第七話 コウタ、約半年ぶりの魚料理に舌鼓を打つ
コウタとカークがこの世界で目覚めてからおよそ五ヶ月半。
精霊樹と小さな湖のほとりにある広場には、この地で暮らす人々が集まっていた。あとカラスも。
「おおー、ごちそうだね!」
「カァッ!」
「オレも、魚を食べるのはひさしぶりだ」
「それを言うならば我の方こそ。2000年ぶりであろうか」
「こっちの方では干物しかありませんでしたからね! 新鮮なお魚は僕もひさしぶりです!」
コウタとカークを筆頭に、逸脱賢者のアビーも、古代文明の生き残り魔導士クルトも、勇者に追放された荷運び人ベルも興奮している。
木製のテーブルと切り株のイスの前に並べられたのは、木の大皿に載せられた魚料理の数々だった。
巨人族の少女・ディダが、湖で初めて投網漁をした成果を調理したものだ。
ちなみに調理したのはディダで、木製のテーブルやイス、木皿を加工したのもディダである。
3メートル超の身長でかがみこんで、ベルが街から買ってきた人族サイズの小さな道具を使って、ちまちま作った物だ。
一人前になるために巨人族の里を出た少女は、すっかりコウタたちの生活に溶け込んでいるようだ。貢献しまくりである。
「えへへ……おいしいかどうかはわからねえけど……食べてみてほしいだ」
「ありがとう、ディダ。じゃあ……いただきます!」
「カアーッ!」
コウタとアビーの「いただきます」が重なる。あとカークの鳴き声も。
ベルは手を合わせて、クルトはディダに会釈して。
五人と一羽は、料理に手を伸ばした。
「うわ……シンプルな料理なのに、おいしい……」
「くうっ! やっぱ魚は塩焼きだよな! うめえぞディダ、いいお嫁さんになるんじゃねえか?」
「こっちのスープもすごいです! コウタさんが言ってたナマズ? ですか? ふわふわで、スープもぐっとおいしくなってます!」
「うむ。このような料理であれば、たまに食すのも悪くない」
「ははっ、食事が必要ないクルトにそう言わせるなんてすごいねディダ」
「こりゃアレかもな、淡水の魚なのに泥臭くないのは湖がキレイなおかげかもな」
「けどアビー、水がキレイすぎても魚は棲みにくいって聞いたことが」
「コータ、ここは植物が魔力で蔓を伸ばして、魔力で一気に成長する世界だぞ?」
「そっか、エサはプランクトンとか水苔とか小さな魚とは限らないんだ」
「そういうこった!」
生態が異なっても、水揚げされた時に声をあげても、コウタは抵抗がないようだ。
芋が変異して襲ってくる世界なのだ、それも当然なのかもしれない。
獲れた魚のうち、オーソドックスな魚の形をしたものは丸ごと塩焼きに、切り身をハーブ焼きに。
ナマズっぽいものは、身を切り分けてスープに入れたらしい。
四人の箸とフォークとスプーンと、一羽のクチバシが止まらない。
大皿から、みるみるうちに料理が減っていく。
なお、カークだけは別皿に取り分けられていた。カークはキレイ好きだが、カラスなのでいちおう。
「あれ? どうしたのディダ?」
「おっと、今日の主役を差し置いて悪いな。ほら、ディダも食え食え」
約半年ぶりの魚料理に喜ぶコウタやアビーたちを横目に、ディダはフォークを持ったまま固まっていた。
話しかけられると、目からダーっと滝のような涙がこぼれ落ちる。
「えっ? えっえっ」
「お、おいどうした?」
「おら、おらが漁をして、おらが獲った魚を、みんながおいしいって言ってくれて、おら、おらは」
「カァー」
泣き出したディダにカークが寄り添う。
箸が進まないのではなく、夢にまで見た光景に感動していたらしい。
「気持ちはわからないけどわかる気がする。けど……ほら、ディダ、食べてごらん?」
「うう……コウタさん……うめえ、うめえだ……」
