第八話 コウタ、知り合ったアンデッド魔導士を拠点に案内する
「ほう、我の知らぬ間にこのようなことになっていたか」
「あー、んじゃやっぱりダンジョン化して天然の洞窟と繋がったのか」
「ひさしぶりに外に出るとまわりが変わってるもんなあ」
「へえ、そうなんですね! 知りませんでした!」
「カァー」
周囲を見て驚くクルトに、コウタが同意する。
引きこもりあるあるである。
アウトドア派なベルは知らなかったらしい。世の中には知らない方がいいことも存在する。
コウタたちがダンジョンボス——ワイトキングのクルト・スレイマンと対話をはじめてから一時間ほど。
一行は、ダンジョン最奥の広間を出て外に向かっていた。
2000年間、地下研究所に引きこもっていたクルトを外に出すため、ではない。
ダンジョン内で泊まるよりはと、三人と一羽は拠点に帰ろうとしているのだ。
魂、輪廻転生の情報、それに異世界の価値観と知識と発想を持つコウタとアビー。
クルトはまだまだ聞き足りないらしい。
引きこもりが、長時間の外出を決意するほどに。
「それにしても……クルトさんって、そういう外見なんだね。敬語の方がいいかなあ」
「かまわぬよ、コウタ殿。こちらが教えを乞う身なのだ、むしろ我が敬語を使うか?」
「いや、それは落ち着かないんで。おたがいこのままいきましょう」
「なあカーク、この会話おかしくねえか? 敬語とかなんとか、【言語理解】ってどうなってんの?」
「カアッ!」
細かいことは気にすんな、とばかりにカークが吠える。カラスの言葉はわからないはずなのに意図は通じる。【言語理解】は意思疎通に役立っているらしい。
そもそも「ケガひとつしない【健康】」「ありえないほどの荷物を運べる【運搬】」「死んだモンスターや獣を超速でバラせる【解体】」、スキルには理解不能なことが多すぎる。
それでも気になるあたり、アビーも研究者気質なのだろう。
ちなみに、ダンジョンの外に出るにあたり、クルトは黒い骨の体ではなくなっている。
マントをまとっているのは変わらないが、頬のこけた壮年の見た目に変化していた。
もっとも、霊体の存在感を強めて視認できるようにしただけで、実体は骨のままらしい。
「ほう、これが2000年後の世界か。…………なるほど、濃密な瘴気であるな」
「この辺は『絶黒の森』の中でもさらに瘴気が濃いんだって」
「だからダンジョン化したんだろうなあ。待てよ、強力なアンデッドであるクルトの存在が瘴気を集めた可能性も?」
「卵が先か鶏が先かってお話ですね!」
「あ、こっちにもあるんだその話」
「カァ、カアッ!」
三人と一羽と一体はダンジョンの出口にたどり着いた。
裂け目から出たクルトは、興味深げに周囲を見まわす。
黒い森は夕陽に照らされていた。
日没はもう間もなくだろう。
「よし、本格的に暗くなる前にさっさと帰ろうぜ!」
「あっ。クルトさん、清浄な空気は大丈夫? 精霊樹のまわりは空気が澄んでて、木も地面も黒くなくて」
「問題はなかろう。この身はたしかにアンデッドだが、瘴気で変じたわけではないゆえ」
「ならいいんだけど……ベルは大荷物になってるけど平気? 少し持とうか?」
「平気ですコウタさん! 僕は荷運び人ですから!」
「なあベル、ポーターって言えばなんでも許されるわけじゃねえからな? 普通のポーターはその荷物運べねえし、『死んでるから』ってアンデッドの【解体】もできねえからな?」
「カァー!」
アビーのツッコミに、ベルはぽかんとしている。
なんで通じないんだろ、これだから無自覚系は、とアビーは小さく首を振る。
夕暮れにテンションが上がったのか、カークはばさっと飛び立った。
コウタとカークが異世界で目覚めてから二ヶ月ちょっと。
絶黒の森の南側で発見されたダンジョンを攻略して、コウタたちは帰路につく。
精霊樹と小さな湖のほとりの拠点へ、ダンジョンボスを連れて。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
「今の世ではコレを『精霊樹』と呼ぶのか」
「はあ、そうみたいです。クルトさんの頃は違う名前で?」
「うむ。神聖帝国の連中は『神の宿り木』、インディジナ魔導国では『世界樹』と呼ばれていたものだ」
「くっ、クルトから出てくる情報がいちいち気になる! 神聖帝国っていつどこにあった国だ、これ聞いたら研究所のヤツらみんな国を捨てて駆けつけそうだなあ」
