第九話 コウタ、この世界の木工作業を見せてもらう
「うう……うまく削れねえだ……」
巨人族の少女・ディダを拠点に案内して、模擬戦を終えた午後。
精霊樹と小さな湖のほとりの広場で、ディダは木工作業をはじめていた。
コウタとカーク、アビー、クルトは見学だ。
ベルはまた街に往復するべく出立の準備をはじめている。
なにしろコウタたちとサイズが違う住人が増えたので。
日用品も、手に入る限り大きなものを買ってくるつもりらしい。
「ディダ、オレのナイフを使うか? そのナイフより斬れ味いいはずだ。小さいけどな」
「精霊樹は硬いのかな。そういえばクルトも枝をもらってたよね。どうだった?」
「物に宿る魔力の質が違うゆえ、切りにくいのであろう。たいていは問題にならぬが、『神の宿り木』は信仰の対象になるほど陽の魔力が濃いのだ」
「はあ」
「コウタ殿の瘴気にまみれた鹿ツノ剣を使うか、刃物に陽の魔力をまとわせて切るといいだろう。あるいはミスリルやオリハルコンの武器を用いるか」
「簡単に言ってくれるなよクルト。んー、どうすっかなあ」
「『木工や細かい仕事が得意だ!』なんて言いながら……おら役に立ってねえだ……」
「ほ、ほら元気出してディダ! 俺の剣を使う?」
「やめとけコータ、その剣はコウタ以外が使ったら精神病むってクルトに言われたろ。陰の瘴気が濃すぎるから【健康】でもなきゃって、あ」
「カァ?」
「ディダもあったよね、だったら」
「やめておいた方がよかろう。巨人族ゆえか個の性質か、ディダ殿の魔力は陽に傾いているゆえ」
「陽、だか?」
「んー、んじゃあとは武器に魔力をまとわせればなんとかなる、か?」
「お、おらそんなことできねえだ……」
「ほ、ほら元気出してディダ! 俺もできないから!」
「カァ? カァー!」
得意としていた「木工」がうまくいかないと落ち込むディダ。真面目か。
なぐさめるコウタをよそに、カークが火に包まれた。
魔力をまとうってのはこうやるんだよ、とでも言いたいらしい。焼き鳥ではない。焼き烏である。違う。
「そ、そうだ! まず盾からやったらどうかな? 削るんじゃなくて切るだけなら、指示してくれれば俺がやるから!」
「うう……ありがとうコウタさん……」
コウタのフォローに、ディダの目には涙が浮かんでいる。感情が表に出やすい性格らしい。
相性のいい二人を置いて、アビーとクルトは魔法談義をはじめていた。
「なあ、クルトから見てどうだった? ディダの魔力の流れが独特に思えてなあ」
「けっして魔力量は多くない。多くないが、常に身体強化されているように見受けられる」
「だよなあ。戦ってる最中はよけいに強化されてたと思うんだけど」
「うむ。あれではほかの魔法は使えぬだろう」
「巨人族ってのは、魔力を『成長』と『身体強化』につぎ込んでるのかねえ」
「観察を続けねば断定はできまいが、おそらくは」
「んじゃやっぱり、魔力を増やしていけば大きくなる、もしくは強くなると」
「であろうな。この地、この食物ならディダ殿はより強化されるやもしれぬ」
「……また防衛力が強化されたと。これ以上強くなってどうすんだ。もうここ、並みの冒険者や軍隊じゃ落とせねえぞ」
「ふははっ、よいではないか。我の研究もはかどるというものよ。それに、そもそもこの地は冒険者を拒む死の谷の先、踏破の難しい『絶黒の森』なのであろう?」
「そうだったわ。絶望の鹿も闊歩してるし、どこでもダンジョンモンスターを喚び出せるワイトキングもいるんだったわ」
「ゆえに、望まぬ者は拒めるのだ。よい環境である」
「そりゃ、邪魔されたくない研究にはな。けどオレたちは『健康で穏やかな暮らし』を送れる村を作りたいわけで。人が来れないのもどうかと思うわけで」
