第二話 コウタ、初対面の少女に自己紹介して会話が弾む?
絶黒の森を西に抜けて、連なる山々に分け入ったコウタとカーク、アビー。
普通の人間では進めないと引き返すことを決めたところで、近づいてくる存在に気がついた。
カークに導かれて、コウタの足ではまたげない段差をまたぎ、アビーでは手が届かない岩をよじのぼってきた少女。
少女は、大きかった。
「は、はは、は、はじめまして」
「あ、はい、はじめまして」
人見知りなのか木立に隠れてひょっこり顔を出して挨拶するも、まったく隠れられていないほど大きかった。
「近くで見ると本当に大きいなあ」
「カァ!」
「えっ!? い、いま、なんて言っただか?」
「あ、ごめん、女の子に『大きい』って失礼だったかな、けど悪い意味じゃなくて」
「大きい!? おらの聞き違いじゃなく!?」
「ええ? 大きいよね?」
「デカいな。身長はオレの倍ぐらいあるんじゃねえか?」
「大きい……おらが、大きい……うぇへへへへ」
木のうしろで腰をかがめてニマニマする少女。
コウタはきょとんとしている。
アビーはオレだって小さいわけじゃねえんだけどな、などとブツブツ言っている。
初対面の挨拶が進まない。
カークは呆れたようにカァーと鳴いた。
「大きい……里じゃ一番小さかった、おらが……」
「一番小さかった? えっと、アビーの倍ってことは3メートル以上あるのに?」
「種族が違うんだろ。人間と同じ姿形でデカイってことは巨人族かねえ」
「へー、巨人族。人里にはよくいるのかな」
「いや、オレも初めて見た。だから、巨人族じゃねえかなーってのは推測だ」
「……まさか、大きい人間はほかにも」
「ほかはたいがいモンスターだな。角があってデカくてごついオーガ、緑っぽい肌に悪食なトロル、あとはあれだ、オークもデカイな」
なにやら噛みしめる少女をよそに、コウタとアビーがひそひそ話をはじめる。
カークは蚊帳の外だ。カラスなので。
ちなみに、コウタとアビーが小さいわけではない。
コウタは170センチちょっと、アビーも160センチ以上ある。
この世界ではやや低めだが、街でも見かける身長だ。
そのアビーの、倍。
しかも、鍛えているのか、身長3メートル超にくわえて肉づきがいい。体が分厚い。
革鎧の胸部はだいぶ押し上げられている。
「あっ。すまねえ、おらうれしくてついつい」
「気にしないでください。じゃああらためて。俺はコウタです。はじめまして」
「はじめまして、おらはディダラドラ。みんなからはディダって呼ばれてるだ!」
「くっ、名付けルールが気になるなこれ! おっと失礼。オレはアビーだ」
「カァ!」
「えっと、このカラスはカークっていうんだ。カラスだけど賢くて強くて、俺のと、ともだちで」
「カァー」
照れたように鳴くカークに、ディダはそっと指を向けた。
ばさっと飛び立ったカークが大きな指に止まる。なかなか居心地がいいらしい。
ディダは「案内ありがとう」などとカラスに話しかけている。
「なあ、さっき『里じゃ一番小さい』って言ってたけど、みんなもっとデカいのか?」
「んだ。お父とお母はおらの倍ぐらい、里長はその倍ぐらいだ」
「ええ……? こんなに大きいディダの倍……?」
「えへへ、小さい人から見たらおらもおっきいんだなあ」
「なるほど。んじゃディダは保有してる魔力が少ないのか?」
「魔力、だか?」
「なんか関係あるのアビー?」
「ああ。巨人族はほとんど魔法が使えねえ。けど、いや、だからか? 魔力を体の成長にまわすって説があってな。巨体を維持してんのも魔力だって推測されてんだ」
「へえー。瘴気になったり魔法の源になったり、成長ホルモン? みたいになったり、魔力っていろいろ活躍してるんだねえ」
「カァー」
呑気なコウタの感想に呆れたような声で鳴くカーク。
『逸脱賢者』アビーがさらに語り出そうとしたところで。
「な、なら! 魔力があればおらもっと大きくなれるだか!?」
ディダが、ずざざっとアビーに近寄ってきた。
隠れられていなかった木立から出て、大きな体をさらして。
3メートル超に接近されたアビーの腰が引ける。
「ど、どうだろうな、ちゃんと研究したヤツはいねえから、っていうか巨人族なんて帝国じゃ見かけなかったし」
「うう、ダメか……おら、おら」
ディダががっくり肩を落とす。
大きくなる手段をずっと探していた。
けれど見つからなくて、初めて可能性のある説を聞いて。
期待した分、落胆が大きかったのだろう。
ついにはうずくまり、おうおう言いながら泣き出した。
感情の振れ幅がデカい。
一人旅が精神的にこたえていたこともあったのかもしれない。
ディダの指から飛び立ったカークは、コウタの肩に止まってカァカァ鳴く。ほれ、ほかに知ってそうなヤツいるだろ、と言うかのように。
「あ、そっか。アビー、クルトは知らないかな?」
「どうかねえ。それに、魔力を増やすって大変なんだぜ? 魔力欠乏で気絶する直前まで魔法を使うか、あとは魔力たっぷりの稀少な素材を食べるか。けどそっちはだいたい高価だからな、貴族だったオレだって数えるほどしか食べたこと……あ」
「精霊樹の果実」
「…………あるな。たっぷり」
「なら、クルトが知らなくても、食べてみたらひょっとして?」
「まあ、結果はわかるな。一回じゃたいして変わんねえだろうけど、続けてけば」
「ほっ、ほんとだか!? な、なら!」
「どうするコータ?」
「大きくなれるかもしれないなら! おらなんでもするだ!」
「へえ、なんでも。いいのかそんなこと言って?」
「な、なんでもするだ! その、おらは小さいから漁はやらせてもらえなかったけども、網の繕いや木工や細かい仕事は得意なんだ!」
「ピュアか。『なんでも』でできることを述べてくるあたりピュアか」
「おー、すごい! ディダは器用なんだね!」
「そ、そうだか? うぇへへへへ」
「ああうん、コータたちはなんかもうそれでいいんじゃないかなあ」
「カァー。カアッ!」
「おう、その分オレたちがしっかりしようなカーク」
褒めてはデレ合うコウタとディダ、呆れては気合を入れ直すカークとアビー。
二組の男女はそれぞれ通じ合ったようだ。
人間の男と巨人族の女性と、カラスのオスと中身男性の女性と。
複雑すぎるカップリングである。カップルではないけれども。





