第七話 コウタ、巨人族の少女と模擬戦をする
はじまった模擬戦は、ディダの心を折るのに充分だっただろう。
「たあー! くっ、てやっ! むぐぐっ!」
振りまわした丸太サイズの棍棒はカークに当たらず翻弄される。
「カァー? カアッ!」
かわしまくったカークはときどき魔法を使って、小さな光の玉をディダにぶつける。
光の玉自体にダメージはない。
ただ「俺がその気ならいまここを攻撃できたぞ」と言わんばかりのアピールであった。
さんざんに翻弄されて、ディダは大きな体を縮めて地面にヒザをついた。
敗北である。
「ほ、ほんとに攻撃していいだか?」
「うん。思いっきりやってくれて平気だよ」
「うう……コウタさんがそう言うなら……ていっ!」
木刀をだらりと持っただけのコウタに攻撃する。
模擬戦のため、斬れ味のよすぎる鹿ツノ剣は封印したらしい。賢明な判断である。
「うわ、すごい迫力」
「…………え? な、なんで、おらの攻撃を受けて、びくともしねえんだ」
「ほらね、平気だったでしょ? 手加減しなくていいよ」
「たあっ! てやっ! そりゃっ!」
カークとの模擬戦と違って、コウタに棍棒は当たる。
木の盾によるシールドバッシュも当たる。
当たっているのに、コウタにダメージはない。
というかピクリとも動かない。
授かった【健康 LV.ex】により、コウタには怪我も病気も心身の不調もない。
ディダの攻撃は、コウタのまわりに風を起こすことしかできなかった。
息が上がったディダにコウタが何度か木刀を当てて、ディダは地面にヒザと手をついた。
敗北である。
「肉弾戦は得意じゃねえからな」
「こ、今度は手応えがあるだ! ていっ! えやっ!」
コウタとの模擬戦と違って、棍棒に手応えはある。
ただ、アビーにダメージはない。
『逸脱賢者』アビー得意の空間魔法による不可視の壁である。
「おおー。パワーはそこらの騎士や冒険者より上じゃねえか? 『デカいは強い』も一理あるってことか」
「うう……えいっ……ぐすっ、せやぁ……」
「その、アビー、そろそろ」
「ああうん、悪いなディダ。『空間波』」
自分の不甲斐なさに涙して、けれど諦めきれずに攻撃を続けるディダが吹き飛んだ。
切断系ではなく、衝撃だけを与えるアビーの空間魔法である。
古代文明の魔導士だったクルトから理論を教わったことで、アビーは新たな空間魔法を身につけたらしい。
敗北である。
カーク、コウタ、アビー。
ディダは全力で挑んだのに、力及ばずどころか惨敗である。
「里で一番小さいおらよりも、小さい人に負けただ……おら、弱いんだなあ……」
三連敗したディダは精霊樹の根元にかがみこんで落ち込んでいた。
自分の半分ほどの身長しかないアビーやコウタに負けたのがそうとうショックらしい。
「大きいほど強い」が巨人族の価値観であり、そう教え込まれてきたので。
ましてディダはカークにも負けた。普通のカラスよりちょっと大きいし三本足だとはいえ、カラスに。
「ほ、ほらディダ、大きさは関係ないんだって。それに俺はカークやアビーと違って【健康】ってスキルのおかげで」
「カァー」
コウタの慰めも、カークの羽ざわりもディダには届かない。
「ふむ。海トロール……いや、巨人族の少女よ。『戦えない』ベル殿を除いても、もう一人忘れているのではないか?」
「ひっ。お、おら、普通のアンデッドならともかく、こんな邪あ……強そうなアンデッドさんと戦うなんて、け、けど、みんなを守るために、やっと見つけたこの場所を守るために」
「あー、そんな重く考えなくていいぞディダ。戦うのはクルト本人じゃねえしな」
「えっ?」
「んじゃ言ってた通りお願いできるか、クルト?」
「うむ、任せよ」
人間の見た目のまま、クルトがすっと手をかざす。
骨の指にはめられた指輪が暗褐色にきらめく。
広場を光る魔法陣が広場を埋め尽くした。
「ふぅはははは! さあ、来たれ我が僕よ!」
「ひっ。なっ、なんだべこれ!?」
「えっ、ほんとなにこれ。ダンジョンの外でもアンデッドを召喚できたの?」
「ノリノリすぎるだろクルト……ああ、オレと共同開発した魔法だ。【ダンジョンマスター】らしく、クルトがいる場所とダンジョンの空間を繋げてるんだ」
呑気なコウタとアビーをよそに、ディダが不安そうに足元を見つめる。
魔法陣から現れたのはスケルトンだった。
ただし、普通のスケルトンではない。
「うわあ……」
「カァー。カアカァッ!」
「なんというか、聞いてはいたけどこうして見ると……だいぶ趣味悪いな」
魔法陣から現れたのは、スケルトンの集合体。
「大きさに価値を見出す少女よ、存分に戦うがいい! 己より巨大な骸骨巨人と!」
ワイトキングのクルトが両手を広げる。
ちなみに『悪しきアンデッド』のフリをしているのではなく、研究の成果を見せられてテンションが上がってるだけだ。
禍々しいモンスターを見上げて、ディダはゴクリと唾を飲み込んだ。
ぎゅっと棍棒を握り、木の盾を構える。
「おら、やるだ! おらより小さいカークさんやコウタさんやアビーさんはおらに勝ったんだ、ならおらも!」
里では一番小さく弱かった。
ここで自分より小さい相手に三連敗した。
けれど。
覚悟を瞳に灯して、ディダは立ち上がった。
小さな巨人族の少女、ディダの心はまだ折れていないようだ。
「コウタさん、【解体】しましょうか?」
「あっうん、いまはやめておこうかベル。ディダが立ち直ったみたいだから」
「死んでるって認識できりゃサイズも関係ねえのか。チートすぎるだろ【解体】スキル」
「我、ベル殿に近づかない方がいい気がしてきた」
「カァー」
がんばる少女を前にマイペースな人間たちに、カークは呆れ気味である。
「デカいと強い」価値観が揺らぎはじめた少女の、模擬戦は続く。





