も、金髪イケメンが、白い服のソイツに必死に呼び掛けている。


「ああっ、輝石様! お気をしっかり!!」


 ……コノママ、目ヲ覚マサナケレバ、イイノニ……


 そんな事を思っていると姉が、


「ミ――じゃ無かった、ドールちゃん? 愛人ってどういう事!? おね――じゃなくて、私にも分る様に話して!!」


 と、普段通りに言いそうになりながら叫ぶ。


「あ、そうだよ、ドール! どういう事!?」

「あー、杏も聞きたい聞きたーい!」


 日向真澄や杏ちゃんまで詰め寄って来た。


「……本当ならあまり言いたく無い、というか思い出したくも無いんですが、実は9歳の頃、あの男に、愛人にならないかと言われ、誘拐されかけた事があります……」


 姉たち三人の目が、驚きに見開かれてゆく。私はチラリと、倒れているソイツを見た。



 そう、私がこの男に出会ったのは、今から8年前、私が9歳の時であった。


「やぁ君、僕の愛人にならないかい?」


 それがこいつの第一声。

 9歳の私に、愛人の意味が分る筈もない。

 それにその頃、両親に、知らない人とは口を利いちゃいけませんと言われており、私はそれを健気に守っていた。

 私はその時、とあるビルのモデル事務所に遣ってきていた。


 何故かって?

 姉に「モデルになってみない?」と、言われてのこのこと連れられて来たのだ。

 その頃の私は、別に着飾る事が嫌いではなかった。

 寧ろ好きで、カワイーカワイーと言われるのも、好きであったと思う。

 そうしてそこで、ソイツに出会ってしまったのだ。

 私は話し掛けられ、しかも相手は天使のような外見のイケメンであったから、私は嬉しくなったのだと思う。


 え? イケメン嫌いじゃなかったかって?

 うー、その頃の私は、割とイケメン好きでありました。


 なので、私はソイツに笑い掛けてしまったのだ。

 ソイツは言った。


「僕の名前は、輝石。輝く石と書いて、輝石と言うんだ。人は僕を奇跡の子供とか、神の申し子とか呼んでいるよ。それで、君の名前は?」


 やけに長ったらしい自己紹介だなーとか思いながらも、両親の言いつけを守っていた私。


「じゃあ君はいくつなんだい?」


 そう聞かれたので、これは声に出さなくても大丈夫だと、指で9歳だと教えた。

 その後、ソイツは私の事を、ドールと呼んだ。

 お人形さんみたいだと言われ、またもや嬉しくなった私。


 ……だから、その時は見た目を褒められるのも好きだったんですってば。


 そして、そいつは写真を撮らせて欲しいと言ってきたので、私は快く承諾した。


 ……ええ、写真撮られるのも好きでしたよ、当時は……。


 それからソイツは、私を服の沢山ある部屋に連れてきた。

 部屋いっぱいの綺麗な服。


「どれでも好きな物を着ていいよ」


 そんな事を言われたので、私は嬉々として、服を選びにかかった。

 そして、私が服に夢中になっていた時、ソイツは私にいきなり「フランスに行こう!」と言い出したのである。

 それから、私に相応しい服を作るとか、修行するとか、訳の分らない事を言われた。

 ここにある服では駄目なのかと、この部屋の服を指差したのだが、ソイツは首を振って言ったのだ。


「あぁドール、ごめんよ。僕が君をここに連れてきたのにね。でも連れてきて分ったんだ。

 これ等の服は、君の美しさの前にはただの布きれに等しいよ。

 さぁ、僕と一緒にフランスに行こう! 何たって君は、僕の愛人なんだから」


 そこで、漸く私の中に危機感が湧き始めた。

 このままでは、私はこの男に連れて行かれてしまう。

 私は嫌だと首を振った。

 なのにソイツは、


「そうだ、両親に頼んで、君を養子にしてもらおう。姓が無ければ、学校とかパスポートとかの手続きに困るからね。それに、いずれ僕達は結婚するんだから、同じ姓でも何ら問題はないよ」


 等と言って、私を手を掴んで連れて行こうとする。

 流石に恐怖を感じてきた私は、必死で抵抗するが、全然放してくれない。

 なので私は、ソイツの手に噛み付いた。

 それで漸く手を放されて、半ベソ状態の私。

 だが、ソイツは言った。


「大丈夫だよ、ドール。こんなの痛くも痒くもないよ。さぁ、僕と一緒に行こう!」


 私はその時、今までで一番の恐怖を感じた。

 そして私は、ここで父に言われた事を思い出す。


 ――いいか、どうしてもしつこい男に会ったらな、ニッコリと笑ってこう言ってやれ。ミカたんの可愛い笑顔でこんな事を言われたら、心に傷所じゃない。でっかい穴が開くぞ!――


 その言葉とは――。




「僕は、僕は絶対に認めないよ、ドール!!」


 突然声を掛けられ、現実に戻された私。見ると、白い服のソイツが復活していた。

 そして、日向真澄を指差し、言った。


「何故その男なんだい!? 断然、僕の方が美しいじゃないか!」


 するとソイツが、此方に近づいてくる。

 その時、日向真澄が私とソイツの間に入った。


「ドールの事は諦めて下さい! 彼女とは、結婚を前提にお付き合いをしています!!」


 ………っておい! どさくさ紛れて、何抜かしとんじゃあ!


