感情について考えよう
今日は二本立てだぜい。
多分前の話を読んでないと訳わかんない話になるので、まずは前の話を読んでくだされ。
感情マネジメントがお金になることはわかった。
感情が利益が利益を押し下げていることもわかった。
でもなんで?
感情があるのは自然じゃん、悪いことじゃないじゃん。
なのになんでその感情が利益を下げる要因になるのか?
なんでだ? なんでだ?
と考えたら、もしかして人類が農耕を始める前、採取と狩猟で生活してたころって感情的に振る舞うのが利益になったんじゃない?
狩猟で興奮に身を任せて獲物に向かうのも、ヤバイ相手を怖がって逃げ出すのも、怒って威嚇するのもそのまま利益になる訳じゃん。
でもって人間が農耕始めるまで全ての動物は食料を拡大再生産できない、計画立たない、環境依存の状況だった訳じゃん。
動物は45億年かけてそうゆう環境で効率的になるように進化してきた訳じゃん。
人間だって原生人類に進化して農業始めるまでかかり時間がかかってる訳じゃない。
つまり狩猟環境下では感情的に振る舞うのが経済的で正しいんだ。
でも、農耕では違うじゃん。
怒っても笑っても農業の収穫量には関係ないじゃん。
むしろ、感情は脇に置いておいて淡々と農作業した方が収穫量上がるじゃん。
狩猟から農耕へ、利益の出し方が変わったせいで狩猟下では経済的であった感情が農耕下では不経済になったんだ。
だから感情マネジメントが金になる訳な。
人がしんどいわりにあんま意味ない節約に励むのもそういうことな。
狩猟下で獲物が取れなかったら、我慢するしかないじゃん。獲物が取れない時は、とにかく取れない、取れないから取れないんだってくらいに環境依存なんだから増やしようがない。
我慢、つまり節約するしかない。
哺乳類なんて恐竜いる時代から、飯ない時は我慢することで乗り越えてきた訳だ。
節約って生き物としてナチュラルな行動なんだ。
だから、お金について勉強しないで自然に振る舞うと節約する方向になるんだ。
人間は経済動物だけど、その経済感覚は狩猟生活準拠なんだ。
なのでお金について勉強しないで感覚のまま自然に生きると自然貧乏になるんだ。
もう農耕ベースの社会でルールが違うからな。
こういう視点でみるといかにトレーダーが頭おかしいことしてるかだよな。
生き物の本能を知識とトレーニングで日々ねじ曲げてるんだぜ。
利益を出せるってことはそういうこと。
そうか、俺った頭おかしい人間だったんだ。
うん、もとから知ってたけどな。
ということなので貧乏の意味も変わってくる。
景気のいい時はいい時なりに、悪い時は悪い時なりに生きてその結果貧乏ならそれでいいんじゃない。
金持ちと貧乏の差は能力の差、有能無能ってことじゃなく、自然に生きて貧乏になるプランと知識とトレーニングで本能ねじ曲げて金持ちになるプランと二つあるけど、どっちを選ぶって話になるからさ。
もう好きな方を選べばんじゃないかな。
前に古代ローマで信用通貨を発行できなかったのは教育と情報伝達が足りなくて通貨に信用情報を乗せきれなかったからだと書いたけど、それは違うな。
感覚的に無理だったんだ。
国家が自由に通貨を発行できるなんて、狩猟経済の感覚で言うと獲物がないのに肉食えるよと言ってると同じであり得ないことだし。
だから金本位制の感覚から抜けられない人多いんだ。
通貨を発行できるのは持っている金の量分だけですって言う金本位制は狩猟経済の感覚に非常にマッチする。両者とも現物主義だし。
税制についても同じ。
金持ちから多く税金取って分配しろってのも狩猟下の感覚じゃ普通じゃん。獲物の肉独占しても腐らせるだけだし、分配するのが自然だし正しい。
よっぱらって金持ちからもっと税金取れとくだまくおっちゃんは、生き物としてはまったく正しい。
生き物が培ってきてその方向に進化してきた狩猟経済の感覚は、いちいち今の農耕ベースの社会とぶつかるんだ。
農耕始めた時にルールが違ってしまっているんだから、感覚と今の社会とに解離が起きるってことをまず最初にわきまえておかなきゃならないんだ。
俺が他の人が経済について書いたものにすげえ違和感を感じていたのも、価値観は農耕というか文明ベース、でもそれを扱う感覚は狩猟ベースってねじれが起きててそれがすげえ変に感じてたせいなんだ。
すげえ納得。




