第十話 コウタ、アンデッド魔導士の許可を得てアビーに「鑑定」してもらう
「魔力も陰と陽の性質を持つ。『瘴気』と呼ばれるのは陰に振り切れた魔力だと考えられていた」
「へえ。じゃあ絶黒の森は、『陰の魔力』に満ちた場所ってことかな?」
「うむ、そう言えるだろう。して、『神の宿り木』『世界樹』が陽の魔力に変換しているのだ」
「なるほどねえ。ってことは、周囲の魔力を使うタイプの魔法なら出力を上げられそうだ」
「可能であろうな。ゆえに『生命を創り出す』研究は、我の研究所で行いたいのだ」
「あの視認できるほど濃い瘴気を使うのか。……なんか、『理想の女性』じゃなくて禍々しいモンスターが生まれそうだな」
「カァ?」
「え? 大丈夫なのそれ?」
「実験の失敗によりアンデッドが生まれても問題はない。我が支配できるゆえな」
「はあ!? んじゃなんであのダンジョンのアンデッドたちはオレたちを襲ってきたの?」
「自然発生したアンデッドは放置している。研究に集中していたいものでな」
「気持ちはわかるけども! あー、けどクルトの支配下にあったら倒すのも申し訳ねえか」
「それにほら、いまはこうして仲良くなったけど、クルトにとって俺たちは住居への無断侵入者だったわけで。襲われても文句は言えないような」
「……まあ、結果オーライってことで」
「カアー」
コウタたちがダンジョンを攻略して、ダンジョンボスにして古代文明の生き残りのアンデッド魔導士・クルトを連れ帰ってから二日目。
クルトはまだダンジョンに帰らず、広場でコウタとアビーとカークと話をしていた。カークは鳴くばかりでイマイチ話に参加できていないが、それはそれとして。
なお、ベルはいない。
ダンジョンで得た魔石やアンデッドの武器防具を持って、最寄りの街まで売りに行ったのだ。
いつもの大岩を【運搬】して。
巨大な大岩を軽々と背負うベルを見て、クルトは驚きのあまり顎骨が外れた。あっさりはめられて幸いである。さすが地はスケルトン。
「それに、もしも『禍々しいモンスター』が生まれたとしても心配あるまい」
痩せこけた壮年の霊体姿で、クルトがチラッとコウタとカーク、アビーを見る。
「死者を【解体】できるベル殿はいなくとも……コウタ殿は無傷で止められるであろう?」
「まあなあ。【健康】なコータが止めたとこに、陽の性質を持ったカークの【陽魔法】か、オレの【空間魔法】で仕留めりゃいいと」
「カアッ!」
「はは、カーク、もしもの話だから。いま張り切らなくていいって」
「『スキル』とは不思議なものよな」
「現代じゃ知られてねえけど、古代文明、おっと、インディジナ魔導国じゃ知られてなかったのか?」
「『特別な力』の存在は知られていた。神から授かった『ギフト』と称して、神の実在の証明だなどとのたまっておったが……」
「そういえばアビー、クルトのことは『鑑定』しないの?」
「アビー殿さえよければ我を鑑定してほしい。いかなる『スキル』があるのか、研究者として、魔導の深淵を覗く者として気になるところだ」
「いいのか? 隠したい奥の手もバレるかもしれねえんだぞ?」
「うむ、お願いしたい」
アビーの問いかけに、クルトは迷うことなく頷いた。
立てかけていた杖を手に取るアビー。
杖を構える。
ローブの袖から白く細い手首が覗く。
「『鑑定』ッ!」
光ることも、魔法陣が現れることもない。
アビーはただじっとクルトを見つめる。
「どうだった、アビー?」
「カァ?」
コウタとカークがアビーを急かす。
クルトは目を細めてアビーと、自身を通過する魔力の流れを観察している。
そして。
「さすが古代文明全盛期の魔導士! これまで見た誰よりも魔法スキルがあるぞ!」
「おおー!」
「カアッ!」
「ほう? 神の判定ではいかなる『スキル』が?」
「神サマの判定かどうかはわからねえけどな! んー、ざっくりレベルにすると、オレと同じスキル【魔導の極み】は LV.10ってとこか? exとはいかねえけど……それに、【禁呪】? こっちも10って言っていいだろ」
「【禁呪】……なんかすごそうな……」
「我が不死者に変異した際に使った魔法のせいであろうな」
「魔法スキルは多すぎるし、うまく読み取れねえ。これは、オレがもうちょい陽と陰の性質を理解してから見直した方がいいかも」
「ふむ。理解できぬものは読み取れぬか、それもまた道理」
「俺の【健康】、カークの【導き手】、アビーの【魔導の極み】にベルの【運搬】【解体】みたいなexスキルは?」
「おう、しっかりあるぞ! 【ダンジョンマスター】に、んー、これは……【不倒不屈】? 死なない倒れない屈しない、みたいな」
「おおー、すごい!」
「カアー!」
