第八章 エピローグ
コウタとカークがこの世界で目覚めてから半年と少しが過ぎて。
コウタはいま、拠点から離れて絶黒の森を探索していた。
「こっちの方は瘴気が濃い気がする」
「カァー」
「クルトがいたダンジョン近辺ほどじゃねえけどな。ディダは大丈夫か?」
「おら、なんともねえだ!」
「ふむ、巨人族の身体強化は瘴気を寄せ付けぬのか。あるいはコウタ殿より低くとも【健康】の効果か」
黒いモヤがかかった森を歩くのはコウタだけではない。
三本足のカラス・カーク、異世界転生した『逸脱賢者』のアビー、巨人族の少女・ディダ、古代文明の魔導士にしてアンデッドのクルト。
三人と一羽と一体が、連れ立って探索していた。百鬼夜行か。
大岩がなければ見た目はまともな荷運び人の少年・ベルはいない。
街で干し魚が売れることがわかって、さっそく【運搬】しているのだ。
忙しないが、ベルいわく「じっとしてると落ち着かない」らしい。
「アビー、クルト。この辺の土はどうだろ?」
「んんー、オレも実物は見たことねえからなあ。試してみるしかねえんじゃねえか?」
「それしかあるまい。我も、魔法頼りの力技しか知らぬゆえな」
「了解、じゃあ掘り返すね。ディダ、悪いけど」
「ベルさんがいないべな、おらに任しておくだ!」
「おー、人手があるとやっぱ違えな! これならすぐ『レンガ』や『陶器』に向いた土が見つかるんじゃねえか?」
「そうだといいけどね」
ディダの【木工】とアビーの魔法で、それなりに丈夫な家はできた。
漁をはじめて、畑では芋を収穫して、食料も安定してきた。
コウタたちは、さらなる発展のため「土」を探しに来たようだ。
死の谷に続く東、ダンジョン付近の南、ディダが山脈越えをした西に続いて、今日は拠点から北側の探索であった。
コウタが鹿ツノ剣をざくざくと地面に突っ込む。
刀身こそ黒いものの、形状は直剣できちんと柄もある。
コウタ愛用の剣は、絶望の鹿からもらった時よりはるかに使いやすくなっていた。
コウタが柔らかくした土をがばっとすくって木箱に入れるのはディダの役目だ。
ベルが街に向かったいま、運搬はディダが担当していた。
3メートル超の身長と身体能力を活かして、運搬量はコウタやアビー以上である。ベル以下だが。
「レンガも陶器も、土魔法でサクッと作れりゃいいんだけどなー」
「陰陽が混じるうえに比率が一定ではない。加工はともかく、土の創造は難しいのだ。アビー殿やコウタ殿が言うところの感覚が問われる分野と言えよう」
「だから土を探した方がいいと。なるほどねえ」
「はあ、センス。俺は無理そうだなあ」
「カアッ!」
「はは、ありがとうカーク」
「カァ! カアカァッ!」
「あれ? 励ましてくれたんじゃないのかな? 周りになにか」
黒い木肌の枝に溶け込んで、カークがしきりに鳴き声をあげる。
ディダを迎えても、周囲の警戒と斥候はカークの担当だ。
コウタがあたりをきょろきょろして、ディダがお手製の木盾を構えて警戒する。
が、アビーとクルトは自然体だ。
モヤがかった黒い木立の向こうから現れたのは、片ツノの黒い鹿だった。
体色は黒いと言えるだろうが、黒はさらに深みをなくした。K70ぐらいか。
「な、なんだべこの威圧感! 下がるだコウタさん、みなさん! おらが防いでる間に」
「ああ、いつもの。大丈夫だよディダ」
「なに言ってるだコウタさん!? いまにも突進してきそうだべ!?」
ぺこっと会釈するコウタをよそに、鹿は頭を下げて前足で地面をかく。
ディダが言うように突進の構えに見える。
「カァ。カアッ!」
「あ、そっか。ディダは初めてだね」
「もうこれ通過儀礼なのかなあ。クルトもこんな感じに敵視されてたっけ」