 目の前に立つ奴の背中に、思い切り蹴りを入れたくてうずうずしていると、杏ちゃんが寄って来て、コソッと言ってくる。


『ほら、そんな顔してないで、便乗しちゃいなよ。あの人諦めさせる為にもね♪』


 その顔は、とてもとても楽しそうで――……。


 絶対この状況を面白がっている! 人事だと思って、こんちくしょう!


 でも仕方ない、私は日向真澄の隣に立った。


「そうです! この人は、私の婚約者です!」


 ハッと隣のあ奴が此方を見るのが分った。

 横目でチラッと見てみると、ウルウルした目で此方を見ている。


 ハァッ!! まさか、また勘違いを!? フリだって言ったでしょーが!


「ウソだね!」


 ギクッと私は前を向く。

 見ればソイツは、余裕の笑みを浮かべていた。


「でなければ、君の様な美しい人が、僕を選ばない訳がない!」


 ぅおいっ!! その自信は一体何処から!?

 何つーナルシー発言……。


「そうか、君は拗ねているんだね。そうだよね、8年も君を放ったらかしにしてしまったものね。許して欲しい。

 でもこれからは、何時でも君の傍にいるよ!」


 目をキラキラさせて、私にそう言うソイツを、私は感情の無い目で見つめる。


 ……駄目だ、全然話が通じない……。


 そこで私は、アレをまたもや実行する事にする。

 そう、父に教えられたあの言葉だ。

 一歩前に踏み出すと、奴の目の前に立った。そして、これ以上無いって位の笑顔になる。

 目の前のソイツが目を見張るのが見えた。

 そして私は、あの言葉を言い放つ。



「ウザい、キモい、あっち行け!!」



 シーンと静まり返る店内。

 しかし――。


「ちょっと何するんだい、流音? 折角のドールの言葉を聞き逃してしまったじゃないか!」


 見ると、ソイツの耳を金髪イケメンが両手で塞いでいる。


 ガッテム! 私の攻撃が、かわされただとぅ!?


「生憎ですが、ドール様。同じ手には乗りませんよ?」


 ソイツの後ろで、金髪イケメンが、フフンと笑っている。


 当時はこの言葉で、ソイツは意識を失った。

 父の言う通りだと、珍しく父を尊敬したりしたのを覚えている。

 そして、気を失ったソイツを、あの金髪イケメンが助け起こそうとしている間に、私は彼らから逃げたのだった。

 それからがまた地獄だった。

 なんと、何十人もの男達に追いかけられたのだ。しかも、全員イケメン。

 いくらイケメンが好きでも、あれだけの数に追いかけられれば、ただの恐怖である。


 そしてその時だ。私はそれに出会った。

 目の前にある一体のマネキン。そのマネキンはメガネをしていた。

 私は藁にも縋る思いで、そのマネキンによじ登り、メガネを手に取ると、それを自分にかけた。

 だが――。


「捕まえた!!」


 私はイケメンの一人に捕まってしまった。

 私はギャースと泣き喚いたが、全く放してはくれず、再びあの男の前に。

 そして――。


「誰だい、このみすぼらしい子供は? 僕が探しているのは、この世の者とは思えない程の美しい子だよ。全然違うじゃないか」


 そう言われて、私はあっさり釈放。

 改めて自分の姿を見てみると、逃げ回ったせいで、服も髪もボロボロだった。

 そしてメガネ……。

 このメガネこそ、私の心のオアシスにして、奴らからガードしてくれるシールド。絶対領域となったのだ。

 その時私は、着飾る事の恐ろしさを、そして普通の良さを実感したのだった。


 それから私は、そこからどうやって帰ったのか覚えていない。

 またいつ、あのイケメン集団がやってくるのではと、ずっと緊張状態であった。

 

「ミカたん! 一体何処に行ってたんだ! ずっと探してたんだぞ!!」


 その言葉に前を向くと、そこには父が立っていた。

 

