第三話 コウタ、カラスと会話?する
「おはようカーク。夜も一緒にいたのは初めてだね」
「カッ、カアーッ!」
朝から何言ってんだコウタァ! とばかりにカークの鳴き声が響く。
一人と一羽の異世界生活二日目は、コウタの天然発言とカークの羽ばたきからはじまった。
カークはばさばさ羽を動かしながら、木のウロから出ていった。
風と土埃に襲われたコウタはわっぷ、などとのたまっている。自業自得である。
カークに遅れてコウタが木の根元の洞を出て伸びをする。
大木の根元にあるといっても、洞——いわゆるウロ——は、大きなものではない。
コウタが横になれば、丸くなってもスペースはほとんどない。
カークは入り口付近で夜を明かしたらしい。忠犬か。忠鳥?
「さてっと。顔洗って、今日も探索してみるか」
大木を離れて、コウタは小さな湖のほとりに向かう。
顔を洗って口をゆすいで、湖水を沸かしもせずそのまま飲む。穴を掘った簡易トイレで用を足す。
この地で目覚めてから二日目にもかかわらず、コウタとカークはそれらしい暮らしができている。
それでも。
「食べ物と水はなんとかなりそう。けど、着替えは欲しいし、武器もあった方がいいよなあ。昨日の鹿みたいなヤツがいるのに、『ぬののふく』『ひのきのぼう』って」
コウタはいまの暮らしに満足していないようだ。当然だろう。着の身着のままの野宿なのだ。
「ガアーッ!」
ひのきじゃねえけどな! とわめくカークのツッコミは届かない。
さて朝ご飯を、とコウタが大木を見上げる。
ぽとりと果実が落ちてきた。
コウタに二つ、カークに一つ。
「タイミングよすぎてちょっと怖い。けど……ありがとうございます。いただきます」
「カアー」
寝床にして、現在唯一の食料供給源にぺこりと頭を下げる一人と一匹。
大木は応えない。
カラスは応答できるが、異世界であっても樹木は応えない。たぶん。
大木になっている果実はビワに似ていた。
楕円形でオレンジに近い黄色で、大きさはコウタの手のひらほどだ。
かじるとほのかに甘みがあって、果肉はわりあいしっかりと食感がある。
不思議なことに種はない。
一人と一羽はあまり疑問を抱いてないようだが、それはそれとして。
皮も含めて丸ごと食べられる、手間のかからない果実だった。
水と果実の簡単な朝食を摂りながら、コウタはブツブツと考えごとをしていた。
「今日も活動しようって気になってる。二日連続で動けるのなんて2年ぶりで、働いてた時以来なのに」
「カァ? ガァカア」
「鹿のツノでも傷つかなかったし、やっぱり心も体も【健康】になったってことなのかなー」
「カアッ!」
「ありがとうございます女神様。それに、男の子の神様? も。【健康】だったとしても……いまの俺じゃ人と話すのはしんどそうだから」
「ガァー」
「うん、記憶がなしで転生するなら関係ないんだろうけどね。2年も会話してないからなあ」
「ンガァッ!」
「はは、ごめんごめん。カークとは会話してたね」
湖のほとりで並んで座るコウタとカーク。
なんとなく会話が成り立っている気がする。
いくらカラスが賢いといっても、そんなはずはないのに。
もっとも、元の姿よりふたまわり大きくて足が三本あるカラスはカラスなのか疑問だが。
「足が三本か……カーク、あとで飛んで人里を探してくれないかな? なければ、どこかにあるはずの川を、下っていく感じで」
「カアッ!」
「あー、けど山では『迷ったら登れ』なんだっけ? 盆地はどうなんだろうなあ」
「カァカア、カアッ!」
はっ、俺がついてるだろ! とカークが胸を張る。
なんとなく察したのか、コウタは指の背でカークの喉元にそっと触れる。
くすぐったいのか嬉しいのか、カークはぐねぐねと体を動かす。
一人と一羽がいちゃつくことしばし。
どちらからともなく、コウタとカークは行動をはじめた。
「よし、今日もがんばろう。目標は人里、なければ川を見つけることだ」
「カアーッ!」
大きな鳴き声をあげて、カークが飛び立つ。
寝床にしている巨大な木の高さを超えて、はるか空へ。
漆黒の翼をはためかせ、三本目の足を風にさらして。
コウタはじっと、空をゆく友達に見とれていた。
ちなみに。
いちゃついていた一人と一羽だが、カークはオスだ。
ただし、コウタは性別を見分けられず、なんとなくで名前をつけた。
カラスの雌雄を見た目だけで判別するのは至難の技だ。
偶然にも名前と性別は一致していた。幸いなるかな。