第九章 エピローグ
大陸の北西部、半島の根元に位置するダーヴィニア王国からさらに南。
魔王の領域にもっとも近い街の郊外に、四人の男女がいた。
「できた……これが、僕の魔法剣……これが、僕の、遠距離攻撃……」
「わずかな鍛錬で先代剣聖殿の奥義をモノにするとは……勇者のなんと凄まじいことか」
「いいえ、これは勇者が持つ才能のおかげではありません。努力の賜物ですよ」
「むっ、そうであったな。すまん」
「はは、いいんだって。……こっちの世界に来てから手に入れた才能がなければ、身につかなかっただろうし」
「ほらほら勇者サマ、また独り言出てるわよ!」
男が一人と、美女美少女が三人。
勇者一行である。
「剣聖さんのおかげだよ。僕たちに本気の奥義を披露してくれたから、集中して防ぐことができた。だから何度も振り返れた。きっと剣聖さんは、そこまで考えて打ち込んでくれたんだ」
「うむ、きっとそうだ! それにしてもすごい剣筋だったなあ。思い出すたびに我らを殺す気だったのだと錯覚してしまう」
「アンタたち本気? アレどう考えても殺る気だったでしょ」
「私には剣の道はわかりません。けれど、あの時があったからこそ今があるのです」
「うん、そうだね。剣聖さんのおかげで、僕の魔法剣は進化した。光の魔法剣を、飛ばせるようになった」
剣を手に、勇者がしみじみと噛み締める。
初めて行った魔王の領域では苦戦した。
勇者、騎士、神官、斥候のパーティには範囲攻撃の手段がなく、大量のモンスターを片付けるのに手間取った。
大型のモンスターは攻撃が届かずなかなか倒せなかった。
ゆえに、勇者一行は範囲攻撃と遠距離攻撃の手段を求めたのだ。
「この技があれば、今度こそ……」
「うむ。次は、魔王の領域の深くまで侵入できることだろう」
「私も微力を尽くします。神よ、どうか私たちの戦いをご照覧くださいますように」
勇者と騎士と神官が、草原を抜けた先、岩石砂漠に目を向ける。
魔王の支配領域への侵入はわずか数日で退却した。
新たな技を身につけて、今度こそ。
三人は期するところがあるようだ。
「ねえ本気? 魔法使いを探した方がいいんじゃない?」
斥候役の女性の、もっともな意見は聞き流されて。
先代剣聖の教えを受けて、勇者は魔法剣を飛ばせるようになった。
一行が苦手だった範囲攻撃と遠距離攻撃は、力技でなんとかするつもりらしい。
本来は、『逸脱賢者』と呼ばれる魔法使いを仲間に入れて、荷運び人に攻城兵器を持たせるはずだったのに。
一度は足踏みした勇者の旅路は、ふたたび動き出していた。
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「うん? いまの素振りはいい感じだったな。こうか?」
瘴気に満ちた絶黒の森の中で、唯一瘴気が薄い場所。
精霊樹と小さな湖のほとりに、一人の男の姿があった。
初老というにはまだ早い、一人のおっさんの姿が。
ダーヴィニア王国の元剣術指南役。
かつて国を脅かした毒竜を死闘の果てに撃ち倒した竜殺し。
鍛え抜いた剣は「斬れぬものなし」と評され、剣聖と呼ばれた男。
剣聖の名を弟子に譲り、衰えを感じて死に場所を探す旅に出たおっさん。
エヴァン・ジェルジオである。
エヴァンはぶつぶつと呟きながら剣を振る。
何度も何度も繰り返し、調整するかのように。
「ゆるめといて……締める。うし、この感じか」
糸のような細い目を笑みの形にして、エヴァンはまた剣をかざした。
新たな左腕の動きを確認して、調整するために。
「くははっ、こりゃ昔よりよくなってんじゃねえか? 腕一本で過ごしてきた日々も無駄じゃねえってことか!」
エヴァンは上機嫌だ。
それも当然だろう。
体を蝕んでいた痛みはわずかながらも軽減されている。
クルトとアビーの話によれば、時間はかかっても徐々に快方に向かうらしい。
竜との戦いで失った左腕は義手を得た。
生身の右腕のようにとはいかないが、まだ試作第二号だ。
エヴァンの意見や感想を受けて、研究を進めていくつもりなのだという。
だが、現段階でも、エヴァンの意思と魔力に従ってスムーズに動く。
これまで試してきた義手では考えられないほどに。
もう一度、剣の道の先を進める。
すべてを剣に捧げてきたエヴァンにとって、諦めていた望みが叶ったのだ。
それは機嫌もよくなるだろう。
訓練にも身が入る。
酒量もだいぶ減っている。主に、手に入らないせいで。
「あとは酒がありゃ言うことなしなんだけどな。まあ俺が造るとしますかね!」
元々は痛みと後悔をごまかすために飲みはじめたのに、エヴァンは酒を止める気はないらしい。
さすが【アルコール中毒 LV.1】である。
健康的な生活を送って、スキルが読み取れなくなることを祈るばかりだ。
「こりゃ恩返ししねえとな! 俺ァここに骨を埋めて、精霊樹とコウタさんたちの剣になるかね。誓った通りに!」
コウタたちと出会って、エヴァンは新たな人生を得た、と言えるかもしれない。
素振りを止めて、両手で剣を空にかざす。
「それだけじゃ足んねえか。うっし、んじゃコウタさんたちに戦い方を教えるってことで! こんな場所で暮らしてんだ、強くて困ることはねえだろうからな!」
ご機嫌で、エヴァンは新たな決意を追加した。
人生に迷った時、人はどうするのか。
コウタはただ時が癒やしてくれるのを待った。
エヴァンは酒に助けられて、諦めつつも捨てなかった。
ままならぬ体は快方に向かい、相棒となる義手を得た。
死の谷を越えた先、絶黒の森で。
エヴァンは、人生を捧げた剣の道を進み出す。
——いま、ふたたび。





