第五話 コウタ、絶黒の森の北を探索して酔いどれおっさん剣士と出会う
「カーク? その人は?」
「カアッ! カアカア、ガアッ!」
「おう、なんだこんなとこに人がいンのか。なるほどね、つまりこのカラスはコイツらを助けたかったと」
「ガアガアッ!」
「ちげえのか? まあいいや、ちっと待ってろ、いま片付けっから。そのあとでゆっくりな。おーい兄ちゃん姉ちゃん、手ェ出さないで守り固めてろ!」
「えっと、どうしようかアビー」
「ソロで『絶黒の森』に来れるんだ、きっと手練れだろ。ひとまず様子見でどうだコータ?」
「うん、じゃあそれで。ディダもよろしくね」
「わかっただ!」
絶黒の森北側の探索中に、植物系モンスターと虫系モンスターの縄張り争いに巻き込まれたコウタたち。
飛んでいったカークが連れてきたのは、初老に近いおっさんだった。
二つのモンスターの群れの横合いから現れたおっさんは、コウタたちに下がるように言って剣を手にする。
単なる鉄剣を、右手一本で。
「あ、あの! 無理しないでくださいね! 俺たちなら平気ですから!」
「コウタさん? どうしただか?」
「だってあの人、片手が……」
「隻腕の剣士……? それにあの足取り、まるで酔ってるみてえな……まさかな、こんなところにいるはずが」
「はっ、なんでえ、優しい若者もいるじゃねえか。あのハーレム野郎に爪の垢でも、ってアイツも優しくはあったのか。しつこいのとモテるだけで。クソがッ!」
「あ、あの?」
赤ら顔のおっさんは、ふらふら体を揺らしながらモンスターの群れに近づいていく。
ときおり伸びてくるツルやツタは、ぬるりと避けられていつの間にか斬られていた。
ボロボロのマントがひらめく。
「カァー」
「うわ、すごい。酔拳みたいだ。剣だから酔剣? かな?」
「な、なんだべ、なんだかゾクゾクするだ。コウタさん、アビーさん、油断しねえで防御しといた方がいいと思うだ」
「だな。信じらんねえけどよ、オレの予想が正しけりゃ……」
コウタは驚きながらも目を輝かせている。
ディダは木の盾をかざして防御の姿勢をとり、アビーは全開で魔力障壁を張った。
カークはちゃっかりコウタの陰に隠れている。
「あーくそ、思い出したらイライラしてきた。俺の平穏な暮らしを邪魔しやがって!」
ブツブツ言いながら、おっさんが腰のあたりで剣を構える。
おっさんの体にバチバチと魔力がほとばしる。
「体は痛えし! 左手もねえ! 全盛期の頃に旅に出たかったに決まってンだろ!」
細い目が見開かれる。
臨界に達したのか、魔力によって左前腕と左手が象られた。
「やっべえまさかの予想通りじゃねえか! コータ、カーク、ディダ! 全力で防御だ!」
「え? えっ?」
「カァ!」
「コウタさんもカークさんもアビーさんも! おらが守るだ! この命に代えても!」
アビーとディダの緊迫感にコウタはついていけてない。
何を警戒してるのかときょろきょろするばかりだ。
剣を構えたまま動かなくなったおっさんに、動けるタイプの植物系モンスターと、殺戮蟷螂や強殻甲虫などの虫系モンスターが近づいていく。
一時休戦でもしたのか、あるいは身の危険でも感じたのか。
おっさんの鉄の剣が魔力におおわれて。
「死ねぇぇぇえええええええええ!」
咆哮とともに、剣が横なぎに振られた。
「え? まだ剣は届かないような……え? は?」
「カ、カァ」
コウタとカークがぽかんと大口を開ける。
おっさんの前方には、扇型の空き地が広がっていた。
範囲内にいたモンスターは、すべて上下に断ち切られてぴくぴくしている。
「ふぃー、ちゃんとこっちに配慮してくれたみてえだな。あの殺気、オレたちまで斬られんのかと思ったぜ」
「お、おら、こんなの見たことねえだ……里長だって無理だべ、小さい人はすげえんだなあ」
「カアッ!」
「あっうん。殺人蜂とか、撃ち漏らしもいるだろうしね。油断しないように気をつけないとね」
「カァカア!」
「うん、これなら、撤退じゃなくて倒していこうか。いいかなアビー、ディダ?」
「おう、その方がラクだろ。けど気をつけろよコータ、ディダ、虫系も植物系も生命力が強いかんな、『死んだと思ったら生きてました!』で慣れねえヤツはピンチになるんだ」
「わかっただ! てやぁぁぁあああ!」
「あっ、ディダ。アビー、俺も行ってくるね。あの」
「おー、ありがてえ。んじゃおっさんはちょっと休憩さしてもらうわ」
「はい、ありがとうございました」
ぺこっと頭を下げて、コウタが突進するディダのあとを追う。
カークは先行して飛べる虫型モンスターを燃やしていく。
「お嬢ちゃんは行かなくていいのか?」
「おっさん、もう魔力がカラだろ? いま襲われたらどうすんだ?」
「くー、こんな綺麗なお嬢ちゃんが俺を守ってくれンのか! ありがてえありがてえ」
「……まあ、ここで死なれたら問題になりそうだしな」
残されたアビーは、地面に座り込んだおっさんの護衛を務めるようだ。
ズタ袋から酒を取り出して飲みはじめたおっさんに、護衛がいるかどうかは別として。
コウタとカークがこの世界で目覚めてから七ヶ月。
絶黒の森北側の探索は、またも途中で切り上げることになりそうだ。
もっとも今回はモンスターのせいでも、準備不足のせいでもない。
酔いどれおっさん剣士との、出会いのおかげで。





