第九話:知ったら地獄
そう! 知ったら地獄なのでありますっ!! (今回のミカの心の叫び)
「ん同志っ!! 以前の奢りの件は、まだ有効でありますかっ!!」
ビシッと敬礼をば同志にしてみせると、彼、如月呉羽は「は!?」と言って眉をあげた。
「フッフッフッ、同志よ! 今日はバイトの無い日! さあ、思う存分私に奢るがいい!」
帰り支度を済ませた私は、いつも通り先に教室を出て、校門の所で同志を待ち伏せ。そして、同志がやって来た所に立ち塞がり、このように言い放ったのであリます。
すると同志は、そんな私にブッと吹き出すと、さも可笑しそうに笑った。
「奢って貰うのに、何か偉そうだな、一ノ瀬」
「何を仰います! この日をどれだけ待ち望んだ事か! 同志もあの日、奢れなかった悔しさを、思う存分ぶつけてくれたまえ! さあ、たんと奢りなさい! たんと!」
「あー、分った分った。ちゃんと奢ってやるから、ちょっとは落ち着け」
そう言う同志は、何処か嬉しそうである。
ハッ! そんなに私に奢りたかったでありますか!
それは悪い事をしましたなぁ……。
「んで? 何がいい? あんま、高いもんは奢れないけど……」
「別に何でも構いません。同志が奢ってくれる事に意義があるのです! それが例え、ジュース一本だったとしてもっ!!」
「……オレ、そこまでケチじゃねーって……。マックでいいか?」
「どんと来いです!」
「何だそりゃ?」
談笑しながら私たちが歩いていると、前方に白いふわふわした物が見える。
そしてそれは、此方を振り返った。
「あっれぇー? 妹ちゃんだぁ。こんな所で何してるのぁ?」
ズザザザと、私は一気に数メートルほど後ずさる。
この声は……。このやけに甘ったるい、虫歯になりそうなこの声はっ!!
「あはっ☆ もしかしてデート? 杏もね、これからダーリンとデートなのぉ♪」
同志と私を交互に見ながら、その人物、姉の店の従業員である杏ちゃんは、そうのたまった。
彼女は今幸いな事に、ロリータは着ていなかった。着ていなかったが、その白いファーが沢山付いたその服は、何処か綿菓子を思わせる。
「……おい、一ノ瀬?」
数メートル後ずさった私を、同志は振り返って見ている。
その顔は何処か赤く見え――……。
ハッ、デートと言われた事に照れた!?
……ヤッパリ純情少年……?
「あれ? でも、あのいつもの男の子――」
シュタッ!
私は風のような速さでもって、杏ちゃんの元へと駆け寄り、その口を塞ぐ。
「その事は内密に。バイトの事は、秘密なんです……」
少々低めに言うと、杏ちゃんはコクコクと頷いた。
私が手を離すと、プハッと息をする杏ちゃん。
「それと、デートなんかじゃありませんよ。私と彼は、同じ趣味を持つ、言うなれば同志です。友です。親友です!」
「えぇー? そーなのぉ?」
杏ちゃんは、同志の方を見ると、顎に人差し指を当て小首を傾げている。
「そうですよ」
と、私が頷いた時、誰かが杏ちゃんを呼ぶ声がする。
「あっ、ダーリンだぁ♪ じゃあね、妹ちゃん!」
そう言うと、あちらで手を振る男性の元へと駆けて行った。
「さっ、行きましょう! ……同志?」
私が振り返り、同志を見ると、彼は少し不機嫌そうであった。
「あ、今のは、バイト先の従業員の人ですよ。名前は、杏ちゃんです」
ちゃんと紹介しなかった事に怒っているのかと思い、そう言ったのだが、同志は「あっそ」と言うと、ズンズンと先に行ってしまう。
はて? 私、何か怒らせる事をしましたでしょうか……?
その後、私たちはマックへと赴き、私はチーズバーガー、同志は照り焼きバーガーを注文。
飲み物は、それぞれ、オレンジジュースとコーラ。
私と同志は、それを持って席に着く。
「では同志、いただきます」
「おう」
等と言って、私はチーズバーガーを口に運ぼうとした時、ある事に気付き、「あっ!」と声を上げた。
同志もまた、照り焼きバーガーを口にしようとしていた時だった為、あんぐりとした口で此方を見る。
「ど、どうした!?」
「そう言えば、乙女ちゃんはどうしたんでしょう? こんな時には、現れそうなものなのに……」
首を傾げながら、チーズバーガーを頬張った。
同志は、嫌な名前を聞いたと言う顔になり、彼もまた、照り焼きバーガーを口に頬張り、モゴモゴしながら言った。
「別に、居ない方が清々するだろーが……」
「うーん、それはそうなんですが……」
「って、おい! 否定くらいしてやれよ!」
呆れた顔で、私につっこむ同志。
はうっ、何だかんだ言っても、同志は優しいでありますなぁ……。
「ははっ、冗談ですよ、冗談。でも、あの乙女ちゃんですよ?」
「うっ……そうだよな、あいつストーカーだもんな……。そこら辺に隠れてたりして……」
「いえ、それはありませんね」
「は? 何で分るんだ?」
「はい、あの舐める様な乙女ちゃんの視線を今は感じません」
私がそう言うと、同志は何とも言えない顔で、私を見る。
「……オレは、その視線を感じ取る、お前も凄いと思う……」
「同志……」
「な、何だ……」
「フライドポテトも頼んでもいいですか?」
「…………」
同志は一瞬固まり、そしてハァと息を吐くと、
「好きにしろ……」
と、言うのだった。
こうして私は、フライドポテトも奢って貰ったのであります。
ごちになりやしたっ!! 同志!!
