第八話 コウタ、探索を続けて絶黒の森の北の端にようやくたどり着く
コウタとカークがこの世界で目覚めてからおよそ八ヶ月。
一行はいま、絶黒の森北側の山すそに近づいていた。
「敵が多いなあ。みんな、フォーメーション『要塞』で!」
「カアッ!」
「おー、まさかいちおう決めておいた陣形が役に立つなんてなあ」
「みなさん、無理しないでくださいね! 危ない時は逃げることも大切です!」
「はっ、コウタさんもカークも、嬢ちゃんもおっきい嬢ちゃんもいるんだ、まだヨユーだヨユー。……逃げるとなったら少年はあれ担いで走るんだよなあ……」
「しゃ、しゃべりながら戦うなんて、エヴァンさんが器用すぎるだ!」
「カァー」
森の木々は黒く、このあたりは下草さえ黒みがかっている。
逸脱賢者のアビーいわく、「それだけ瘴気が濃いってこと」らしい。
瘴気が濃いと、動植物が変異してモンスター化することも多くなる。
結果、コウタたちの目の前にはモンスターが群れていた。
運んできた大岩を置いて、ベルが中に退避する。
大岩の前には【健康】で傷つかないコウタと、身長3メートル超の巨人族・ディダが陣取る。
二人の間からアビーが魔法でモンスターを狙い、空を飛べるカークと先代剣聖エヴァンは遊撃役だ。
フォーメーション『要塞』は、二人の盾役と大岩を中心にした守りの陣形のようだ。
コウタとディダが引きつけたモンスターを、アビーが空間斬でなぎ払う。
空を飛ぶ殺人蜂は、空は俺のものだとばかりにカークが潰しに行く。
殺戮蟷螂のような、ディダには厳しいモンスターが来ると、エヴァンが飛び込んで両腕で剣を振るう。
迫る虫系モンスターも擬態した植物系モンスターも、四人と一羽はあっさり倒していく。
殲滅するスピードを考えると、本当に「守りの陣形」かどうかは怪しいものだ。
「ねえアビー、瘴気が濃いからってこんなにモンスターがいるもの?」
「これもうモンスターハウス状態だもんな! 実はフィールドダンジョン化してんのか? けど、北の山は見えてるしな。景色が変わってねえんじゃ、せいぜい『ダンジョンなりかけ』ぐらいか?」
「へえ、そんな判断基準があるんだ。まあ見るからにおかしいもんね。こんなにモンスターがいて、動物は少なくて、どうやって食糧を……」
「はっ、考えるまでもねえだろコウタさん!」
「え? そっか、共食いとか、おたがい喰いあったり……」
「それもあっかもしんねえけどよ、モンスターは瘴気が濃けりゃ何も食わねえでも生きていけんのよ! それが獣との違いだな!」
「へ、へえ……どうなってんだ異世界……」
大量のモンスターに迫られても、コウタたちは会話する余裕さえある。
「な、なんだか敵が強くなってる気がするだ!」
「おう、おっきい嬢ちゃんの見立て通りだ! いままでよりも強くなってんぞ、油断して怪我すんなよ!」
「おっさんこそな! ちょうどいい、新魔法を見せてやる! 大量の雑魚敵を倒すために開発した——『空破弾』!」
アビーが前方に杖をかざす。
と、何体ものモンスターが弾き飛ばされる。
まるで、見えない手榴弾でも爆発したかのように。
その光景は扇型に20メートルほど先まで広がった。
「どうだおっさん! 面制圧はオレに任しとけ!」
「す、すごいだアビーさん……おらは……」
「はは、比べることないよディダ。俺たちはしっかり守ろう。ほら、うしろのベルは戦えないんだし」
「……わかっただ! おらは、おらにできることをする!」
アビーの活躍に引け目を感じるのではなく、それぞれができることを。
ディダは、焦ることなく丁寧にモンスターの攻撃をさばく。
安定した盾役は、モンスターとの集団戦において大事なものだ。
怪我をしない・倒れない「堅さ」で言えばコウタだろうが、大きい分、ディダが守れる範囲は広い。
「おうおう、みんな訓練の成果が出てんじゃねえか! 優秀すぎる教え子たちで結構なことで!」
兵隊蟻が群れで押してこようとしても、殺戮蟷螂が鋭い刃で斬り裂こうとしても、殺人蜂が空から襲ってきても、植物系モンスターの状態異常攻撃や不意打ちも、コウタたちには届かない。
フォーメーション『要塞』の名前の通り、危なげなく撃退していく。
小一時間も経つと、モンスターの波は途切れた。
ベルがざっと【解体】して、使えそうな素材を大岩の内部にしまう。
ひと段落すると、一行はふたたび進みはじめた。
目指すは、絶黒の森の北の端。
山すその手前で、目で見えるほど濃密な黒いモヤ——瘴気——が渦巻く地である。
「ダンジョンじゃないかもしれないけど……やっぱり、ボスはいるものかな」
「これだけの群れなんだ、いるだろな。植物系なのか、虫系なのか。合わせ技ってセンもあるかねえ」
「合わせ技……?」
「カァ?」
「ああ。獣やら蛇やらいた場所じゃ『キメラ』がボスだったりな。けど、植物と虫か……パッと思いつかねえ」
「コウタさんも嬢ちゃんも、そんな考えたっていいこたァねえよ。ぜんぜん関係ねえボスでした! なんてこともめずらしくねえ」
「はあ、そういうもんなんだ……」
「ガアッ!」
盆地の北の端の木々は、黒くねじくれていた。
南の地でクルトのダンジョン、もとい、研究所があった場所と同じような風景だ。
ただし、空気が違う。
敵意まじりの視線を感じて、ディダの口数が少ない。
何が来たって倒してやるぜ!とテンション高めのカークとは対照的だ。
コウタもカークも、何度も強敵と戦ってきたエヴァンさえ、慎重に進んでいくことしばし。
「カアッ!」
「みんな、あれ」
やがて、黒いモヤの向こうにモンスターの姿が見えてきた。
「やっとお出ましか。さーて、どんなヤツかねえ」
「何が出たって斬るだけだ。そろそろ強いヤツを、新しい左手で試し斬りしてえところなんだが」
「お、おら、やるだ。みんなを守るだ。大きいって言ってくれた、この体で」
「カァー」
「みなさん、健闘を祈ってます!」
五人が足を止める。
一羽が定位置であるコウタの肩に止まる。
黒いモヤの向こう。
そこには、ふたつの人影があった。





