第三話 コウタ、巨人族の少女を拠点に連れて帰る
「それでどうするんだコータ、連れてくのか?」
「そうしようかと思って。カークがここまで案内してきた人だし」
「カアッ!」
「【導き手】のお導きか。コータとカークがいいんならいいんじゃねえか? なんだかんだ、ベルもクルトもカークが連れてきたようなもんだしな」
「ありがとう、アビー」
「カァー」
拠点にしている精霊樹と小さな湖の西、連なる山々の中腹で、コウタとアビー、カークは巨人族の少女と出会った。
大きくなりたいと願う少女を、コウタは拠点に案内することにしたようだ。
「じゃ、じゃあ!」
「うん、俺たちが暮らしてる場所に案内するよ。大きくなれるかはわからないし、精霊樹が果実をくれるかどうかはわからないけど」
「ありがとうごぜえます小さい人たち! ありがとうごぜえますカークさん!」
「『小さい人たち』って。そりゃまあ巨人族から見たら人間は小さいだろうけど」
「ディダが『里で一番小さい』ぐらいだもんね」
巨人族の少女——ディダ——は、だばーっと泣き出した。
うれしさのあまり抱きつく。
コウタは柔らかな少女の胸に埋ま、らなかった。
身長差のためコウタの頭はお腹のあたりだ。革鎧は硬い。
「網の繕い? はともかくとして、木工や細かい仕事が得意、か。ちょうどいいかもな」
「カァー」
すっぽり抱えられたコウタを横目に、アビーは「村づくり」にぴったりだとうんうん頷いていた。
コウタの肩から避難してきたカークも、アビーの杖の先で。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
コウタとアビーが、カークに導かれたディダに遭遇した翌日。
三人と一羽は、絶黒の森を歩いていた。
拠点への帰り道である。
「へえ、じゃあその棍棒はディダが作ったんだ」
「んだ! 木を伐り出して乾燥させて、持ち手を整えて縄を巻いて……里じゃみんなもっと大きいから、おらの大きさに合ったヤツはなくて……おら、小さいから……」
「た、盾は? 表面の模様がキレイだね!」
しゅんと落ち込むディダの気をそらすように、慌ててコウタが話題を変える。
アビーとカークはじっとりした目でコウタを見つめる。
「うぇへへへ、そんな、キレイだなんて、これもおらが彫っただ。飾りでもあるんだけども、受け流したり引っ掛けたりするのにちょうどいいように工夫して」
「へえ、すごい! 俺なんてまっすぐ切れなかったからなあ」
「そ、そうか? すごいだか? えへへへ」
「単純か。けどまあ、予想以上に器用っぽいな。これは、コータの部屋もなんとかしてやれるかも」
「カァ?」
「カークが気に入ってるのはわかるけどよ、もうちょいしっかり造ろうぜ」
「カァー……」
たしかに、とばかりに力なく鳴くカーク。
精霊樹の根元にあるコウタとカークの寝床は、大きめの犬小屋といった風情の掘っ立て小屋だ。
コウタとカークは気に入っていたが、アビーは「なんとかしたい」と思っていたようだ。
なにしろいつ崩れてもおかしくない出来なので。
「それにしても、ディダは足が早いんだね。ゆっくり歩いてもらってるのについていくので精一杯だよ」
「そ、そうか?」
「身長がデカい分、足も長いからだろ。オレたちと歩幅が違いすぎる」
「なるほど。足の長さ、かあ……」
「デカい……おらが、デカい……うぇへへへ」
コウタは足の短さを気にしてたらしい。
どんより落ち込むコウタ、ニマニマするディダ。
わかりやすい二人に、アビーはコイツら素直すぎだろ、とばかりに困り顔だ。
カークは対抗心を燃やしてさっと飛び立った。俺の方が早いぞアピールである。
ともあれ、帰路は順調だった。
人間や動植物を蝕む絶黒の森の瘴気も、巨人族にはたいして影響がないらしい。
それを見たアビーは「やっぱり魔力で体をデカくしたり強化してんのかもな」と推測していたが、それはそれとして。
「カァー!」
「あ、ほら、ディダ、見えてきたよ!」
「わあ、キレイなところだなあ!」
「帰ってきたって感じするな。オレもすっかり慣れたのかねえ」
「あっ! コウタさん、アビーさん、カークさん、おらのうしろに!」
「どうしたのディダ?」
「岩が揺れてるだ! きっと岩巨人にちげえねえ!」
木々の切れ間から、そびえる精霊樹と湖が見えた。
あと精霊樹の反対側に、揺れる大岩も。
「あっうん」
「カァ?」
「ディダ、あれは敵じゃねえ。だから気を張らなくていいぞ」
「えっ、だどもあの岩、揺れてるだけじゃなくて動いてて、こっちに近づいてくるだ!」
「えーっと、見てもらった方が早いかなあ。とりあえず、武器はしまってね」
「コウタさんが言うんなら……」
「コータへの謎の信頼感。まあいいこと、いいことだな、うん。いいことなはずだ」
コウタ、すっかり懐かれたらしい。
逸脱賢者といい古代文明の生き残りアンデッドといい、そもそもカラスといい、変わり者に好かれる運命なのか。
それと。
「コウタさん、カークさん、アビーさん! おかえりなさい!」
「ベルもおかえり。今回もたっぷり【運搬】してくれたみたいだね」
「はい! 僕は荷運び人ですから!」
勇者に追放された荷運び人も、すっかりコウタに懐いている。
「こ、こんなに小さい人があんな大岩を運んで……」
「あーうん、気にするなディダ。気にしたら負けだ」
「わあ! すごく大きな人ですね! たくさん【運搬】できそうです! ちょっと持ってみますか?」
「え? ベル、それ他人に触らせてもいいの?」
「はい! ご希望なら僕が荷運び人の特訓をします!」
「じゃ、じゃあ試しに、もしかしたら軽いかもしれねえし、おらより小さい人に負けるわけには」
「あっおいやめとけディダ、腰悪くするぞ」
「うんしょ!……ダメだ、持ち上がらねえ!」
「うーん、これは鍛え甲斐がありますね!」
「ベルもやめとけ。常識がおかしい村の常識がおかしい荷運び人の鍛錬なんてやらせたら普通の人は体壊すぞ」
「負けた……おらより小さい人に、負けた……」
「ほ、ほら元気出してディダ! ディダにはディダのできることがあるから! 俺もアビーもカークもクルトもあの岩を運べないし!」
「そうそう、体の大小なんて関係ねえんだって。体の性別だって関係ねえしな!」
「うう……コウタさん…………アビーさん…………」
「カァー」
大騒ぎである。
里にはいなかった「自分よりも小さな人」に負けたことは、ディダにけっこうな衝撃を与えたらしい。
「デカいと強い」巨人族の価値観が真っ向から否定されたようなものなので。
崩れ落ちたディダは、コウタとアビーの優しさにグスグスと泣きじゃくった。
あとカークの慰めにも。
コウタとカークがこの世界で目覚めてからおよそ四ヶ月。
「健康で穏やかな暮らし」に向けて、三人と一羽は新たな住人を迎えることになるようだ。
全員が苦手だった木材加工の担い手である。
3メートル超の巨人族の「細かい仕事」がどれぐらい細かいかは不明である。





