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番外編:薔薇と苺とアロハシャツ1

 題名で分かると思いますけど、乙女ちゃんの話です。

「え? 手作りチョコ? 乙女ちゃんバレンタインに手作りチョコあげるの?」

「そうですわ。そこでお姉さまに作り方を教わりたくて……」


 二月に入ってある日の事、乙女はミカにそう言ってきた。

 因みにここは、学校の中庭。二時限目が終わった休み時間であった。

 乙女の執事である杜若吏緒は、気を使っているのか姿は見えない。

 モジモジと恥ずかしそうにする乙女に、ミカは暫し、まじまじと目を(みは)らせていると、ポツリと尋ねた。


「……えっと、もしかして日向君に?」


 すると乙女は、みるみる真っ赤になってブンブンと首を振る。


「そ、そんな! 違いますわ、違いますわ! 何故わたくしが日向真澄になどチョコをあげなくてはならないんですのー?」

「そんな事言って、実はそうなんでしょ?」


 必死に否定する乙女に、ミカはニマニマと笑いながらそう言った。


 最近、乙女と真澄は一緒にいる事も多く、呉羽からもそういう話は聞いていた。

 これは、くっつくのは時間の問題なのではと、ミカと呉羽は二人でよく言っていたのだ。

 必死に違うと言っていた乙女も、やがて諦め自供を始める。


「ああん、お姉さまに隠し事は出来ませんわ」


 そう言って乙女は手をイジイジとさせながら、


「だって、わたくし日向真澄には負けたくなかったんですもの……」

「へ? 負ける?」


 首を傾げるミカに、乙女はある物を見せた。

 それは、煌びやかな宝石箱で、見るからに高そうだなぁと思う物であった。


「クリスマスの時、プレゼントに貰ったんですのよ」

「へぇ……この箱を?」

「いいえ、違いますわ。その中に入ってる物ですわ」


 ミカは宝箱を受け取り蓋を開けてみた。

 そこには、箱の煌びやかさとはまったく別の、素朴で可愛らしい感じのビーズアクセサリーが存在した。

 指輪とチョーカーだろうか、薔薇をモチーフにしてある。


「えっと……これを日向君が……?」


 随分安っぽいなぁとミカが思っていると、乙女がモジモジとして頷く。


「ええ、日向真澄が手作りしたそうですのよ」

「えぇ!? 日向君が作った!? これを!?」


 ミカはまじまじとそれを見やる。

 よくよく見れば、結構凝った作りになっている。素人には簡単に作れそうもない。


「す、凄いね……」

「ええ、わたくしも驚きましたわ。スクラップの才能だけではなく、この様な特技まで持ち合わせていたなんて……。これではスクラップマスターの称号だけではなく、ビーズマスターの称号も与えなければなりませんわ」

「え? 何それ……」


 何だその称号はとミカが思っていると、乙女はもう一つ何かを取り出した。


「これもプレゼントされたんですのよ」

「これは……苺?」


 乙女がミカに見せたもの、それは携帯のストラップであった。

 真っ赤な苺が三つ連なっている、これまた細かく凝った造りのものだった。

 それでも、最初に見せられたアクセサリーと比べれば、少々可愛らし過ぎる……悪く言えば子供っぽいのではとミカは思った。

 そういえばとミカは思い出したのだが、真澄に貰ったクリスマスのプレゼントはストラップであった。呉羽も貰ったらしく、彼のには銀のプレートに髑髏をあしらった物で、ミカのは自然石に白い羽が付いた物だった。

(じゃ、じゃあ、あれって日向君の手作り!?)

 改めて真澄の器用さに感心するミカ。しかし、この事は黙っていようと乙女を見ながらミカはこっそりと頷く。


「こ、こんなもの作られてしまっては、黙っていられませんわ! わたくしも、手作りで対抗しなくてはならないんですのよ!」


 そう言いながら、乙女はキュッとストラップを握ると、大事そうにポケットにしまう。

 何だか、此方の方が他のアクセサリーよりお気に入りのようであった。

(こ、これはますますもって、私達の貰ったストラップの事は言っちゃいけない……)

 そう思うミカであった。


「そ、そっか……ハッ、でも吏緒お兄ちゃんもお菓子とか作れるんじゃないの? ほら、私の誕生日の時、超特大モンブラン作ってたでしょ?」


 その事を思い出したのか、ミカはポワンとした顔をしてジュルリと口を拭う。しかし乙女は、ブンブンと首を振って「駄目ですわ!」と言った。


「だって杜若は私を甘やかしますもの! 教えている内に、全部杜若が作っている事になりかねませんわ。それでは意味がありませんもの!」


 力を込めて言う乙女に、ミカは感心したように、


「へぇ、そこまで本気で作りたいって思ってるんだね。えらいね」

「いやん。お姉さま、えらいだなんて……もっと仰って」


 こういう所は相変わらずな乙女に、苦笑いを浮かべるミカであった。





「と言う訳で、今日のお昼は乙女ちゃんと一緒に食べる事にします」

「そういう事ですので、ごめんあそばせ、呉羽様。何てったって、バレンタイン。女の子には大事な行事ですわ」


 お昼休み、ミカは呉羽にそう告げた。

 休み時間に乙女から聞いた事はメールで教えた。(近くに真澄が居る為)