「ああー、ミカちゃーん! よかったよー! 気が付いたらいなくなってたんだものー!!」


 そして、父の隣には、ボロボロと涙を流す姉が……。


「ミカたん!!」

「ミカちゃーん!!」


 父と姉が、夕日を背に両手を広げて私に走り寄って来る。

 私の緊張の糸がプツリと切れた。私はそのときの事を全く覚えていない。なので、その時後ろの方で見ていた母から聞いた話だ。


 何でも、私もまた、父と姉に向かって走って言ったそうなのだが、そこで私は、思いっきり飛び上がったかと思うと、父の顔面にキックをお見舞いし、姉のどてっぱらに頭突きをかましたのだそうだ。

 そして、母を見つけると抱きついて、


「イケメン怖いー!!」


 と、泣き叫んだという。

 それから私は、一週間は父に向かって「ウザい、キモイ、あっち行け」と言い続け、一切近づかなかった。何故なら、父もまたイケメンであったから――……。





「さぁドール様、私達と一緒に来て下さい!」


 回想から戻ってくると、金髪イケメンが私の前に立っている。


 さぁ、如何する、私!? あの言葉が効かないとなっては、強行突破しかない!!

 せめて、控え室の自分のロッカーにまで行ければ、シールド(メガネ)を張れる!!

 

「お断りします!!」


 私は、そう言うと同時に踵を返し走り出す。

 目指すは控え室の扉。

 しかし、


「行かせません!」


 バッと目の前に金髪イケメンが立ちはだかる。


 移動はやっ!

 しかーし! 私だって8年も何もしなかった訳じゃない!!

 あの時の教訓を生かし、逃げる術を身に付けたであります!


 金髪イケメンが、私に手を伸ばしてくる。

 だが、私は避ける事はせず、逆にその手を掴み、相手の懐に飛び込んだ。

 目の前には、金髪イケメンの青い瞳、それが驚いた様に見開かれていくのが見える。

 私はニッと笑うと、身体をくるっと反転させ、その反動を利用して、彼を投げ飛ばした。


 ズサッ! バキッ! ガラガラガラッ!


 店内の棚に、金髪イケメンがぶつかった。


「うわー、痛そー……」

「そ、そんな、いくら油断したからって、流音が投げ飛ばされるなんて……」

「……ドール、かっこいい……」

「ミ――じゃなかった、ドールちゃん、お店壊さないでー……」


 そんな彼らの呟きを背に、私は控え室へと入った。

 そして、自分のロッカーを開けると、そこにはMyオアシスが。

 私はカツラをロッカーに投げ捨てると、オアシスを手にシールドを展開(メガネを掛ける)する。そして、服を脱ごうと手を掛けたが……。


 NO〜〜!! ロリータは脱ぎずらいのであります!!


 そこで、周りを見回すと、姉のロングコートが目に入った。


「あれだ!」


 扉の向こうが騒がしくなった。

 私は急いで姉のコートを着込む。


 うしっ、これでロリータは見えまい。


 “ガチャリ”


「ドール! もう逃げられないよ!」


 扉の開く音と、ソイツの声が同時に聞こえてくる。

 私はゆっくりと振り返った。



 <只今、絶対領域展開中>


 何人たりとも、この領域を犯す事は出来ないのであーるっ!!



 しかし、ソイツは私を見ると、目を見張り、此方に近づいてくる。


 なぁにぃっ!! まさか、MYオアシスが効かない!!?

 私が内心焦っていると、ソイツは私の前に立ち言った。


「そこのみすぼらしい君! ドールを……この輝く様に美しい僕に、引けをとらない程の美女が此処に来ただろう? 何処に行ったか知らないか?」


 はんっ! やはりMYオアシス! 無敵ナリ!!


 私は部屋の奥にある窓を指差す。


「あそこか! 流音!」

「はい、輝石様!」


 ソイツは金髪イケメンに命令すると、金髪イケメンは携帯を取り出し、何やら指示をしている。


 はっ、まさか、またあのイケメン集団!?


 私は、当時の恐怖を思い出し、ガクガクぶるぶると震えだす。しかし、その時には、目の前にいた彼らは部屋を出て行き、私の様子には気付かなかった。


「ドールちゃん!?」

「ドールッ!!」


 彼らと入れ違いになる様に、姉達が部屋の中に入ってくる。私はその姿を見て、ホッと体の力が抜けた。


 一先ず切り抜けたであります。いやはや、しんどかった――……。


「ドール? ……アレ? 一ノ瀬さん……なんで?」


 私はギギッと其方に顔を向ける。

 そこには、ウサギ耳をつけた日向真澄が、呆然とした顔で立っていた。


 ………チーン。

 ギーヤー!! しまったー!! まだこやつが居たんだったーー!!



 隊長ー!! とうとうバレてしまいましたー!!

 隊長? あ、置手紙……後は任せた……って、隊長逃げやがったー!!

 NO〜〜!!



 果たして、果たして! 私はこの危機を乗り越えられるのか!?

 続くでありますっ!!



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