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【健康】チートでダメージ無効の俺、辺境を開拓しながらのんびりスローライフする  作者: 坂東太郎
『第九章 コウタ、流浪する先代剣聖と出会って戦い方を教わる』

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第九章 プロローグ

プロローグのみ視点が異なります。


 大陸東部のアウストラ帝国より北西。

 コーエン王国と湾を挟んで向かい側、北西部の半島の根元に位置するダーヴィニア王国。


 そこに、一人の男の姿があった。

 酔っているのだろう、赤い顔をしてふらふらと体を揺らしている。


 おじさんを越えて「お爺さん」に近づいてきた年齢だろうか。

 糸のような目を笑みの形にして、男は上機嫌で酔っぱらっている。


 にこやかな表情とは裏腹に、顔や体には無数の傷跡が残っていた。

 何よりも。

 歴戦をくぐり抜けてきたのか、男には左のヒジから先がなかった。


 もう慣れたものなのだろう、片手で陶器のフタを外してぐびっと酒をあおる。

 ふいーっと一息ついて正面を見る。


 男の向かいには、四人の男女がいた。


「お願いします! どうか僕に剣を教えてください!」


「帰れ帰れ。俺ァもう戦える体じゃねえんだ」


()()殿、伏してお願い申し上げる!」


「だーから、何言われたって無理なモンは無理なんだよ」


「お願いします! 僕らの攻撃力では()()()()()さえ進めなくて!」


「くっそめんどくせえなこれ。()()なんて弟子にくれてやったのに」


 ひっく、と酔いが原因のしゃっくりをしながら、男がぽりぽりと頭をかく。

 と、慌てて酒をあおる。


「ちょっと動いただけで体がいてぇんだぜ? いまの剣聖にでも頼めって」


 酒が好きなわけではない。

 男は、痛みを酒でごまかしているのだ。


「僕は魔法剣を使うんです!」


「ああン?」


「ですから、貴方の奥義を教えてほしいんです! 今代の剣聖さまは使えないそうですし……」


 少年はそう言って男に頭を下げた。

 美女美少女ばかりの女性陣も、すがるような目を男に向ける。


「はあ。なあ坊主。()()()()。今代剣聖をナメてんのか?」


 男の糸目がわずかに開かれた。

 腰に提げた剣の柄に手を伸ばす。


 酔いどれから、戦う者へ。

 一変した雰囲気に()()と呼ばれた少年は慌てて手を振った。


「あ、いえ、そんなことなくてですね、特技と言いますか戦い方の傾向と言いますか、そういうのが似てるって聞いてですね」


「奥義、奥義ねえ。んじゃ一回だけ見せてやるよ」


 男が剣を抜く。

 かつて愛用していた魔剣は弟子に譲った。

 男が手にしているのは、どこの街でも売っている、ありふれた鉄の剣だ。


 右手一本で剣を構え、男はぴたっと止まった。

 さきほどまで酔っていたのが嘘のように。


 勇者も、パーティの女性陣も、気圧されてゴクリと息を呑んだ。


「いいか。ひと振りしかしねえ。できねえ」


「は、はい」


「ナメてねえで、全員で、全力で、防御しろ。死ぬんじゃねえぞ」


「は、はい! みんな!」


 男の宣言に、勇者一行(パーティ)が動き出す。

 女騎士が盾を構えて、勇者が剣を前にかざす。

 聖女が守りの魔法を唱えて、盗賊は回復薬を準備する。


 一通りの準備が終わったのを見て取って。


「行くぞ!」


「はい!」


 男が、剣を大上段に振りかぶった。


「毎日毎日家に押しかけやがって! うっとおしいんだよ!」


「えっ」


 男の体にバチバチと魔力がほとばしる。

 勇者が動揺して目を泳がせる。


「つきまといやがってこのハーレム野郎が! 見せつけてんのか! 剣に生きた俺ァこの歳まで独り身だよクソが!」


「えっあの」


 男の細い目が見開かれる。

 臨界に達して、男の魔力は、存在しないはずの左前腕と手の形を取った。


「なによアレ!? こんなのあり!?」


「神よ、どうか私たちに御力を……」


「気を抜くな! くるぞ!」


「あっうん」


 ありふれた鉄の剣が魔力におおわれる。

 あらためて、勇者たちが構え直して。


「死ねぇぇぇえええええええええ!」


