第四話 コウタ、魚と刃物をゲットする
拠点にしている大木のもとを出発したコウタとカークは、湖から流れ出る川を見つけた。
湖畔に人の気配がなかったため、予定通り下流へと進む。
川幅は5メートルほどで、ところによっては10メートルを超えるだろうか。
水の流れは緩やか、河原には岩や石が転がっている。
整備された道はなく、コウタの歩みは自然と遅くなっていた。
「ちょっと待ってカーク。一回休憩しよう」
「カァ。カアー」
コウタに先行していたカークは、ふた鳴きしてから戻ってきた。
情けねえなあ、けど無理は禁物だ、とでも言いたいのか。ツンデレっぽい。オス同士だが。
「この辺も木が色あせてなんか黒っぽい。なんなんだろうなあこれ」
「カア?」
手頃な岩に腰を下ろしたコウタが、あたりをぐるりと見渡して首をかしげる。
コウタが漏らした疑問にカークも首をかしげる。不思議と角度が揃っている。
大木の下を出発して川を見つけてからおよそ3時間ほど。
一人と一羽は「太陽が出てきた方向」である「東」に向かっている。
コウタが「いったんこっちを東ってことにしよう」と仮に決めた方角だ。
川に沿ってしばらく歩いていくと、新緑の木々は色あせていった。
休憩場所から見える景色は、葉の緑も幹の緑もぼんやりしている。
「この先は……やっぱり、もっと黒くなってくのか」
下流に行けば行くほど、木々も地面も、灰色から黒に向かっていくようだ。
川面の上、枝葉のない空間から遠くの山を見る。
「あれ、影だって言い聞かせてたけど……山は真っ黒なのかなあ」
コウタが目覚めた場所は、山に囲まれた盆地だった。
山は数日かけて歩かないとたどり着けないほど遠いが、山肌が見えないわけではない。
木々に覆われた緑であるはずなのに、山は黒かった。
「影だ」と自分に言い聞かせてきたコウタが、諦めるほどの。
「黒いだけならいいんだけど。昨日の鹿みたいにこっちを襲ってくる動物がいそう。異世界らしいし、モンスターも」
「カアッ!」
「ありがとう、でも大丈夫だよカーク。ほら、俺は【健康】をもらったから。昨日も怪我しなかったし」
「カアー……」
そういう問題じゃねえんだけどなあ、とばかりにうなだれるカーク。
コウタはすっと腰に手を伸ばして、紐を外した。
弁当がわりに持ってきた、大木の果実を手に取る。
「ほら、カークの分ね」
そう言って、コウタは左手で果実を差し出した。
ちなみに紐はコウタのシャツの胸元から抜いたものだ。
本来は広く開いた襟ぐりからシャツがずり落ちないようにするための紐だろう。
落ちないみたいだし飾りはいらないしと、外して果実を結んできたのである。
「カアッ!」
「ん? いらないの、っておわっ!」
さっと右手を振るコウタ。
ベチッと湿った音がする。
川から飛んできた魚が、河原の岩に叩きつけられた。
「ガアーッ!」
続けてカークが飛び立った。
くちばしを突き刺す。
びちびち暴れる魚の頭を貫通した。
「うわ、すっごい頭。突き刺さりそう」
コウタ、襲われたばかりなのに暢気な発言である。
もしコウタが【健康】でなければ、魚の鋭利なくちばしが右手を貫いていたことだろう。
まあ【健康】でなければ昨日、鹿のツノで殺られていたのだが。
とにかく、返り討ちにして魚を仕留めた。
果実以外ではじめての「食べられそうなもの」である。
コウタに食べさせるつもりなのか、カークはくちばしで突き刺したまますいっとコウタに差し出してくる。優しい。きっと毒味役ではない。
「あ、ありがとうカーク。焼けば食べられるかな。動物を捌くよりは簡単なはず、いける、いけ……
あ、刃物がないんだった」
キョロキョロと河原を見渡すコウタ。
刃物がわりになりそうな石を探している。
近くには手頃なのがないなーと立ち上がって少し下流に目をやった、ところで。
黒い鹿と目が合った。
「あ、昨日の。待ってカーク」
黒い鹿はぷるぷる震えながら頭を下げる。
危機感のないコウタ、キッと睨みつけるもコウタに止められるカーク。
鹿はなおも頭をさげて、刃となったツノの、根元の部分を岩に当てる。
ぐっと押し付ける。
根元から、ベキッとツノが折れた。
「え? え?」
「カアッ!」
黒い鹿が、口元でスッと折れたツノを押す。
ぷるぷる震えながら上目遣いでコウタとカークを見る。
刃物いるンすよね? これで命だけは助けてくだせえ、とでも言いたげに。
「え? 鹿のツノってそんな簡単に折れるの? 折って大丈夫なの?」
コウタの言葉に、黒い鹿は残った左のツノを岩に押し当てた。
根元ならイケるンすよ、一年で生え変わりやすしね、とばかりに。
「待って大丈夫だから! 一本だけで充分ありがたいから!」
「カアー」
二本目のツノも折って差し出そうとした鹿をコウタが止める。何をしようとしてるのかはわかったらしい。
カークは、仕方ねえなあ、とゆるく鳴いた。謎の上から目線である。飛べるので。
「えっと、ありがとう、すごく助かるよ。これ、よかったら」
話しかけるも、コウタは近づかない。
ツノをくれたお礼にと、下手投げで大木の果実を投げた。
黒い鹿はなんなく口でキャッチする。
その場で食べずに、片角の黒い鹿は果実をくわえて去っていった。
見送ってしばらくしてから、コウタがツノを拾う。
黒く輝く枝分かれしたツノは、剣のように鋭かった。形状とあわせて、まるで七支刀だ。
「刃物が手に入ったのはありがたいなあ。これで魚も食べられ……あ」
「ガア?」
「火、どうしよ。生はさすがに……」
【健康】になったから大丈夫かもしれないけど、と続けたコウタの言葉は、呆れたようなカークの鳴き声にかき消された。
一人と一羽の異世界生活二日目。
川を見つけて刃物を手に入れて、初めて果実以外の食料をゲットして。
昼前までの短い時間で、かなりの成果があったようだ。
空を飛んで進むべき道を示したカークのおかげか。なにしろ、三本足の烏の導きなので。





