第十四話:同志のお見舞い〜正義の名の下に〜
「――……し……同志……起きて下さい、同志――」
聞き覚えのある声……って言うか、オレを同志なんて呼ぶ奴は一人しかいない。
オレが目を開けると、そこには予想通り、一ノ瀬の姿があった。
一ノ瀬は、オレを心配そうに見下ろしている。
「大丈夫ですか? まだ具合悪いですか?」
オレはぼんやりした頭で、そんな一ノ瀬を見上げると、安心させるように笑ってやる。
「ああ、大丈夫だ。今日は一日寝たから、大分楽にはなったかな……」
オレがそう言うと、一ノ瀬はホッと安心したようだった。
そして、オレはハッとなる。
そう言えば、何で一ノ瀬がここにいるんだ!? ここってオレの部屋だよな?
見回せば、見慣れた自分の部屋だ。
「……? どうしました、同志?」
「い、いや、一ノ瀬? 何でお前がこんな……オレの部屋に居るんだ!?」
「ああ、それなら同志のお母さんに頼まれたんですよ」
「なっ! お袋に!?」
「はい、急な仕事が入ったとかで、代わりに看病してくれと頼まれました」
「はぁ!? 何お願いしてんだよ、あのお袋は!」
そう言いながらも、オレの中では今、嬉しさが込み上げてきていた。
「さ、同志。お粥を作りましたよ。食べられますか?」
一ノ瀬はおぼんに乗った鍋を出してくる。それを別の器に移すと、レンゲで掬って、フーフーと冷まし、此方に差し出してきた。
「はい、あーん……」
思わずオレは咳き込んだ。
「ばっ! なっ、ななな何してんだよ!?」
「何って、食べさせようとしてるんですが?」
そう言って、可愛らしく小首を傾げる。
全く、こいつはいつもいつも――……。
いつまでたっても口にしようとしないオレを前に、一ノ瀬はまるで良い事を思い付いたと言う様に、顔を輝かせると言ったのだ。
「じゃあ、口移しで食べさせますね!」
「はぁ!?」
一ノ瀬は、レンゲに乗せたお粥をパクッと口に入れると、オレに顔を近づけてくる。
カァーッと顔が熱くなってきた。心臓もバクバクとうるさい。これは、風邪のせいばかりではないだろう。
「い、一ノ瀬……?」
オレはベッドの上で後ずさる。
だが、一ノ瀬はギシッと音を立ててベッドに上がってきた。
最早逃げられない。
いや、本当にオレは逃げたいのか?
オレの視線は、一ノ瀬のその柔らかそうな唇から放せないでいると、肩に手が掛かった。
一ノ瀬はゆっくりと目を瞑り、顔を近づけてくる。そして、オレもまた、それを受け入れるように目を瞑った。
そして―――。
もう一度目を開けると、そこには誰も居なかった……って言うか、オレはベッドの中で寝たままだった。
ガバッと起き上がると、オレは拳を壁に叩きつける。
「って、夢オチかよっ!!」
オレは頭を抱えた。
何つーこっぱずかしい夢をっ!!
はぁーと息を吐いて、オレはベッドから起き上がった。
「……のど渇いた……」
自分の部屋を出てキッチンの冷蔵庫を開けると、ミネラルウォーターを取り出してそのまま飲む。
「あ、同志ー、おはよーございます」
ブフー!!
オレは勢いよく、飲んでいた水を噴き出した。
そこに、エプロン姿でキッチンに立つ、一ノ瀬の姿があったからだ。
な、何だ!? まだ夢でも見てんのか、オレ!?
オレは冷蔵庫の扉を閉めると、その扉に思いっ切り頭突きをした。
ガツン!!
「っ!! 同志!? 何やってんですか!?」
「い、いてー……」
どうやら夢じゃないらしい……。
「当たり前じゃないですか! もしかして、まだ熱があるんじゃないですか!?」
一ノ瀬はオレに駆け寄ると手を伸ばしてくる。
額には冷却シートが張っていた為、その手は俺の首筋へと向かうのだが、触れた瞬間、思わずビクッとしてしまった。
その手がひんやりとしていた事もあるが、さっき見た夢を引きずっている為でもあった。
「何だ、まだ熱があるじゃないですか、すっごく脈が速いですよ。顔も赤いですし」
いや、これはお前のせい……。
「……それにしても、以外でした……」
「何が……?」
「同志はパジャマ派だったんですね。それも、ニャンコの絵が描いてあるラブリィーな……」
「んがっ!! こ、これはお袋が勝手に買って来たんだよっ!!」
「ホウホウ、服はお母上にお任せなんですな? と言う事は、下着なんかもラブリィーな絵柄で?」
メガネをキランと輝かせ、一ノ瀬が言う。
オレはギクッとして何も言えなかった。全くその通りだったからだ。
……こ、これからは自分で買おう……。
そう固く心に誓うのだった。
「で、何で一ノ瀬がオレんちに居るんだ?」
「はぁ、同志のお母上に、お見舞いに来るように言われたんです」
「……何でエプロン姿……」
「お母上に夕食を頼まれたであります!」(ビシッ)
一ノ瀬はオレに敬礼してみせた。
……ま、正夢か?