++++++++++
「……杜若?」
「……はい、お嬢様」
「今日は――……」
「どうやら休みのようですね……」
「……わたくしとした事が、お姉さまのお店の定休日を履き違えるなどとっ!!」
悔しそうに、乙女は歯ぎしりをする。
その時、乙女の携帯に、着信が入った。
乙女が携帯を取り出し、
「はい、乙女ですわ」
と、言って出ると、その険しかった表情が、徐々に驚きへと変わり、そして喜びへと変わってゆく。
「はい、分りましたわ、直ぐに戻ります!」
そう言うと、携帯を切った。
「杜若!」
「はい、お嬢様」
「お兄様が帰ってくるわ!」
「っ!! 輝石様が、ですか?」
「今すぐ帰りますわよ!」
「はい、お嬢様!」
++++++++++
次の日、乙女ちゃんは休みだった。
同志は、清々するなと言っていたけれども、やっぱり少し気になる様子。
そんな時、私の携帯がなった。
「………?」
はて? 私の携帯に一体誰が?
と、携帯の画面を見た時、私はピシッと固まった。
そして、恐る恐る出てみる。
『ああん、お姉さま? わたくし、貴女の永遠の妹、薔薇屋敷乙女ですわ!』
……永遠ノ妹ッテ……
「……乙女ちゃん……?」
『はい?』
「何故、私の携帯の番号を知ってるの?」
確かまだ、教えていなかった筈。
『嫌ですわ、お姉さま。お姉さまの居ない間に、こっそり見たに決まってるじゃありませんの!』
「……しかも、登録までしてあるんだけど……」
『ええ、いつでも何処でも、乙女はお姉さまと共にありますわ!』
私の携帯の画面には、『あなたの乙女』と出ていた。
「……乙女ちゃん?」
『はい、お姉さま!』
「今度、私の物に勝手に何かしたら絶交だよ……」
『えぇ!? それはあんまりですわ! それじゃあ、お姉さまの体操服に、こっそり顔を埋めてみたり、髪の毛をこっそり持ち帰ってもいけませんの!?』
ギャーー!! 怖いから! それ、怖いからっ!!
「オ願イデスカラ止メテ下サイ……」
ガクガクぶるぶると震える私。
同志が怪訝そうに見ている。
そうして暫し、乙女ちゃんと話をすると、私は携帯を切った。
「今の薔薇屋敷だったのか?」
同志が私に尋ねてくる。
「はい、何でもフランスに行っていたお兄さんが帰って来るそうで、今日はそれを出迎える為に、学校を休むそうです……」
「何だあいつ、兄貴がいたのか?」
「……そのようですね、同志はいないんですか? 兄弟」
「オレは弟がいる。一ノ瀬は?」
「私には、姉が一人……。でも私、同志は一人っ子だと思ってました……」
「は? 何でだよ」
「だって、同志はロンリーウルフ……」
「はぁ!? 何だそれ?」
思いっきり、変な顔をする同志。
そして、その日のお昼は、私と同志の2人だけの昼食となったのでした。
以前に戻っただけであったけれども、何だかとても静かなランチでありました……。
「あ、妹ちゃん。昨日のデートはどうだった?」
姉の店にやって来ると、真っ先に杏ちゃんがそう尋ねてきた。
「え? ミカちゃんデートしたの? 相手は誰? やっぱりあの王子様!?」
王子様とは、日向真澄の事であろう。
ヤメテクダサイ。ソノ、メルヘンナ頭ヲ、ドウニカシテ下サイ……。
「それがね、店長。違う子だったんですよぉ! でも、その子もすっごい、かっこよかったですぅ!」
「えぇー? ミカちゃん、二股はダメよー! それに、彼氏が出来たら、ちゃんとお姉ちゃんに紹介してくれなきゃイヤよ!?」
「別にデートじゃないし、彼氏でもないから! それに、たとえ彼氏が出来ても、紹介なんかしないからね!」
私がそう言うと、
『えー!? いけずぅー!』
と、姉と杏ちゃんの声が重なった。
って、何で杏ちゃんも!?
