社畜を考えよう
社畜。
改めて考えると凄い言葉だよな。
会社の家畜だぜ。
これに対する問題は多々あるけど、最大の問題は家畜なのに資産に計上されないってことだよな。
これが酪農の家畜であったら、病気になって資産価値を減らさないように食べるものから衛生まで細々と気を使われるであろうに、社畜はそうゆうのは一切ない。
なぜか?
社畜に関わる費用は資産ではなく経費に計上されるからだよな。
残業代払わないなら働かせるだけ超絶お得じゃん。
残業払うとしても倍働かせたら、固定費は実質半分になるからお得じゃん。
と資産でなく経費に計上されるから社畜は本物の家畜のように色々気を使ってもらえないのよな。
考えれば会計というのは企業の営利追求のために発生したものであって、個人の幸福追求のためではない。つまり世の中のお金は企業や団体の利益追求のために回ってるのあって、個人の幸福追求のためではない。
なので、個人の幸福追求には才能が必要になる状態な訳だ。
では資産に計上すればいいのか?
というとそんなことできる訳ない。
会社の都合で好きに売却できる奴隷ならば資産に計上することもできようが、そうではないからなあ。
経理処理で社畜に支払った給与を資産として積み上げることもできようが、そうするとその分の現金はどこにあるの? と突っ込まれて終わりだしなあ。
酪農家であれば家畜が肥太ることはそのまま利益になるけども、企業にとっては社畜が肥太ることはストレートに利益にならないのだよな。
社員の健康に留意することは企業の利益追求に効率的だと気づいてるとこもあるけど、そういうとこではそもそも社畜は発生しないしなあ。
ほれ、前に共産主義で発生する諸々の問題は共産主義で発生するいらん付加価値を会計で処理できないから、それはついには虐殺にまで至るって思考実験したことあったやん。
お金をどういう会計処理を行うかってもしかして凄く大事?
企業戦略とかそういうもの以前に会計で大体の方向性決まってその方向にしかいけなくないか?
もう一回共産主義を引っ張ってくると、マルクスさんは資本主義を否定してるけど、会計に関しては否定した資本主義で使ってた複式簿記を深く考えないで、というかマルクスさんは共産主義にふさわしい会計システムには何も言及してないから、実務レベルで複式簿記をそのまんま使っただけ。
資本主義を否定してるのに根幹の会計は資本主義、こんな変なことになっていた訳だ。
そりゃ破綻するわ。
マルクスさんは資本論なんで書いてる暇があったら、共産主義を実現するためにはどういう会計処理をするべきかを考えなきゃならんかったんだ。
赤い人たちは自分たちが複式簿記で会計することに違和感を覚えなかったのだろうか・
やっぱり赤い人たちはお金や会計に対するセンスがないのか?
赤い癖に複式簿記を使ってるのは変、って指摘も今まで見たことないんだが、もしかして誰もその欺瞞に気づいてなかった?
ええ? って感じだな。
会計に沿ってお金が流れるんだから、お金の流れの方向性、つまり社会の方向性は会計次第なんだよな。
んで話を戻すと、その会計処理で自分はどこにいるかってことでもあるよな。
前に、サラリーマンは300万で小さな会社を買おうって本あったけど、あれもこうゆうことよな。
社員に払う給与は経費だけど、オーナー社長に払う給与は経費で計上されても会社を持ってるのは社長なんだから実質資産だよな。
経費として処理される生き方と資産として計上される生き方に分かれる訳だ。
本ではそこまでストレートに書いてはなく、社長には従業員ではできない社長ならではの働き方があると柔らかく書いてたけど、それは経費と資産の差よな。
そう考えると途端に起業が魅力的に見えてくるよな。
成功するかどうかは別として。
俺は起業してまで働きたくないから、やらないけどな。




