第十話 コウタ、巨人族の少女の希望を聞く
「おー、普通の木は削れるみたいだね」
「ふ、ふつう? この木が普通だか?」
「コータ、ディダの言う通りだ。絶黒の森に生えてる黒い木は普通の木じゃねえぞ」
「はあ、そうなんだ」
「カァー」
「うむ。モンスターとはなっておらぬが、瘴気により変色した木だ。『普通』とは言えぬだろう」
ディダを拠点に迎えた翌日。
コウタたちはまた、精霊樹と小さな湖のほとりに集まっていた。
街に向かったベルはいない。
巨人族の少女・ディダは身をかがめて、なにやら作業している。
足元には養生中の木の盾、手元には木材があった。
精霊樹から授かった枝ではなく、コウタが伐り出した絶黒の森の木を加工しているらしい。
「普通じゃねえけど、これも硬くていい木だべ」
「よかった。さすがに、ディダのサイズの武器を探すのは大変そうだからなあ」
「あとは精霊樹の枝を加工できりゃな。オレのナイフでも歯が立たねえなんて」
「表面のみミスリルのナイフか。難しいであろうな。総ミスリルの刃物は、小さなナイフであれば持っているが……」
「クルト用のペーパーナイフ? か食事用のナイフ? かな。さすがにディダには小さすぎる、よね?」
「んだ。小さい人……じゃねえべな、人族の普通のナイフなら使えると思うけども、それより小さいナイフは」
「ちまちま使うってわけにもいかねえか。巨人族も大変なんだな」
「あれ? じゃあ里では服や日用品はどうしてたの?」
「自分で作るか、里の得意な人に頼むのが基本だべな。あとは、たまーに行商人さんが来てくれんだべ」
「へえ。帝国でも情報が入ってこねえ大陸の西端も、ちゃんと人の営みがあるんだなあ」
「未踏の地と思われた場所にも、存外、人の活動はあるものだ。インディジナ魔導国でも、見つけた新天地にはたいてい先住者がいたものよ」
「知られてないだけで、人は住んでるんだ。モンスターがいる世界でも」
「ははっ、コータ、オレたちだってそうだろ? 死の谷の先、絶黒の森に人が住みついたなんて誰も思ってねえよ」
「あっうん、たしかに」
なんでもない会話だが、コウタやアビー、クルト、ディダにとってはさまざまな情報を交換する大事な時間だ。
常識のすり合わせは行えていないようだが、それはそれとして。
「行商人さんか。どんな人なの? やっぱり強いのかな? その、ここまで来てくれたり」
「山脈越えは無理じゃねえかなあ」
「えっと、人族のコウタさんやアビーさんぐらいの大きさで、動物みたいな耳があるだ」
「ほう、獣人であるか。山野をめぐるには適任であろう」
「おー、いるんだ獣人!」
「ああ、帝国にもそこそこいたな。ディダ、なんの獣人だったかわかるか?」
「えっと、狐って言ってただな。小せえから強くはないけど、幻術? を使えるから逃げるのは得意だって言ってただな」
「へえ、狐の獣人さん。……ちょっと見てみたいかも」
「カァー」
「幻術? くっ、なんだこれこっちに来てから気になることがガンガン増えてく!」
「我も知らぬ魔法の一系統か、あるいはまったく異なる理か。知りたいところであるな。アビー殿より我こそ求める理論であろう」
「そっか、幻がどんなものかわからないけど、クルトは理想の女性を創り出したいわけで」
「うむ。幻を生み出す技術は役に立つであろう」
「行商人さんが来られないなら、俺たちが行くのはありかもね。……街よりハードルは高くない気がするし」
「いやあ、カークとベルが道知ってるんだし、オレたちは街に行く方がラク、っと、道の問題じゃねえか」
「うん。まだちょっと、人混みは自信ないんだ。【健康】だから大丈夫だと思うけど」
「カァー」
街の場所がわかっているのに、コウタがこの地を離れないのは道行きの難易度が問題なのではない。
コウタの、心の問題だ。
女神から心身の【健康】を授かったとはいえ、コウタはこの世界に来る前は心を病んでいたのだ。
人の多い場所はまだ不安であるらしい。
なにしろ四ヶ月ちょっと前まではほぼ部屋にいて、外出は近場がせいぜいだったので。
なぐさめるかのように、カークがコウタの肩に止まって寄り添った。
「よし、これでできただ!……あ、あれ?」
ディダが新たな棍棒をかかげて、きょとんとする。
なんだかしんみりした空気に気づかなかったらしい。
まあ、暗い雰囲気が続くよりもよかったことだろう。たぶん。
「おおー、木を加工できるってすごいね! 自分で武器を作れるなんて!」
「へへ、えへへ、すごい、だか? おらそんなこと言われたの初めてで、えへへ」
「いやほんと助かる。これでいろいろ作れるようになったな!」
ディダが大きな体をくねらせる。
