第十一話:それは、土砂降りの雨の如く
学校が終わり、私はいつも通りバイトへと向かう。
そして、校門にて見覚えのある姿を見つけた。
「あは☆ 妹ちゃん、待ってたよぅ♪」
私は回れ右をして、学校へと戻って――。
「今ここで、大声でバイトの事ばらす……」
もう一度、回れ右をして杏ちゃんの元へと遣って来たのでした。
いーやー! オカマさんが! 鬼畜なオカマさんがーー!!
「今日はね、杏が店長に頼んで、お店お休みにして貰ったのぅ♪」
ウフッと笑う杏ちゃん。
や、休みっすか!?
やったーと思ったのも束の間、杏ちゃんは私を地獄へと突き落とした。
「だ・か・ら♪ 今日は、杏と一緒にお出かけね☆」
「丁重に断らせて――」
「奢るよぉ☆」
ピクピクッ!
「あは☆ 本当に奢りに弱いんだぁ、店長の言ってた通り♪」
隊長ー! やっぱり敵は身内におりましたー!
何だと!? 後で裁きの鉄槌を与えるのだっ!
イエッサー!
クッソー、今度、姉には嫌いなピーマンとセロリと椎茸をふんだんに使った料理をお見舞いしてやるぅ!!
ガシィッと腕を掴まれた。
見ると杏ちゃんが、ニコニコと笑ったまま、私の腕を掴んでいる所だった。
そして、ズルズルと引き摺られるようにして、引っ張っていかれる。
「あ、あのぉ、一体何処へ?」
「ひ・み・つ♪」
……ヒ・ミ・ツ? って何でありますかぁっ!!
おおぅっ、ここは公園? ってちょっとまてぃ! 何で草むらに入ってゆく!
何故にどんどん奥にっ!! 何する気? 何する気ー!?
「うーん、ここら辺でいっか……」
漸く立ち止まった杏ちゃんは、私を振り返るとニッコリと笑った。
ガチャリ
そんな音がして、私は自分の手を見た。
そこには、銀色に輝く手錠が――……。
「逃げちゃダメだよぅ」
にっこりと笑う杏ちゃんに、私はガクガクぶるぶると震えだす。
激しく身の危険を感じます! 誰か助けて下さいっ!!
すると杏ちゃんは、徐に服を脱ぎ始めた。
「いーやー! 何をしているでありますかぁ!? 何で! 何故に脱ぐ!!」
私が思わず叫ぶと、杏ちゃんは言った。
「えー、着替えてるんだよぅ」
そう言って、持っていたカバンをごそごそとし、服を取り出す。
チャーンス!
私は今の内に逃げ出そうと、そーっと後ずさりをし、回れ右をするとそのまま駆け出した。
――ビンッ!
はぅっ! 何かに引っ張られたであります!
「あはは、やっぱり逃げようとした。逃げちゃダメだよ、妹ちゃん」
よく見ると、手錠にはピアノ線が付けられ、その先を杏ちゃんが足で踏んでいた。
杏ちゃんは男物の服に着替えると、何やらクリームを取り出す。それを顔に塗りタオルで拭き取った。
そして、2つに縛っていた髪を解くと、手に何かを塗ってクシャクシャと頭をかき回す。
「さてと、出来た。この姿では初めましてだな、妹ちゃん?」
そこにはもう、あの甘ったるい砂糖菓子のような杏ちゃんは存在しなかった。
そこに立っているのは、女慣れしていそうな、遊び人風の男性。それも、甘いマスクのイケメン。
カチャリと、彼は私の手錠を外した。
「あ、今は杏ちゃんじゃなくて、杏也な。俺、本名、天塚杏也だから」
フフッと笑う杏ちゃ――もとい、天塚杏也であった。
そして、公園を出ると、彼は声を掛けてくる。
「で、何処行くー?」
「は?」
私が首を傾げていると、天塚杏也は此方を振り返り言った。
「デェート♪」
…………チーン。
「丁重にお断りさせて――」
「バラす……」
はぅっ!!
「それに俺、奢るぜ?」
ピクピクゥ!
「あはは! やっぱり面白いな、妹ちゃん。あ、デートするのに妹ちゃんは変だから、ミカって呼ぶから。俺の事は杏也な、ミカ」
ぞわぞわっと鳥肌が立った。
いーやー、こんな鬼畜なオカマさんで、しかも遊び人風なイケメンに、ミカなんて呼び捨てされたくないーー!!
「ほら、呼んでみろよ杏也って、ミカ」
「……天塚さん」
「キョーヤだって、ミカ」
「天塚さん……」
「ミーカちゃん」
「(ゾワッ)天塚さん……」
「……ミカ」
「(ゾワゾワッ)天塚さん……」
鳥肌が立ちまくっている私に、天塚さん(決定)は言った。
「まったく、我侭だな、ミカは……」
うがー!! 我侭じゃないっちゅーねん! ってゆーか、それはこっちのセリフじゃあー!!
