第二話:初めまして、初恋
「なるほどねー、そういう訳かー……」
どピンク、フリフリを着た姉は、深刻そうに呟いた。
はい、私今、姉の店に来ております!
あの後、午後の授業を受けましたが、まったく頭に入りませんでした!
隣のあいつも気になりやがりました!
日向真澄は、始終ボーとしとりましたが、時折へらっと笑うので、とっても気持ち悪かったであります!!
「それは大変ねぇ……はい、今日はこれね」
………? コレハ何デスカ?
「今日は清楚に、白で統一ね♪ 今日は何と、白いベンチ型ブランコを用意しましたー♪」
「ちょ、ちょっと待ってよ! 今日は休みに――」
「オ・カ・ネ♪」
ピクピク。
私はその言葉に思わず反応してしまい、気が付けば、ショーウィンドウの中のブランコに座っていた。
隊長ー! 敵は身内に化けて、潜入しておりましたー!!
クゥ〜〜!! こんちくしょー!!
本を読もうにも、全然頭に入ってこず、私はまたまたオプションで付いてきた、どでかいウサギのぬいぐるみを抱きしめた。
だってだって、集中できないと、こんなにも他人の視線が気になるなんてっ!!
ウー! もーいやだー! 帰りたいよー、帰ってお風呂入って眠りたいよー!
眠りたいー。ネムリタイ? ネムル、ネムルトキ、ネムレラバ……グーーー。
人は嫌な事がある時、眠くなるものなのです。
何か騒がしくなった気がして、私は目を覚ました。
何だか沢山の人に見られてるような………ハッ! そうだった! ここはショーウィンドウの中だった!!
そう思って、パッと顔を上げた私は、思わず抱いていたぬいぐるみを前に持ってきた。
……いた……いやがった、あいつらが……。
ショーウィンドウ越しに、しっかりとこっちを凝視してやがりました……。
うえーん、目が合っちゃったよー!
隊長! とうとう敵の偵察部隊がっ!!
では、此方も敵の動向に気を配りつつ、様子を見るのだ! 幸い、敵は此方の正体に気付いていない!
イエッサー!
私は、ぬいぐるみの影からソーッと覗き見ると、日向真澄とその友達が、じっと此方を見ていた。
友人達は興味深そうに、そして、日向真澄はあのボーとした顔で、此方に魅入っているみたいだった。
よしっ、こうなったらもう開き直っちゃおう! こんな時こそオヤジ達に助けてもらうのさっ!
あ、そうそう、今日は金髪縦ロールじゃないよ。真っ直ぐロングの黒髪だよ。いつもよりはまだましだね♪
うしっ、イッツ・ポジティブシンキンッ!!
私は傍らに置いてある、『オヤジ達の沈黙シリーズ』を手に取ると読み始めた。
しかし、やはり気になって、時折チラチラと見てしまう。
すると、友人達はへらへらと笑って手を振り、日向真澄は恥ずかしげに頬を染めると、私から顔を逸らした。
ドコゾノ純情少年デスカ? 別人ノヨウデスネ。
でも良かった、この様子ならバレてないみたいである。
私はホッとして、ニッコリと笑うと、オヤジ達の世界に入り込んでいった。
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「眠り姫だ……」
友人達を伴い、例の場所にやって来た彼が、最初に呟いた言葉はそれだった。
雑多な街の中で、そこだけは別世界のようで、ブランコに座り、ぬいぐるみを抱いて眠る彼女は、まるで物語の世界から抜け出したようだと日向真澄は思った。
彼女の寝顔は、聖者の様に清らかで、黒く長い睫毛が白い頬にかかって……まるで、それだけで一つの芸術品のよう。
そして、薄いピンクの柔かそうな唇。そこから覗く白く輝く歯は、宝石みたいに見えた。
思わず真澄は、その唇に口付けて、起こしてあげたい衝動に駆られる。
そして彼女は目を覚ます。
初めて目が合った。
真澄は思う。
(なんて綺麗な目をしているんだろう……)
吸い込まれそうな位澄んだ瞳。
真澄は何だか直視できなかった。
それから彼女は笑った。
真澄の身体に衝撃が走る。
(その笑顔はなんて……なんて――……)
「おお、今笑ったぞ!」
「うわっ、凄い可愛いな」
「さすが真澄が惚れるだけあるよな」
「ああ、真澄が見惚れちまってるよ」
「おーい、目を覚ませー」
「……駄目だ。今の彼女の笑顔で、完全にやられてる……」
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ふぃー、終わった終わったー。
さーて、着替えて、帰って、お風呂入って寝よー!
