表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/110

第十二話:土砂降りはやがて晴天へと変る……?

 静かな音楽の流れる喫茶店の店内。

 そして、静かにコーヒーを飲む目の前の男……。


「あの、携帯返してください……」

「ダーメ、これは没収」

「いつまで―――」

「なぁ、さっきの同志って、この前のデートの相手?」


 私の言葉を遮り、天塚さんは言った。


「デートじゃありませんっ、ハンバーガーとフライドポテトを奢ってもらいました。それより携帯返して下さい」

「じゃあ、倍返し要求されるかもな」

「同志はそんな事しません! 天塚さんと一緒にしないで下さい。そんな事より、携帯!」


 私は、手を差し出しながら怒鳴る。


「そのミカの同志が、後10分以内に来なかったら、このケータイは永久に没収」

「んなっ!!」


 私は時計を見る。

 先程より、5分ほど経っているが、15分で此処に辿り着くのは、無理だと思われる。

 それに何より、外は土砂降りの雨。


「ムムッ、卑怯ナリ、天塚さん!」

「もし、杏也って呼んだら返してあげるかもしれないぜ?」

「死んでも嫌です!」


 私がそう言うと、天塚さんは頬杖を突いて、うっとりとした顔で言った。


「いーよ、別に……今は思う存分強がっておきな。その分、後の楽しみが増えるから――……」


 ニィッと口の端を引き上げる目の前の男に、私は先程とは比べ物にならない程の悪寒を感じる。

 と、その時であった。



 ――カランコロン――


「一ノ瀬!?」


 喫茶店のドアのベルが鳴ると同時に名を呼ばれ、私は思わず立ち上がっていた。

 

「ど、同志!?」


 見れば同志が全身ずぶ濡れで立っており、肩で息をしている。

 

 おおぅ、あのハデハデな金髪サイド赤が、べったりと張り付いているぅ!


 彼は此方に気付くと、ズンズンと近づいてくる。

 そして天塚さんを睨んだ。


「あんたか!? 鬼畜な変態って……」

「そう、俺がその鬼畜な変態でーす。それより、随分早かったな……もっとかかると思ったのに……」

「近くのコンビニで、雨宿りしてたんだよ!」

「ああ、それで……惜しかったなぁ、もう少しでミカ、泣かせてあげられたのに……」


 天塚さんがニッと笑って、同志を見据えると、同志はギリッと睨み返した。

 その時、お店の人が「あの、お客様」と言って、タオルを持ってきてくれたのだが、同志は気付かず、私が代わりにタオルを受け取る。

 ポタポタと水が滴り落ちる同士の顔を、私がタオルで拭いていると、先程の陰口シスターズの声が聞こえてきた。


『ねぇー、ちょっとちょっとー、修羅場じゃない!?』

『えー、新しく来た方も、イケメンなんですけどー』

『あんな地味な女の何処がいいの!?』

『でも、何かすっごく羨ましいんですけどー』


 羨ましいんなら、代わってくれぃ!

 それよりも、同志の背が高くて頭のてっぺんまでは拭けません!


 私は何とか届かせようと背伸びをしていると、同志が私の手を取った。


「行くぞ、一ノ瀬!」

「えぇ!? ちょっとまっ――」

「今外出たら、ミカちゃん濡れちゃうぜ?」

「うっ」


 同志がピタリと止まった。

 確かに外は土砂降りの雨。

 天塚さんは、テーブルを指でトントンと叩く。


「いーから座りなよ。今、俺たちすっごい目立ってんだけどなー……」


 ハッ!! そうでありました! 我らは今、注目の的にぃ!


 私はすぐさま席に座ると、隣をポンポンと叩き、


「さ、同志も早く!」


 と促した。

 同志は一瞬、凄く変な顔をしたが、溜息を付くと席に座る。


 おおぅ、これだと、頭のてっぺんに手が届きますな!

 

 私は嬉々として、タオルを同志の頭に被せると、ガシガシと拭いた。


「うぉ!? 何だよ行き成り! ってゆーかお前、何か平気そーだな……」


 眉を顰めて同志が言うので、私はにっこりと笑って言いましたとも。


「はい! 同志がいれば百人力です!」


 すると同志は、私をまじまじと見たかと思うと、顔を赤くし、


「そうかよ……」


 と視線を逸らした。

 私はそんな彼の様子に首を傾げていると、前の方からクスクスと笑い声が聞こえる。

 天塚さんだ。


 はぁっ!! そうだ、携帯!


