第二話 コウタ、畑に現れたらしきモンスターを倒してもらう
「カァ? カアカァ?」
「あっうん、大丈夫だよカーク。それがそんなに歩きづらくないんだ」
心配するカークに、コウタはなんでもないことのように応えた。
手足も体も、いたるところにうにょうにょ動く蔓を巻きつけながら。
コウタの【健康】は、植物系モンスターによる拘束さえ許さないらしい。
まあ、いい歳のおっさんが蔓に縛り付けられたところで誰得である。
自分で切り拓いて耕した畑の様子を見に行っていたコウタは、芋が成長したらしき植物の蔓に絡みつかれた。
動くことはできるが、放置していいものでもないだろう。
そう考えたコウタは、畑をあとにして広場に向かっていた。
「いたいた。おーい! アビー! ディダ!」
「どうしたコータ、畑の様子は、ってそりゃ帰ってくるな。なんだそれ」
「わわっ! 大変だコウタさん! イビルプラントに絡みつかれてるだ!」
開拓した畑から、精霊樹と小さな湖のほとりの広場はそう離れていない。
すぐに、木工作業をしていたアビーとディダが目に入る。
「健康で穏やかな暮らし」を送るための村づくりは、まだまだ発展途上であった。
「よかった、ディダはこれが何だか知ってるんだね」
「たしかに。まあ、植物が変異したイビルプラントは有名だな。『農家の敵』ってヤツだ」
「カァ?」
「いやカークのことじゃねえって。カラスも敵扱いされるけどな、カークは別物だろ」
「畑より、森にコイツが出たら大変なんだべ! 里中総出で引っこ抜いたもんだべなあ」
「へえ。じゃあ、畑の芋がイビルプラントになったのは珍しくないのかな?」
「ああ。この辺も、清浄なだけで魔力は濃いしな、充分あり得る。それよりコータ、大丈夫なのかそれ? めっちゃ絡みつかれてるぞ」
「え? うん、特に痛くもないし、動きにくいところもないし……」
「どんだけだ【健康】。さすがチートスキル」
「ちーと、だか?」
「あー、それはあとでなディダ」
「問題はないんだけど、これ取ってもらえないかなあと思って」
「どうすっかなあ。オレの空間魔法でズパッとやっちゃってもいいんだけど、境目がわかりづれえしなあ」
「えっ、それ俺も切り刻まれるような、ってそうか、俺は怪我しないから」
「ああ。だから、コータに当たっても傷つかねえんだろうけどよ」
「なら! コウタさん、アビーさん、おらに任せてほしいだ!」
植物系モンスターに絡みつかれたコウタに、ディダがずいっとにじり寄った。
3メートル超の少女が鼻息荒く近づいてもコウタに怯えた表情はない。
出会ってからわずかな日数で、すっかり信頼しているらしい。
「うん、お願いするよ」
「そこは『痛くしないでね!』とか言って頬を赤らめるところだろコータぁ!」
「ええ……? アビーは俺をどの方向に持ってくつもりなの……」
「カァー」
「えいっ! 痛くねえだかコウタさん?」
「あっうん、平気だよ。ありがとうディダ」
「ならよかっただ。ていっ! せやっ!」
ディダが大きな手で、うねる蔓を掴んでぶちぶち引きちぎっていく。
丁寧な手つきではあるが、コウタでなければ痛みは感じたことだろう。
ディダは、外した蔓をびしびし地面に打ち付けた。と、ひくひくしていた蔓が動かなくなる。倒した、らしい。わかりづらい。
巨人族の少女がイビルプラントと格闘することしばし。
コウタはようやく自由を取り戻した。
縛りつかれていたのに、素肌に赤い痕はない。
「植物系モンスターかあ。じゃあ、この森で農業は無理なのかなあ」
「そんなことねえぞ。ほら、見てみろコータ」
アビーがすうっと、蔓の山を指し示す。
ディダが引きちぎってまとめておいた、イビルプラントの残骸。
そこには、蔓と葉っぱ以外の物があった。
芋である。見た目は。
「あれ? 俺が畑で絡まれた時は、そんなのなかったような」
「カア」
