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第十九話:究極の選択

 日曜日――。

 今日もまた休日の為、朝から姉の店に遣って来た私。そして渡される、ロリータの服。


「今日は不思議の国のアリスよ♪」


 いやに機嫌よく、姉が言った。


「やっぱり、ロリータと言えばアリスよね♪」


 またこの人は訳の分からない事を……。


「じゃあドール様? 早く、着替えて着替えて♪」


 杏ちゃんが甘ったるい声で言った。

 聞いてみると、今日は一緒にショーウィンドウの中という事は無いらしい。

 一先ずホッとする私。

 でも何か、杏ちゃんがニマニマとしている様に思うのだが、何故だろう?

 まぁ、それは置いといて。


 それにしても、昨日は散々でありましたなぁ……。

 ドール教信者なる者達が現れ、途中、同志にもニアピンするというハプニングもありました。

 いやはや、精神的にハードな一日でしたぞ。


 着替えながら、そんな事を思う私。

 昨日、家に帰ってから、同志に聞いてみようかと携帯を睨みつけていたが、墓穴を掘る恐れもあるので断念した。

 そして私は、本やアニメでお馴染みの『不思議の国のアリス』の格好になる。


「あーん、やっぱり可愛い! うちの店のオリジナルアリスー!!」


 着替えが終わって、出て来た私を見て、キャイキャイとはしゃぐ姉。

 アリスはアリスではなかろうかと、違いの分らぬ私はそう思う。


「ほらほら、早く早くー♪ ショーウィンドウの中はもうセッティング済みだぞ?」


 杏ちゃんが私をショーウィンドウに向かってグイグイと押す。


 ……何か2人とも、はしゃぎっぷりがいつもの倍なのですが……。




 そして、私がショーウィンドウの中で見たものとは――……。




「あっ! やぁ、ドール! おはよう!」


 中にはにこやかに笑うウサギさんが……。

 私はグリンと振り返り、姉と杏ちゃんを見る。 


「何これ!?」

「えーと、ウサギさん?」


 首を傾け、可愛らしく姉が言った。


「じゃなくて、何で日向真澄がっ!!?」

「最近、お客さんが増えたから人手不足でね、杏がウサギさんやる訳にはいかないのぉ」


 杏ちゃんが困ったように言う。


 別にあなたにウサギを求めてませんからっ!

 って言うか、何故こやつに頼むっ!!



 隊長ー! 敵に侵入を許してしまいましたっ!!

 何ぃ!? では、あちらが何か仕掛けてくるまでは様子を見るのだ! 此方の正体は決して知られてはならないっ!!

 イィエッサー!!



 私は改めて奴に向き直る。

 そこにはウサギさんが居た。いや、白いウサギの耳をつけた日向真澄が……。 


 白いブラウスにチェックのベストにズボン。首元には細いリボンを蝶結びにしている。胸元には、チェーン付きの時計がぶら下がっていた。

 そして、レースやフリルも所々、アクセントの様に付いていたのだが、何故だか凄く控えめな気がする。


 昨日の私の格好は、男装と称しながらも、ゴッテゴテにフリフリだったぞっ!

 って言うか、やけに服ピッタリですね。

 ……ハァッ!! っていう事は、サイズもきっちり測って作ったって事?

 何時から!? 一体これは何時から計画されていやがったぁっ!!


 私はバッと振り返って姉達を見るが、既に姉と杏ちゃんは持ち場について仕事を始めている。


 クゥッ、そんなに真面目に仕事をされたら、今は何も言えないであります!

 こうなったら、日向真澄に聞くしかない!


 私がもう一度日向真澄に向き直ると、奴は、ほぅっと溜息を吐いて私を見ていた。


 ……なんかその顔バカっぽいですよ……。


 私が彼に近づいてゆくと、奴は言った。


「……こうして直に君に会うのって、君に告白して以来だよね。何だか夢見てるみたいだ……こんな風に君の隣に居るなんて……」


 私は奴の言葉に眉を顰める。


「ほう、ではこうして直接私に会いに来たという事は、付き合っていた女の子達と綺麗さっぱり縁を切ったという訳ですね?」


 クッソー、女の子達よ、何故にもっと粘らん!


 私は、以前こやつが言っていた、付き合っている女の子達と綺麗さっぱり縁を切って私を迎えに――と言う発言を思い出して、そう言ったのだが、奴は……日向真澄は、罰の悪そうな顔をすると、私から目を逸らした。


「えっとー……それはまだ……」


 何ですとぉ!?

 それなのに、こうして私の前に居ると?


 ソレハソレハ、ヤッパリ最低ナ人間デスネ。


「自分でこうと決めた事を違えた訳ですね、あなたは。……それはご立派ですこと……」


 私が冷たい声でそう言ってやると、グッとたじろいで見せた日向真澄であったが、ここではたと私を見た。


「……ドール? ちょっと待って、何で君がその事知ってるの?」


 ………チーン。

 ハァッ!! しまったぁ! これは学校で聞いた事だったぁ!!


 私はバッと口を押さえると、奴はさらに言った。


「俺がその事言ったのって確か、一ノ瀬さん――……」


 Noーー!!


