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第十五話:同志のお見舞い〜正夢?〜

 同志の食事を持って、私は彼の部屋へとやってきた。

 ノックをしても返事が無い事から、彼は今、眠っているのだと分る。


 そう、私は今、同志のお見舞いに来ている。

 同志のお母上に言われ、バイトも休みだった為、こうして同志のアパートにやってきた私。

 出迎えてくれた同志のお母上。名前は如月音羽と言って、髪はショートでスーツに身を包み、ビシッと決めた姿は、まさに働く女と言った感じだ。それに、とても美人で、流石イケメンの母である。

 お母上は私を見ると、とても嬉しそうに笑った。


「あなたが、一ノ瀬ミカちゃんね!」


 そして、私を招き入れると、まずお礼を言われた。

 同志がいつも持ち帰っているお弁当の残りが、夕食で活躍しているとの事。

 いつぞやは、お弁当を丸ごと持って帰った時も、大変美味しく楽しく召し上がって頂けた様で、私としても嬉しい限りである。


「呉羽にはいつも、あなたを連れてくるように言ってるのよ? でも、あの子ったら照れ屋だから……」

「あ、はい、それは分ります。時々、純情少年に変りますよね」

「あら、そうなの? やっぱりあの子ったら……」


 ウフフと笑うお母上。


 何ですかな? その意味有り気な含み笑いは……?


「呉羽って、他人には絶対、自分の感情を表に出さないのよ。でも、あなたには素直みたいね」


 そう言うと、私を嬉しそうに見つめるのだった。


 その後、私はお母上に頭を下げられる。何でも、急な仕事が入ってしまったらしく、これから会社に向かわなければならないそうだ。

 そこで、私に夕食を作ってくれないかと、酷く恐縮して頼んできた。

 別段用事も無かったので、私が快く承諾すると、


「本当? あーん、ありがとーミカちゃん!!」


 そう言って、ガバッと抱き付いてきて、おまけにキスの嵐である。

 それまで格好良いイメージだったお母上の印象が、その行為でお茶目でキュートに変わった。

 その後、お母上は弟君の好きな物嫌いな物、そして冷蔵庫の物を好きに使ってくれていいと告げて、慌しく会社へと向かっていったのであった。

 こうして今に至る……。



 私は同志の部屋に入ると、彼を起こしにかかる。


「同志、同志! 起きて下さい、ご飯できましたよー!」


 同志の肩を揺り動かし、私は彼の顔をのぞき見た。

 

 ほうほう、寝顔は中々可愛いですな、まるで幼子のようであります!

 それにやっぱり兄弟なんですねぇ。弟君そっくり……。


 そんな事を思っていると、同志が目を開け、此方をボーとした顔で見つめた。と思ったら、腕を引き寄せられ、抱き締められる。


 おおぅ!? 一体これはどういう状況でありますか?


 私は同志を仰ぎ見る。


 ……同志は幸せそうな顔で、寝ておりました……って、二度寝かいっ!!


 私は溜息をつくと、同志の頬っぺたをペチペチと叩いた。


「同志! 同志! 私は抱き枕じゃありませんよ! 同志!」

「う〜〜ん……」


 すると、顔を顰め、同志は今度こそ起きた。

 目を開けた同志と、ばっちりと目が合う。


「お早うございます、同志。寝ぼけた上に二度寝ですか。ご飯が出来たので、早く放してください」


 そして、漸く今の状況を理解した同志は、見る間に顔を真っ赤にさせ、慌てて手を離すと、後ろへ勢い良く後ずさり、思い切り壁に頭をぶつけていた。


「〜〜〜っ!!」


 後頭部を押さえ、うずくまる同志。


 ……うーん、予想通りの反応。やっぱり彼は純情少年でありました。


 私はベッドから降りると、おぼんを取り出す。


「ほら同志。ご飯出来たから、ちゃんとして下さい」


 うずくまったままの同志にそう言うと、彼は真っ赤な顔で謝ってきた。


「わ、わりー! 寝ぼけてて……」

「別に慣れてるから大丈夫ですよ」

「は!?」


 勢いよく顔を上げる同志。少々険しい顔だ。

 そんな彼に私は言った。


「同志はまだいいですよ。私の父なんかは、お尻を触ってきます。

 まったく……セクハラもいい所ですよね。未だに、お風呂も一緒に入ろうと言ってくるんですよ」


 私は、父の顔を思い出しながら、ウンザリした様に言う。


「お尻? 風呂?」


 同志はそう言うと、またもや顔を赤くさせるのだった。

 そして、同志の部屋にある折り畳み式のテーブルの上にお盆を置くと、鍋の蓋を開ける。


「うお! すっげー美味そうな匂い!」

「同志の好きな肉も入ってますよ。鶏肉ですが」

「……お粥か?」

「……? はい、それでも普通のお粥よりかは、断然美味しく作ったつもりですが、何か問題でも?」

 

 すると、同志は顔を赤くして、私から視線を逸らせる。

 

 うーん、まださっきのを引きずっているのでしょうか……?


