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第十八話:大事なものはその胸に

 薔薇屋敷乙女の執事、杜若の朝は早い。


 まだ、外が薄暗い内から目覚めると、まずはシャワーを浴びる。お湯は熱めにし、それで頭を起こすのだ。

 お湯が流れてゆくその体は、美しく鍛え抜かれており、それは自分の仕える主人のどんな要望にも答えられる様にとの配慮の為である。


 そして、キュッとシャワーの栓を閉めると、頬に落ちる濡れた前髪を後ろに撫で付けながら、バスルームを出る。

 バスローブを羽織り、タオルで頭を拭きながらクローゼットを開けると、そこには彼がいつも身に着けているお馴染みの服が何着も並んでいた。 黒いタートルネックのシャツに黒いズボン、黒のロングコートに黒い革靴。完璧に黒一色である。

 それらを着込み、最期にロングコートを腕にかけ、今度は洗面所へと向かう。


 鏡の前に立つ杜若。彼は鏡の中に立つ自分を見て、ハーと溜息を吐く。

 杜若は自分の容姿が嫌いだった。

 そして、軽く顎を撫でると、そこはつるりとした感触。体質とはいえ、無駄毛が生えないのは如何なものだろうと思いながら、コートを備え付けの棚に置く。


 歯を磨き、口を漱ぐと、棚からシガーケースを取り出した。パカッと開けると、中には黒い毛が……。

 髭だった。

 彼はそれを摘むと、鏡を見ながらそれを鼻の下に付ける。そして、指で撫で付けながら、微妙にずれた箇所、はみ出してしまった箇所をカットして整えた。

 今度は棚からヘアクリームを取り出すと、手にたっぷりつけ、髪を後ろに撫で付けてゆく。綺麗なオールバックにすると、手を拭き、棚の引き出しを引いた。

 そこには、同じサングラスがズラッと並べられており、その一つを手に取る。

 杜若はサングラスを掛ける前に、暫し鏡の中の自分を睨む。鏡の中から睨み返してくるその瞳は、青い色をしていた。

 彼はその瞳を忌々しげに見つめると、スッとサングラスを掛ける。

 そして、棚に置いたコートを羽織ると、洗面所を後にした。


 その後、杜若はアタッシュケースを取り出し、その中から、その日必要だと思う物を、コートの何箇所にもある隠しポケットの中へと次々に入れてゆく。

 そして、その中の一つに手を伸ばすと、ピタリと杜若の手が止まった。そこには、古くなり、色あせてしまった一冊の本が……。

 その本の表紙には『オヤジ達の沈黙 第三巻 夜明け前のスナイパー』と書かれている。

 それを一度、そっと撫でると、胸のポケットに入れた。



 その後、杜若は乙女の為の朝食を、コック達に指示し、自分は自分でその内に済ませてしまう。

 外はすっかり明るくなり、そこまでで丁度7時。

 杜若は乙女の部屋に行くと、すやすやと眠る乙女に声を掛けた。


「お嬢様、朝でございます。お目覚め下さい」


 杜若がそう言うと、乙女は「うぅーん」と言って目を擦りながら、起き上がった。

 軽く欠伸をする乙女に、杜若は朝の挨拶をする。


「お早うございます。お嬢様」


 バラ色のネグリジェ姿の乙女は「んー」と寝ぼけ眼で返事をすると、ぼんやりとした顔で、杜若を見た。

 すっと乙女が手を出すと、杜若は銀製の器を乙女に差し出す。

 その上には、一口大のプチケーキが乗っており、乙女はその中から、一つ摘み上げると、パクッと口の中に入れた。その甘みで目が覚める乙女。

 乙女が完全に目覚め、ベッドから降りるのを確認すると、杜若はパンパンと手を叩いた。

 すると、メイド達が現れ、乙女に群がる。


 杜若はその内に、朝食をテーブルへと運び、セッティング。そして紅茶の用意。

 テーブルは乙女専用で、朝食も一人で済ませる。

 薔薇屋敷家では、家族は各々の部屋で朝食をとるのだ。

 全ての用意が済んだ所でに、着替えを済ませた乙女が現れる。そして、テーブルに着くと、食事の開始。


「杜若」