照れを振り払うかのように、自作した木の盾を構えて棍棒をぶんぶん振りまわすディダ。
子供のようにはしゃいでいるのではなく、新しい武器の使い心地を試しているらしい。
無邪気な笑みを浮かべているあたり、うれしいのは確かなのだろう。
「木工か、何を作ってもらうかねえ。まずはディダの家として、次は」
「ディダは何かしたいことないの? 大きくなりたい、っていうのとは別に」
「……その、おら、ここで、やりたいことは見つけて、あるんだけども、だどもおらが」
「巨人族の少女よ、おそれず言ってみるがよい。なにしろコウタ殿とカーク殿、アビー殿は、我自身も、我の宿願も、たやすく理解を示したのだから」
「ア、アンデッドを!? すげえだなコウタさんカークさんアビーさん……」
「そんな、クルトは俺たちに襲いかかったわけじゃないし、むしろ俺たちが住居に不法侵入した方で」
「研究へのアプローチも非道なことはしてねえしな。だったら別に? ディダも、人を害すようなことじゃなければ好きにしたらいいと思うぞ?」
「な、なら、おら……」
大きな体を縮こまらせて、ディダがためらいがちに湖に目を向ける。
心細いのか精霊樹の幹に触れる。
さわさわと、風もないのに精霊樹の葉が鳴った。まるで、少女を励ますように。
「おら、漁がしてみてえだ。小さいおらは漁に出せねえって、里でやったことなくて、だからうまくいくかわからねえけど」
「漁か、うん、いいと思うよ! あれ、でもこの湖、魚いるのかな」
「小さいったってこの大きさだ、多少はいるんじゃねえか? どうだカーク?」
「カアッ!」
「いるっぽいね。漁。釣りじゃなくて漁ってことは、船と網がいるのかな?」
「いんや、船はいらねえ。こう、ざぶざぶ腰まで水に入ってだな、ばーっと網を投げんだ。そんで力いっぱい引いて魚を陸に揚げるのが、おらたちの漁のやり方だ」
「里は海辺だったってことは地引網って感じかね。あー、たしかに、その方法なら深くまで行けるデカいヤツと、力が強いヤツが効果的なのか」
「はあ、なるほど」
「んだ。だから、里で一番小さいおらは、漁をしたことがねえだ。けど、やりたいことは、ここなら、その、ダメだか?」
「いいと思うよ! 魚がいるかはわからないけど……なんかそんな話ししてたら魚食べたくなってきた」
「たしかに! 今度ベルが帰ってきたら、干物でも頼むか」
「い、いいんだか? 小さくて、一人前扱いされねえおらでも、ここで、漁をして」
「もちろん! あ、けど海と違って網を入れる間隔は開けないとかな? すぐ魚が増えるってことはないだろうし」
「その辺はやってみてだな。ディダ、むしろオレたちからもお願いしたい。こんな人里離れた場所だ、食材のバリエーションが増えるのは大歓迎だぜ!」
「カァ!」
湖で漁がしたいというディダの希望に、コウタとアビーが反対する理由はない。
カークもないらしい。労せずして魚を食べられるかもしれないと目がギラついている。漁夫の利である。人と鳥と魚介の関係がグチャグチャだ。
「ただ網がなあ、狩人が罠に使うヤツはありそうだけど、水場に使えるヤツは売ってっかなあ」
「ベルが帰ってきたら、また行ってもらうことになりそうだね」
「その、もしよかったらだども……おらが、作っていいだか? 繕うんじゃなくて、新しい、網を」
「えっ!? 作れるの!?」
「す、すまねえ、おらがそんな、網を作るなんておこがましかっただな」
「いやいやいやそういうことじゃねえって! どう見てもコータは喜んでるだろ! マジで網を作れるの!?」
「近くにいい『生きている蔦』が生えてるだ、それを使えば、その、最初から作るのは初めてだども、やり方はわかるだ」
「充分だよ! あ、手伝えることがあったら言ってね!」
「よっしゃああああああ! 自給自足にまた一歩近づいたな! けど気を張んなくていいからなディダ、失敗したってまた試せばいいんだし!」
「うむ。何事も一度で成功することの方が少ないであろう。くじけず研鑽することが肝要なのだ」
ディダ、網も自作できるらしい。
コウタとアビーは諸手を挙げて歓迎している。羽を広げてカークも、特に食事はいらないはずのクルトも。
ディダは精霊樹の根元にしゃがみこんで、ぷるぷると震えていた。
喜びを噛み締めて。
おうおうと泣きながら。
コウタとカークがこの世界で目覚めてから四ヶ月と少し。
三人と一人と一体は新たな住人を迎えて、新たな食料調達の手段に挑戦することになるようだ。
巨人族の少女・ディダは、木材加工に漁業と、コウタたちに足りなかったものを補えるらしい。
コウタの目指す「健康で穏やかな暮らし」は、また一歩近づいたのかもしれない。





