第八話 コウタ、巨人族の少女の勝利を見届ける
精霊樹と小さな湖のほとりの、土の広場。
そこで、3メートル超の巨人族の少女・ディダは、禍々しいモンスターと相対していた。
モンスターはディダよりも大きい。
スケルトンが何体も集まって巨体を作り出した骸骨巨人というらしい。
古代文明の生き残りアンデッドでワイトキングのクルトが、【ダンジョンマスター】のスキルと空間魔法を使って喚び出したモンスターである。
骸骨巨人は、骨が組み合わさった盾と棒状の武器を持っていた。
木の盾と棍棒を手にしたディダと同じような武装だ。
「てやーっ!」
雄叫びをあげ、棍棒を振りかぶって、ディダがどこどこと駆ける。
呼応するように、骸骨巨人も骨の棒と盾を構えた。
「ていっ! えいっ! やあっ!」
激突する。
ディダ、模擬戦四試合目にしてはじめて戦えている。
カークに翻弄されて、コウタに攻撃は通じず、アビーには魔法の実験台にされたので。
「おおー、両方とも大きいと迫力あるね」
「カアッ」
「ディダが3メートルオーバー。骸骨巨人は、ベルの大岩よりちょっと小さいから5メートル弱か? たしかにすげえなこりゃ」
「わあ! がんばってくださいディダさん!」
「ふむ、やはり構成が甘いか。巨大であれば術式も魔力も乗せられると思ったのだが」
「まあ普通は『デカけりゃ強い』ってわけじゃねえからな。巨大人型兵器はロマンだけど」
「あれ? そういえば、ダンジョンから喚んだって、どこでも喚べるの?」
「ははっ、コータ、さすがにそれは無理だって」
「だよね、だったらクルトはどこにでもダンジョン中のモンスターを喚び出せることになっちゃうもんね」
「一人で行動して、いざとなったら軍隊並みのモンスターを喚び出せる。そんなワンマンアーミーがいたらやべえって」
「小さな村や町なら滅んじゃいそうですね!」
「カァー」
「原料は瘴気だって話だしな、平気平気。こうして人類の生活圏は守られました、ってな!」
ディダの奮闘を観戦しながら、コウタたちはどこか呑気な会話をしていた。
呑気というには物騒な内容であり、目の前の光景は映画以上の大迫力だったが。
いかに【ダンジョンマスター】で魔法が得意でも、クルトの召喚には制限があるらしい。
「瘴気の濃い地なら可能だが?」
「えっ」
「へ、へいきへいき、瘴気はどこにでもあるわけじゃねえんだし、ひとの生活圏は、まもられ」
「その、クルト。じゃあひょっとして、この絶黒の森なら」
「うむ。どこでも、何体でも召喚できよう。それでもこの地の瘴気は払えまい」
重々しく頷くクルト。
が、論点がズレている。
コウタとアビーが懸念しているのは、「瘴気渦巻く絶黒の森」の瘴気をなんとかできるかどうかではない。
大量の、もしくは強大なアンデッドを召喚できるかどうか、である。
できるらしい。
絶黒の森なら。
「へ、へいきへいき! むしろクルトとは友好関係を結べてんだ、絶黒の森の安全が守られたってことでな!」
「そ、そうだねアビー。俺は【健康】だから傷つかないしアビーは強いし、アンデッド相手ならベルも【解体】できるんだから」
「はいっ! 死んだモンスターや動物の【解体】は任せてください!」
「カァー」
なら問題ないね、よかったよかったなどと言いながら、コウタとアビーは乾いた笑い声をあげる。
解決してなくね? というカークのツッコミは届かない。【言語理解】スキルがあろうと、カークは人語を話せないので。
三人と一羽が絶黒の森の安全性を確認している間にも、ディダと骸骨巨人の模擬戦は続いている。
ディダが優勢だが、圧倒的ではない。
自分で作ったという木の盾には裂け目がはしって、棍棒は根元で折れた。
息をあげながらもディダはその拳で骸骨巨人を攻撃している。
「おら、負けねえ! コウタさんとカークさんとアビーさんが教えてくれただ! 『大きければ強い』ってもんじゃねえって!」
叫んで、木の盾を思い切り骨の盾にぶつける。
バキッ、ガシャッと音を立てて、盾は崩れた。
ディダの木の盾も、骸骨巨人の骨の盾も。
「あああああっ!」
愛用の盾が壊れてもディダは止まらなかった。
盾をぶつけた勢いのまま、肩から骸骨巨人にぶち当たる。
押し倒す。
ディダが起き上がった時。
骸骨巨人は、ぴくりとも動かなかった。
「…………勝った、だか?」
「おおー! おめでとうディダ! すごい戦いだったよ!」
「カアッ!」
「骸骨巨人だって弱いわけじゃねえ。一人旅できるぐらいだからな、わかってたけど……やるな、ディダ」
「あんなに大きなモンスターを一人で倒せるなんてすごいですディダさん!