「ああ、イビルプラントは取り付いたヤツの魔力を吸収するんだ。普通は干からびて死んじまうんだけど……無事だったのは【健康】のせいか、コータの規格外の魔力量のせいか」
「……これ、食べられるの?」
「イビルプラントになったって、元の植物のまんまだ! 食えるヤツなら食えるままだべ!」
「ディダの言う通り、食えるぞ。魔力で育ったヤツで、元モンスターってことを気にしなけりゃな」
「おおー」
「カァッ!」
芋を拾い上げて、まじまじと眺めるコウタ。
コウタの肩に止まったカークも興味津々で見つめている。
元引きこもりだったコウタ、ひさしぶりの労働と初の農作業の収穫は、本人さえ気づかないほど呆気なく終わっていたらしい。
「ねえ、これひょっとして、俺の魔力で促成栽培できるんじゃ……? その、俺は魔力があっても使い道がないし」
「コ、コウタさん? つまりわざと植物をモンスターにするだべか?」
「変異してモンスターにすればな! 普通は避けるんだけどな!」
名案だ、とばかりに笑顔のコウタの発言にディダは引き気味だ。
アビーもいまいち乗り気ではないらしい。
食料に困窮しているならともかく、ここには精霊樹の果実もある。
ベルが街と往復して買い出ししている。
四人と一羽が食べていくにはこれまで通りでも問題はない。いまのところ。
「ふむ、興味深い。では我が魔力を供給しようか?」
「あ、クルト。俺より魔力量が多いんだっけ? 二人でやればたくさん採れそうだね!」
「だ、大丈夫だか!? アンデッドの魔力を吸い取ったイビルプラントはどうなるだか!? アビーさん!?」
「さらに変異しそうだな! どう考えても大丈夫じゃねえだろ!」
ダメっぽい。
精霊樹周辺の、ある程度清浄な魔力でイビルプラントになったのだ。
濃密な瘴気をまとったワイトキング——クルト——の魔力を吸収したら、さらに凶悪なモンスターになりかねない。
芋も食べられるか不明だ。
まあ、クルトはどうなるか興味があるようだが、それはそれとして。
「いいアイデアだと思ったんだけどなあ」
「ま、まあ人が増えてどうしようもなくなったらこっそりな。クルトの魔力でどうなるかはオレも知りてえから、そこはダンジョンでやるとして」
「うむ。ではのちほど試してみるとしよう」
「た、試すんだべな……おら、すごいところに来ちまったかもしれねえ……」
「カァー」
動揺するディダを慰めるようにカークが鳴く。
カルチャーショックである。
同じ世界で育ったとはいえ、ディダは同族しかいない里出身で、アビーは帝国出身、クルトはすでに滅んだ古代文明の生き残りだ。
常識がズレることも多い。コウタは異世界転移で、アビーは異世界転生組だし。
「ただいま戻りましたー! あれ? どうしたんですか、みなさん?」
イビルプラント騒ぎのおかげで気づかなかったのだろう。
大岩を背負って、買い出しに行っていたベルが帰ってきた。
きょとんとした顔でコウタたちを眺める。
と、コウタが手にした芋と、まだひくひくする蔓の山に気づく。
「あっ! イビルプラントですね! 村ではよく出ました!」
「ベルも知ってるんだ」
「はいっ! これが出ると作物がすぐ育つので、村の人たちは喜んでました!」
「へえ。ベルが育った村も魔力が濃かったのかもね」
「あれ、おらがおかしいんだべか。里のみんなで引き抜いて燃やして大騒ぎだった覚えが……」
「深く考えるなディダ。イビルプラントは『農家の敵』だ。たぶんディダの反応が合ってるぞ」
「カァー」
嬉しそうなベルとコウタをよそに、ディダは困惑していた。
アビーとカークがフォローする。
アビーは常識から外れた『逸脱賢者』で、カークは三本足のカラスでEXスキル持ちと、二人ともフォロー側ではないはずなのに。
コウタとカークがこの世界で目覚めてから、五ヶ月が過ぎた。
絶黒の森での「初収穫」は、予想外の形で迎えることになった。
が、食料の心配は減ったようだ。種類と内容はともかく、量は。
人里離れた集落にとっては大切なことである。





