番外編:春、それは……
卒業&入学おめでとうな意味合いを含めたお話……。
あーおーげばー、とおーとしー♪
我がー師のー恩ー♪
春……それは別れの季節でもある。
正じぃは体育館の壇上に上がり、生徒一同を見回しながら、キリッとした顔をして、卒業証書を手にする。
その隣には、いつもの如く教頭がスタンバイしていた。
今日は卒業式。正じぃは声を高らかに証書を読み上げる。
『そーしょくせいっ!!』
キーンとマイクが正じぃの声を拾いきれずに、甲高い音を上げる。
(そ、草食性!?)
最後まで理解不能な正じぃのお言葉に、卒業生一同は、感極まって嗚咽を漏らし始める。
(もう、この絶妙なバイブレーションも、理解不能な雄叫びも、見るのも訊くのも今日が最後……)
そう思うと自然と涙が溢れてくるのだった。
卒業式も無事終り、校庭にて在校生に見送られる卒業生達。
ある者は部活の先輩に花を贈り、ある者は憧れの先輩の第二ボタン貰ったり……。
そんな卒業式にはお馴染みの光景が繰り広げられている。
卒業生達は花束を用意したりなんかして、担任の先生、そして校長である正じぃに渡し別れを告げた。
「あ~……みーしゃくさっ!!」
(ミーシャ、臭い?)
ミーシャさんに失礼なのではと生徒一同は思う。
だが教頭はこう言った。
「えー……皆さん。社会に出ても、この学校の事は忘れないで下さい……」
ああ、そう言っていたのか……と生徒達。
最後まで理解できなかった事を悔やみつつ、皆が別れと感謝の言葉を告げた。
その時、正じぃの頭の鳥の巣の如きカツラの中で、今までずっと大人しくしていたピーちゃんが、バッと羽根を広げてゴソゴソと巣の中を漁っていたと思うと、ペイッと何かを落とした。
それは垂れ幕であった。
『卒業おめでとう!!』
そう書かれた垂れ幕は、見事正じぃの顔の上を垂れ下がっている。
そのことを気にする事無く、ピーちゃんは大きく広げた羽をパタパタと動かし「ピー!!」と鳴いた。まるでこの垂れ幕に書いてある事を言っているようであった。
ピーちゃんは羽ばたき、カツラがフワリと浮かんだと思ったら、それがピーちゃんの足からポトンと落ちた。
『あ……』
一同、声が漏れた。
垂れ幕が垂れ下がっている正じぃは、その事に気付かない。
そしてピーちゃんは、何の枷も無くなり、身軽となったためか、大空高く舞い上がり、何処までも高く高く、その姿はやがて見えなくなった。
シーン……。
春……それは別れの季節。
予想もしていなかった意外な者の突然の別れに、言葉を失う生徒達。
そして、今だその別れの事実に気付かぬ正じぃ。
その時、教頭が正じぃに一言。
「えー……校長。ピーちゃんが巣立ちました……」
「あ~……まー?」
「いえ、私はマツジュンではなく、松平潤一郎です校長。たった今、校長のカツラから、ピーちゃんが抜け出し、空高かく舞い上がって校長のもとから巣立って行ったのです」
垂れ幕の下がったままであった正じぃ。教頭の言葉に、暫し無言で考えた後、プルプルと震える手でもって、頭の鳥の巣の如きカツラを取り外した。
そして、垂れ幕が垂れ下がり空となったカツラを見ると、激しく震え出し、バッと空を見上げ口に手を添え叫んだ。
「ピーちゃーん!!」
いつもは呼べば「「ピー」と答えて戻ってくる。
しかし、いつまで経ってもピーちゃんは戻ってこなかった。
代わりに、空から何かが舞い降りてくる。
ヒラヒラと正じぃの元に落ちてくるそれは、ピーちゃんの首を飾るお洒落アイテムの赤いリボンであった。
正じぃはそれを掴み、ギュッと握り締めると、今までのピーちゃんの思い出を振り返っていた。
それは突然の出会いに始まり、触れ合い心を通わせて、いきなり生徒に攫われるという試練もあった。
同じ目標に向かって共に頑張った事や、バレンタインの出来事もよき思い出である。
そしてそうした中で、自分の手の中にあるカツラから垂れ下がっている垂れ幕を見て、正じぃもまた、自分もピーちゃんから卒業する時を悟ったのだった。
「ピーちゃーん!! あーとぅー!!」
正じぃは空に向かって声を張り上げる。
