第五話 コウタ、巨人族の少女の漁を見守る
コウタとカークがこの世界で目覚めてから五ヶ月と半ばが過ぎた頃。
逸脱賢者で転生者のアビー、荷運び人のベル、古代文明の生き残りアンデッドのクルトを加えた四人と一羽は、小さな湖のほとりに集まっていた。
「ディダ、転ばないように気をつけてね!」
「水棲モンスターに襲われねえようにな。まあ、大丈夫なんだろうけどよ」
「カァー、カアッ!」
「カークさんも楽しそうですね!」
「ふむ、あれは飛行姿を見せることで魚を追い込んでいるのであろう。あるいは、『ここに魚がいるぞ』と示しているのかもしれぬ」
四人は思い思いの感想を口にする。
視線の先には、湖の上を旋回するカークともう一人。
「おら小せえから、この辺ぐらいでやめといた方がよさそうだ」
湖に入った、ディダがいた。
身長3メートルを超える巨人族の少女は、腰まで水につけている。
「じゃあ、いよいよだね!」
「頼むぞディダ! ここまで来たら、ひさしぶりに魚が食いてえ!」
「なら僕が【運搬】してきましょうか? 大陸の北まで足を伸ばせば」
「いかに荷運び人とはいえ、日数がかかるであろう。難しいのではないか?」
コウタとアビーの声援を受けて、ディダは肩に担いでいた網を手にした。
絶黒の森の植物系モンスターの素材で自作した網は、ようやく完成したらしい。
今日が初めての「漁」である。
「カァッ!」
「ありがとう、カークさん! いくだっ! せやっ!」
なんらかの合図だったのか、カークが一声鳴く。
ディダが頷いて気合を入れて、網を投げた。
網は空中でサアッと広がる。
原始的な投網漁である。
網は弧を描いて着水して、下部は重りで下へ、上部は浮きで水面にとどまった。
絵に描いたような投げ網に、人間たちは拍手で讃える。
人間かどうか怪しいクルトも拍手で讃える。
ディダは真剣な眼差しで沈んでいく網を見つめ、突然ザブザブと岸に向かって歩き出した。
いい感じに沈んだタイミングだったらしい。
網の重さと水の抵抗に踏ん張りながら、ディダが歩を進める。
手伝おうかというコウタやアビーの申し出に首を振る。
絶黒の森の拠点での、最初の漁。
幼い頃から憧れて、里で投網の練習を重ね、それでも里で一番小さいため参加を許されなかったディダの、初めての漁。
ディダは、一人でやりたいのだろう。
悔しさを晴らすために、小さくてもできるんだと自分に示すために。
ディダの歩みは遅い。
網の下部は、水底を引きずっているためずいぶん重いようだ。
体を前に傾けて一歩ずつ岸に向かうディダの歩みを、コウタたちが応援する。
カークだけは網の上を飛んで、魚が捕まえられたかチェックする。カアッ! と喜びの咆哮を響かせる。が、アビーとクルトは気づかないフリをする。
やがて、ディダの腰が水面から出た。
ぼたぼたと水を垂らしながらそのまま進む。
足が出て、全身が出て。
ディダが岸辺を進んでいく。
力を入れ続けたためか、顔は紅潮している。
「がんばれディダ、もうちょっとだ!」
「魔力が活性化してる。ナチュラルに身体強化してんのか」
「なるほど。これでは、巨人族は魔法を使えまい。余剰魔力は体の成長に、残る魔力を身体強化に使っておるのか」
アビーとクルトの魔法談義をよそに、ディダはくるりと向きを変えて、今度は網を引っ張る。
あいかわらず、コウタに手伝いの申し出も断った。
最初の漁は、最後まで、自分一人で。
ディダのこだわりである。
ずりずりと網を引っ張って、しばらくすると。
湖面に、ばしゃばしゃと波が起きた。
「わあっ! 見てくださいあれ!」
「おおっ!」
「カアッ、カアー!」
水深が浅くなって暴れる魚だ。
一匹ではなく、少なくとも数匹が見える。
「うんしょっ!」
ひときわ大きな掛け声で、ディダが網を引いた。
網がざぱっと湖面を割る。
勢いよく空中に飛び出して、水滴がきらめいた。
宙を舞う網の中で何匹かの魚が暴れている。
「ぼえーっ!」
岸辺に、奇妙な鳴き声が響いた。
魚の。
「…………えっと? こっちの魚って、鳴くのかな?」
「ど、どうだろうな。オレも調理されたヤツしか見たことねえから」
「カァー……」
岸辺に打ち上げられた魚は、網の中でぼえぼえと鳴きながら跳ねまわっている。
見た目はコウタたちの知る一般的な「魚」の形なのに、口からは確かに奇妙な声が聞こえていた。
コウタ、アビー、カーク。
元日本組は引き気味である。
「わあ! 活きのいいお魚ですね!」
「ふむ。水棲生物は発声器官がないものが多いはずだが……これは興味深い」
一方で、異世界組は喜んでいた。
クルトは方向性が違うようだが。
そして。
「やった、やっただ! 跳ねて鳴いて美味しそうな魚が三匹も!」
漁に憧れて、初めての投網漁をしたディダは、歓喜の涙を流していた。
「おら。おらが、やった、やっと、漁で、魚を……」
ぼえぼえ鳴く魚を前に、身を縮めてぐすぐす泣く。
とりあえず、魚が声を発していることに違和感はないらしい。
「ディダさん、まだ漁は終わりじゃありませんよ! 魚を仕留めないと!」
「うう、ぐすっ、そうだべな、ありがとうベルさん!」
ベルに促されて、ディダは岸辺に置いていた棍棒を手にする。
網の中でびちびちと跳ねまわり、奇妙な声をあげる魚を睨みつける。
棍棒を振り下ろす。
「てやっ! ていっ! せやっ!」
「ぼあー……」
「ぐぎょあっ!」
「あふ」
棍棒を打ち付けられた魚たちは、悲鳴? をあげて事切れた。
仕留めたディダは、ふうっと一息吐いて額の汗をぬぐう。
「やっただ! やっただよコウタさん! カークさん!」
振り返ったディダは、コウタに握手を求めた。
満面の笑みでカークの羽を撫でつける。
巨人族の里を出て、迷ったディダを導いたカークと、この地に迎え入れて漁の許可をくれたコウタ。
一人と一羽に感謝して、成果を誇っているようだ。
「う、うん、よかったねディダ。おめでとう」
「カアッ!」
祝福の言葉とは裏腹に、コウタの笑顔は引きつっていた。
あっさり立ち直ったカークは、ばさばさ羽を鳴らして嬉しそうだが。
コウタとカークがこの世界で目覚めてから五ヶ月と半ば。
精霊樹のほとりの湖で、初めての漁は成功した。
うまくいけば、コウタたちは定期的に魚を食べられるようになるだろう。
魚が鳴くことを、気にしなければ。
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