第五話 コウタ、森の北側の探索に出て相棒の活躍を見守る
コウタとカークがこの世界で目覚めてからおよそ八ヶ月。
コウタはいま、絶黒の森の北側を訪れていた。
もちろん、コウタ一人で探索しているわけではない。
「そろそろ、この前きた場所が見えてくるかな?」
「カア!」
「そうだな、って、ああ……」
「わあ! なんだかモンスターが集まってます!」
「ベルさんがいなくて回収できなかっただかんなあ。こうなっても仕方ねえだ」
「んー、んじゃ腕鳴らしといきますかね」
コウタの独り言に、三本足のカラス・カークが反応する。
同意したのではなく、警戒を促したのだろう。一人と一羽の間で言葉は通じない。スキル【言語理解】のおかげか、たがいに意思疎通はできているようだが。
カークとほぼ同じタイミングで、逸脱賢者のアビーもモンスターに気がついたようだ。
前回、コウタたちが戦闘して、酔いどれ先代剣聖のエヴァンと遭遇した場所。
素材採集しきれなかったモンスターの残骸に、モンスターが群がっていた。
「……仲間って意識はないのかな」
「そこはモンスターによりけりだな。同種でも仲間意識のないモンスターのが多いけど」
「そういうもんなんだね……」
いたのは前回も遭遇した虫系のモンスターだ。
強殻甲虫や殺人蜂、兵隊蟻が、同じ虫系モンスターの死骸に群がっている。
虫にはよくあることではあるが、デカいとキモいうえにこの光景である。
コウタの腰が引けている。
「えっと、じゃあ、殺ろうか」
「ははっ、無理すんなってコータ。こ、ここはオレに任せてだな」
おそるおそる言い出したコウタをアビーが止める。
が、そのアビーも顔色が悪い。
「ガアッ!」
日本出身の頼りない二人を遮ったのは、カークだった。
同じ日本育ちでもさすが鳥類。
羽を広げてコウタの肩からカークが飛び立つ。
「あっ」
「どうするコータ?」
「……このままいこう。カークには悪いけど……」
「そ、そこはほら、このパーティで戦う陣形を試すいい機会じゃないか?」
「うん……じゃ、じゃあ、 フォーメーションCで!」
「ほら照れんなリーダー!」
「わかっただ、コウタさん! みんなはおらが守るだ!」
「よろしくお願いします、ディダさん」
「さて、カークのお手並拝見ってことで。斬れる確信が湧くかねえ」
コウタの指示に従って四人が動きだす。
ベルは背負っていた大岩を置いて、ささっと岩の中に隠れた。
砕かれるかまるごと焼かれるか空気穴から攻撃されない限り、ベルは安全だろう。
自称「戦えない」荷運び人を守るにはいい手かもしれない。
逸脱賢者のアビーは大岩の前で、さらにその前には巨人族のディダが大盾を手に陣取っている。
コウタいわく『フォーメーションC』では、二人は防衛中心に戦うようだ。
ディダの両横にはコウタとエヴァンが並ぶ。
コウタは鹿のツノを変形させた黒い剣を構え、エヴァンはなんの変哲もない鉄の剣をぶら下げている。
そして。
「…………え? カーク、また強くなってない?」
「魔法の使い方を考えたんじゃねえか? やべえなアレ……」
「すげえ! すげえだカークさん!」
「マジかよ……殺人蜂の不規則な挙動は捉えるのが難しいってのに……」
「魔法で面制圧すればいい!ってな!」
「高速で空中を飛ぶ小さな魔法使いかあ……俺も負けないようにがんばろう」
カークの無双がはじまった。
飛び立ったカークの三本目の足が光ると、カークの体が炎に包まれた。
そのまま高速で飛行する。
強殻甲虫や兵隊蟻にはそのままの勢いで火の矢を落とす。
燃え盛る虫系モンスターを尻目に、殺人蜂には炎の壁でまるごと燃やす。