「はい、お嬢様」

「今日は休日。午前中から、ずっとあの麗しいお姉さまのお姿を見る事が出来てよ」

「はい、その通りでございます、お嬢様。撮影の準備も、万端でございます」

「ほほほ、わたくしのコレクションに、また新たな一ページを飾ってよ!」


 その時、メイドの一人が現れ、乙女に一礼すると言った。


「乙女様、輝石様が朝の挨拶に参られました」

「え? お兄様が?」


 乙女がナプキンで口を拭き、立ち上がるのと同時に扉が開いた。



「やぁ乙女、お早う。今日のこの日差しも、神が与えたもうたこの僕の美しさを、存分に引き出してくれているよ」



 そんな声と共に、真っ白い服に身を包み、少々色素の薄い髪を持つ、中性的な顔立ちの男性が出てきた。

 彼の名前は薔薇屋敷 輝石。薔薇屋敷家の長男。そして、乙女の実の兄である。

 乙女は輝石を見ると、にっこりと笑って軽く会釈する。


「お早うございます、お兄様。でも、お兄様の美しさは、日差しなど浴びずとも、十分に内から輝くものですわ」


 乙女がそう言うと、輝石は薄茶色の前髪をファサッと払い言った。


「はっはっはっ、それは当然だよ乙女。何せ僕は、輝く石と書いて輝石。生まれながらにして、光り輝いていたからね!」


 そして輝石は、乙女の後ろに控える杜若を見ると、眉を顰める。


「なんだい、吏緒(りお)。お前はまだ、そんな格好をしているんだね? 前から言ってるだろう? 僕は、美しく無いものは嫌いだ。美しいもの以外は認めない。君のその格好は、全然美しくない! 流音(るね)!」

「はい、何で御座いましょう? 輝石様」 


 輝石が呼ぶと、金髪の長い髪を一本に縛って肩に垂らした、青い瞳の男性が出てきた。その顔は、美しく整っている。


「見ろ、吏緒(りお)。お前の兄は、こんなに美しいじゃないか! お前は今日中にでも、その格好をどうにかするんだ。ちゃんと髪の色も元に戻すんだぞ? でなければ、乙女付きの執事から降りてもらう!」


 その言葉に、抗議の声を上げる者がいる。乙女であった。


「そんなっ、お兄様! わたくしの執事は、杜若以外有り得ませんわ!」


 乙女はそう叫ぶが、当の杜若本人は、微動だにせず、一言も発しない。


「じゃあ乙女からも、吏緒に元の姿に戻るように言うんだ。執事は主人の言葉には従わなければいけないからね。流音!」

「はい、輝石様」

「吏緒は流音の弟だ。君からもちゃんと言っておくんだ!」


 輝石がそう言うと、金髪美形の流音は深く礼をした。


「はい、承知いたしました輝石様」


 そして、顔を上げると、杜若を厳しい顔で見る。


「吏緒、私と一緒に来なさい」


 そう言うと、部屋を出てゆく。

 杜若は、黙ってその後に着いて行くのだった。




「ところで乙女」


 心配そうに杜若を見送っていた乙女が、輝石の声にハッとして振り向く。


「はい、何ですの? お兄様」


 輝石は乙女の顔を見ると、痛ましげに眉を顰める。


「乙女、お前はその額の傷が治るまで、外出禁止だよ」

「えぇ!? そんな、お兄様っ!!」


 乙女はまるで、この世の終わりの様な顔をした。


「乙女の美しい顔に、痕でも残ったら如何するんだ? それに何より、その傷は全然美しくない!」


 乙女のおでこのたんこぶを見て、そう叫ぶ輝石。


「ああん、そんなっ!! せっかく、午前中からお姉さまが見れると思ってましたのに……」


 項垂れて、そう呟く乙女に、輝石は首を傾げる。


「……? お姉さま?」


 ハッとして顔を上げる乙女。慌てて首を振る。


「い、いえ! な、何でもありませんわっ!! ……分りましたわ、お兄様。わたくし、大人しくしています!」


(いけませんわ! お兄様がもし、お姉さまの事を知ったら……きっと、美しいものが好きなお兄様の事ですわ。独り占めしてしまうに決まってますもの)


 そんな事を思う乙女であった。




 

