第一話 コウタ、開拓した畑の様子を見に行く
コウタとカークがこの世界で目覚めてから、間もなく五ヶ月が経つ。
精霊樹と小さな湖のほとりも、一人と一羽で過ごしていた頃から人が増えた。
女神よりスキル【健康】を授かったコウタ、【導き手】の三本足のカラス・カークに加えて、心は男性のままなのに女性に異世界転生した『逸脱賢者』のアビー、勇者に追放された荷運び人ベル、古代文明の生き残りアンデッドのクルト、『小さな巨人族』の少女・ディダ。
クルトは普段ダンジョンで生活しているため、精霊樹のふもとで暮らすのは四人と一羽だ。
「健康で穏やかな暮らし」を目指して、それぞれができることをやっている。
瘴気渦巻き、常人の侵入を阻む『絶黒の森』で。
いちおう、精霊樹の働きにより、コウタたちが暮らす周辺は浄化されているらしいのだが。
「おおー、順調に育ってるなあ」
コウタはいま、精霊樹の根元の広場からやや離れた場所にいた。
目の前に広がるのは畑だ。
小さな畑ではあるが、激務で心身を壊したコウタにとってはひさしぶりの労働の成果である。
しかも、自身が伐採して耕して、種を蒔いてと、イチから手をかけたものだ。
順調に育つ農作物を前に、感慨を抱くのも当然だろう。
「カァー。カアッ!」
ニコニコと笑顔を見せるコウタの隣で、カークもまたご機嫌だ。
ぴょんぴょんと地面を跳ねて、ときおりバサッと羽を広げる。
カラス麦の生育を確かめているのか。カラスだけに。
「カラス麦の方は大丈夫そうだけど……こっちの、芋は手を入れた方がいいのかなあ。ずいぶん蔓と草が茂ってるような」
芽が出て以降、作物はぐんぐん成長している。
ベルとアビーが言うには「育てやすい種類」を指定して買ってきた種らしい。
四人と一羽になっても、誰一人農業経験がなかったので。
だから、畝を隠すほど芋の蔓が伸びていても、コウタが相談できる人はいない。
頭を悩ませたコウタがかがむ。
じっくり見ようと蔓に顔を近づける。
「カァッ!」
「ん? どうしたのカーク?」
カークの鋭い鳴き声に、コウタは首をかしげる。
カァカアと連呼されてもきょとんとしたままだ。
隣の畑を見ていたカークが近づいて、くちばしで芋の蔓をついばむ。
「あっ、ダメだよカーク、これはいま食べるやつじゃなくて育ってから……え?」
カークがついばんだ蔓は、畝の上でうねうねうねっていた。
「えっなにこれ生きて、そりゃ生きてるんだけどそういうことじゃなくて、あれ? おわっ!?」
「カァ!」
カークが蔓をついばんだのは、つまみ食いするためではない。
蔓がうねって、コウタの足に絡んでいたからだ。
コウタもようやく気づいたらしい。
だが、気づいた時にはもう遅い。
芋の蔓だったはずのものは、四方八方からコウタに襲いかかる。
コウタはなすすべなく蔓に絡まれた。
「カア! カアカァ……ガアッ!」
カークが得意の陽魔法を使うも、蔓の一部分しか焦がせない。
森や畑といった周囲、それに絡まれたコウタに配慮してのことだろう。
もっとも。
「ど、どうしようこれ」
足も腕も胴も蔓に絡まれても、コウタは戸惑うばかりでなんの影響もないようだ。
なにしろ心も体も【健康】で、女神から授かったそれはレベルにすると【EX】らしいので。
「ちょっと動きにくい、あ、そんなこともないか」
「カ、カァ?」
「心配してくれてるのかな? ありがとうカーク、害はなさそうだよこれ」
は? それ大丈夫なの? とばかりにカークが目を丸くする。ふた跳ねしてコウタから遠ざかる。引き気味のようだ。
追加でコウタに襲いかかろうとしていた蔓が止まる。
地面から伸びた蔓が空中でうねる。拘束できないことが不思議らしい。
「けどこのままってわけにもいかないしなあ。どうしよ」
「カァー。カア!」
「そうだね、俺たちはもう一人じゃないんだ。みんなに相談してみようか」
【健康】のおかげでコウタにダメージは通らない。
以前、クルトと戦った際には精神攻撃も効かなかった。
それどころか、伐採した時に木がコウタに直撃しても、コウタは怪我ひとつ負わなかった。
そして、いまも。
「カ、カァ……」
コウタは歩き出す。
蔓に絡まれたまま、何事もなかったかのように。
「アビーはいるかな。そうだ、『広場で作業する』って言ってたから、ディダはいるはず! 取ってもらえるかなあこれ」
ブツブツ呟きながらスタスタ歩く。
蔓はズルズル引きずられる。
カークは力なく鳴きながら、コウタのあとを追って三本の足で跳ねる。
コウタとカークがこの世界で目覚めてから、五ヶ月が過ぎた。
人も増えて、絶黒の森の開拓は順調のようだ。順調と言ってもいいはずだ。
たとえよくわからない植物? モンスター? に襲われていても。
なにしろコウタとカークは健康で、不便はありながらも穏やかな暮らしを送れているので。