顔をぐしゅぐしゅにしながら、ディダが魚料理を口にする。
パクついてはまた涙をこぼす。
「ほらほら、泣くのはあとにしろって。せっかくの美味しい料理が台無しになっちまうぞ?」
「うう……ぐすっ、ちょっとしょっぱいだ……」
ハンカチを取り出したアビーが、ディダの涙を拭う。
が、巨人族のサイズのせいか、それともディダの涙の量のせいか、追いつかない。
「おら、決めただ。大きくなりてえし、漁がしてえし、一人前になりてえ」
「うん、がんばってねディダ。俺たちにできることは協力するから」
「けど! おらは、それよりも! みんなの役に立ちてえだ! 大きくなることなんて二の次三の次でいいだ!」
「おおー。でもディダ、そんな気負わなくていいよ。木工も漁も、充分役に立ってるから」
「カアッ!」
「おう、そうだぞディダ。オレなんて建築が終わったらいまんとこ役立たずだかんな。……マジで、次にやること探さねえと」
「けども、コウタさん」
「んー、そうだなあ。落ち着いたら、養殖に挑戦してみるのはどう? 小さな湖だから毎日漁をしたら獲りつくしちゃいそうだけど、育てられるならその心配はないわけで」
「いいかもしんねえな! 養殖場作りはオレも魔法で手伝えそうだし。まあ養殖の魚を獲るのが『漁』かって聞かれたら違う気がすっけど!」
「養殖……ふむ、魚の牧場のようなものか。清浄な水と豊富な魔力に恵まれたこの地であれば、あるいは成功するやもしれぬ」
「あとはアレだね、岸辺だけじゃ限られてるから、船でも作って沖合で漁ができるようにするとか」
「おいおいコータ、造船はハードル高いんじゃねえか? いくらディダが【木工】スキル持ちだからって」
「ほら、これだけ大きな木があるんだし、くり抜いてカヌーならできるんじゃない?」
「カ、カア?」
「……天才かよコータ! くっ、なんで思いつかなかったオレ!」
「『かぬー』、だか?」
「海辺で暮らして投網漁やるのにそこは通じねえんだな! 巨人族の暮らしが気になる!」
「無理はなかろう。底の見えぬ海に、木っ端で漕ぎ出でるのは無謀ゆえな」
「そんでクルトには通じるんだな! 古代文明と現代の断絶どうなってるんですかねえ!」
「カヌー、ありましたよ? 川を下るのに使う人もいました!」
「あっはい。文明が断絶してるんじゃなくて巨人族が暮らす、大陸の西海岸が人族から離れすぎてるだけかもしれねえ。そうだよな、シンプルな作りなんだしそりゃあるよな」
「あ、カヌーだけど帆をつけてもいいかもしれないね。アビーやクルトが一緒に乗れば、風魔法で便利なんじゃない?」
「コータが異世界に馴染みすぎてる件。むしろオレの方が凡人かもしれねえなあ。仕方ねえか、『常識知らずの逸脱賢者』だしな。ははっ」
いいアイデアを思いついた!とばかりにコウタが目を輝かせる。
遠い目をして、アビーが乾いた笑い声をあげる。
「ふむ。研究所に魔導船はなかったはずだが……移動の便を図るため、設計図は入手していたような」
「あああああ! オレの次の仕事決まったわ! クルトの! 研究所を! 調査させてください! 研究の邪魔はしないんで!」
すぐに、アビーは立ち直ってクルトに詰め寄った。
コウタは「やることができてよかった」とでも言いたげに微笑んでいる。呑気か。
ディダはいまだにぐすぐす嬉し涙をこぼしながら魚料理を食べている。
ベルはわかっているのかいないのか、ニコニコとアビーとクルトの様子を眺めていた。
コウタとカークがこの世界で目覚めてからおよそ五ヶ月半。
旅人や冒険者の侵入を阻む死の谷の先、瘴気渦巻く絶黒の森のただ中で。
コウタが目指す「健康で穏やかな暮らし」ははじまっているのかもしれない。
まだまだ、発展途上だが。





