第九話 コウタ、古代文明の生き残りアンデッド魔導士と話をつける
コウタとカークがこの世界で目覚めてから二ヶ月と少し。
精霊樹と小さな湖のほとりの広場で、コウタたちは車座になって話をしていた。
「ふむ。まずは削って象ってみるとしよう」
「フィギュアってヤツだね。ゴーストやバンシー? が取り憑いたらあっさり動くかも」
「いかに『神の宿り木』の枝といえど、稼働するには多くの魔力が必要となるだろう。使い物にならぬ」
「だろうなあ。プラ模型みたいに関節部をはめ込み式にするか? いや、魔法がある世界なんだ、球体関節って手も」
「あれ? ねえアビー、クルト。スケルトンってどうやって動いてるの? 骨だけじゃくっつかないし動かないよね?」
「ああ、アレはスケルトンの魔力が線状に……そっか、応用できるかもな」
「骨も石も金属も、いくつかの種の木材でも不可能であった。だが、この枝なら、あるいは」
この世界に来てから【健康】になったコウタと、この地に片道転移してきた『逸脱賢者』アビーと、ダンジョン化した研究所の主でアンデッドのクルトである。
「古代文明の魔法使いと話し合えるなんて、コウタさんもアビーさんもすごいですね!」
「カァー」
荷運び人のベルと、カークもいた。
一人と一匹は会話に入ってこなかったが。ベルはともかくカークはカラスなので。
「我も気になっていたのだ。現代の魔導師は優秀なのだな」
「俺は魔法使いじゃないよ。いま勉強中だけど……」
「ほう? ではその発想や知識はいずこからきたのだ? 天性の才覚か?」
「そんな俺なんてぜんぜん! 単に、日本で育って、記憶を持ったまま転生したってだけで」
「転生者だと!? そうか、神に会ったというのは!」
「うん、一度死んだ時に」
「オレは会ってねえけどな。コータと違って普通に生まれたし」
「えっと、勇者さまも別の世界から来たって言ってました!」
「…………2000年の時が経ったいまの世では、転生はありふれたものなのか? 我が人間だった頃には伝承でしか聞かなかったが」
「カァ。カアー」
「オレ、コータ、それとたぶん今代の勇者サマ。それぐらいじゃねえかなあ」
「ふぅむ……まあよい、いまは我が『他の世界の知識と発想を持つ者』に出会えた奇跡を喜ぼう」
「ははっ、それを言うならこっちだって! 失われた『古代文明』を知るヤツに出会えたんだ、聞きたいことがありすぎる!」
「存外、我のほかにも生き残りがいそうなものだが」
「生きてないのに?」
めずらしくコウタが突っ込むも、返答はない。
コウタもアビーもベルもクルトも、マイペースであるらしい。
カークは一人——一羽——、広場に設けられた止まり木の上で首を振った。
「そういえば、クルトの家を造らなくちゃね。それまでは野営するしかなくて——」
「いや。我は、研究所で生活を続けるつもりだ」
「え?」
「コウタ殿やアビー殿に教えを乞うために、定期的にこの地を訪れたいと思っているが」
「あっうん、それはかまわないけど、アンデッドだらけのダンジョン暮らしで平気なの?」
「ふはははは、我は2000年もあの地で暮らしてきたのだ。アンデッドのこの身に問題があるわけなかろうて」
「なあクルト、ダンジョン内のアンデッドは殺っちゃっていいんだよな? 魔石や素材も持ち出してOK?」
「うむ、かまわぬ。我にとっては、アビー殿が知る現代の魔法体系、コウタ殿とアビー殿の異世界の発想と知識は充分すぎる対価なのだ」
「はあ、俺の知識? と発想? でよければいくらでも提供するけど……それでお金を稼げるなら」
「コータ、気をつけろよ。異世界の知識は金になることもある。クルトはいいけど、他所でそんなこと言ったらどうなることか」
「あれ? 勇者さまはときどき異世界の知識を披露してましたよ?」
「カァー」
「勇者はなあ。国から守られてっし、いざとなりゃ自力で斬り抜けられるわけだからさ。コータはダメージ受けねえっても、監禁されたりしたらヤバイだろ?」
「うむ、気をつけるのだぞコウタ殿。なに、もしそのようなことがあれば我が力を貸そう。研究の協力者への助力は惜しまぬ」
「えーっと、ありがとうございます?」
コウタはぺこっと頭を下げた。