「でも、今の名前を呼び合うのってさ、何か恋人同士みたいじゃねぇ?」
今までで、最上級のゾワゾワ感が私を襲う。
何が恋人同士やねん! 全然ちゃうわいっ!!
今すぐハリセンを持ってきて、目の前の男に一発お見舞いしたくなる。
その時、ポツリと頬に雫が落ちた。
「あ、雨――……」
やった、帰れる――……と思ったのも束の間、
「どっかで雨宿りしてこーぜ、ミカ」
天塚さんは、にっこりと笑って言ったのだった。
そうして私たちは今、駅前の喫茶店にいる。
「あ、俺コーヒーで。ミカは?」
店員さんに注文する天塚さん。
私は、メニューを睨みつけ、この店で一番高いものを物色していた。
おぅ! このビックサンダー バナーナ&ストロベリー&チョコパフェをば――。
「あ、ミカ。俺、後で奢った分、倍返し要求するかも――……」
「オレンジジュースお願いします」
私は店員さんに、にっこりと笑って言ったのである。
クゥ〜! こやつ、奢った後に倍返しを要求するなど、奢り人の風上にも置けないであります!
『ねぇー、ちょっと見てよ! あの人、すっごいイケメンなんですけど!』
『どれどれ? あっ、本当ー! でも、一緒にいる女、すっごい普通じゃない?』
『ふつーってゆーかー、地味? 全然釣り合ってなーい!』
此方に向かって、そんな囁き声が聞こえてくる。
ああ……普通、地味、なんと良い響き……。もっと、もっと言って下され……。
ホゥッと溜息を付いて、うっとりとしていると、目の前の天塚さんが頬杖を付いて此方を見た。
「本当にミカって変わってるよな……。いま君、貶されてるんだぜ? 元々すっごいカワイーのにさぁ……。せめてメガネ止めない?」
「止めて下さい! メガネは私の心のオアシス! そして絶対領域! 何人たりとも、この領域を侵すことは出来ないのでありますっ!」
ガシッとメガネを掴み、そう言い放つ私に、天塚さんは目をぱちくりさせると、ぶぷーと噴出した。
「ちょっと何だよそれ!? 本当ミカって面白いのな! 今までいなかったタイプだ!」
「そういうあなたは、鬼畜オカマ遊び人ですね」
思わず私はそう言っていた。
すると、天塚さんはスッと目を細め、私を見つめ返す。
「そーゆー事、本人を目の前にして言うかなー……本当にミカって面白い――……って言うか、泣かせたい?」
ピキッと固まる私をよそに、この男は更に言った。
「この前のミカの泣きべそ顔見てたら、思わず俺、ゾクッときちゃったんだよね……。ヤロー共の絶望顔以外で、そんな風になったの、俺初めてかも。……なぁ、泣かせていい?」
彼のその言葉に、私はにっこりと笑うと、流れる様な仕草でもって、携帯を取り出し、そして物凄いスピードで番号を押してゆく。
その間、天塚さんは、その私の動向を興味深そうに眺めていた。
私は携帯を耳に当て、呼び出し音を聞いていると、かけた相手が出た。
『もしもし? 一ノ瀬、どうした?』
私は同志の声にホッとすると、彼に訴えた。
「ど、どどど同志ぃ! 目の前に、目の前に鬼畜な変態が〜!」
『はぁ!? 何言ってんだ?』
と、その時、私の携帯が、パッと横からきた手に奪われてしまう。
「本当、本人を目の前に、よく言うよなぁ……ミカ?」
天塚さんが私の携帯を持って、にっこりと笑っている。
そして、それをおもむろに耳に当てると言った。
「どうも、鬼畜な変態でーす。早く来ないと、ミカの事泣かせちまうぜ? 因みにここは、駅が近くて、お茶が飲めるとこ」
それだけ言うと、携帯を電源ごと切ってしまった。
そして、腕時計を眺めると、
「さて、どれ位で来るかなー?」
そう言ってニヤッと笑ったのだった。
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「おい、ちょっと待てよ! あんた誰――……って、くそっ! 切れた!」
呉羽は携帯を耳から放し、ミカの番号に掛け直す。
しかし――……。
「駄目だ、電源切りやがった……」
チッと舌打ちをすると、呉羽は外を見る、土砂降りの雨だった。
そして、先程のミカの声を思い出す。
今にも泣きそうな声をしていた。
『――早く来ないと、ミカの事泣かせちまうぜ――』
聞いた事の無い男の声。
呉羽はギリッと拳を握り締めると、土砂降りの雨の中へと駆けていく。
(無事でいろよ、一ノ瀬!)
今や呉羽の心は、この土砂降りの雨の如く、重く冷たく、不安に満ちてゆくのだった。