第三話 コウタ、筋肉痛の逸脱賢者をいたわる
古代文明の生き残り? のアンデッド、クルトから魔法を教わった翌日。
コウタたちは、今日もまた精霊樹と小さな湖の間の広場に集まっていた。
「ぐっ。あー、けっこうキツイなこれ」
「アビー、大丈夫?」
「カァ?」
「すまねえけど今日は荷物運びは無理そうだわ。コータたちは平気なのか?」
ぐっと腰を伸ばしながら、アビーがコウタに目を向ける。
「あっうん、俺はほら、女神様? に【健康】にしてもらったから」
「筋肉痛とも無縁なのか! 地味だけどうらやましいな!」
「大丈夫ですよアビーさん、体が痛い時も続けるとたくさん【運搬】できるようになります! 僕も子供の頃はそうやって鍛えました!」
「ハードすぎる。オレ、ベルの村に転生しなくてよかった。ありがとう親父。ありがとうおふくろ」
「生身の体であれば疲労が残っていたであろう。アンデッドも便利なものだ」
「くそっ、クルトもかよ! 疲れ知らず多いな!」
「カァー」
「ありがとうカーク。がんばっていこうな。オレたちは常識を大事にしていこうな」
嘆くアビーの腕にカークが止まる。
慰めているつもりなのか。
三本足のカラスの重みで、常識外れの『逸脱賢者』の腕がぷるぷる震えた。
常識人ぶっている人ほど常識人ではないものだ。
「それにしても……魔法ってすごいなあ」
昨日の成果をあらためて目にして、コウタはしみじみと呟く。
広場の横、コウタが切り拓いた空間に、一軒の小さな家が建っていた。
魔法で成形した石を魔法で固めた石造りの家は、昨日までなかったものだ。
コウタが精霊樹の根元に作った、素人がDIYした大きめの犬小屋のようなものとはレベルが違う。
「ガラスが作れねえからなあ、木製の鎧戸でもつけるしかねえんだけど……」
「陽の光が届かない空間は快適なものだが」
「アンデッドと一緒にすんなって。光と風は大事なんだぜ?」
「それ、向こうで言われたなあ。だから朝起きるようにして、少しでも外に出るようにしたんだっけ」
「カァー、カア!」
そしたら俺と会えたんだよな! とばかりにカークがばさばさ羽を鳴らしてアピールする。
コウタの日課だった朝の餌やりは、カークにとっても喜ばしいものだったらしい。カラスを餌付けしてはいけない。
石造りの家は平屋建てで、内部はふた部屋あるだけのシンプルな作りだ。
部屋を分けたのは利便性ではなく、屋根を支えるための柱がわりだった。
クルトは「心配あるまい」というものの、アビーは壁だけで屋根を支えることに尻込みしたらしい。
光と風を採り入れるために開口部は多いが、外壁に窓はない。
古代文明の生き残り魔導士であっても、「透明なガラス」は魔法では作れないらしい。
あるいは研究者だったクルトの興味の範囲外だったか。
「採寸して、ベルに頼んで街で作ってもらう? 俺がやったら隙間だらけになっちゃうだろうし」
「とりあえずそうすっかな! んで、ヒマな時に透明なガラスの作り方を研究するか! どうやって作るんだっけなあ。魔法がある世界なわけで、多少強引でもなんとか」
「くははっ、素晴らしい意欲だ。どれ、気分転換に我も資料を漁るとしよう」
「研究の気分転換に研究のお手伝い……」
「二人ともすごいですね! 何か【運搬】する時は任せてください!」
「ベルは前向きだなあ」
「カァ? カァカア!」
学者肌の二人を前に落ち込むコウタに、カークは「人には向き不向きがあるもんだ、胸はってやれることをやっていこうぜ」とばかりに慰めた。烏語は通じない。
「うん、そうだね。アビー、俺ちょっと畑を見てくるね。そのあとはカークと一緒に見まわりしてくるよ」
「カァ!」
通じないのか?
コウタとカークは、スキル【言語理解】である程度通じ合っているのかもしれない。
「サンキュー、コータ!」
「ふむ、では我も行こう。いまの世で『絶望の鹿』と名付けられたモンスターが気になるゆえな」
「じゃあ僕はまた街に行く準備をしておきますね! あっ、けどもう一回ダンジョンで魔石を取ってきた方がいいかなあ」
「ナチュラルにモンスターを魔石扱いしてるなベル。荷運び人ってなんだろ。死も運ぶのか?」
考え込むベルを前に、アビーの顔が引きつる。
三人と一羽は気にしない。
コウタは加工された「漆黒の剣」を手に、三本足のカラスとワイトキングをお供にスタスタ去っていった。
ベルは大岩の中に潜り込んで、がさごそ整理をはじめる。
「うしっ、だいたい感じはわかったからな、次はコータたちの家をなんとかすっか!」
残されたアビーは、また次の建築に取り掛かるようだ。
コウタとカークがこの世界で目覚めてから三ヶ月が過ぎた。
精霊樹の根元、小さな湖のほとりは、徐々に人が暮らす集落っぽくなってきた。
もう少しすれば、建築に使える魔法を覚えたアビーの手により、コウタやベルの家も建つことだろう。
健康で穏やかな暮らしは遠いが、一歩ずつ近づいていることは確かなようだ。
ちなみに。
異世界生活四ヶ月目にもかかわらず、コウタはいまだ人里に行ったことはない。
引きこもる場所が部屋から森になっただけなのかもしれない。
それでも、本人は楽しそうだが。心身ともに【健康】だし。
平日毎日更新なので次話は11/6(水)、の予定です。
次話は今章エピローグ。たぶん。
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