 私は手を前に突き出すと言った。


「さぁ、天塚さん! 同志が来たんですから、携帯返して下さい!」


 すると彼は、私の携帯を人差し指と親指で持って、プラプラとさせる。


「俺、返すなんて一言も言ってないぜ」

「はい?」

「俺が言ったのは、そこにいるミカの同志が15分以内に来なかったら、永久没収って言ったの。ほら、返すなんて一言も言ってない」

「クゥ〜ッ! 何て屁理屈をっ!!」

「?? 如何した、一ノ瀬?」


 私が悔しさで手を震わせていると、同志が何の事か聞いてきた。


「うぅっ、私が同志に電話した時に、携帯とられちゃったんですよぅ……」


 私がそう言うと、同志は天塚さんを睨む。


「一ノ瀬に携帯返せ!」

「……うーん、まぁいいか。15分どころか10分以内で来たしな。大まけして返してやろうかな……。それに、ミカのケー番とメルアドもゲットしたし……」

「んなっ!?」


 い、いつの間にぃー!?


「ついでにミカのにも、俺のケー番とメルアド入れといてやるよ」


 んぎゃー! いーです! 止めて下さいっ!! って言うか、勝手に弄らないで下さい!

 それに、凄く楽しそうですね! 思わずビンタをお見舞いしたくなる位にっ!!


 と、その時、天塚さんの手がピタリと止まった。

 そして、首を傾げると私に尋ねる。


「なー、この『あなたの乙女』って何?」


 あ、そう言えば、そのままにしてた……。

 私が何か言おうと口を開こうとした時、私は確かにそれを感じ取っていた。


「……同志……」


 私がポツリと呟くのを、隣の同志と、目の前の天塚さんは訝しげに見ている。


「……? 何だ、一ノ瀬?」

「……来ます……」

「は?」


 私はグリンと同志を見ると言い放つ。


「乙女ちゃんが、やって来ますっ!!」


「はぁ!?」

「後10m………9m……8…7…」

「ちょっと待てよ、それマジでか!?」

「は? 何? 何の話?」


 彼らの言葉を、半ば無視して、私はゆっくりと外を眺める。


「4……3……2……」


 ―――そして、見覚えある姿が目の前を通り過ぎて行った……かと思ったら、引き返してきた。


「マ、マジだった……」


 呆然とした同志の呟きが聞こえてくる。

 乙女ちゃんは私の姿を認めると、パァッと顔を輝かせ、両手を広げて走ってきた。

 その口元を見ると、その動きはハッキリとこう読み取れる。


『お・ね・え・さ・まー』


 ああ、乙女ちゃん、そこはガラスなんですが―――。


 ゴチン!


 案の定、乙女ちゃんは思いっ切りぶつかっていた。

 慌てて傍にいた、スナイパー渋沢が助け起こす。


 いえ、スナイパー渋沢、こうなる前に止めてあげてっ!!