「見知らぬ相手を警戒するのはモンスターの本能ゆえ」
「ああ、だからクルトもオレたちを警戒してたと?」
「くははっ、たしかに、アンデッドと化した我も『モンスター』であろうな」
「み、みんななんで余裕なんだか!? そ、そうだ、きっと、おらを信頼して……こうなれば! おら、死んでもうしろに通さねえだ!」
木盾を構えて、ディダが二人と一体の前に出る。
ディダをなだめるように、カークが盾のフチに止まってカァカァ鳴いている。ディダには通じない。賢くともカークはカラスなので。
「ディダ、この鹿は悪いモンスターじゃないんだ。ほら、鹿も。ディダは新しい仲間だから」
意気込むディダの横に並んで、コウタがぽんっと二の腕を叩く。肩には届かなかったらしい。
黒い鹿はすっと力を抜いた。
「そうそう、襲わないようにしてくれると嬉しいなあって」
「え? え? あの、コウタさん? アビーさん、おらどうしたら」
「心配すんなって。オレも信じられなかったけどよ、コータの言うことが合ってんだ。あの鹿は襲ってこねえよ。ほかの絶望の鹿は違えだろうけど」
「は、はあ。不思議なこともあるもんだべ」
ディダがようやく納得したようだ。
わずかな間で、コウタたちの常識はずれに慣れてきたらしい。
「あれ? この鹿、また色が薄くなった? もう黒っていうよりグレイに近いような」
「変異しかけてんのかもな。前に会った時はデカくなってたのに、元の大きさに戻ってるし」
「絶望の鹿の変異とは興味深い。それも『神の宿り木』の実を得てとは。さて、どうなることか」
「絶望の先には何があるのかねえ」
談笑をはじめるコウタたちを前に、鹿は立ち去ろうと踵を返す。踵っぽいのは踵ではなく踵は踵っぽくない位置にあるが踵は返せる。
ちらちらと振り返りつつ、絶黒の森の北側に消えていこうとして。
「あ、忘れるところだった」
コウタが、腰につけた布袋から手に取った果実をほいっと投げた。
変異した絶望の鹿が口で器用にキャッチする。
ぺこりと頭を下げて、今度こそ森に消えていった。
「名前、かあ。禍々しい黒が抜けてきたから、希望の鹿でどうだろ? 言えばわかってくれるしね!」
「言えばわかったか? 最初に力の差を見せたからじゃねえか?」
「ふはははっ、『絶望から希望へ』の変異とは! くふふっ、希望の鹿。うむ、よいのではないか?」
「うまいこと言ってる感はあるけどよぉ。ほんとにいいのかねそれで」
「カァー」
いい案思い付いた!とばかりに喜ぶコウタとクルト。
アビーとカークは呆れ気味だ。
そして、ただ一人。
「お、おら、すごい人たちと暮らしてるんだべな……」
ディダは、カルチャーショックを受けていた。文字通りの。
巨人族だらけの里は、大きさ以外は常識的ではあったので。
コウタとカークがこの世界で目覚めてから半年ちょっとが過ぎた。
健康で穏やかな暮らしを目指す村づくりは、巨人族の少女・ディダを迎えて進展を得た。
一人と一羽ではじまった生活も、いまでは四人と一羽の共同生活である。一体も頻繁に遊びに来る。
「鹿は北の奥の方から来たみたいだけど……北側には何があるんだろうなあ」
ぽつりと呟いたコウタの独り言に応える者はいない。
とりあえず。
コウタは、人里よりも拠点のある盆地の、未踏の地が気になるらしい。
絶黒の森から出る日はやっぱりまたちょっと遠くなったのかもしれない。
心身の【健康】を得たとしても、街に出たいかどうかはまた別の話である。
次話から新章!
今週のうちに投稿する予定です。予定です!
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