 それを見ていた呉羽の携帯には、真澄から貰ったストラップがしっかりと付いていた。因みにミカも貰ったストラップは付けていたのだが、乙女から話を聞いた後は外している。何となくいけない様な気がして……。

 そしてお昼休みになった今、真澄が購買部に行ってパンを買っている間に、ミカは呉羽にお弁当を渡した。

 少々不機嫌な顔をしていた呉羽に、ミカはポソッと謝る。


「あの、ごめんね。私もその日に向けて、色々考えてますから……」


 だからそんな顔しないで、と言うように上目遣いのミカに、呉羽はグッと胸を押さえる。

 そんな事を言われては、何も言えなくなってしまう呉羽であった。


「おほほ、流石お姉さま。既に呉羽様を手のひらで転がしているようですわね」

「えぇ!? 私別に手のひらで転がしてなんかないよ!?」


 乙女の発言に戸惑うミカは、「ねぇ?」と呉羽に向けて同意を求めるのだが、呉羽はあさっての方を向いている。


「え? 呉羽!?」

「ミカお嬢様、呉羽様はきっと、ミカお嬢様の言う事には今後逆らえないと思います」

「え!? 吏緒お兄ちゃんまで!」

「そうですわね、だって呉羽様はお姉さまにノックアウトされたんですものね!」

「ひゃあ! 乙女ちゃん、何て事言うの!」

「そうだぞ、薔薇屋敷!」


 乙女の言わんとする事が分かり、ミカと呉羽は真っ赤になって叫ぶ。

 他の人間には、何の事だか分からないので気にする事など無いのだが、どうしても焦ってしまうものなのだ。


「そういや、杜若はいいのかよ。ついさっき、女の子には大事な行事とか言ってただろ?」


 恥ずかしさを押し込め、吏緒を指差して喚く呉羽。


「あら、杜若が居なければ、誰がわたくしのお弁当を用意しますの?」

「いや、用意してるのは黒子達じゃ……」

「彼等を束ねているのは杜若ですわ」

「はい、彼等に指示を出すのは、私の仕事の一つです」


 自分の仕事に誇りを持っている風の吏緒の姿に、呉羽はこれ以上何も言えない。「そうかよ」と取り敢えず納得して見せたのだった。



「あれ? 皆如何したの?」


 その時、購買部から帰ってきた真澄が戻ってきて、不思議そうにミカ達を見やった。

 そして彼の目線が乙女と合わさった時、乙女は一歩前に出て指を突きつけた。


「あ、あなたのような、常に頭が常夏で御気楽な方に教えられるほど、この話は簡単なものじゃなくってよ!」

「えぇ!? 何いきなり? どんだけ深刻な話!?」

「あ、あなたのような人は、夏休みにはしゃぐ小学生の様に、セミの抜け殻でも集めていればよろしいんですわ!」

「えぇ!? いま冬だよ?」

「ならば、セミのように地中に潜って、木の根でもチューチューと吸っていればいいですわ! そして、七年くすぶった後、一週間の婚活に励めばいいですわ!」

「……セミの生態に詳しいね、薔薇屋敷さん……」


 そんな乙女と真澄の掛け合いに、全く付いていけず、呆然としているミカと呉羽。


「……乙女ちゃんと日向君って、いつもこんな感じなんですか?」


 ミカがこそっと吏緒に尋ねると、彼はにっこりと笑って頷いた。


「はい、大抵は……」

「えっと……これって、仲良いと言えるんですか?」

「少なくともお嬢様は、活き活きとしていらっしゃいます」


 微笑ましげに乙女を見る吏緒。

 ミカもまた乙女を見るのだが、


「うーん、活き活き……してるように見えなくも無い…かな?」


 と首を傾けるのだった。





 その後、ミカと乙女が教室を出て行き、呉羽と真澄は自分の席についてお昼を食べ始めた。


「薔薇屋敷さんって、いつもなんかいきなりだよね。如月君も一ノ瀬さん連れて行かれちゃって、災難だったね」

「……ああ、そうだな」


 真澄の会話に、当たり障りのない様に応えて行く呉羽。


「それにしてもさ、薔薇屋敷さんの悪口って、何か可愛いよね」

「はぁ!? 可愛い!?」


 「何処が?」と思っていると、真澄はパンを頬張りながら、


「だってさあ、おれをけなす時の例え話とかが、何か庶民的でさ」

「しょ、庶民的?」

「うん、この前……ってゆーか、去年のクリスマスの時はね、何かゴムパッキンとかに例えられちゃったよ」

「は!?」


(ゴムパッキンって何だ?)

 そんな事を思いながら、真澄の話に耳を傾ける。


「普通、お嬢様がゴムパッキンとかって知る訳ないじゃん。しかも、ゴムパッキンのカビ並みに俺がしつこいとかって言い出してさ……」

「はぁ?」

「多分、俺の事を罵る為に、庶民のこと調べたりとかしてんのかなって思ったら、何かもう、聞くのが楽しくなってきちゃって。次はどんな例えでくんのかなって、今はドキドキワクワクしてる感じなんだよね」


 呉羽はその話を聞きながら、


「……お前って、ある意味凄いな……」


 と呟く。

 その前向き思考に、感心すると共に、ある種の感動を覚える呉羽。同時に心の中でこう思ったのだった。

(それにしても、ゴムパッキンって何だ……?)




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