『逸脱賢者』に、常識はずれの荷運び人、ダンジョンボスで古代文明の生き残りの魔導師。
目覚めた場所からほぼ移動していないのに、コウタの「仲間」が増えていく。
「助力を約束したところで、我の方がもらいすぎであろう。さて、ほかに何か——」
「それこそ、クルトが生きてた頃の知識をもらえれば充分すぎるぞ?」
痩せこけた壮年の霊体姿で、クルトはあたりを見渡した。
ダンジョンを出て二日目、一夜が明けて陽光に照らされているにもかかわらず、アンデッドのクルトがダメージを受けている様子はない。
やがてクルトは、一点を見て動きを止めた。
「あれは?」
「ん? ああ、オレの家を建築中なんだ。けどオレもコータもベルも、家づくりの知識はなくってな。魔法で試行錯誤しててよ」
「ならば我が手伝おう」
「…………え? 古代文明の生き残りの魔導師で、アンデッドのクルトが、建築?」
「くははは! コウタ殿よ、誰があの地下研究所を造ったと思っておるのだ! 他者に任せていたら秘密は守れなかったところであろう!」
「おいおいおいマジかよクルト。まさか、魔法で? そんな魔法聞いたことねえぞ? 坑道を掘るドワーフなら知ってっかもだけど、それにしたって坑道で」
「くくくっ、ならばアビー殿に伝授しよう。なに、当時の魔法理論を学べば簡単なこと」
「っしゃあ! 無限魔石製造装置のダンジョンよりこっちの方がうれしいかも!」
「おー、助かる。ほんと助かるよクルト」
「カアッ!」
「すごいですねクルトさん! あっ、要らない土や石が出たら言ってくださいね、僕が【運搬】しますから!」
「ふぅはははは! よかろう、我が魔導の真髄を教えてくれよう! なに、魔力にも魔法にも光と影の二極があると理解して感じ取れれば難しいことではない!」
ねじくれた杖を手に、痩せこけた頬を歪めて大笑するクルト。
ベルはアンデッド魔導士を尊敬の眼差しで見つめている。
だが、コウタとカークとアビーは、こてんと首を傾げた。角度が揃っている。
「光と影? 陰陽みたいなことかな」
「そうか、カークのスキルが【火魔法】じゃなくて【陽魔法】って読み取れたのはそれか。んじゃ陽光はまんま陽で、炎が陰か?」
「カァ?」
あっさり通じた二人に、クルトは動揺を隠せない。
「う、うむ、そういうことだ。カーク殿は『太陽の化身』と見紛うほどの『陽』の魔力を宿しておる。自然、放つ魔法も【陽魔法】なのであろう。身の魔力の奥底には『陰』もあるようだが——」
「カアッ!」
「むっ、すまぬ、秘密であったか。誰しも奥の手の一つや二つ持っているもの。不用意に明かそうとしたことを謝罪しよう」
「カァー」
「許しに感謝を。さて。我が提供できるのは魔法も含めた『古代文明』の知識、建築の手助け、それとダンジョンに自然発生したアンデッドの素材」
「コータとオレは元の世界の知識と発想、オレは現代の魔法理論を。まあ、精霊樹の実や枝は、別でカウントしといてくれ。オレたちの物ってわけじゃねえから」
「はい! 品を指定してお代をいただければ、欲しいものは僕が【運搬】してきます!」
「ほう、それはまた興味深い」
「えーっと、じゃあ話はまとまったってことでいいのかな?」
「うむ。我は研究者ゆえ、社交性に富むとは言い難いが……よろしくお願いする」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「カアー!」
「よろしくクルト! いやあ、『新しい魔法』ってワクワクすんな! 精霊樹の枝を利用した素体作りも楽しみだぜ!」
「クルトさんのおかげで村づくりがはかどりそうですね! よろしくお願いします!」
たがいにぺこっと頭を下げる。
コウタたちの拠点で一緒に生活することはないが、協力は惜しまない。
立場としては「協力し合う隣人」というところだろうか。
最初こそ戦闘になったものの、着地点を見つけておたがいにメリットのある関係性を構築できたようだ。
コウタとカークがこの世界で目覚めてから二ヶ月ちょっと。
古代文明の生き残りのアンデッド魔導士——ワイトキング——の隣人ができたらしい。
コウタが一般的な異世界人と知り合えるのはいつの日か。一般的な異世界人と知り合えるのか。怪しいところである。





