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番外編:薔薇と苺とアロハシャツ4

「おはよう、ミカ――って如何した!?」


 朝、待ち合わせ場所にやってきたミカを見て、呉羽は驚愕した。

 何だかやつれている。


「お、おはようございます、呉羽。いや、ちょっと昨日、乙女ちゃんに手作りチョコを教えたんですけど……」

「は? それで何でそんなにやつれてんだ?」


 するとミカは、遠い目をしてフッと笑った。


「乙女ちゃん、全く料理の基本が出来てないんですよ……しかもそれを全く自覚してもいないし気付きもしないんですよ……おまけに、心の赴くままに食材をポンポン投入しようとするので、いや、本当に大変だった……」


 終いには脱力して溜息までする始末。


「そ、それはよっぽど大変だったんだな……」


 一体どんな事があったのか想像も出来ないが、労いの言葉を掛けてやる呉羽。

 ミカはそんな彼に何とか笑顔を向けると、グッと親指を出して見せた。


「お陰で、ちゃんと人が食べられる物を作れるようになりましたよ、乙女ちゃん」

「ちゃんと食べられる物って……どんだけ料理音痴だったんだ?」

「乙女ちゃん専属コックとかがいるから、自分が料理をする事とかってないですからねぇ。まぁ、後は乙女ちゃんがちゃんとバレンタインにチョコが渡せるかに掛かってます。乙女ちゃん、誘えますかねぇ日曜日……」