あっという間に虫系モンスターの群れが焼けていく。
「けどこれ、森が燃えちゃうんじゃ」
「心配すんなコータ。見てみろ」
「え? あれ? 燃えてるのはモンスターだけで、木も草も燃えてない?」
「クルトから、『魔力には陰陽がある』って習ったろ? んでカークの【陽魔法】は陽で、この絶黒の森の瘴気は陰だ。狙って燃やそうとしなきゃ、中和されるだけでそうそう燃えねえよ」
「はあ……じゃあアレ、止めようがないような」
「だな。空中戦の定跡でいうと上を抑えりゃ有利になるって聞いたことあるんだけど……」
「リーダーっぽい蜂とその群れの包囲を、下から突き破ったね」
「……どうだ、おっさん?」
「こりゃ無理だ。俺ァ魔法剣で遠距離攻撃できるけどよ、数振りしかできねえ。捉える前に飽和攻撃されて負けるだろうな」
「け、剣聖より強いんだカーク……」
蹂躙を終えて、カークがぐるっと森をひとまわりする。
動くモンスターがいないことを確認して、ゆうゆうとコウタたちのもとへ飛んでくる。
「カアーッ!」
ベルが置いた大岩の頂に降り立って、羽を広げて勝利の声を響かせた。
胸がふくらんでどこか誇らしげだ。
「すごかったよカーク!」
「カ、カア?」
「もうこれカークだけでいいんじゃねえかなあ」
「けどアビーさん、これだといい素材は取れないと思います!」
「カ、カア?」
「ベルもカークも、そこは気にしなくていいよ。そりゃお金になればうれしいけど、安全第一でいこう」
「『いのちだいじに』ってヤツだな!」
「おらなにもできなかっただ……」
「ははっ、でっけえ嬢ちゃんもそんなこと気にすんなって。勝ちゃいいんだよ。勝って勝利の美酒を飲めばそれだけで最高だろ!」
「カ、カアー」
褒められて照れ、素材を無駄にしたかと焦り、なんでも酒につなげるエヴァンの発言に呆れる。
そこに、モンスターを蹂躙した強者の傲りはない。強者というか強カラスなのだがそれはそれとして。
「それにアビー。せっかく練習したんだから、ほかのフォーメーションも試さないと!」
「カァー」
「まあたしかにな。瘴気の濃い北に行けば行くほど強いモンスターが出てくるだろうし」
「カアッ!」
「俺ァ新しい左腕を使ってみねえとだしな! くくっ、両腕が揃っての実戦なんてひさしぶりだ、腕が鳴るぜ!」
「あの、エヴァン。実際、義手ががちゃがちゃ鳴ってるんだけど……?」
「おう! クルトさんいわく、『魔力導線が思考に反応する』ようになってんだってよ!」
「へ、へえ。魔法と魔力ってなんでもありなんだなあ。カークもクルトもエヴァンも」
「ほんとになあ。帝都貴族学園でも帝立魔法研究所でもこんなこと教えちゃくれなかったんだけどなあ」
「カァー」
人ではなくカラスのカークの強さを見ても、コウタたちは変わらない。
この世界では「モンスター」に分類されるにもかかわらず。
きっとコウタの信頼のなせるわざだろう。何も考えていないわけではない。たぶん。
「今日はもうちょっと進んで、野営できそうな場所を探そうか」
「賛成だ! その前にちっとは戦いたいところだけどな!」
「カァ!」
ベルの【解体】と素材の回収をそこそこに、コウタたちは探索を続ける。
目指すは絶黒の森の北側、過去の探索ではたどり着けなかった奥地だ。
瘴気に満ちてモンスターがうごめく危険地帯なのだが、コウタたちに危機感はない。
怪我も病気もしないチートスキル【健康】持ちに、帝国で名の知れた逸脱賢者、さきほど蹂躙戦を見せたカラス、巨人族、先代剣聖。
なにしろ、戦力が過剰気味なので。