私はどっと、疲れが溜まるのだった。
そして、いつも通りにロリータを着て、ショーウィンドウの中へ。
今日は、公園のベンチで読書と姉は言っていた。
ピンクのリボンの付いた、ヘッドカチューシャに、ピンクの巻き毛。そしてピンクのフリルのワンピースに、エプロンドレス……。オプションで、日傘とミニチュアダックスの縫いぐるみに、首輪と紐をつけた物。つまり、犬の散歩と言いたいらしい……。何か、アホ丸出しのようなんですが……。
そして今日も、あいつは遣って来た。
私と目が合うと、嬉しそうに手を振る。
ハッ、そう言えば、勝手に将来を誓った仲にされていた!
私は思いっきり、あ奴を睨んでやった。
しかし奴は、首を傾げるばかり。
寧ろ嬉しそうなのは、私の気のせいでありますか!?
すると、あ奴はいつものようにスケッチブックを取り出した。
『今日は公園をイメージしてるんだね? 俺も君と一緒に公園を歩きたいな』
そう書いて、私に見せる。
ノーサンキューじゃあ! こらぁ!
すると、奴はまた、何かを書いてゆく。
『そう言えばネット販売を始めたんだね。君の写真が載ってたよ。毎日君の姿が見れるのはいいけど、やっぱり俺は、こうして君を近くで見ていたいな』
…………チーン。
What? 何ですって? 私の写真が載っている?
どーゆー事でありますかぁーー!?
私は立ち上がり、ショーウィンドウを出る。
「あれ? ミカちゃん、まだ休憩じゃないわよ?」
姉が言うのを無視して、私は控え室へと向かう。
そこにはパソコンがあるのだ。
バタンとドアを開けると、そこには今まさに、杏ちゃんが今日の私の姿の映像を載せようとしている所だった。
「あれぇ? 妹ちゃん、怖い顔してどうしたの?」
「消してください……」
「え?」
「今すぐその映像を消して下さい!」
私はズンズンと近づき、パソコンに手を伸ばす。
「えい☆」
ガシィ!
杏ちゃんが、マウスを操作したまま、椅子をこちらに向け、そのおみ足でもって私を挟み込んだ。
か、かにバサミですか!? えぇい、小癪なっ!!
必死で抜け出そうとするも、それは私の腰にジャストフィットしてしまっている。
そうする中も杏ちゃんは、今日の写真のアップを完了させる。
その画面には、『今日のドール』と書かれており、やたらとお花やら、蝶やら、小鳥やらが描かれている。まさにメルヘンといった風だ。
それでも私が、パソコンに向かい必死に手を伸ばそうともがいていると、杏ちゃんが妖しい吐息を漏らし始めた。
いやー、耳に息を吹きかけないでー! って言うか、何でそんな声をっ!?
思わずゾワゾワッとする私であったが、その時杏ちゃんは私に言った。
「いやん、妹ちゃん、は・げ・し・い。そんなに動くと、当たっちゃうぞ♪」
ピシィッ!!
私はそのまま動けなくなる。何故なら、杏ちゃんの言うとおり、何かが当たっているから。
当たってる!? 何かが当たってるよ!? お腹の辺りに何か当たってるぅ!!
すると、固まった私を見て、杏ちゃんがふわっと笑った。
「ごめんねぇー、妹ちゃん。杏、実は……」
そう言うと、それまでの甘ったるい雰囲気は何処へやら、ピリリとした空気に変わり、杏ちゃんは、悪魔のような笑顔になると低い声でボソリ。
「お・と・こ、なんだよねぇ……」
え? だって……。
「き、昨日、ダーリンって……」
「ああ、あれ? だってさぁ、べったべたに惚れさせた後に、男だってばらした時のヤロー達の顔って、なんかゾクゾクするんだよねぇー……」
そう言って、うっとりとした表情を見せる杏ちゃん。
って、何か口調も変わってるんですがぁ?
私は、ガクガクぶるぶると震えだすと、我慢できなくなって叫んだ。
「ギーヤー!! イヤー、お姉たま、お姉たま、ヘルプミー!!」
バタンッ!!
「ミカちゃん!? どうしたの!?」
姉がすぐさま駆け込んできた。
そして、私たちの状況を見ると、ピシッと固まる。
「あー、店長ー☆ 妹ちゃんが、パソコンのデータを弄ろうとするから、杏、止めておきましたぁ♪」
また、いつものように甘ったるく杏ちゃんが言った。
すると姉は、肩の力を抜いて、ホッと息を吐く。
「何だ、そっか☆ でかした、杏ちゃん!」
そう言って、姉は親指を突き出す。
いや、お姉たま、姉上、姫姉さまっ!! 違うのでありますっ!! 今、目の前に、鬼畜のオカマさんが――。
『バラしたら、今ここで犯す……』
ボソッと耳元で囁かれる。
見ると、天使の様な笑顔で、悪魔のような眼差しの杏ちゃんが此方を見ていた。
またもや、ピシィッと固まる私。
あっ、何か泣きそう……。
「あは♪ 店長、妹ちゃん、もうパソコンにイタズラしないってぇ! ね? 妹ちゃん?」
満面の笑みで、そう言ってくる杏ちゃんに、私は涙目で頷いたのだった。