今日のバイトを終え、着替えようとした時だった。
「店長、店の外に妹ちゃんの同級生がいますよぅ」
私はピシッと固まった。
何ですとぅ!?
「あらあら大変ね、ミカちゃんどうする? 着替えちゃったらバレちゃうんじゃない?」
そうだった! 制服のまま、こっちに来たんだった!
「隊長! 敵の待ち伏せは、どう回避すればっ!?」
「うん……だからね、ミカちゃん。その、隊長ってなぁに?」
「いやーん、店長の妹ちゃん、おもしろーい」
杏ちゃんがキャピキャピと笑っている。
張リ倒シマスヨ?
結局、私はそのままの格好で表に出る羽目に……。
それもこれも、全部日向真澄のせいであります!
日向真澄は、私の姿を見つけるとパッと顔を輝かせた。
彼の友人達はいない。どうやら帰ったようだった。
私は、なるべく其方を見ないように、ずんずんと歩いてゆく。
「あ、待って!」
と言って、日向真澄は私の前に立ち塞がる。
ムムッ、戦闘開始でありますかっ!?
少々身構える私に、日向真澄は言った。
「あの、俺の名前は日向真澄。ねぇ、君の名前は何て言うの?」
言える訳無いでしょーが!! 言ったらバレる危険がっ!
おしっ、ここは無視しよー無視。
私は、彼を素通りして無言で歩いてゆく。
けれど、彼は私にぴったりと付いてきた。
「ねぇ、君ってモデルか何かなの? どうしてあの店に? ロリータ好きなの?」
矢継ぎ早に尋ねてきた。
サッキノ純情少年ハ何処二……?
「メルアド教えてよ。君っていくつ? 学校は? 彼氏とかっている? いなかったら俺と付き合わ――」
「ストーカーですか!? ストーカーですね! 警察呼びます!」
そう言って、私は立ち止まり、携帯を取り出してボタンを押し始める。
すると、彼は慌てたように言った。
「ちっ、違うんだっ!!」
「何が違うんですか!? 仕事終わった後も、こうして付きまとってくる事は、ストーカーとは言わないんですか!」
すると彼は、言葉を詰まらせた後、目を泳がせ顔を真っ赤にして言った。
「好きです! 一目惚れしました! 俺と付き合ってください! あなたは俺の女神なんです!!」
純情少年リターン……。
てゆーか女神だとぅ!?
何をぬかすか、この小童がぁ!!
私は、彼の前に立つと、ニッコリと笑ってやった。
すると彼は、何を勘違いしたのか、嬉しそうに笑って私の肩に手を掛ける。
私は思いっきり、その手の甲に爪を立て、抓ってやると言った。
「一昨日来やがって下さい。私は貴方みたいなイケメン、タイプじゃありません。
私、もっと普通の人が好みなんです。じゃあ、さようなら」
最後に足も踏んでやって、ついでに捻りも入れてやって、この場を去った。
ふぃ〜〜〜、スッキリしたーーー!
それに、これだけはっきり言ってやれば、諦めるでしょう、うん。
しかし、私は世の中そんなに甘くは無い事を、思い知らされる羽目になる。
でも今は、一先ず乗り越えた事に満足し、私は家路についたのだった。
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日向真澄は、立ち去る彼女の背中を見送りながら、たった今抓られた場所をさすり、ボソリと呟いた。
「……女神じゃなくて、女王様だったんだ……」
そして、彼女の爪の跡が残る手の甲に愛しげに唇を寄せると、フッと笑った。
「俺、本当にやばいかも……。彼女がくれた痛みさえも愛しい……。俺ってMだったのかな?」
それから、胸に手を当てると首を傾げる。
今まで色んな女の子と付き合ってきたけれど、こんな気持ちになったのは初めてだった。
「……そうか、今までは何となくで付き合ってきたから……じゃあもしかして、これが俺の初恋……?」
そう確信した途端、ブルルッと全身に震えが走った。
そしてニヤリと笑う。
「これで諦めたと思うなよ? 俺の女王様……」
丁度その時、ミカに悪寒が走ったのは言うまでも無かった。
――初めまして、俺の初恋――