 裂帛の咆哮とともに、剣が振り下ろされた。


 間合いはまだ離れている。

 本来なら斬撃が届く距離ではない。


 けれど、先代剣聖の「奥義」は、間合いも剣身も意味をなくす技だ。

 だから、範囲攻撃の手段を持たず、大型モンスターに苦戦した勇者が求めたのだ。


 剣を振り下ろした男と勇者の間に土煙が上がる。

 人里離れたあばら家の狭い庭は、一撃でボロボロになった。


 やがて土煙が消えて。


「こ、これが、先代剣聖・エヴァンさんの奥義〈無間斬(ゼロ・ディスタンス)〉」


「くっ、なんという威力だ! 家宝の盾が!」


「動かないでください二人とも、すごい出血です! いま治癒を!」


「はいとりあえずこれ飲んで。聖女サマの回復魔法までの繋ぎに」


 勇者一行(パーティ)の姿が見えた。

 魔法の守りは破られて、盾は半壊し、勇者と女騎士はだらだらと血を流している。


「チッ、生き残ったか。俺も衰えたもんだぜ」


「あ、あの、剣聖さん?」


「剣聖殿、見事な気迫でした! 本当に我らを殺す気なのだと確信したほどです!」


「ん? ああ、死合ってこそ掴めるモンもあるだろうと思ってな、まあ振りだ振り」


「いやあの、思いっきり『死ね』って言ってたような」


「これで満足したか? んじゃ俺ァ出かけっから」


「あっはい。ありがとうございました!」


「おう、もう二度と来んじゃねえぞ」


 いてて、と呟きながら酒をあおり、男はあばら家に入っていった。

 勇者たちが立ち去ると、男はふらりと家を出る。


 現役時代に使っていた革鎧とマントを着込み、ズダ袋いっぱいに荷物を詰め込んだ、旅装で。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「はっ、マジで衰えてんな。そりゃ王様も止めねえわけだ」


 勇者を追い払った男は、何人かに挨拶をしてそのまま旅立った。


 元ではあっても剣聖、もしもの時の戦力としてダーヴィニア王国で暮らす約定はあったが、現状を伝えるとあっさり流浪の許可が出たのだ。

 本気の一撃を勇者一行に防がれる程度では、「どうしても国に留めたい決戦兵器」とはならない。

 王からはこれまでの感謝の言葉が伝えられ、はなむけの金品も渡された。


 男は、ひさしぶりの自由を満喫していた。

 ふらふらと当てもなく旅を続ける。


 大陸北部から、人気(ひとけ)の少ない西へ。

 身体中に走る痛みは酒でごまかして、道中のモンスターは容赦なく斬り殺して。

 男は旅をする。


 長年打ち込んできた「剣」は全盛期から衰える一方だ。

 片腕を失い、体には痛みが走り、加齢とともに体力は落ちていく。

 思うままに剣を振れなくなる日も近いだろう。


 だから——


「さて。せっかくならちょっと寄ってみますかね」


 なんとなく西に進んできた男は、「人族領域の最後の街」を出て死の谷(デスバレー)の入り口に立つ。

 旅人を阻み、冒険者さえ立ち入らない、死の谷(デスバレー)


 ひょっとしたら男は、死に場所を探していたのかもしれない。


「カァー」


「お、こんなとこにカラスがいんのか。死出の道案内か吉兆の知らせか。さーて、どっちかねえ」


 ぼそりと呟いて、男は死の谷(デスバレー)に足を踏み入れる。

 気負いなく自然体で、ふらふらと体を揺らして、痛みがあるのかときどき顔をしかめて。



 先代剣聖、エヴァン・ジェルジオ。


 ままならぬ体を抱えて、人生を捧げた剣の道を進めなくなった男はどこに向かうのか。

 死の谷(デスバレー)を、山を越えた先に何を見るのか、誰と出会うのか。

 途切れかけた剣の道の、その先に進めるのか。

 知る者はいない。


 ——いまは、まだ。





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― 新着の感想 ―
[良い点] 先代剣聖の言い分が共感できすぎて困る(ーー;) よく「世界を救うため」とか言いつつ、乗り気じゃない達人に教えを乞う話あるけど。 まさにこれですよね。とうとうズバッと言ってくれる人が!! あ…
[良い点] カークの人物探査の広さよ [一言] もはや、史上最強パーティーも目前ですね
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