第一話 コウタ、空から女の子が降ってくるも受け止められない
一人と一羽が大木のウロで目覚めてから一週間。
コウタとカークは、過酷な環境にもかかわらず日々のんびりと暮らしていた。
「おはようカーク」
「カアー」
挨拶をかわした一人と一羽は水辺に向かう。
コウタはくるぶしまで水に入って顔を洗い、口をゆすいでヒゲを剃る。
枝分かれした刃状のツノをつまんで、一番小さな刃を使う。
何度か試してみたものの、七支刀のような刃を分割することはできなかった。
体に当たっても傷つかないからいいか、とコウタは考えるのをやめた。暢気か。
カークはコウタからちょっと離れ、水辺でバシャバシャと羽ばたいてさっと体を洗う。カラスの行水である。文字通り。
身支度を整えた一人と一羽はウロの前に戻って大木を見上げる。
と、今日も果実が落ちてくる。
ビワに似た果実が三つ。
二つはコウタの、一つはカークの朝ごはんだ。
毎日食べているのに、大木に実をつける果実が減った様子はない。
当初は首を傾げていたものの、コウタは考えるのをやめた。適応能力が高い。これも【健康】のせいか。
「さて、今日も探索に出る前に、例のヤツをはじめよっか」
「カァッ!」
コウタの呼びかけに、カークが任せとけ! とばかりに猛る。
カークはバサッと羽音を鳴らして、大木の枝に止まった。
二本の足で枝を掴み、間に生えた三本目の足を空に向ける。
「ガアッ!」
カークの咆哮とともに、火の球が生まれた。
二日目の午後、焚き火に火をつけた時よりも大きい。
火の球は、何もない空中でボンッと爆発した。
「おー、カークはすごいなあ。よし、俺も——」
この場で目覚めて三日目からはじまった、朝の日課。
「万物に宿りし魔素よ、我が命を聞いて炎となれ! 火の玉」
魔法の特訓である。
コウタがかざした手の前に、炎の球は生まれない。
カークはなんで出ないんだろ、と首を傾げている。
コウタも首を傾げている。
「うーん、属性の相性があるのかなあ。それで言ったらカラスは火っぽくないんだけど」
顎に手を当ててブツブツ考え込むコウタ。
カークはガアー! とおかんむりだ。三本足の烏はちげえんだよ、とでも言いたいのか。コウタに烏語は通じない。
「火のほかにありそうな魔法かあ。水、土、風とか?」
友達にして相棒であるカークについて考えることをやめて、コウタはふたたび手を伸ばす。
手のひらを湖の上方に向ける。
「万物に宿りし魔素よ、我が命を聞いて風となれ! 風の矢」
適当な詠唱をしても何も起こらない。
湖は今日も静かで、透き通った水を湛えていた。
「風もダメかあ」
「カアッ!」
コウタのぼやきを遮ってカークが短く鳴く。
強い叫びはまるで警告のようだ。
頭上のカークを仰ぎ見て、カークがじっと見つめる先に視線を動かすコウタ。
湖がわずかにさざ波を立てる。
「え、なんだろこれ、ひょっとして見えないだけで俺にも魔法が使え——」
パァンッ!と、鋭い破裂音がした。
「うわっ! 何が、ひょっとして俺の魔法が暴走して……え!?」
コウタが目を丸くする。
カークはじっと空を睨みつける。
破裂音がした、湖の上空に。
「よっしゃあぁぁぁあああああ! 成功だぁぁぁああああ!」
とつぜん、人が現れた。
「これでオレは自由だ!ってやべ、落ちるぅぅぅうううう!」
何事か叫びながら落ちていく。
目深にかぶったフードが脱げて長い金髪がたなびく。
ローブがめくれて下着と生足がまる見えになる。
ああ、言葉遣いと違って女の子なんだな。
コウタはぼんやりとそんなことを考えていた。
「まほ、まほう、ダメだ間に合わ」
空から降ってきた女の子は、ボチャンと水音を立てて湖に着水した。落ちた。
「カアーッ!」
コウタ、空から女の子が! とでも言いたげなカークの鳴き声でコウタが我に返る。
「だ、大丈夫ですか! いま助けます!」
慌てて走り出して上着を脱ぐ。
じゃばじゃば水をかきわけてコウタは湖に飛び込んだ。
心配なのか、カークは上空をぐるぐるまわっている。
心身ともに【健康】になったぽいけど、人と話すのはまだ自信がない。
突然の事態でコウタの不安は吹っ飛んだらしい。根は真面目で善良なのだろう。だからこそブラック営業で病んだのだが。
一人と一羽の異世界生活がはじまって一週間。
コウタ、この地で目覚めて初のコミュニケーションタイムである。
2年ぶりで、相手の言葉遣いは荒く、おそらく魔法で突然現れた女性と。……ハードルが高い。