チラッと見ると、コンロには鍋がかかっているし、まな板には野菜が乗っている。
「な、何作ってんだ?」
お粥か?
と思っていると、一ノ瀬はまたメガネをキランと輝かせた。
「フフフ、それは出来てからのお楽しみです。さ、同志はどうぞ寝て下さい。まだ熱があるんですから、安静にしていて下さいね。出来たらちゃんと起こしますし」
一ノ瀬はオレの背を押し、部屋へと押し込んでしまう。
オレは暫くボーと突っ立っていた。
そしてベッドに入ると、やっぱり正夢なのか!? と先程の夢を思い出し、バクバクと激しく心臓が鼓動する。
それに、キッチンに立つ一ノ瀬の姿……あれはカナリやばかった。
あれで「あなた」なんて言われたら――……ハッ、何言ってんだ、オレ!? 何時からこんな恥ずかしい奴にっ!!
オレは恥ずかしさのあまり、壁に頭を打ち付けるのだった。
++++++++++
「♪サン、サン、サンバトラー、バルブンドスーをやっつけろー ♪世界の平和を護るんだー」
ヒュンヒュンと、物差しを剣に見立てて振り回し、ランドセルを背負った少年が、アパートの階段を登ってゆく。
そして、自分の家の窓から灯りが見えると、パッと顔を輝かせた。
それに良い匂いもする。
気が逸り、ランドセルを肩から外すと、腕に抱えて自分の家のドアを勢いよく開けた。
「音羽ー! 今、帰ったぞー!!」
母の名を叫ぶと、ダッとキッチンへと向かい、少年はドサッとランドセルを落とした。
「だ、誰だお前っ!?」
そこには、エプロンを身に着け、野菜を切っている見知らぬ女が立っていた。
「バ、バルブンドスの手先か!?」
すると、暫く野菜の皮を剥きながら、此方をジーと見ていた女が、ニンジンを此方に突き付ける。
「少年よ、まず人の名を知りたい時は、自分から名乗るのが礼儀ではないかね!」
何だか偉そうに言われた。
少年はグッとたじろぐと、勇気を振り絞って口を開く。
「お、オレは如月揚羽だ! お前は何者だっ!!」
「フッフッフッ、名乗られたからには答えねばなるまい。私の名は一ノ瀬ミカだ! 揚羽君!」
「一ノ瀬ミカ? ……あっ! 兄ちゃんが、いつも持ってくる弁当作ってる奴か!?」
「ははは、その通りだ揚羽君。君のお兄さんには私の同志となってもらっている。実はこう見えても、我々は密かに地球の平和を護っているのだ!」
「えぇ!! じゃあ、サンバトラーと知り合いなのか!?」
キラキラした目で、揚羽はミカを見上げる。
「いや、残念ながら、サンバトラーとは別の部隊なのだ。実は此処だけの話、世界中には沢山のサンバトラーの別働隊が存在しているのだよ揚羽君! 実は今も、世界の平和を護る為、密かに活動中なのだ!」
「ほ、本当か!?」
「本当だとも! さぁ見るがいい、あのキッチンにある食材の数々を! あれは平和を護る為に作っている料理なのだよ!」
「そ、そうなのか?」
「さぁ、揚羽君。君も平和を護る為、手伝ってはくれまいか?」
そう言うと、ミカはひき肉の入ったボールを揚羽の前にドンと出した。
「これを正義の名の下に、捏ねて捏ねて捏ねまくるのだ! 粘りが出る程にっ!!」
そして、揚羽が手を出そうとすると、ミカはパッとボールを遠ざけた。
「おおっと、その前にうがいと手洗いを忘れてはいけない! バルブンドスのように悪と名の付く組織の連中は、皆うがい手洗いをしないそうだぞ。奴らと同じになりたいのか!?」
ミカがそう言うと、揚羽は慌てて洗面所に走っていった。
その後姿を見ながら、ミカは微笑む。
「いやー、子供は素直でいいなぁー……。私も欲しかったな、弟か妹……」
「ミカ! 粘りが出てきたぞ!」
「ほほう、やるな揚羽君。では、それを四等分にして丸めたまえ! 出来るかな?」
「バカにすんな、出来らい!」
「おおっと、これは失礼。揚羽君、君はもう既に立派な正義の味方であった!」
ミカのその言葉に、揚げ羽はフフンと得意そうな顔をすると、言われた通り、ひき肉を四等分にして丸めた。
「出来たぞ!」
「フム、では手を洗い、テーブルを拭いて、食器を出して欲しい。私には初めての場所で、何処に何があるかは揚羽君、君に頼らねば分らないのだよ」
困ったようにミカが言うと、揚羽は嬉しそうに頬を染めた。
「おう、任しとけ!」
そう言うと、手を洗う為、洗面所に掛けてゆく。
「うーん、頼られるのが、よっぽど嬉しかったんだねぇ……」
しみじみと呟くミカであった。
「ハンバーグだ!」
ジューッと、フライパンの中で音を立てるひき肉の塊を見て、揚羽は顔を輝かせて叫んだ。