「それはまぁ、なるよーにしかならないだろ」


 そうして、いつもの如く、仲良く手を繋いで登校するミカと呉羽。

 学校に付き、昇降口の前でピタリと立ち止まった。


「あ、乙女ちゃんです」

「おっ、日向もいるな」

「お嬢様はこれより、彼に誘いを掛けるそうです」


 いきなり背後から声を掛けられ、ギョッと振り返る二人。そこには麗しの金髪王子風のイケメン執事が立っている。


「吏緒お兄ちゃん!」

「うおっ、杜若!? いつの間に背後に立ってんだよ。ビビルだろーが!」

「おはようございます。ミカお嬢様、呉羽様」

「はい、おはようございます……って、それ所じゃありませんね! 乙女ちゃん、ガンバです!」


 そうして彼等は、乙女と真澄に注目する。

 ミカは胸の前でグッと拳を握り、呉羽は曖昧な顔で見やり、吏緒は生温かい眼差しで見守っていた。




 *********




「ひゅ、日向真澄! ご、ごきげんよう!」

「あ、薔薇屋敷さん、ごきげんよう……って言うか、おはよう」


 靴を脱いでいると、背後から乙女に声を掛けられ、真澄は挨拶を交わす。

 見れば、何故か乙女の顔は赤く染まっていた。それに、いつも傍に居る吏緒の姿も見当たらないので、不思議に思って首を傾げた。


「薔薇屋敷さん、如何したの? 顔が真っ赤だけど……もしかして走ってきたとか?」

「わ、わたくしが走ってくる訳がありませんでしょう!」

「そうだよねぇ、大体いつも車とかだもんね」


 校門の前に止まる高級車を思い出しながら、真澄は笑う。

 その笑顔を見て、何だか指が震えてくる乙女。物凄く緊張していた。

 そして、真澄が脱いだ靴を下駄箱に入れようとパカッと扉を開けると、中からズザザッと大量のバレンタインのチョコが出てきた。

 乙女の顔が引きつったのだが、其方を見ていない真澄は気付かない。


「うわっ、毎年の事ながら、なんつー漫画チックなベタさ」


 すると、真澄は落ち着いた様子でバックから袋を取り出すと、それらのチョコを入れてゆく。


「な、何をしてますの?」


 乙女が尋ねると、真澄はにっこりと笑って袋を見せる。


「毎年この時期になると、決まって大量のチョコ貰うからさ。こうして袋を持参してるわけ」

「そ、それで、それらのチョコは如何しますの?」


 すると、袋の中身を見て肩を竦めると苦笑して言った。


「流石に全部は食べられないな。まだバレンタインの日まで時間があるし、まだまだチョコくれる人もいると思うしね。だから毎年、ご近所さんとか親戚に配ってるんだ」


 お陰でこの時期はその人たちに期待されちゃって、等と笑っている真澄を、乙女は青い顔で見つめる。


「ぜ、全部あげてしまうんですの……?」


 少し小さい声で訊く乙女。その顔は不安げだ。


「親しい人とか好きな人のチョコは流石に自分で食べるよ。あ、でも一ノ瀬さんくれるか分からないしな……義理チョコでもいいんだけどな……」

「お、お姉さまがあなたなんかにくれる訳がありませんでしょう!」


 少々きつく言ってしまい、乙女はちょっと後悔した。けれど、真澄は「そっか」と笑っている。

 乙女はグッと手を握る。

 言うなら今だ。

 乙女はバッと足を開いて仁王立ちになり、ビシッと指を突きつけた。


「日曜は首を洗って待ってるといいですわ!」

「へ? 日曜? 首を洗って?」

「おほほほ! お姉さまから貰えないあなたを哀れに思って、この私が特別に施しをして差し上げますわ!」


 いきなり高笑いする乙女にあっけに採られる真澄であったが、施しと聞いて首を傾げる。


「施しって……もしかしてバレンタインのチョコの事? 薔薇屋敷さん俺にチョコくれるの?」

「そ、そうですわ! 義理ですけど!」


 乙女はやたらと義理を強調する。


「ほほほ! あまりの有り難さに跪いて礼を述べる事を許しましてよ!」


 さぁ跪けと言わんばかりりに胸を張る乙女。真澄は困ったように笑いながら、頬を掻いた。


「いやぁ、跪きたいのは山々だけど。それ、前日か次の日じゃ駄目?」

「え? 何故ですの?」


 少し不安になって真澄を見ると、何とも幸せそうに笑いながらこう言った。


「日曜日デートなんだ」

「っ!!」


 言葉も出ない乙女。いつしかその目からはポロポロと涙が零れていた。


「え!? 何? 如何したの、薔薇屋敷さん! 何処か具合でも――」


 パシィッ!!