生徒達には、それが教頭を解さずとも何といっているのか理解できた。
『ピーちゃん、ありがとう』
正じぃは空に向かってそう叫んだのだった。
生徒達も空に向かい涙を流しながら思う。
ありがとう、ピーちゃん。
たくさんの思い出をありがとう。
私達に笑いを運んでくれてありがとう。
正じぃとナイスコンビ、グッドだったよ……。
君の事は永遠に忘れない……。
『あ~……ざーす!』
『えー……新入生の皆さんも、そうでない皆さんも、おはよう御座います』
ピーちゃんがいなくなって暫くの事、新学期を迎えた学校の校庭。
新入生を迎えての初めての全校生徒集めての朝礼であった。
桜舞い散る校庭。
スタンドマイクの前に立って挨拶をする、震えるおじいちゃんこと正じぃの存在。新入生にとっては、未知との遭遇となる。
この学園に生息する、この素晴らしきバイブレーションの主を、一体彼らは如何捉えたのだろうか。
一様に戸惑った顔をしている事は確かである。
そして、正じぃの頭の上には、あの鳥の巣の如きカツラはまだ存在していた。
確かに、正じぃはあの時空に向かってピーちゃんに別れを告げた。しかし、頭では分かっていても、習慣となってしまったこの鳥の巣の装着を、誰が責める事が出来よう。
そして、新一年生の生徒は戸惑っていた。
あの全く意味のないカツラはなんなのであろう。
何故先輩達は平然とした顔をしているのだろう……いや、寧ろ寂しさと温かさでもって校長の事を見ている……。
それに、あの震えようは大丈夫なのであろうか? 何処か悪いのでは?
その質問を彼らが先輩達にしたのなら、きっと答えは否であろう。
正じぃの震え度合いは健康のバロメーター。
震えていれば震えているほど調子がよいのである。
しかし……。
『ああ……正じぃの震えがいつもより少ない……』
『やっぱり、ピーちゃんがいなくなった事が相当堪えているのよ……』
『ピーちゃん……君は何処へ行ってしまったのか……』
正じぃのバイブレーションは威力が半減していた。
『あ~……がきもっちゃい!!』
正じぃが生徒に向かって語りかける。
新入生達から一斉に、『はぁ!?』という声が上がる。
それを聞いた二年三年の先輩生徒達は、彼らの反応に懐かしさを覚えた。
ああ、自分たちも最初はそんな反応だったなぁと……。
『えー……新学期です。気持ちも新たに、勉学に勤しんで下さい』
ここら辺で、新入生達も教頭の存在理由について、うすうす気付き始める事であろう。
『あ~……はるぅ~ら~』
新入生達も、正じぃの言葉を聞いた直後に教頭の方に顔を向けた。
『えー……春、それは出会いの季節でもあります。先生方や先輩、そして新しい友人達と、この学園生活を楽しんで下さい』
皆が皆思う事。
正じぃの言葉の何処に、これ程のセリフが含まれているのか……それは教頭と正じぃ本人のみぞ知る、である……。
そして、正じぃもあらかた言葉を伝え終わったのか、スタンドマイクの前から立ち去ろうとしたその時、何処からともなく鳥の羽音が……。
パタパタパタ。
そんな音と共に、小さな小鳥が、正じぃの鳥の巣の如きカツラに止まったのである。
教師も含め生徒一同、一時騒然となった。
(ま、まさか……)
新入生達には、この小鳥が、ただカツラを鳥の巣と勘違いして止まっていると思っている。
しかし、その他の者達は期待せずにはいられない。何故ならその小鳥は、色、大きさ、全てにおいてピーちゃんにそっくりであったのだ。
(ピーちゃんが戻ってきた!?)
だが、いくら似ているといっても、ピーちゃんに似ている小鳥などいっぱいいる。
果たしてこの小鳥が、ピーちゃんであるのか……そんな保証も証拠も何もなかった。
すると、その小鳥。鳥の巣の居心地を調べているのか、ごそごそと中を漁り始める。そして、何かをペイッと放り投げた。
それは、ピララッと正じぃの顔の前に垂れ下がってゆく。
垂れ幕であった……。
そこには、『入学おめでとう!!』と書かれていた。
小鳥は、羽を広げ、元気に「ピー!」と鳴いた。まるでそう言っているように……。
(これは……本当に?)
