番外編:薔薇と苺とアロハシャツ2
「そーいやクリスマス、日向は薔薇屋敷と一緒だったんだって?」
「え? うん。何か、渡したい物があるとかって言われて、これってもしかしてクリスマスプレゼントかなって思って、興味しんしんで行ったんだ。
だって、お金持ちがくれる物とかって、さぞかし凄い物かなって思ってさ」
「って、プレゼント目当てかよ!」
呉羽は最低だなと言うように、非難の篭った目で真澄を見る。
しかし、真澄は首を振って、
「イヤイヤ、俺も一応プレゼント用意してたからさ。それを持って行くついででもあったかな。いやー、何プレゼントするか迷っちゃったよ。薔薇屋敷さんだったらきっと、今までに凄い豪華で高いプレゼント貰ってるだろうからね。ここは、心の篭った手作りの物でいくしかないって思ったんだ」
「ふーん、それで?」
「一ノ瀬さんのお姉さんに頼んで、ビーズアクセサリー作ってる人を紹介してもらったんだ。何でも、一ノ瀬さんのお父さんのバンドのメンバーの娘さんって言ってたかな……」
それを聞いて、「何!?」と目の色を変える呉羽。
「誰の娘だって!?」
「えーっと誰だったかなぁ……娘さんの名前が確か、百合香さん……そう、杉崎百合香さんって言ってたよ」
「杉崎! 翔か!」
「んー、そうそう、その翔って人の娘さん。それがすっごい美人でさ。モデル体系で……あ、でも一ノ瀬さんには負けるけどね!」
「フォローはいいから続けろ」
「あはは、言うまでもないって? それでね、美人なんだけど、すっごく変わった人でね、いっつも違う格好で現れるんだ。チャイナ服やナースの格好はざらでね、迷彩服とか、何故か釣り師の格好の時もあって……手術着で現れた時は驚いたな……。
とにかく! 全く共通性がないって言うか、コスプレって域を超えてるんだ!」
全く人物像が掴めず戸惑う呉羽。
(やっぱ、アーティストの子供って、変わった子供に育つもんなんだろうか……)
ミカとマリの事を思い浮かべながらそんな事を思う呉羽であった。
「それでね、何とかクリスマスに間に合って、指輪とチョーカーとブレスレットを薔薇屋敷さんにプレゼントしたんだけど、思いのほか薔薇屋敷さん感激してくれたみたいで……。やっぱり、お金持ちとかって、手作りの物に弱いんだねぇ……」
「いやそれは……」
真澄があげたからだと言いたかったが、これは乙女が言う事だろうと思って思い止まる。
「その後、ちょっと受け狙いでおまけに作ったストラップをあげたら、ちょっと怒ってたけど……」
「ストラップって、オレやミカにくれたみたいのか……ってもしかしてオレ等のやつも手作りなのか!?」
ミカからその話は聞いていなかった呉羽は、驚いて自分の携帯を取り出しストラップを見た。
「うーん、そうだって言いたい所だけど……正直、薔薇屋敷さんのプレゼントに手間取っちゃって。悪いけど如月君と一ノ瀬さんのは、オレがデザインしたのを百合香さんに作ってもらったやつなんだ。ごめんね」
「い、いや、いい! 全然いい! って事は薔薇屋敷にやったストラップも……?」
「え? 薔薇屋敷さんのは手作りだよ? 何か百合香さん、薔薇屋敷さんを俺の彼女か何かだと勘違いしたみたいで、彼女にあげる物は全部自分で作りなさいってさ。鬼の形相で言われちゃったよ」
参った参ったと笑う真澄に、呉羽はハァッと溜息をついた。
(これってどうなんだ? 薔薇屋敷のあの態度は完全にあれだよな? 恋愛感情だよな? じゃあ、もしかして薔薇屋敷だけの一人相撲?)