「うーん、いいんじゃないかな。ベルのおかげで買い物はなんとかなってて、クルトのおかげで資金もなんとかなって。それにほら」
「コータ?」
「カークのおかげで、少しずつだけど人も増えてる」
「カァッ!」
「だから、焦らずゆっくりでいいんじゃないかな。なんとか生活できてるし」
「……まあな。なんともコータらしいことで」
「ダメかな?」
「いや、いいと思うぞ。そんなコータだから、オレもここで好きに生きようって決めたんだしな!」
木材の切り出しが終わって、コウタはアビーとクルトの会話を聞いていたらしい。
絶黒の森の村づくりは「焦らずのんびり」でいくようだ。
小国なら落とせるほどの戦力があっても。
異世界に転移しても、女神から【健康】を授かっても、引きこもりは変わらないらしい。
「カァ?」
「木の盾はこうして縦横に重ねて土台を作ってやるだ。一枚板じゃ小さいべ?」
「カァ」
「小さい人……コウタさんやアビーさんならちょうどいいかもしんねえけども、みんな盾はいらねえみてえだからなあ」
「カァー」
「それに、この森はいい『生きている蔦』が生えてるだ。ぐっと締めてくれっから、一枚板より強くなるかもしんねえ」
「カァ? カァー」
「『生きている蔦』。ツタってそもそも生きてるような」
ディダは大きな手で、コウタが切断した木材を十字に組み合わせてツタを巻く。
ぐっぐっと力を込めて結んで、手を離す。
と、ツタがギチギチと音を立ててさらに締まった
「な? こうしてやれば、なかなか離れねえだ」
「へえ、こっちの世界の【木工】はそんな方法があるんだね」
「オレもこうして見るのは初めて、って待て待て待て! 『生きている蔦』!? 植物系モンスターじゃねえか!」
「そうだども?」
「あ、そうなの?」
「カァ?」
「くっそまた天然が増えた! なんで! 拠点の近くにモンスターがいたのに流してんだよ! 道中でツタをブチブチちぎってるなあと思ったら!」
「くははっ、いまさらであろうアビー殿? この顔ぶれなら『生きている蔦』など問題にもなるまいよ」
「それは! そうだけども! あああああああ! まともな! まともな感性の常識人が越してきてくれませんかねぇぇぇええええ!」
「その、アビー。ここ、『絶黒の森』って言って、普通の人は来られないってさっきも話してたような」
「それも! そうだけども! おおおおおお! 『逸脱賢者』が異世界出身のコータに常識を説かれるっていうね!」
服が汚れるのもかまわず、アビーが地面を転げまわる。
最近はスカートをはかなくなったため問題はない。髪もくくっているため汚れは最低限だ。そういう問題ではない。
「……いせかい、出身?」
「あっうん。一緒に暮らしてくんだし、ディダにもその辺を話しておかないとね」
「カァ」
「そうだよなオレもベルもクルトもおたがいの事情を知ってるんだし共同生活するんなら、ってはあ。マイペースだなぁ……」
ごろりと地面に寝そべったまま、アビーは空を見上げた。
コウタとディダは笑顔で話し込み、カークは二人の間をぴょこぴょこ飛び跳ねる。
ベルは我関せずとばかりに大岩の内外でごそごそしている。
クルトは同情するような視線をアビーに向けた。まあ本体だと眼球はないのだが。
コウタとカークがこの世界で目覚めてから四ヶ月と少し。
三人と一羽は、念願の「木工作業」ができる新たな住人を迎え入れた。
コウタやベル、クルトに続いて、またマイペースな巨人族の少女を。
常識人はいない。
なにしろディダは、巨人族しかいない巨人族の里で育ったので。
アビーの苦難はしばらく続きそうだ。