皆が皆、そう思った。
これはピーちゃんだと……。
勿論、目の前に垂れ幕の垂れ下がってきた正じぃにも、その声は聞こえた。
体が激しく震えだす。
「ピィーちゃーん!!」
正じぃが吼えた。
小鳥はパタパタと羽ばたくと、正じぃの目の前にきて、「ピー」と返事をする。
「ピーちゃん!」
「ピー」
「ピーちゃん!」
「ピー」
正じぃはプルプルと激しく震えながら、垂れ幕が目の前に垂れ下がったまま、見えない状態でピーちゃんの姿を探した。まるで鬼さんこちらな状態である。
だけれど、正じぃが教頭の目の前を通過した時、彼がいつもの眠そうな顔でいながら、無言で素早く鳥の巣の如きカツラを取り去ったので、漸く小鳥の姿を確認する事が出来た。
「ピーちゃん!!」
「ピー!」
感動の対面を果たす正じぃ。如何やらこの小鳥は、本当にピーちゃんのようである。
ならばと正じぃは懐からある物を取り出した。
それはピーちゃんのお洒落アイテム、赤いリボンであった。
小鳥は大人しく、教頭の持つ鳥の巣の如きカツラに降り立つ。そして正じぃは、その首に赤いリボンを結んだ。
周りからは拍手が起きる。「うおー!」というどよめきも起きる。
新入生達は何が何だか分からないままに、周りに釣られる様にして拍手を送った。
ああ、良かった……良かったね正じぃ!
これでナイスコンビ復活だね!
また、私達に笑いを運んでね。
春……それは別れの季節。
けれども同時に始まりと出会いの季節でもあるのだ……。
+++++++++
「いやー、良かったですね。ピーちゃん戻ってきて」
朝礼も終わり、廊下を歩きながらミカは呟く。
「ああ、そうだな。正じぃも最近元気がなくて、一時はどうなるだろうと思ったけどな」
そのミカの隣で、呉羽は頷き共に歩いている。
「でもまさか、あんな事になるなんてねぇ……」
更にその斜め後ろに真澄の姿がある。そして、その横には乙女と吏緒の姿も……。
「ええ、わたくしも吃驚しましてよ。まさかあそこであの小鳥が……」
「全く予想外の展開でした……」
彼らが共に歩いていると、否応無しに目立ってしまう。
それでも、学園内では当たり前の風景になりつつあったこの取り合わせも、新入生達にとっては初めて見るもの。
いかにもお嬢様に金髪イケメンな執事、王子様な雰囲気のイケメンに、派手派手ロック(校則が戻った)のイケメンに、全く平凡な出で立ちの眼鏡の女性とバラエティー豊かな面々に、皆視線は釘付けである。
そんな彼らが言っている事、それは……。
「まさかピーちゃんがお婿さん連れてくるなんて……」
そうなのだ。ピーちゃんはあの後、正じぃとの再会を喜び合う中で、再びパタパタと何処かへと飛んでいってしまう。
正じぃは慌てて「ピーちゃーん!」と呼びかけると、「ピー!」という返事と共にちゃんと戻ってきた。それも、その隣に別の小鳥を引き連れて。
「いやぁ、中々のイケメンな小鳥さんでしたねぇ」
「っておい! 鳥にイケメンとかってあるのかよ!?」
思わず突っ込む呉羽。そんな彼をじっと見上げて、ミカはポツリと呟く。
「同志……」
「は?」
ミカの呟きに首を傾げる呉羽。ミカは彼の前に立つと、グッと拳を握り締めながら、
「やっぱり派手派手ロックな呉羽は、同志って感じです!」
「はぁ?」
「でもでも、派手派手ロックでも、同志でも、呉羽を大好きな気持ちは変りませんよ!」
「………」
何だか宣言するみたいに言われたが、呉羽は口元を押さえて顔を逸らす。
それは、にやける口と赤くなった顔とを隠す為であったが、もう一年も一緒にいるミカや真澄達にとってはバレバレであった。
それでもこの姿でこういった所を見ると、何だか以前に戻ったような錯覚を覚える。
「うわぁ、バカップル全開だね……」
生温かい目でそれを見ている真澄達。その背後で吏緒が内心、二人きりの真澄達も相当だと思っている事は内緒である。
「それにしても、先が楽しみですねぇ」
「先が楽しみって何がだ?」
いきなり話を変えるミカに呉羽は訊ねる。
「だって、ピーちゃんにお婿さんですよ。近い内に可愛い雛たちが見られるかもしれません……あ、その時はやっぱり正じぃの鳥の巣で子育てするんでしょうか……?」
思わず想像してしまいクスリと笑うミカ。
