第三話 コウタ、ベルが買って帰ってきた荷物を確かめる
コウタとカークがこの世界で目覚めてから、五ヶ月が過ぎた。
精霊樹と小さな湖のほとりの広場には、ひさしぶりに全員が揃っていた。
片道約一週間、最寄りの街に行っていた荷運び人、ベルが帰ってきたのだ。
いつものように5メートルはある大岩を背負って、瘴気渦巻く絶黒の森と、旅人や冒険者の侵入を阻む死の谷を越えて。
少年がありえないほどの大岩を軽々背負っているのを見ても、コウタとカークとアビーとクルトに動揺はない。見慣れた光景だ。
ディダは大きな手で何度も目をこすっていた。まだ慣れてないらしい。
「それで、どうだったベル?」
「えっと、総ミスリルの刃物はありませんでした!」
「だよなあ。この辺で一番デカい街って言っても、大陸西方はそもそも人が少ねえからなあ」
「うーん……あれ? そういえばクルトも精霊樹の枝をもらってたよね? どうやって加工してるの?」
「魔法で地道に削っておる。時間がかかるのが難点だが、我には時間があるゆえ」
「あー、なるほど。じゃあお願いするのも厳しいかな?」
「うむ、コウタ殿の頼みであれば引き受けたいのだが、すぐに取りかかるのは難しい」
「コウタさん、おら急がねえし、なんならこのままでもいいだ。こんな立派な木材を使った棍棒もあるし」
「総ミスリルか、一本持っておくと便利なんだよなあ。やっぱオレが『ワープホール』経由で」
「時間がかかってもいいなら、僕が遠征しましょうか? 荷を運ぶのが僕の仕事です!」
「ディダもこう言ってくれてるんだし、その辺はゆっくり考えよう。ほかにも必要なものが出てくるかもしれないしね」
「それもそうだな、どうせ行くんならまとめて買い出しに行った方がいいか。ベル、ほかの物資は?」
「はい! ほかは問題なく揃えられたそうです! これが目録です! あ、アビーさん、お手紙ありがとうございました!」
「おう。届けてくれてありがとな、カーク」
「カアッ!」
ディダが精霊樹から授けられた太い枝を加工するには、手持ちの刃物では歯が立たなかった。
コウタが使っている鹿ツノ剣なら切れるのだが、精霊樹の魔力が変質してしまう。
アビーの『空間斬』でも切断できるが、細かな調整は不可能だ。
精霊樹を変質させることなく思い通りに削り出すのは、総ミスリル以上の斬れ味を持つ刃物が必要らしい。
アビーとクルトの見立てだが、ベルはすでに物資の調達に旅立ったあとだった。
帰ってきて、また次に行くときに依頼するか。
そんなことを考えていたコウタとアビーだったが、カークの必死のアピールにより気づいたのだ。
カークが飛んでいけば間に合うんじゃね?
短い手紙ぐらいなら運べるんじゃね? と。
伝書バトならぬ伝書カラスだ。
新たな通信手段の確立である。
使い道が限られている。
ともあれ、ベルはカークから無事に手紙を受け取って、総ミスリルの刃物を探してきてくれたようだ。
「大きな服はなかったので、布を買ってきました!」
「え? これ、中古なんじゃ」
「あー、コウタは転移系だもんな。コウタ、こっちじゃ服は中古が普通なんだ。貴族だって金がない家はお下がりを着るぐらいだぞ」
「へえ、そういうものなんだ。……ディダは気にならない?」
「新しい布なんてめったに見ねえだな。自分で草を編んだ羽織とか海獣や獣やモンスターの皮なんかは村でも新品を見かけたけども」
「ああ、装備品は別だな。それも中古品が安いからなあ、新品を使ったことねえってヤツも多いぞ」
「んだ! その、ほんとにいいだか? まだ穴も開いてねえこんないい布を、おらの服にして」
目の荒い麻っぽい布を手に、ディダはぷるぷるしている。
中古であっても状態のいい布は、ディダにとって貴重品らしい。
「うん、着替えを含めても俺たちの服はもう充分あるしね。あ。仕立てどうしよ」
「針仕事はなあ、やれるっちゃやれるけど……んー、頭通す穴開けて、両横は結ぶぐらいでいいんじゃねえか?」
「あ、穴!? もったいねえだ、それならおら、こう、肩からかけてこの草紐で腰んとこ結ぶだけで充分だべ!」
わたわたと、ディダが布を肩に当てる。
だらりと垂れた布を、背中側から前にまわしてまた肩に当てる。
外れないようにだろう、何箇所かを自作した草の紐で結ぶ。
服も皮の鎧も着ているため、素肌が見えることはない。
「……これ、替えの服にはならないんじゃ」
「そうだか? これだけだって何も見えねえし、漁の時は男衆なんてもっとひどいだ」
「そっか、ディダは海沿いの出身だっけ」
「ま、まあ見えてなけりゃ平気じゃねえか? いろいろデカいけどちゃんと隠れてるしな!」
「うん、動きやすいだ! へへ、おらの、服……ありがとうコウタさん、アビーさん、ベルさん、カークさん、クルトさんも!」
「わあ! 盾と棍棒を持つと強そうですね!」
トーガのように布をまとったディダが、木の盾と棍棒を構えてぶんぶん振りまわす。
絶黒の森の木を削って作られた棍棒は、ぶわっと風をおこした。
紐で縛ったせいか、布が落ちることはない。
「……なんというか、蛮族っぽいね」
「カァッ!」
「あーくそ、鏖殺熊の皮を売らなきゃよかったな」
「ディダさんにはすごく似合ったと思います!」
「いやそれもっと蛮族っぽくなっちゃうような……」
「ふむ、では我が装飾品を融通するか? あるいは小さなスケルトンを喚び出して骨を加工してもよいかもしれぬ」
「カア?」
「ええ……? みんなディダをどうしたいの……?」
生まれ育った里では貴重だった布を自分用に贈られて、うれしそうに動きまわるディダをしり目に、コウタたちはそんな会話を交わしていた。
生活に余裕ができたら、ディダは蛮族風コーディネートされるかもしれない。
知らぬは本人ばかりである。
まあ、本人は「自分専用」の品に喜びそうだが。
ちなみに。
ディダに贈られたと言っても、プレゼントされたわけではない。
これからディダが担当する木工と漁、労働の対価の先払いだ。
コウタたちが切り拓いている集落に、貨幣はほとんど流通していない。
「健康で穏やかな暮らし」にはまだ遠い。それに、「文化的な」を加えたらよけいに。
『面白かった』『続きが気になる』と思っていただけたら、
下記の評価ボタンを押して応援してもらえると執筆の励みになります!