 私はお粥を器によそうと、レンゲを添えて同志に差し出す。


「はい、どうぞ」


 するとその時、同志がボソリと呟いた。


「……口移しじゃないのか……」

「……は?」


 私は思わず、同志を見つめてしまう。


 ハテ、今口移シト聞コエマシタガ……?


 同志はハッとすると、手をぶんぶんと振った。


「な、ななな何でもねぇ! い、今のは忘れろっ!!」

「ハァ……同志までそんな事を言うとは……。実は父も言ってました。口移しは男のロマンだと……。同志も父と同じ考えだったとは、驚きです」


 私はレンゲを取ってお粥を掬うと、同志に差し出した。


「口移しは出来ませんが、これで勘弁して下さい。はい、あーん」


 すると、同志がピシッと固まった。


「同志、どうぞ口を開けて、はい、アーンて」


 私がそう言うと、同志は我に返り、首を振った。


「いや、別にいいって!」

「以前、唐揚げは食べたじゃないですか」

「いやだから、あん時と今は違っ――」


 バタン!!


「ミカ! オレ、野菜食べたぞ!」


 その時、勢いよく扉を開けてそう言ったのは、揚羽君であった。


「おお! 揚羽君、君は勇者だ! 私も今、同志に特効薬を食べさせている所だ!」

「そうか、頑張れ兄ちゃん! バルブンドスなんかに負けるな!」


 そう言うと、揚羽君はビシッと敬礼をして私に頷くきバタンと扉を閉めて行ってしまった。


「な、何だ? バルブンドスって……」

「何って、悪の組織ですよ。さ、同志、正義の名の下に、あーん」

「何だそれ――って、だから止めろって!」


 レンゲから顔を背ける同志に、私はハッと気付いた。


 や、やはり、ロマンっすか!?


「……同志。やっぱり口移しじゃないとダメですか……?」

「へ?」


 私がレンゲをじっと見ていると、同志はハッとした様に私に言った。


「ダ、ダメじゃねーから! 分った、食わせてくれ。ほら、あーん」


 そう言って、口を開ける同志に、私は嬉々としてお粥を放り込むのだった。


 ホッ、口移しじゃなくて、良かった良かった。



 ++++++++++



「どうです? 美味しいですか?」

「んー、美味い……」


 嬉しそうに俺の口の中にレンゲを突っ込む一ノ瀬を見て、複雑な心境のオレ。

 もう少しで正夢になる所だった。


 まったくこいつは、オレの気も知らないで……。

 こうして食わせて貰っているだけでも、かなりヤバイのに、口移しなんてされた日には、オレは自分を抑える自身なんてねーぞ!?

 それにしても、一ノ瀬の親父って一体……。


 ちょっと興味の湧くオレだった。

 それから、あらかた食わせてもらった後、一ノ瀬がきょろきょろしながら言った。


「……やっぱり同志はロックが好きなんですね……。それ関係の雑誌やCD……ギターまであります……。あ、オヤジ達発見!」


 本棚を指差し、嬉しそうに言う一ノ瀬。

 オレは、床に無造作に置かれた雑誌を手に取った。


「ああ、特にこのバンドが好きだな」


 そう言って、一ノ瀬に雑誌の表紙を見せる。

 すると、一ノ瀬は顔を顰め、此方を見た。


「……同志……」

「な、何だ?」


 何だ? 何か問題でもあんのか?


 オレがそう思っていると、一ノ瀬は言った。


武士(もののふ)ギャラクシーって変な名前ですよね……」

「んなっ!」


 ちょっとムカッとくるオレ。


「た、確かに変かもしんねーけど――」

「変な事は認めるんですね?」

「うっ! と、とにかくっ、曲はスゲー良いんだ! ボーカルのYAMATOを初め、ギターの翔やベースのTERUにドラムのAKIRA。皆、実力派なんだぜ!」


 ついつい熱くなってしまい、ハッとする。


 ヤバイ、今のは引かれたか?