「ははは、そうだとも揚羽君。実は君の好きな物は、我らの仲間が既に調査済みだ! そこでだ、揚羽君……。ここで君に、重大な事を言わねばならない……」
重苦しい雰囲気で、ミカが揚羽に言った。
揚羽は、ゴクリと緊張の面持ちでミカを見上げる。
「な、何だ?」
「実は、君のお兄さんの風邪だが、あれはバルブンドスのばら撒いたウイルスのせいなのだ――……」
「えぇ!? そんな、兄ちゃんは大丈夫なのか?」
「その点は心配しなくともいい。彼には特効薬を作ってある」
そう言って、既に出来あがっている鍋を指差す。
「あれを食せば、明日には元気になっている事であろう。……しかし、問題は君だ、揚羽君……」
悲しげに此方を見てくるミカに、揚げ羽は不安を隠し切れない。
「オ、オレが?」
「そうだ、揚羽君。ウイルスは、君の中にも入ってしまっているのだよ。しかしまだ、そのウイルスは表に出ていない」
「ど、どうすればいいんだよ!」
揚羽はキュッとミカの手を掴む。怖くて仕方が無かった。
「君にも、特効薬はあるんだ、しかし……」
ミカは揚羽から視線を逸らせる。
「な、何だよ! 早く言えよ!」
ミカの手をぐいぐいと引っ張る揚羽。
「ああっ、しかしそれは、君の嫌いな物の中に含まれているのだ! 揚羽君、私は気の毒すぎて、中々言い出せずにいた、すまない……」
ミカは片手で顔を覆う。
「えぇ!? オレの嫌いなもの?」
「ああ、そうだよ揚羽君」
「……えっと、ピーマンとか?」
コクリ。
「……ニンジンとか?」
コクリ。
「ブ、ブロッコリーにもか!?」
「そう! そうなのだ、揚羽君! 私は君の為、なるべく食べ易く作ったつもりだ。どうかバルブンドスに負けないでくれたまえ! 君の中のウイルスをやっつけるんだ!」
ミカが、真剣な顔で揚羽に言うと、揚羽はキュッと口を引き結び、顔を上げて頷いた。
「分ったよ、ミカ! オレ、ピーマンもニンジンもブロッコリーも食べるよ! 俺の中のウイルスをやっつけてやる!」
「おお! なんと勇敢な! 君は勇者だ!」
そしてミカは、出来上がった料理をテーブルに並べる。
皿に乗ったハンバーグと、そして野菜。それを揚羽の前に置いた。
「実はハンバーグは口直しなのだよ。もし我慢出来なくなったら、ハンバーグと一緒に飲み込むんだ! さぁ、正義の名の下に頑張れ、揚羽君!」
「分った! オレ、正義の名のもとに頑張る!」
揚げ羽はそう言うと、ニンジンにフォークを突き刺し、じっと見つめると、エイヤッと口に入れる。そして、一噛み、二噛み、すると、目を見開く。
「何だこれ? すっげー甘いぞ!」
「言っただろう? 私が揚げ羽君の為に、食べ易く作ったのだと。どうかな? 食べやすいかな?」
「うん! すっげー食べやすいって言うか、すっげー美味い!」
「おお! それは良かった! じゃあ、次はブロッコリーだ」
そう言われて、ニンジンの時のように、エイヤッと口に入れると、これも驚いた顔をしてミカを見る。
「全然臭くない! うまい!」
「ははは、揚羽君。新鮮な野菜は、臭くなど無いのだよ。さ、次はピーマンだ。これはちょっと手強いぞ!」
そう言われて、ピーマンを口に入れる。
これはちょっとだけ苦く。それにピーマン臭さが少し残っていた。
それでも、いつもよりは全然マシだけど……。
ミカは、揚羽の顔のその微妙な変化に気付いた。
「揚羽君! そんな時こそハンバーグだ!」
その言葉に揚羽は頷くと、ハンバーグにかぶり付き、そしてピーマンと共に飲み込んだ。
「ウム! 良くやった、揚羽君! この調子で野菜を全部食べるんだ!
私はその間に、君のお兄さんに特効薬を持ってゆく! ここは君に任せて平気かな?」
「おう! まかせとけ! 全部食ってやる! ミカも兄ちゃん頼んだぞ!」
「分った。では、揚羽君。健闘を祈る!」
ビシッとミカが敬礼をすると、揚羽も真似をして敬礼をした。
「正義の名の下に!」
「おう! 正義の名の下に!」
二人はそう言い合うと、ミカはお盆に乗った鍋を持って、呉羽の部屋へと向かう。
「ハッハッハッ、揚羽君は素直で可愛いですねぇ……」
そんな事を呟くミカであった。
と、言う訳で、今回呉羽の弟君が出てきました。
名前は揚羽君と言います。小学生です。多分三年生くらい。
今回の事で分ったのは、ミカって以外に子供好きということ。
後、初っ端に夢オチを入れてしまいました。念願の夢オチ。一度は書いてみたかったんです。