第一話 コウタ、絶黒の森の北をふたたび探索する
コウタとカークがこの世界で目覚めてから、およそ七ヶ月が過ぎた。
元の世界から同じタイミングでやってきた三本足のカラス・カーク、同じ世界と思われる場所から転生してこの世界で育ったTS逸脱賢者のアビー、勇者に追放された荷運び人のベル、古代文明の生き残りアンデッド・クルト、小さな巨人族の少女・ディダ。
瘴気渦巻く「絶黒の森」に何人もの仲間を迎えて、生活は安定した。
女神さまから【健康】を授かったコウタは怪我も病気もない。
かつて日本で疲弊した心身もだいぶ癒やされたことだろう。
生活が安定して、仲間が増えた。
アビーいわく「スキル」のおかげで身の危険はほぼない。
剣と魔法のファンタジー世界に来てから七ヶ月。
コウタは絶黒の森を進んでいた。
この世界で作られた生成りの服、草でできた紐をベルト代わりにしている。
右手には漆黒の剣を、肩からは荷物が詰まったズタ袋をさげていた。
中古のマントは最近ベルに買ってきてもらったものだ。
よそいきの格好である。
マントと、荷物ぐらいしか違いはないが、それでも遠出のための格好である。
この世界に来てから七ヶ月、コウタはようやく人里に——
「ここから先ははじめてかあ。北には何があるんだろうね」
「カァー」
「うん、道案内よろしくね、カーク」
——向かっているわけではない。
コウタは、湖の向こう側、絶黒の森の北側を探索していた。
東側、死の谷を越えた先にある人族最西端の街でもなく、西の山脈の向こうにある巨人族の里でもなく。
コウタ、まだ人の多い場所に向かう勇気はないらしい。
まあ、生活が安定してきて暮らせているから、という理由もあるだろう。
モンスターが存在するこの世界で、拠点の近くに未調査の場所がある危険性も認識してのことだ。たぶん。
「油断すんなよ、コータ。冒険者が帰ってこねえ『絶黒の森』にしてはモンスターが少な過ぎたかんな」
「そっか、いままで鹿と熊ぐらいしか会ってないもんね。あとは植物系? がひっそりぐらいで」
「ああ。瘴気が濃いから一般人にゃ無理だろうけどよ、オレみたいに魔法で『身体活性』できるか、耐性がありゃ問題ないはずなんだ。コウタやディダほどじゃなくても」
北側の探索に向かったのはコウタだけではない。
足を止めてキョロキョロするコウタに話しかけたのは、かつて「逸脱賢者」と呼ばれていたアビー——アビゲイル・アンブローズ——だ。
男モノのズボンに革のブーツ、「あわせ」がヒラヒラしたシャツに、フード付きのローブ。
地面から肩ほどまである長い杖を手に、サラサラの金髪はシンプルな革紐でまとめられている。
アビーは、どこか呑気なコウタに警戒を促していた。
コウタが暮らしはじめて半年以上が経つとはいえ、盆地状の絶黒の森には未踏の地域も多い。
瘴気や南のダンジョン、絶望の鹿や鏖殺熊のほかにも、危険はあるはずだと思っているのだろう。
「おら、コウタさんとカークさんとアビーさんを守るだ! おらの命にかえても!」
「ありがとうディダ。でも大丈夫だよ、俺は【健康】だから」
「ディダの気持ちはうれしいけどな。死んじまったらどうにもならねえんだ、『いのちだいじに』な」
コウタとアビーを守るように、カークに続いて前を歩くのはディダだ。
本人は「里で一番小さい」ことを気にしているが、それでも身長は3メートル以上ある。
海獣の皮を加工して作られた皮鎧に、コウタやアビーの荷物まで入った巨大なリュックを背負っている。
右手には黒い棍棒を、左手には同じ色の木の盾を手にしていた。
どちらも、絶黒の森の瘴気に染まった木材をディダが加工したものだ。
盾にはアビーとクルトが考えた魔法陣が刻まれている。
自分を迎え入れ、認めてくれたコウタやカーク、アビーを守るのだと鼻息も荒い。
ちなみに、模擬戦はいまだ二人と一羽に勝てていない。
カークとアビーには実力で、コウタは「怪我をしない」という反則じみた【健康】スキルを持っているので。
「カァー?」
「ん? ああ、死んだらクルトがいるのか。いやそれでアンデッドにしてもらうのもなあ」
「そうだね、ちょっと怖いかな。ディダ、モンスターがでたら俺が前に出るからね。俺は【健康】だから」
「コ、コウタさん……だども、おら」
「ディダには攻撃をお願いするよ。ほら、俺は怪我しないけど攻撃はこの剣を振りまわすぐらいしかできないからさ」
「コウタが壁役、ディダがアタッカーか。いいんじゃねえか? 気合入れてけよディダ、もたもたしてっとオレが魔法で片付けちまうぞ?」
「おら、がんばるだ!」
「カアッ!」
「はは、カークもよろしくね」
今回の探索には、古代文明の生き残りアンデッド・クルトと荷運び人・ベルはいない。
クルトは「理想の女性を創り出す」研究のためにダンジョンにこもり、ベルはいつものごとく街までの往復中だ。
「カァー」
「うん、じゃあ行こうか」
三本足のカラス・カークのあとをコウタが歩く。
順番を変えて、ディダはコウタの次だ。
最後尾は、ときどきメモを取りながら歩くアビーが続いた。
一行は、以前に北を探索した際、引き返した地点をあとにする。
ここから先は未踏の地だ。
カークもコウタも、めずらしくキリッとして周囲を警戒している。
東には死の谷とその先に街、南にはダンジョン、西には山脈とその向こうに海と巨人族の里。
北の地には、あるいはその先には何があるのか。
三人と一羽は、緊張しながら進んでいく。
今回は二泊三日以上の、野営も含めた探索行である。