 私はアワアワと落ち着き無く視線を彷徨わせる。


「ドール……もしかして、君は一ノ瀬さん――」


 ギーヤーー!! バレたーー!!


「――と知り合いなの?」


 あー……あ? バレてない?


 見ると、日向真澄が首を傾げている。

 どうやら私が、一ノ瀬ミカ本人である事は、バレてはいない様だ。

 良かったと胸を撫で下ろす私。

 そして、私は彼の直ぐ目の前に立つと、上目遣いで奴の顔を見上げた。


 フッ、こうなったら、昨日見せてもらった、杏ちゃん必殺上目遣い攻撃を実践してやる。


 私がじっと日向真澄に視線を投げかけていると、奴はハッとした顔になり、頬を染め、瞳を揺らしながらも私を見つめ返してくる。

 そして私は、なるべく甘えた様に声を出した。


「あのね? 私の事、あんまり詮索しないで欲しいなぁー、私の本名は勿論。私の周りの事とかもだよ?」


 私は手を後ろに組み、体を左右に揺らす。

 これは、姉が父に何かおねだりする時に使う技だったりする。

 子供っぽく甘えたように言うと、父はいつもデレッとして、その姉の要求に答えてしまうのだ。

 そして、私は小首を傾げて言った。


「……だめ?」


 杏ちゃんと姉の会わせ技だぁ! どうだっ!!


 すると、日向真澄は顔を真っ赤に染めたまま、ぶんぶんと首を振った。


「そんなっ、全然だめじゃないよ! 分った。俺、もう何も聞かないからっ!!」

「よかったぁ、ありがと♪」


 手を合わせて、私はニコッと笑って、首を傾けた。

 すると、奴は私の手を握ろうとするので、それを横にスルッと避ける。


「後、私に触る事もしないでね?」


 ニッコリとしたまま私がそう言うと、奴は宙に浮いたままの手を引っ込め、悲しそうに私を見るのだった。


 ……それにしても、物凄く精神的に疲れた……。

 今しがたの私のした行動で、自分自身に鳥肌が立ちまくっております!


 私は笑顔を引っ込めると、椅子に座る。二人掛けのではなく、ちゃんと一人用の椅子だった。

 丸いテーブルが置かれており、向こう側に奴の椅子が置かれている。

 私は突っ立ったままの日向真澄に、視線を投げかけた。


「そんな風に突っ立ってないで、座ったら如何です? この仕事、立ってるのは辛いですよ」

「え? あ、うん」


 日向真澄は、私の言葉に従い、素直に椅子に座った。


「……で? その服、随分とあなたにピッタリですが、何故ですか?」


 私がそう尋ねると、奴は少し戸惑ったような顔で私を見た後、こう言った。


「えっと……一ヶ月くらい前かな。いきなり、あの杏って人に声を掛けられて、サイズを測られたんだ。その時は、男物の参考にさせてくれって言ってたんだけど……」

「……ほぅ、一ヶ月前ですか……」


 おのれっ! そんなに前から計画されていやがったのかぁっ!!


「……あなたがこの事を知らされたのは?」

「……昨日、帰り際に。ドールと仕事をしたくないかって言われて……」

「……それで引き受けたと……断らずにそのまま……」


 私がへぇーとか、ふぅーんとか言っていると、奴はだらだらと汗を流し始めた。

 その間も、私はテーブルに肘を付き、手を組んでその上に顎を置いて、日向真澄を静かに見据えている。


「いや、うん、あのね? なんか断れない雰囲気だったし、どうしてもってお願いされちゃったし……」

「私、意志の弱い人は嫌いです」

「うっ!!」

「それに、前にも言いましたが、あなたの様なイケメンも嫌いです」

「………」


 目の前の日向真澄は、どんどん項垂れていく。


「それにあなたは、私と将来を誓い合った仲だと勝手に言ってますよね?」

「えっと……あれ? 違ったっけ?」


 私はブチッと切れた。


「断じて違います! 私はそんな事、一切承諾していませんっ!!」


 テーブルをバンバンと叩きながら、私がそう言うと、何故か奴はヘラッと笑った。


「何か、そんな風に顔を真っ赤にして怒る君って、可愛いね」


 な、何ですとぉっ!! どーゆー神経しるるんじゃあ、こらぁ!!

 私は怒ってるんです! 腸が煮えくり返っているんです! それを可愛いとはっ!!