「それで? 薔薇屋敷のストラップって? 受け狙いって何作ったんだよ」
「ああ、それは苺のストラップだよ」
「は? イチゴ? それの何処が受けを狙うんだ?」
「だって、苺ってバラ科じゃん? それに、とち乙女って言う品種があるでしょ? 乙女ちゃんって感じで可愛いよねって言ったら、薔薇屋敷さん、“わたくし、苺は甘王しか食べませんわ! それに、乙女ちゃんなんて、馴れ馴れしく呼ばないで下さる!”って真っ赤になって怒ってさ……」
「そりゃお前、あのプライド高い薔薇屋敷に、とち乙女なんて言ったら怒るだろーが……」
「あ、やっぱそう思う?」
あははと笑ってパンを頬張る真澄。呉羽も呆れ気味に弁当を突付くのだが、「そうだ」と言って真澄に尋ねた。
「そういや、薔薇屋敷からは何貰ったんだ?」
さぞかしお金持ちな雰囲気漂うプレゼントだったのだろうと、少し期待していたのだが、真澄は「ああ」と呟き、そしてにっこりと笑って窓の外を見上げた。
「アロハシャツ」
「は?」
「それに、ウクレレとレイと麦わら帽子……」
そして盛大に溜息をついた真澄であった。
一方、此方は学校の中庭。
いつもの様に、黒子達によってテーブルと椅子が運ばれ、ミカと乙女はお弁当を広げていた。
「えぇ!? 乙女ちゃん、日向君にアロハシャツプレゼントしたの!?」
「ええ、そうですわ! 以前着ていたアロハシャツがあまりにもお似合いでしたもの。わたくし、張り切って日向真澄に最も似合うアロハシャツを選ぶ抜きましたのよ!」
「そ、それで、日向君はどんな反応を……?」
「おほほほ! 嬉しすぎて言葉も出ないようでしたわ! オプションで用意した、ウクレレとレイと麦わら帽子によっぽど感動したんですのね!」
「へ、へぇ……」
(それは、違う意味で声が出なかったんじゃないのかなぁ……)
うーんと考えるミカ。
すると、吏緒がミカの隣に来て、ティーカップにお茶を注いでゆく。
「お嬢様が選んだものは、職人の手による一点もので、最高級の物ばかりだったんですよ」
「ア、アロハシャツが?」
「他のオプションの物も全てです」
「さ、最高級のアロハシャツ? それにウクレレは何となく分かるけど、レイに麦わら帽子まで?」
一体どんなに凄いレイと麦藁帽子なのだろうと、ちょっとばかり気になった。
パタパタパタ。ポサッ。
その時である。目の前に、黒い物体が舞い降りてきた。
それは、正じぃの鳥の巣の如きかつらをぶら下げたピーちゃん。
「あれ? ピーちゃん?」
「まぁ、何ですの?」
「ピー!」
赤いリボンを翻し、ピーちゃんが元気よく挨拶をする。
そして、鳥の巣の中をゴソゴソとすると、何かチラシのような物を取り出す。
「何ですか、これ? 何々……バレンタインのチョコ特集……」
「ピー!」
すると、ピーちゃんがある一点をコココッと突っついた。
そこには、『お世話になっているあの人へ、甘~い感謝を!』と書かれていた。
そして、またゴソゴソとすると、ポトンとある物をミカ達の前に落とす。
チロルチョコであった。
「えっと……もしかして、正じぃにあげたいんですか?」
「ピー!」
翼をパタパタと、嬉しそうに返事をするピーちゃん。
ピーちゃんは、またチラシの一点をコココッとつつく。
ラッピングとメッセージ講座と書かれていた。
どうやら、ラッピングして、メッセージも書いて欲しいという事らしい。
「まぁ、なんて賢く殊勝な小鳥なのかしら」
「もしかして、文字も読めるのでしょうか?」
乙女と吏緒が感心したようにピーちゃんを見ている。そして、乙女はガタッと立ち上がると、吏緒に向かってある指示を出す。
「杜若! この感心な小鳥に、プレゼント用の箱とリボン、そして素敵なメッセージカードを用意してあげて!」
「はい、畏まりました。お嬢様」
そうして、早速用意された箱に、ちっちゃいちっちゃいチロルチョコを入れ、猛烈な素早さでラッピングをしていく吏緒。花柄に、ピーちゃんによく似た小鳥が描かれたメッセージカードにメッセージを書いてゆく。
「ピーちゃん様、これで宜しいですか?」
「ピー!」
「吏緒お兄ちゃん。ピーちゃんに更に様をつけずとも……」
「でも、何はともあれ、この小鳥は喜んでいてよ」
確かに、ピーちゃんは翼を羽ばたかせて喜びいっぱいであった。
ピーちゃんは、吏緒からラッピングされたメッセージ付きプレゼントを巣の中に入れてもらって、飛び立とうとする。
「ああっ、重くて持ち上がらない!」
わずかに浮くものの、直ぐにポサッと落ちてしまう鳥の巣の如きかつら。
それでも、踏ん張って何とか自力で飛ぼうとするピーちゃん。何とも健気であった。
「ピーちゃん、これはもう人に頼んで、持っていって貰わなきゃ――」
「ピッ!」
振り返ったピーちゃんの顔は、明らかにノーサンキューという顔をしていた。
あくまで自分で渡したいらしい。
「まぁ、なんて健気で意地らしい小鳥。わたくし、感動してよ。杜若!」
「何でしょう、お嬢様」
「小鳥が運べないのなら、ここに校長を連れてくればいいんですわ!」
「畏まりました、お嬢様。お任せください」
すると吏緒は、パンパンと手を叩いた。
(ハッ、黒子を呼ぶの!?)