「んもぅ! お姉さま? 臨時休業ならそう仰って下さらないと! わたくし、お姉さまを見る貴重な時間を、無駄に過ごしてしまいましたわ!」


 乙女ちゃんはいつものように、薔薇の付いた豪華な椅子に座っている。


「そんな事よりお姉さま? 先程から、わたくしを見てお腹を抱えて笑っている失礼な方はどなたですの?」


 乙女ちゃんのおでこには、大きな絆創膏が貼られている。

 それはもう、見事なたんこぶであった。

 そして、それを見て、テーブルに突っ伏して笑っているのは天塚さん。

 あの後、携帯は返してもらった。


 あ、因みに、乙女ちゃんは全く濡れていない。レインコートを着ていた為だ。

 けれど、スナイパー渋沢は、濡れてやってきた。傘だった為だが、今はいつ着替えたのか乾いたものを着ている。見た目、変わらないけど……。


「ああ、乙女ちゃん、彼は天塚さんって言うんだよ」

「それにしても、どうして呉羽様も一緒にいるんですの? ……ハッ、まさか! お姉さま、私のいぬまに、デ、デートなどとっ!!」


 動揺する乙女ちゃんに、私は首を振る。


「違う違う、同志は私の助けに駆け付けてくれただけだし、デートじゃないから」

「そうそう、デートしてたのは俺の方。初めまして、俺、天塚杏也。宜しく、乙女ちゃん?」


 漸く笑いが収まったのか、天塚さんは顔を上げて、乙女ちゃんに自己紹介をした。


「デートって、それは天塚さんが無理矢理――」

「な、なな何ですって!? お姉さま、どういう事ですの? こんな何処の馬の骨とも分らない男とデートなど、私は認めませんわ!」

「いや、だからね、乙女ちゃん……」

「ハハッ、何なら乙女ちゃんも一緒にデートする? ダブルデートなんてどう?」


『はぁ!?』


 私と同志の声が重なった。


「……? ダブルデートとは何ですの?」

「2組のカップルが一緒にデートする事。ほら、丁度雨も上がった事だし、一緒にデートしようぜ?」


 そう言われ、外を見てみれば、雨は既に止んでいた。


「まぁ、デートですって? ……わたくし、デートなんて初めてですわ……」

「ふーん、そうなんだ? そんなに可愛いのに勿体無い……」


 すると、乙女ちゃんは頬を染めて高らかに笑った。


「ホホッ、可愛いだなんて、当たり前の事ですわ! もっと言って下さって結構ですわよ! 杜若!」

「はい、お嬢様」

「わたくし、これからダブルデートというのをやりますわ!」

「はい、分りました、お嬢様……」


 そう言うと、スナイパー渋沢は懐からハンディカメラを取り出した。


「しっかり記録いたします」

「そうと決まれば、ちゃっちゃと参りましょう! 杜若!」


 スナイパー渋沢が、今度はスッとお財布を取り出す。

 そして、レジに向かうとお会計を済ませてしまった。


「さっ、参りましょ? お姉さま」


 乙女ちゃんは私の腕を掴む。


 おおぅ、此処に、奢り人の神が降臨す!


 カランコロンといって、店の扉を開けると、そこには青空が広がっていた。

 何だか、乙女ちゃんのお陰で、気分は晴れ晴れとしている感じがする。

 デートというのは引っかかるけれど、普通にお友達とお出かけと思えば、なんて事は無い。


「さて、何処に行きましょうか……」

「はい、乙女はお姉さまについて行きますわ!」



 ++++++++++



「あー、2人とも行っちまった。ダブルデートって、男女カップルって言いたかったのにな」


 そして、天塚杏也は呉羽を見る。


「俺らも出ようか? 何なら、ダーリンって呼ぼうか? それともハニーの方がいい?」

「っ!! 気色悪い事言うなっ!」


 鳥肌を立てて怒鳴る呉羽。

 そして、彼らも表へ出る。

 前を歩くミカと乙女を見ながら、杏也は呉羽の肩に寄りかかり言った。


「喜べ、同志……」


 耳元で囁かれて、ゾワゾワッとする呉羽。


「止めろっ、触んなっ! 同志って呼ぶなっ! それに、何を喜ぶんだよ!?」


 呉羽はバシッと、杏也の手を振り解く。


「アレ、無意識だぜ」

「は? 何の事だよ?」

「無意識に助けを求めたんだよ、ミカはあんたに……」


 そう言われて、呉羽は見る間に顔を赤くし、そして口元を手で覆う。


(やべぇ、すげー嬉しいかも……)


 そんな呉羽を、杏也はニヤニヤとして見ていた。


「早く自分の物にするなり、何なりした方がいいぜ。ミカを狙ってるのは、何も俺だけじゃないんだからさ」

「っ!? なっ、どう言う事だ?」


 呉羽は、杏也を睨みつけながら、疑問を投げかける。


「バイト先で彼女、プロポーズされてたりして……」


 そう言うと、杏也はミカと乙女の方へ行ってしまう。


「っ!! ちょっと待てよっ、それってどう言う事だよ!? もっと詳しく話せっ!!」


 呉羽もそう言って、慌てて追いかけるのだった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