「よいしょっと。コウタさん、アビーさん、荷物はここに置いておきますね!」
コウタとカーク、アビーとベルは精霊樹のふもと、小さな湖のそばの拠点に帰ってきた。
一緒にやってきたクルトはそびえる大木を見上げている。
「神の宿り木かあ。お願いしたら実をくれるし、神様がいるのかなあ」
「ほう? それは興味深い」
「あー、クルト、オレやコータが言う『神様』は、こっちの『神様』の概念とは違うかもしんねえぞ。八百万だからなあ」
「神様ってそんなにたくさんいるんですね!」
「カァー」
「神の実在を知ったのだ、柄ではないが、我も祈りを捧げよう」
そう言って、クルト・スレイマン——痩せこけた壮年の幻をまとったスケルトンがヒザをつく。
手を組む。
こうべを垂れて祈る。
予想外に真摯な姿勢に打たれたのか、コウタとカークとアビーとベルは静かに見守る。
「我は禁呪にて定命を捨てた。禁忌を犯して生命を創り出そうとしている。だがこれも、ひとえに我の目標ゆえ。我の夢を叶えるため」
クルトはすっと精霊樹を見上げた。
両腕を広げる。
霊体が揺らいだのか黒い骨の姿がチラつく。
「神の意にそわぬならばいまこの時、我が身に罰を! どうか、我の理想の女性を生み出す、我が悲願を見守り給え!」
「そっか、それでクルトは『生命の創造』を目指してたんだね」
「なんというか、うん。まあその、目標も思いも譲れないものも人それぞれだもんな」
「カァ」
「お爺ちゃんもお父さんも、『理想の女性を見つけたら離すなよ!』って言ってました!」
クルトの祈りに、コウタたちはそれぞれ感想を漏らす。
風もないのに精霊樹の枝葉がざわつく。
クルトはヒザ立ちのままじっと見上げる。
ぽとりと、果実がひとつ落ちてきた。
まるで、クルトの夢を応援するかのように。
胸の前でクルトが受け止める。
「これは……」
「現代では『アンブロシア』って呼ばれてるな」
「精霊樹もクルトのことを認めてくれたみたいだね」
「まあ少なくともこの樹への害意はないってこったな」
「カアッ!」
ベルの時と同じようなことを言い合うコウタたち。
カークは、これもまた導きだ、と利口ぶって頷いている。鳥頭なのに。カラス賢い。
だが。
「さすがに、この身で『神の実』は食べられぬ」
「え?」
「まあなあ、瘴気から生まれたわけじゃねえっても、アンデッドが清浄化作用のある実を食ったらマズそうだよなあ」
クルトは、果実を食べられないらしい。
霊体の表情が困り顔だ。
「……願っていただいた果実だ、理想の女性を創る素材にならぬか調べてみよう」
悩んだのち、クルトはポツリと呟いた。
その表情は晴れない。
「あっ」
「どうしたコータ——おお」
思い悩むクルトをよそに、コウタが気の抜けた声を漏らした。
反応したアビーも視界をよぎったものに驚く。
「むっ? これは」
「その枝を使ってくれってことじゃないかなあ。ほら、果実よりこっちの方が体を創りやすそうだし」
「ふむ……『神の宿り木』の枝を素体に……」
「その太さじゃ骨格にするにしても無理じゃねえか? 削り出しはもっとキツそうだな」
「うーん、まずはミニチュアサイズで作ってみるとか?」
「小人さんですね!」
落ちてきたのは、精霊樹の小枝だった。
果実が使いづらいなら枝を、ということなのだろうか。
だが、細い。
太いところで成人男性の手首ほどの太さしかない。
クルトが、コウタとアビーが頭を悩ませる。
と、ふたたびガサガサ音がする。
今度は、一本の小枝が落ちてきた時よりも大きく。
ドサドサと、太めの枝やら小枝やらが、クルトの眼前に落下した。
「…………使ってほしいみたいだね」
「うむ。これほどの量があればなんとかなるやもしれぬ。やってみよう」
「オレも協力するぜクルト、おもしろそうだからな! それに、うまくいったらオレも男の体に……いや、なんでもねえ」
果実でも小枝でも、クルトに不満があったわけではない。
だが、精霊樹——クルトいわく『神の宿り木』——は、大量の枝を落とした。
まるで、これで素体を創れと言わんばかりに。
真意は不明である。
そもそも樹に意志があるのかも不明である。
「カアッ!」
読み取れるかどうかは別として、はしゃぐカラスに意志はあるようだが。
コウタとカークが異世界で目覚めてから二ヶ月と少し。
三人と一羽は、新たな知己を得たようだ。
今度は人間ですらないアンデッドだが。