ミカは息を呑んで、事を見守る。
それから暫くして黒子達が現れた。そして正じぃも。
正じぃは座布団に座っていた。
座布団に座って、大福を食し、お茶を啜っていた。
そしてその座布団の端を、黒子達が揺らす事無く運んでいた。
その後ろから、小柄なビリーがお盆を持ってお茶の御代わりとお茶請けを運んでいる。
更にその後ろから、正じぃファンクラブの面々が、ちょっと心配そうに様子でついてきていた。
「ま、正じぃ大行列?」
そんな感想を述べるミカ。
「さぁ、小鳥! 思う存分、プレゼントを渡すといいですわ!!」
ビシッと正じぃを指差し、ピーちゃんにそう言う乙女。
ピーちゃんは「ピー!」と力強く返事をすると、力を振り絞って、翼を羽ばたかせる。
「ピーちゃんガンバです!」
思わずミカも応援する。
「あ~~……ピーちゃん?」
正じぃもやっとピーちゃんに気付いたのか、啜っていたお茶をビリーのお盆において、ピーちゃんを見た。
ピーちゃんはよろけ、時折ポスンと地面に落ちながら、少しずつだが着実に正じぃに近づいてゆく。
訳の分からないながらファンクラブの面々も、ピーちゃんのその姿に見て、徐々に応援する者が増えていった。
「うおー、何だか分からないけど、ピーちゃんガンバレ!」
「ピーちゃん、もう少しよ! ファイトー!」
「頑張れピーちゃん!」
すると、正じぃもプルプルッと震えたかと思うと、立ち上がった。そう、黒子達が支える座布団の上で。
そして、両手を広げて、パンパンと手を叩くと、
「あ~~……ピィーちゃん、かもぉー!!」
「ピィー!!」
ピーちゃんは飛んだ。力の限りに飛んだ。
そしてピーちゃんは辿り着いた。ピーちゃんはやり遂げたのだ!
『うおぉー!! ピーちゃんがやったぞー!!』
皆の歓声が上がる。
正じぃはピーちゃんを高く掲げると、
「ん~~……ぴ~まぁ~ん!!」
と訳の分からない雄たけびを上げた。
だが誰も、その意味を知ろうとする者はいなかった。
何故ならば、今この場は、正じぃとピーちゃんを中心にして、感動の渦に巻き込まれていったからだ。
やった、やったねピーちゃん! よかったね!
正じぃもよかったね!
何がよかったのかも分からずに、皆同じ気持ちであった。
「ピー!」
ピーちゃんが正じぃにプレゼントの存在を教えた。
「あ~~……?」
首を傾げながら、正じぃは鳥の巣の中を覗くと、プレゼントの箱を取り出した。
リボンに挟まってメッセージカードが存在する。
正じぃはそれをプルプルと震える手で取ると、内容を読んで更にプルプルと震えた。
*********
正一様へ
いつもお世話になっています。
ささやかですが、バレンタインのプレゼントを用意しました。
いつもありがとう。これからもよろしくね。
ピーちゃんより
*********
正じぃはリボンを外し、箱を開ける。
コロンと一個のチロルチョコが出てきた。きな粉もち味であった。
「ピー」
ピーちゃんは期待した目で正じぃを見ている。
正じぃは涙を流しながら、そのチロルチョコをポイと口に放り込んだ。
もしゃもしゃと口を動かしながら、ビシッと親指を出す正じぃ。
「んまぁーい!!」
「ピー!」
こうして更にこの場は感動の渦を広がって行くのだった。
「本当、何て賢く健気な小鳥なのかしら」
何気にハンカチを目頭に押し付け、感動している風の乙女。
それを見てミカはフフッと笑って乙女に言った。
「次は乙女ちゃんの番だね。頑張ってね、乙女ちゃん」
「な、ななな何を仰いますの、お姉さま! ひゅ、日向真澄など、頑張らなくても十分ですわ!」
「お嬢様、デザートでございます」
そう言って吏緒が差し出したグラスの中には、こんもりと持った真っ赤な苺。
「うわぁ、真っ赤だねぇ。美味しそう」
「おほほ、栃木県産のとち乙女ですわ!」
「へぇ、乙女ちゃんの名前が入ってるから?」
「………」
すると急に黙り込んで、黙々と食べ始める乙女。何やらその顔はこの苺のように真っ赤になっていたのだった。
ムーンの方にお話書きました。
題名は「初えっち、その後の状況」です。