第九話 コウタ、森の北の端でボスらしきモンスターと遭遇する
ねじくれた黒い木々が立ち並ぶ先。
そこに開けた空間があった。
絶黒の森を囲む山のふもとで、開けた場所の先は崖になっている。
崖の下部には小さな洞窟の入り口が見える。
「…………あれが、ダンジョンの入り口とか?」
「いや、クルトのとこと違ってダンジョン化してる気配はねえ、っていま気にするとこそこじゃねえだろコータ!」
「コ、コウタさんは大物だべな……あんな強そうなモンスターを前にして、いつもと変わらないなんて」
「カァー」
「さあて、新しい腕で本気を出す時が来たかねえ」
「みなさん、がんばってください!」
開けた空間を前に、一行は立ち止まっていた。
崖の入り口に不吉な気配を感じたのではない。
黒いモヤに包まれたそこに、ふたつの人影があったのだ。
「ええっと……モンスター、なんだよね?」
一体は、少年であるベルよりもさらに小柄な人型だ。
5歳の幼女ぐらいの身長で、一見すると見た目も5歳の幼女だ。
髪は濃緑で、櫛を通したことがないのかボサボサに乱れている。
そして。
「よく見ろコータ。足先は根っこ、手の先は枝になってる。髪の毛にも葉っぱがついてるだろ?」
「あ、ほんとだ。えっと、植物系種族の人間、とか?」
「カァ?」
「見た目は人間であっても、話は通じねえ。アレは、森に迷い込んだ人間の生気や魔力を喰らう——ドリアードだ」
「ドリアード……」
幼女によく似た生き物は、人間ではなくモンスターらしい。
ドリアードは、むうーっとばかりに頬をふくらませてもう一体のモンスターを睨み付けていた。
開けた空間にいるもう一体は、コウタでも「人間ではない」とわかる。
「あっちは、腰から上の人間と蜘蛛がくっついた感じで……アラクネ、かな?」
「正解だ。色気に惑わされるなよコータ、っても、下の蜘蛛まで見えてりゃ騙されねえか」
超大型の蜘蛛に、腰から上の人間の女性をつなげたような姿。
妖艶な微笑みを浮かべて、ドリアードの視線を受け流している。
ちなみに人間部分は裸だ。
長い黒髪で胸は隠れている。
コウタにとって……もとい、エヴァンにとっては残念なことに。
「人間っぽいのにモンスターなのか……」
「どうするコータ? こっちを気にしてねえみたいだし、フォーメーション『初手全力』でかましておくか?」
「カァ?」
「………ちょっと待ってアビー。みんなも」
ドリアード、アラクネ。
いずれも、アウストラ帝国やコーエン王国で発見されたら大騒ぎになるモンスターだ。
身に宿した魔力量やモンスターとしての強さを感じ取ったのか、大盾と棍棒を持つディダの手は震えている。
非戦闘員のベルは早々に大岩の中に退避した。
「あっおい、コータ!」
「カァ。カァー」
睨み合う二体のモンスターを前に、コウタが開けた空間に足を踏み入れる。
気負うでもなく、すたすたと。
アビーの制止は聞かない。
仕方ねえ、俺も付き合うぜ、とばかりにカークが飛行してコウタの頭の上に止まる。
「だ、だいじょうぶだかコウタさん!? ど、どうするだアビーさん、おら追いかけた方が」
「落ち着け、でっけえ嬢ちゃん。コウタさんにゃコウタさんの考えがあんだろ」
「いやあ、オレはなんとなくわかるんだけどなあ。さて、どうなるかね。全員、コータが攻撃されたら『初手全力』で」
その場にとどまったディダとエヴァン、アビーがそれぞれ戦闘態勢に入る。
パーティからコウタが外れた際は、アビーが指示を出す役目らしい。
ドリアードとアラクネはチラッとコウタに目をやって、睨み合いに戻る。たがいの距離が近づく。
いまにもモンスター同士の戦いがはじまりそうなタイミングで。
「あの、ちょっといいかな?」
コウタが、話しかけた。
それも、駅前でなにがしかの勧誘でもしているかのようなゆるい感じで。
二体のモンスターがコウタに目を向ける。
が、返事はない。
当然だ。
「コータ! さっきも言ったろ、そいつらは人の形してるだけで話は通じねえって!」
近寄って話しかけてきた者に興味がないかのように、二体のモンスターが睨み合う。ガンをつけあう。
ドリアードの手が枝状に変化してうねうね動き出し、アラクネが人間部分の口を開いて牙を見せつける。
たがいに戦闘態勢に入ったのだろう。
モンスター同士の距離が縮まって、強力な二体の激突がはじまる、ところで。
「はじめまして。俺はコウタです。よかったらなんでケンカしてるのか事情を聞かせてもらっても」
コウタが割って入った。
空気を読まずに。
のんびりした声も中身も変わらずに。
まるで、ここが元の世界かのように。
平和ボケ、ではない。
ドリアードが伸ばした枝はコウタに絡み付いている。
アラクネの蜘蛛部分の牙はコウタの太ももに突き立っている。
「ああっ!? 大変だべ、コウタさんが!?」
「落ち着けって。よく見ろ、ディダ」
「わかる、気持ちはわかるぞでっけえ嬢ちゃん。あれは心臓に悪ィよなぁ」
コウタは、平和な世界と同じように油断していたのではない。
神様から授かった、怪我も病気もしない【健康 LV.ex】を信じていたのだ。
ドリアードの拘束と生気吸収は通じない。
見た目幼女のモンスターの表情は乏しかったのに、いまは目を丸くしている。
毒を注入するべく突き立てたアラクネの牙は、コウタの皮膚一枚さえ通らない。
力の差を感じたのか、たらっと冷や汗を垂らしている。
「カァー」
二体のモンスターに挟まれたコウタの肩の上で、カークがため息のような鳴き声をはいた。
理不尽すぎるよなこれ、とでも言いたげに。
「話は通じなくても、俺には【言語理解】があるんだ。だから、意味はなんとなくわかるかもって思ってる」
「カァ?」
「そうそう、カークとなんとなく話せてるからね」
瘴気渦巻く絶黒の森の、北の果て。
黒くねじくれた木々と崖に挟まれた開けた空間に、呑気すぎるコウタの声が響く。
強者の余裕か。
いやむしろ、危機感がないとか、空気を読めなすぎるとか、そっちの問題だろう。
「どうだろう、俺の言ってることがわかるかな? いったんケンカはやめてほしいんだ」
コウタとカークがこの世界で目覚めてからおよそ八ヶ月。
心身の【健康】を授かったコウタは、この世界で暮らしていくうちに心身ともに変化したのかもしれない。
それが「成長」なのかどうかは怪しいところである。