 私が思わず、テーブルを掴んでひっくり返そうとした時、後ろから声を掛けられた。


「あのー、ドールちゃん? お取り込み中悪いんだけどー……」


 見ると、姉が申し訳無さそうに此方を覗きこんでいた。


「何!?」


 私が思わず、感情に任せてキッと睨みつけてしまうと、姉はビクッとして半べそを掻きながら言った。


「あのね、ドールちゃんに、会いたいって人が来てて……」

「は? 私に? 昨日の信者の人たち?」

「いや、あのね? 違うの……」


 そして、日向真澄をチラッと見ると、私を手招きする。

 私は、疑問に思いながら姉に近づいてゆくと、姉は私の耳元で、声を潜めながら言った。


『あのね、男のお客さんなの……』

『……男? ってゆーか、何で声を潜める訳?』

『え? だって、王子様もいるし……彼、ヤキモチ妬くんじゃない? あ、それとも妬いて欲しい?』

『何アホな事言ってんの。別にいいよこのままで、で?』

『あ、うん。それがね、ミカちゃんは自分の事知ってる筈だって言うの……』

『ハァ!? 私の知ってる人!?』

『とにかく来て! お願い!』


 手まで合わせてお願いされ、私はその願いを承諾する。

 姉は、日向真澄に向かって言った。


「じゃあ、ドールちゃん借りてくわね? 後はよろしく」

「あ、はい、分りました」


 すると奴は、何処か名残惜しそうに私を見ている。


 ああ、あの耳が本物だったら、思う存分引っ張ってやるのに……。


 奴のウサギ耳を見ながら、そう思う私であった。


 

 それにしても、一体誰だろう? 私に会いたいなんて。 しかも私の知ってる人?

 ……ハァッ! まさか同志!? ど、同志だったら如何しよう……。昨日はニアピンだったし……。


 そして私は、店の奥までやって来る。

 そこに立っている人物を見て、私はピシッと固まった。

 同志ではなかった。同志ではなかったのだが、それ以上に会いたくない人物がそこいたのである。

 その人物は、色素の薄いサラサラの髪に、中性的な顔のソイツは、真っ白な服に身を包み、一見天使のようだが、私にとっては悪魔そのもの……。

 蘇る忌まわしい記憶と言葉。


 ――やぁ君、僕の愛人にならないかい?――


 そしてソイツは、私の姿を見るとパッと顔を輝かせ、両手を広げて私をを迎える。


「ああっ!! やっぱりドールだ! 漸く見つけた! 僕の愛しいドールッ!!」


 ………チーン。


「ギャーーー!!!」


 私は力の限りに叫ぶと、くるりと回れ右をし、逃げようとした。

 しかし、私の目の前に立ち塞がる者がいる。


「お久しぶりです、ドール様。随分とお探し致しました」


 金髪に青い瞳のイケメンが、礼儀正しく、そして優雅に礼をする。


「ンギャーーー!!!」


 またもや力の限りに叫ぶ。


「如何したんだい? ドール、僕だよ。もしかして、忘れてしまったのかい? 当然か、もう八年も君を待たせてしまったものね。では思い出させてあげるよ」


 そう言うと目の前の白い服の男は、何処からか白い薔薇を取り出し、それを私に向けて言った。


「そう! 僕の名前は、輝く石と書いて輝石! この世に生れ落ちた瞬間から、美しく光り輝いていた奇跡の子供! 神の申し子として謳われた僕だよ!」


 ファサッと前髪を払って、蕩ける様にソイツは笑った。


「ギャーーー!!!」


 体の奥底から、思う存分に叫んだ。そして、叫びながら私は、目線を走らせる。

 呆然とした顔をする姉。

 驚きながらも、面白そうに傍観している杏ちゃん。

 そして、いつの間にやら、日向真澄がそこにいた。私の叫びを聞きつけたらしい。

 日向真澄は、私とソイツを交互に見て、困惑しながらも、少し険しい顔をしていた。


 ここで、私は究極の選択をする。


 私は、日向真澄の元に行くと、彼の手を取り言った。



「私、この人と付き合っているので、貴方の愛人にはなれませんっ!!」



 一瞬、シーンと静まり返る店内。 


「えぇー!? ミ――じゃなかった、ドールちゃん? 愛人て如何言う事ー!?」

「ああっ、輝石様! お気をしっかり!」

「あは☆ なーんかすっごい面白くなってきたかも♪」


 まず姉が、血相を変えて私に向かって叫び、ショックで倒れるソイツを金髪イケメンが助け起こすと、杏ちゃんが物凄くワクワクした顔でそんな事を言った。

 そして、私の手が自分よりも大きく熱い手に、ギュッと握り返される。

 見ると、日向真澄が感極まった様に私を見ている。


「……ドール、本当に? 本当に俺と付き合ってくれるの?」


 そう言って、涙まで浮かべてくる始末。

 正直、ここまで喜ばれると罪悪感が……。しかし、誤解させとくのも逆に可哀想だ。

 なので私は言った。


「フリですよ」

「え?」

「あの人、物凄くしつこいんですよ。このままだと、本当に愛人にされてしまうので、暫く彼氏のフリをして下さい」

「………」


 一気に沈んでゆく日向真澄。


 心なしか、頭に付けているウサギの耳も項垂れているような……。

 うーん、何だか凄く可哀想になってきたぞ。


 そこで、私は彼にある事を許す。


「えっと……、あの人が居る間は、私の事触っててもいいですから、勘弁して下さい」


 すると、日向真澄はバッと顔を上げると、顔を赤くして私を見た。


「え!? 触る? 君に触ってもいいの?」

「はい、こうして手をにぎ――」

「ドール! 君が好きだ!!」


 そう叫ぶと、日向真澄は私を力いっぱい抱き締める。

 私が鳥肌と共に、心の底から叫んだのは言うまでも無かった。



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