「おほほ! その時は盛大に出産祝いをして差し上げますわ!」
「うわぁ、なんか凄そうだなぁ……乙女ちゃん何するつもりなの?」
「んもぅ!! 乙女ちゃんなんて、馴れ馴れし過ぎますわよ!」
「うぐっ!!」
乙女は真っ赤になりながら真澄を張り倒す。
「あ~……げきゃっこか!!」
その時、ミカ達の前に噂の正じぃがやってきた。
頭の上には、鳥の巣の如きカツラに、小さな体をぴったりと寄り添わせる二羽の小鳥が居た。ピーちゃんの首にはしっかりと赤いリボンが結ばれている。
「あ、正じぃ、ピーちゃんも!」
「ピー!」
「ピーちゃんも中々やりますねぇ、こんなハンサムさん何処で見つけたんですか?」
「ピ~……」
モジモジと恥ずかしそうにするピーちゃん。
「つーか……人の話を理解するピーちゃんも凄いけど、鳥とコミニケーションとってるミカも十分凄いよな……」
呉羽の言葉に頷く一同。
正じぃはミカに向かって、何事か訴えてきた。
「あ~……ピーちゃん、すけおされ!」
「えーと……(スケスケお洒落?)」
ピーちゃんの部分しか分からないミカは、首を傾げる。
すると背後から、正じぃ翻訳機である教頭、松平潤一郎が気配もなくぬっと現れ、正じぃのお言葉を代弁した。
「えー……ピーちゃんの彼氏ピー助君にも、何かお洒落アイテムが欲しいと校長は言っています」
「うきゃあ!? きょ、教頭先生!? び、吃驚した」
「い、いつの間に……」
「私も全く気配を感じませんでした……」
「まぁ! 杜若にも気配を感じ取らせないなんて……この男やりますわね……」
「というか、ピー助君て……名前つけてもらったんだね」
突然の教頭の登場に色めき立つミカ達であったが、彼の言葉に暫し唸るミカ。
「でもお洒落アイテムって……ピーちゃんのあのリボンは、姉の部屋からこっそり持ち出したものですし……今手元には何もありませんねぇ、ピー助君を飾れそうなお洒落アイテムなんて……」
試しにごそごそとポケットを漁ってみるが、ハンカチくらいしかなかった。
そこで、俄然やる気になったのは乙女。ズイッと一歩前に出ると、腰に手を当て高笑いをしだした。
「おーほほほ! それでしたらわたくしにお任せになって、お姉さま! このわたくしに不可能はなくってよ!」
そう言って、「杜若!」と斜め後ろに控える吏緒に向かって声をかける。
吏緒は「はっ」と律儀に頭を下げると、懐から何かを取り出した。
それは、鮮やかなブルーの小さな小さな蝶ネクタイ。
それを吏緒は「失礼」と言って正じぃに近付くと、その頭の鳥の巣の如きカツラに居るピー助君に、器用に装着する。
「おいおい、何であんなミニチュア蝶ネクタイなんて持ち歩いてんだよ……」
「執事たるもの、何時如何なる時でも、主人の様々な要望、不測の事態にも応える用意は万端に御座います」
「どんな不測の事態だよそれ……」
呆れる呉羽。
そんな中で、正じぃは確かめる為にカツラを外しピー助君の姿を確認する。
ピー助君はお洒落アイテム、ブルーの蝶ネクタイを披露し、隣のピーちゃんにツンツンと嘴で突かれている。
それはまるで、
『あはん。ダーリンそれとってもス・テ・キ♪』
『フッ、よせやい。照れるじゃねーか』
と言っているようである。
正じぃはそれを見て、満足げに頷くと、ミカ達に向かってグッと親指を突き出した。
「あ~……おされっ!!」
「えー……ありがとう。とってもお洒落だね、だそうです」
教頭はそう告げると、眠そうに欠伸をしながら何処ぞへと去って行ってしまった。
その後に続くように、正じぃもその場を去ってゆく。
「相変わらず、あの短いセリフの何処にこれほどのセリフが入るんでしょうか……」
「さぁな……」
「それに、教頭先生は正じぃの言葉を伝える為だけに私達の前に現れたのでしょうか?」
「さぁな……でも案外、教頭も正じぃの事ずっと心配してたんじゃねーか?」
「うーん……そうかもしれませんね。何たってファンクラブの名誉顧問ですしね」
彼らを見送りながら、ミカ達は笑い合うのだった。
~春、それは……・終~
ここまで読んでくださってありがとう御座います!
面白いと思ってくださった方へ、続編もあるので、もしよければ其方も呼んでやってください!
題名は、「ショーウィンドウのドール・新学期」です。