「吏緒……今直ぐその格好を止めなさい……」


 別室に移った杜若兄弟。

 兄の流音は、静かな声で弟の吏緒にそう言った。

 だが吏緒は、黙ったままで何も言わない。


「このままでは、お前は乙女様の執事を降ろされる。杜若家は代々、薔薇屋敷家に仕えてきた。その杜若家に、お前はそんな汚点を遺す気か!?」


 流音はそう言って、吏緒のサングラスを奪う。

 吏緒の青い瞳が、流音を静かに捉えた。


「それにその髭――」


 流音は吏緒の鼻の下にある髭に手を伸ばすと、ベリッと勢い良く剥がしてしまう。

 吏緒は顔を歪め、口元を押さえた。


「……痛いです、兄さん……」

「知るか! それにその服! この薔薇屋敷けでは、執事は燕尾服と決まっている!」


 そう言うと、ロングコートを脱がしに掛かる。


「……? 何だ、これは……?」


 流音は、コートに手を掛け前を開けた時、胸の内ポケットに、本が入っているのを見つけた。

 そして、それを取り出すと、ここで初めて吏緒の顔に焦りの色が見えた。


「――っ!! 止めて下さい、兄さん!」


 そう叫んで奪い返そうとするが、流音に静かに睨み返され、吏緒は大人しくなった。だが、その手は、白くなる程に硬く握り締められている。


「……オヤジ達の沈黙? 名前からして美しくないな。……ん? 後ろに何か書いてある……」

「っ!!」


 吏緒はハッと顔を上げる。


「……男なら、好きなものは貫き通せ? 何の事だ? ……もしかして、その格好の原因はこれか?」


 そして、黙っている吏緒を見て、それを肯定と取った流音は、近くに置いてあった屑籠の中に、その本を投げ捨ててしまう。


「……吏緒。これからも乙女様に仕えたいのであれば、その格好は今後一切やめるんだ。いいな?」


 そう言って、部屋を出ていく流音。一人部屋に残された吏緒は、暫しそこに立ち尽くしていた。

 そして、屑籠に目を向け、ゆっくりと近づいて行く。その中に手を入れ、打ち捨てられた本を拾い上げると、ついたゴミを払った。

 それから、後ろに書いてある字を見つめると、フッと笑い、そして吏緒もまた部屋を出てゆく。乙女の元に戻る為、自分の部屋へと向かうのだった。





「まぁ、杜若! その格好を見るのは久しぶりですわ!」


 再び乙女の前に、杜若 吏緒は姿を現した。彼は今、すっかり別人の様に変っている。

 燕尾服に身を包み、その手には白い手袋を嵌めている。何より、オールバックだった髪は下ろされ、黒かったものも金色に変っていた。

 青い瞳で自分を見据えてくる彼の姿に、思わず乙女もほぅっと溜息を吐いてしまう。


「杜若のその姿には、わたくしも異論はありませんわ。でももし、杜若がどうしても嫌だと言うのであれば、わたくしがお兄様に言って差し上げます。頼み込めば、許して下さるかもしれませんし……」


 そう吏緒の事を心配して言う乙女。

 吏緒は、そんな主人の優しさに微笑むと、首を振った。


「いいえ、お嬢様。その言葉だけで、この杜若は十分です。それに、私の大事なものは、この胸にあります……」


 そう言って、吏緒は左胸に手を当てる。そこには、あの本の存在を感じた。


「……本当に好きなものは、こうして貫き通しております……」





「――全く、吏緒には困ったものだ」

「申し訳御座いません。私の弟の事で、お気を煩わせてしまって……」


 眉を下げ、杜若 流音は、自分の主人である輝石に頭を下げる。


 乙女の部屋を後にした2人は今、広い廊下を歩いている。


「……それにしても、乙女は変な事を言っていたな……」

「変な事……ですか?」

「ああ、お姉さまが如何とか……」

「……お姉さま?」


 口元に手を当てながら、考え込むようにする輝石であったが、その時、何処からともなく風が吹いてきて、彼の前にひらりと何かが舞い落ちた。


「……?」


 何と無しに、それを拾う輝石。


「……写真?」


 そう呟いて、表を見た時、輝石の目は最大に見開かれた。


「――っ!! こ、これはっ!!」


 それは、乙女がコレクションとして持っていた、一ノ瀬ミカのバイト中の写真である。

 輝石は、写真を手にしたまま、微動だにせず、流音を呼んだ。


「何ですか? 輝石様」

「……見つけた……」


 ポツリと呟く輝石に、訝しげな顔を向ける流音。


「……輝石様?」


 失礼なのを承知で、流音は主人の顔を覗き込む。

 その表情は、今までに無い程、歓喜に満ち溢れていた。

 そして、流音もまた、輝石の持つ写真を見て目を見開く。


「っ!! この方は――」

「流音! 今直ぐこの場所を特定しろ!」

「はっ! 畏まりました!」


 そうして、写真を受け取り、立ち去る流音。

 輝石は、懐から一枚の写真を取り出すと、軽くそれに口付けをする。

 そこには、可愛らしい服に身を包み、此方に向かって、小首を傾げてあどけなく微笑む、少女の姿が――。



「漸く見つけたよ、僕のドール……。やっぱり僕達は、運命で結ばれている……」




 と言う訳で、今回は杜若さんがメインです。

 彼はクォーターです。おばあさんがフランス人です。

 後、年齢は23です。若いですねー。

 もしかして、乙女ちゃんの初恋は彼だったのかもしれませんね。だから、金髪に染めていた呉羽に惹かれたのかも?


 それからお待たせいたしました!

 乙女ちゃんのお兄さん登場です!

 かなりナルシー、周りにもそれを求める性質の悪い奴です。

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