「勝った、おら、小さい人には負けたけど、おらより大きいモンスターに、勝った……」
「ほらね、ディダ。大きさは関係ないんだ。ほんとは強さだって関係ないんだけどね。強さを知る前から、俺たちはディダを受け入れるって決めたんだし」
「えへへ……ありがとうコウタさん……うう、ぐすっ」
まだ勝利が信じられないと自分の両手を見つめていたディダを、コウタたちが讃える。
ディダはぐすぐすと泣き出した。
三連敗したあとの勝利の喜びに。
「巨人族の里で一番小さく一番弱い」と思っていたけれど、大きさと強さは関係ないのだと実感して。
「クルトもありがとな。オレのオーダー通りデカいヤツを喚んでくれて」
「新たな魔法を試す機会を与えられたのだ、こちらこそありがたい。だが、骸骨巨人はそこそこ強力なアンデッドなのだが……」
「え、そうなの?」
「【解体】できそうでしたよ?」
「コータもベルも基準がおかしいんだよ! 骸骨巨人が墓地から現れたら街によっちゃ半壊モノだからな!」
ディダの涙を止めるのではなく、いまは泣かせておこうと思ったのだろう。
コウタとアビー、ベル、クルトは、精霊樹の根元でしゃがみこんでおうおう泣くディダをよそに話し込む。
巨人族の少女に寄り添うのはカークだけである。
「おらが不甲斐ないばっかりに壊しちまったけど……いままで、おらと一緒に戦ってくれてありがとう」
ディダは、折れた棍棒と割れた木の盾を地面に置いて、ぺこりと頭を下げる。
いかにスキル【木工】があっても、ここまで壊れては補修できるものではない。
感謝を込めて、表面をそっと撫でた。
すると。
「…………え? これは? おらに、くれる、だか?」
頭上の精霊樹から、バサバサと枝が落ちてきた。
地面に置いた木の盾と棍棒の上に、太い枝が。
巨人族の少女に寄り添うのは、カークだけではなかったらしい。
「『神の宿り木』に認められたのであろう。枝を新たな武器にせよ、と」
「よかったね、ディダ」
「なあディダ、作る時は見学させてもらっていいか? 魔法で再現は難しいと思うけどよ、参考になるかもしれねえ」
精霊樹もまた、新たな住人を歓迎しているようだ。
「太さも長さもちょうどよくて、これなら加工に時間はかからねえだ。それに、硬いし軽い。いい武器になるに違いねえ。ありがとう、精霊樹さん」
「ふむ、ならばすぐに骸骨巨人を復活させるか?」
「復活できるのかよ! そりゃ最初から死んでるし近くには瘴気もたっぷりあるけどさあ!」
「その、いまはやめとこうかクルト」
「カァ。カァー」
コウタとカークがこの世界で目覚めてから四ヶ月と少し。
巨人族の少女・ディダは、「大きさイコール強さ」以外の価値観を手に入れたようだ。
それと、新たな武器の素材も。
これで拠点には「状況と人員次第では街一つ危うくさせるモンスターに勝てる住人」も増えた。
「健康で穏やかな暮らし」にまた一歩近づいたことだろう。
戦力が充実しているため、コウタたちは気にしていないようだが。
次話は明日11/5(木)更新予定です。
……「週3、できれば平日毎日ペース」ぐらいでゆるゆるいこうと思います。
『面白かった』『続きが気になる』と思っていただけたら、
下記の評価ボタンを押して応援してもらえると執筆の励みになります!