 しかし、一ノ瀬は引く事はなく、雑誌の表紙をまじまじと見つめている。

 今言った四人が写っているのだが、このバンドは皆、どぎついメイクをしている。

 普通好きの一ノ瀬としては、やっぱり抵抗があるのかもしれない。

 その時、一ノ瀬はポツリと言った。


「……同志の髪の色って、もしかして――……」

「え? ああ、AKIRAの金髪と、YAMATOの赤だ」


 ギターの翔は黒髪だし、ベースのTERUはスキンヘッドだ。

 ファンとしては、より派手な方の真似をしたい。


「ほぅ、成る程、そうでありましたか。でも、その耳のピアスは如何なものかと思いますよ。何たって、目にチカチカするであります」


 そう言って、目をシバシバさせる一ノ瀬であった。



 その後、カチャカチャと食器を片付ける一ノ瀬に、オレは声を掛ける。


「……なぁ、一ノ瀬……」


 実は聞きたい事があったのだ。

 昨日のあの天塚とか言う男の言葉。


『バイト先でプロポーズされてたりして――……』


 その事について、昨日はついぞ聞けずじまいだった。


「何ですか? 同志」


 首を傾げる一ノ瀬に、オレは重苦しく言った。


「お前、バイト先でプロポーズされてるって本当か……?」


 すると、食器を片付けている一ノ瀬の手が止まる――と言うか、全身が固まっている。

 ギギッと機械的にオレの方を見ると、


「一体、ソレヲ何処デ?」


 と、これまた機械的な言葉で言った。


 ……やっぱり本当だったのか……。


 オレの心は重く沈んでゆく。


「……昨日、あの男から聞いたんだよ。で、どんな奴なんだ?」


 すると一ノ瀬は、素早く食器を片付け言った。


「はっはっはっ、そんな、同志が気にする事なんかありませんよ! ええ、同志の全く知らない人です!」


 それだけ言うと、一ノ瀬は食器を持って部屋を出て行ってしまう。


 チッ、逃げられたか。


 しかし……と、オレはある紙を取り出した。

 そこには、地図が描いてある。

 一ノ瀬のバイト先の地図だ。

 昨日、帰り際にあの男に渡されたのだ。


『興味あるなら行ってみな。面白いもんが見れるぜ……』


 そんな意味深な事を言われた。


 一体、面白いもんって何なんだ? 

 ……それにしても……。


 オレは地図を眺める。


 なんつー分り辛い地図なんだっ!!


 それは地図と言うにはお粗末なもので、物凄くクネクネと曲がった線で書いてある。

 ミミズがのたくったと言うのは、恐らくこのような物を言うのだろう。

 本当に辿りつけるのかと心配になった。


 まぁいいや、とりあえずこれを頼りに行ってみるとするか……。




 その後、一ノ瀬は帰っていった。

 冷蔵庫の中には、ハンバーグの作り置きがあり、テーブルの上には、お袋に宛てた手紙が置いてある。

 オレは何と無しに、それを手に取り読んでみると、こんな事が書いてあった。


 

 **********



  呉羽君のお母上へ


 ハンバーグを作っておきましたので、後で温めて召し上がって下さい。


 揚羽君は、嫌いな野菜を食べました。


 これからも、「バルブンドスをやっつけろ」か「正義の名の下に」と言えば、食べてくれると思います。


 呉羽君には、鶏肉入りのお粥を作りました。


 大変好評で、レシピを書いておきますので、後で作ってみて下さい。


 では、お母上様。あまり御無理されぬ様、お体に気を付けて。


  一ノ瀬ミカ     



 **********



「そう言えば、何でお母上なんだ……?」


 それに呉羽君って……。


 普段は絶対呼ばないその呼び名に、オレは思わず照れてしまう。

 その時、オレは服の裾を引っ張られ、其方を見ると、弟の揚羽が此方を見上げていた。


「……? 何だ、揚羽?」

「なぁ、あのな、兄ちゃん。ミカと兄ちゃんは恋人同士なのか?」

「は!?」

「やっぱり、将来は結婚すんのか?」


 突然の事で、オレが固まっていると、揚羽はさらに言った。


「だって兄ちゃん、ミカにアーンてしてもらってただろ?」

「んがっ!!」


 そうだ! そうだった!! こいつに見られてた!


 俺は揚羽の肩を掴むと、必死の形相で言う。


「揚羽! その事は絶対に、お袋には言うな!」

「……? 何でだ?」

「何でもだ!」


 揚羽は、首を傾げながらも、頷いて見せた。


「……やっぱり、ミカは兄ちゃんの恋人なのか?」

「……別に違う」


 少し俯き加減に尋ねてくる揚羽に、オレはそう言うと、何故か弟はパッと顔を輝かせて、此方を見る。


「じゃあ、オレがミカを恋人にしてもいいのか?」

「はぁ!?」

「やった! オレ、大きくなったらミカを嫁さんにする! 一緒にバルブンドスを倒すんだ!」


 そう言って、はしゃぐ揚羽。

 オレは何となく、弟のその頬っぺたを摘む。


「……? 兄ちゃん?」


 もう片方も摘んでやる。


「に、兄ひゃん? あにふんだよ?」


 ははは、なまいきだなー、こいつー。


 オレは顔に笑顔を張り付かせたまま、弟の頬っぺたで遊んでやる。


「兄ひゃん!? 兄ひゃん、何かこあいぃー!」


 そして、それは揚羽がベソを掻くまで、続けられたのだった。



 ああ! とうとう出してしまった!

 『異界の旅人』も読んで下さっている方は分ったかもしれませんが、今回作中に出てくる呉羽の好きなバンド『武士ギャラクシー』のギターの翔は、そうです、杉崎翔太郎さんです。

 呉羽がロック好きと決めた時から、どうにかして出せないかな、と思っていたのでした。

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