 乾いた音が鳴り響く。


「あなたなどっ、あなたなどお呼びじゃありませんわ! 勝手にデートでも何でもすればいいんですわ!」

「え、ちょっ――」


 真澄が引き止めるまもなく乙女は走り去ってしまった。

 そして、彼が頬を押さえて呆然としていると、


「日向君、サイテーです!」


 その非難の声に振り返ると、顔を真っ赤にして怒っているミカと、曖昧な視線を投げかけてくる呉羽。そしてその後ろには、金髪執事が無表情で立っていた。


「え!? いつからそこにって言うか、何!? 何なのこれ?」

「日向くんあんまりです! 乙女ちゃん、日向君の為にチョコ作り頑張ったのに!」

「お嬢様を泣かせた以上、それ相応の覚悟がおありですね?」


 手をパキッと鳴らして無表情に凄んでくる吏緒を前に、真澄は乙女に叩かれた頬を押さえながらジリジリと後ずさる。


「えー!! ちょ、ちょっと待ってよ、杜若さん! それに一ノ瀬さん、手作りってどういう事!?」


 後ずさりながらミカに向かって訊ねると、ミカはまだプリプリと怒りながら、


「クリスマスに日向君から手作りのプレゼントを貰ったからって、乙女ちゃんそのお返しに、手作りのチョコを渡すんだって張り切ってたんですよ!」

「え? そーなの?」

「乙女ちゃん、日向君から貰ったプレゼント、大事に宝石箱とかに入れてるんですからね! その中でも、苺のストラップは肌身離さず持ってるんですから!」

「っ!! あれ、怒ってたんじゃないんだ!」


 何やら衝撃を受けた様子の真澄。

 そんな真澄にミカは、


「それなのに、他の人とデートなんて! 見損ないましたよ、日向君!」

「………」


 怒鳴りつけられる真澄であったが、黙ってじっと何か考えている風だった。


「まぁ、ミカ。こいつが誰とデートしようが勝手だろ?」

「そんな、呉羽は乙女ちゃんが可哀想じゃないんですか!?」

「いやさ、誰を好きか嫌いかは自由じゃねーか。確かに薔薇屋敷は可哀想かもしれないけどさ……」


 そして呉羽は、真澄を見て訊ねる。


「日向、そのデートの相手って誰なんだ? それはお前の好きな奴なのか?」


 すると、真澄は困ったように笑って頬を掻く。


「好きと言うか……俺の姉の娘。つまり姪っ子なんだけど……」


 その時、杜若は目を見開き、剣呑な雰囲気をといた。


「め、姪!?」

「姪っ子って……そんなら、そっちの方を何とか断って、薔薇屋敷の方を優先させろよ」


 しかし真澄は、肩を竦めるとすまなそうな顔をする。


「うーん。優先順位で言ったら、やっぱり姪っ子の方かな……」

「なっ!?」

「ひ、酷いです、日向君! 乙女ちゃんの事好きじゃないんですか!?」

「あー、んーと……そういう事じゃなくて……」


 やっぱり困ったように笑う真澄。それを見て、更にミカが泣きそうになりながら彼を非難しようとした。

 しかし、それを吏緒が止める。

 そして真澄に向かって、


「お嬢様は恐らく保健室です。今すぐ追いかけてください」

「なっ、杜若!?」

「吏緒お兄ちゃん、いいんですか!?」

「ありがとう杜若さん。後でいくらでも殴られるよ」


 そう言って、真澄は乙女の後を追いかけるのだった。






 一方、此方は保健室。


「あらあら、薔薇屋敷さん? また失恋でもしちゃったの?」


 保健室に入ってくるなり、ベッドに潜り込んでしまった乙女に、保険医の和子先生は声を掛ける。


「失恋などしていませんわ! わたくし、お姉さまに失恋してから、誰も好きになってなどいませんもの!」

「でもねぇ……」


 和子先生はベッドに近づき、乙女の被る布団を捲る。

 ボロボロと涙を流す乙女がそこにいた。


「これはどう見ても、恋破れた子の顔よねぇ……」


 ハァーと頬に手を当て、溜息をつく和子先生。

 乙女は捲られてしまった布団を再び被ると、「失恋などしていませんわ!」と叫ぶ。

 和子先生は肩を竦めると、


「でも、薔薇屋敷さん? 先生これから職員室に行かなくちゃいけないの。一人になっちゃうけど大丈夫かしら?」

「全然大丈夫ですわ。寧ろ一人にしてくださる?」



 そうして和子先生は保健室を後にした。

 途中、男子生徒に、


「薔薇屋敷さん、保健室にいます?」と訊ねられ、

「ええ、布団に包まって泣いてるけど」と答えた。


 すると、その男子生徒は、「ありがとうございます」と言って頭を下げて行ってしまう。


「あらあら、あの子が失恋相手だったのかしら? でも、薔薇屋敷さんの言うとおり、失恋なんてしてなかったみたいねぇ」


(だって、今の彼の顔は恋する者の顔だったもの……)

 フフッと笑う和子先生。彼女の目に狂いはないのである。







 ガラリと扉を開けると、こんもりと膨らんでいるベッドを見つける。

 そして近づくと声を掛けた。


「薔薇屋敷さん?」


 すると、小刻みに震えていた布団の塊が、ビクンと大きく震える。


「えっと……日曜の事なんだけどさ……」

「別にあなたなどお呼びじゃありませんわ! 全然気にしてなどいませんわ!」

「姪っ子とのデートなんだ」


 小刻みに震えていた塊が、ピタリと動きを止めた。


「姪っ子……?」


 そう呟き、もそっと顔を出すと、


「病気の方は大丈夫なんですの?」


 ポツリと呟く乙女に、真澄は目を瞬かせたと思うと、フッと苦笑いを浮かべる。


「何で薔薇屋敷さんが、俺の姪っ子が病気だって知ってるのかな……」


 乙女はハッとして顔を俯ける。

 そして唇を尖らせ、目を泳がせ始めた。


「そ、それは……」

「俺、誰にも言ってない筈なんだけどな」

「あの、ですわね……」

「調べたんだ、俺の事……」

「………」


 真澄のそのあまりにも静かな声に、乙女はその顔を見る事が出来ない。

 いつもは強気な筈の乙女であったが、彼が怒っていると思うと、何も言う事が出来ないでいた。

(お、可笑しいですわ。いつもはこんな事平気ですのに……まるでわたくしが悪い事をしてしまったみたいですわ……)

 何だか止まった涙が、また出てきそうになる。








「えぇ!? 日向君の姪っ子さんって、病気なんですか?」


 あれから教室に入って、自分の席に付くミカと呉羽。その二人に、吏緒は語った。


「はい、重い心臓病とかで、近く手術を控えているとか……」


 思わぬ話に驚愕する二人。


「そんな事初めて聞きました」

「日向そんな素振りちっとも見せなかったじゃねーか。いっつもへらへら笑っててさ」

「自分の身内の事なので、他人に心配させたくなかったのでしょう」

「他人って……」

「あいつ……自分から友達っつといて、それはねーんじゃねーの?」


 ミカも呉羽も、真澄の意外な一面に驚愕すると共に、一抹の寂しさも感じた。

 何だかんだ言って、真澄の事はもう友人と思っていたからである。


「あ、でもデートするって事は、退院したんですか? その姪御さん」

「いえ、恐らく手術前の一時的なものだと思います。難しい手術だそうなので……」


 それは暗に、成功する確率の低い手術とも言えるわけで、ミカと呉羽は表情を曇らせる。

 重苦しい空気の中で、吏緒もまた難しい顔をしていたのだが、ここで彼はフッと笑う。

 訝しげに彼を見やるミカと呉羽。彼のその笑顔に、一瞬背筋が凍った。


「確かに、その事は同情するに値しますが、しかし、それがお嬢様を泣かせていい理由にはなりません」

「り、吏緒お兄ちゃん?」

「か、杜若?」

「もし、無事連れ戻せなければ、彼にはそれ相応の報いを受けてもらう事になるでしょう」

「え、えっと……報いって?」


 訊いては駄目だと思っているのに、つい訊いてしまった。

 すると、魔王の様な黒い笑顔で一言、


「……沈めます……」


 と述べた。

 無事真澄が乙女を連れてくる事を願わずにはいられないミカと呉羽であった。



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