「って結局ダンジョンマスターなんじゃねえか。やっぱ研究所がダンジョン化して、洞窟につながった感じか? なら研究所の主のクルトがマスターってのも頷けるけど」
「たくさんの魔法を使いこなせて、exスキルが二つかあ。すごいなあクルト」
「ほんとにな。『鑑定魔法』で見たヒトの中で、exスキルが一つなのはオレだけかあ……しかも俺より多い魔法スキル……あれ、オレってクルトの下位互換なんじゃ……?」
「そ、そんなことないよアビー! 俺、アビーに助けられてるし頼りにしてるから!」
「カ、カア!」
「ははは、ありがとな、コータ、カーク。はは」
アビーはうつろな目のまま乾いた笑い声をあげる。
クルトの多種多様で読み取りきれない魔法スキル、二つのexスキルを見てショックを受けたらしい。
「ふぅむ、スキル、スキルか。こうして見て取れるならば、強力なスキルを宿す方法もわかるやもしれぬな」
一方で、クルトは自身のことよりも「スキル」の概念自体に興味津々だった。
あるいは、「生命を創り出す」ことに役立つと考えたのかもしれない。
「俺の【健康】もそうだけど、exスキルの効果はすごすぎるもんなあ」
「まあな、けど難しいんじゃねえか? クルト、ちなみに宿す方法はなんか思いつくか?」
「そうさな、考えられる一つ目として……我が生きていた頃の『ギフト』の名前通り、神から授かる、神の寵愛を受ける」
「あっうん」
「カァー」
「俺とカークがそうかも」
強力なexスキルを宿す方法としてクルトが提示したジャストアイデア。
コウタとカークは、なるほど、とばかりに頷いた。
転生、それも、おそらく神の手によって創られた体に、記憶と意識があるままでの転生。
「神の寵愛を受けた」と言えるだろう。
頷いたコウタとカークに驚きつつも、クルトは二本目の指を折る。
「例えば、物心つく前、それこそ赤子の頃より研鑽を続ければ強力なスキルとなるやもしれぬ」
「あれ? アビーってそんな感じじゃなかった?」
「ああ、生まれた時から前世の記憶と意識があったからな」
今度はアビーが頷く。
物心ついてから鍛えたところで、それではほかにも存在する「鍛える者たち」と変わらない。
スキルは身につくかもしれないが、「ほかより抜きん出たexスキル」とはならないだろう。
ゆえにクルトは、「赤子の頃より」と提示した。ありえないことだと思いつつ。
まあ、アビーはそうだったのだが。
「あるいは、特定の『スキル』を代々鍛えていく一族がいれば、いずれ子孫に強力なスキルが宿る可能性も否定できぬ」
「ベルかあ」
「ベルだな」
「カァー」
三人、もとい、二人と一羽の意見が一致する。
ベルは、常識はずれの荷運び人が集う村で、荷運び人の祖父や父に鍛えられてきた荷運び人のエリートである。
強力なスキルを宿す三つの方法は、あっさり実例が見つかった。
痩せこけた壮年の姿で、クルトは肩を落としてうなだれる。
「そっかあ、我が敵わぬわけだなあ。我、無事でよかった。死んでるけど」
「ほ、ほら、意識が連続してるってことは生きてるってことで! そう思おう! じゃないと俺もアレだし!」
「それに【不倒不屈】があるんだ、レベルexスキルの理不尽っぷりはすげえからな、きっと死ななかったって!」
「カアー!」
元気出して、とばかりにクルトを励ます二人と一羽。
優しい。優しいが、勝者に励まされたところで、敗者が惨めになるだけの気もする。
「俺は魔法使えないし! いやあ、アビーよりいろんな魔法が使えるってすごいなあ!」
「カァ、カアカーッ!」
「そうそう、オレに古代文明の魔法理論を教えてくれよな! 家づくりを手伝ってくれるのはありがてえし、『生命を創り出す』研究にも協力させてくれよ! 非人道的なのはやらねえけど!」
陰気に満ちたアンデッドの肩にアビーが腕をまわす。
コミュニケーションが苦手なコウタがクルトの前で不思議な動きをする。カークが地面を跳ねる。
精霊樹から枝先が落ちる。
やがて、クルトが顔を上げた。
「う、うむ。いかな経緯であろうとも、こうして良い関係を築けたのだ。我らの出会いを喜ぼう」
自分に言い聞かせる。
なんだか、どこか諦観の満ちた表情で。
スキル【不倒不屈】はどこにいったのか。心が折れないだけでもスキルの力が発揮されているのか。
コウタとカークがこの世界で目覚めてから、二ヶ月と少しが過ぎた。
健康で穏やかな暮らしを送る。
はじまったばかりの村づくりは、資金源と新たな協力者を得て加速していくことになるだろう。
アビーとクルトが研究にのめり込んだり、コウタとカークがダンジョン探索の魅力にとりつかれなければ、だが。
※わかりにくくて恐縮ですが、
意図的に不「倒」不屈としています。
本来は不「撓」不屈ですが、この場合は意味が違うもので……





